天上の海・掌中の星

    “限定解除?”


相も変わらず、ひょろりとした肢体のちんまい坊やで。
黒みの強い大きな瞳に、ちょっぴり低い小鼻は、
意気盛んになると、ふんっと膨らむところが、
いかにも頑是ない子供のそれを思わせて。
伸びやかな声でそりゃあ にぎやかに、おはようで始まる一日は、
いただきますと ごちそうさまとがあっと言う間で。
行ってきま〜すで飛び出してって、
ただいま腹減ったで にぎにぎしくも戻って来、
それから、おやすみに至るまで。
いやもう、もうもう、お元気の塊。
いやに静かで大人しい時は、
うたた寝してるか、珍しくも大変なことには微熱を出してたりという極端さ。
見ていてそりゃあ判りやすい坊主だと、
その屈託のなさから誰からも好かれる彼だから、
ただただ陽気な天然坊やだとだけ、広く思われているようだけれども…。




   ◇◇◇



昨日は春一番が吹き荒れた、
学校は休みのはずな第2土曜。
だってのに はやばやと起き出して、
部屋で何やらごそごそしていたと思ったら、

 「ゾロ。」
 「なんだ。」

これも春一番の余韻だろうか、
何となくぬるんだ空気の満ちた中。
わんぱく坊主が昨日持ち帰った体操服やら練習着やら、
日頃よりちょっとばかり多かった洗濯物を干し終えたそのまま、
洗濯籠を小脇に抱えて上がって来たリビングに。
胸高に腕を組み、ふんっと踏ん反り返った格好の、
当家の坊ちゃんが待ち構えており。
一応は堂に入った“仁王立ち”をしておいでだったが、

 「ちょっと退いてくれんかな。」
 「え? わっ☆」

答えも待たずにひょいと軽々。
片腕のみにて抱え上げられ、
肩の上へと担ぎ上げられてしまっていては世話はなく。
そのままランドリーまでを悠々と歩み、
用の済んだ籠を戻すと、元来た方へ取って返して、

 「で?」
 「〜〜〜〜〜。」

先程の位置と寸分変わらぬところへと、
すとんと降ろして差し上げた、力自慢の破邪殿であり。
文字通り片手間に扱われたと、むうとむくれたルフィではあったが、
まま通せんぼしたかったワケじゃなし。
まったくようとか何だとか、
それなりのぶつくさを口の中で転がしてから、

 「いいか? 今から俺がゾロに催眠術をかける。」
 「…ほほぉ。」

はい?と聞き返すでなく、
馬鹿言ってんじゃねぇよと取り合わないのでもなくの この反応は、
ルフィの側へこそ、ちみっとばかり意外だったのではあるけれど。
何が始まるものかとにんまりしているお兄さんを、

 「ほら、そこに座れ。」

ちょっぴり居丈高に、傍らの数人掛けのソファーへと促して。
へいへいと従ったゾロの、自分よりもうんと高い目線を下げさせる。
背条をぴんと伸ばして…と、四角く座らぬ彼なのは構わないものか、
自分のズボンのポケットをまさぐると、
携帯やプリペイドの電子マネーが普及している、
今時の子のお財布事情からだと、
案外持っていなかろう5円玉に紐を通したという、
案外オーソドックスな代物を引っ張り出して、

 「これからこれを揺らすから、ゾロはここを見てるんだぞ?」

紐が少々長すぎたものか、
最初は手のほうばかりが左右に揺れて、
なかなか上手に振り子になってくれなかったのを、
見かねたゾロが“どら”と手を添えてくれたので 何とか振れ始めて。

  ゆーらゆらと 左右に振れる小さなコイン

丁度晴れ間が覗き始めた頃合いだったか、
大窓から差し込む冬の陽は、随分と明るい。
ここんとこは思い出したみたいに寒かったのを、
昨日暴れた春一番が、一気に拭ってってくれたらしくて。
リビングの床へも眩いくらいの陽だまりが、
くっきりとその存在感を主張し始めているところ。
なかなかに過ごしやすいそんな中、
そういや何処かへ出掛けようとも言い出さないのは珍しく。
一体何を企んでいるものやらと、
坊やのお楽しみの正体を、あれかなこれかなと腹の底にて探っておれば、


  「ゾロは今日1日、甘いものが大好きになる〜。」

   ……………おや。


何だか相変わらずに判りやすい坊やですこと。
長い振り子を支える手のほう、少しずつ被験者の方へと近づけて。
そこから何かしら放たれてるものを、
もっと吸えもっと嗅げと言わんばかりな方向性へは。
いやあの、魔法の類いじゃないんですけどと、
専門家の人が見たなら苦笑が絶えなかったかもしれない近づけようをし。

 「好きになるったら絶対になるんだかんな、いいな?」

妙に熱の入った様相なのへ、

 “そういやこないだ…。”

催眠術で嫌いなものが食べられるようになったタレントさんの一部始終が、
バラエティ番組で放映されてたから。
それを覚えていてのこの流れかと、
合点がいってのそれから…堪え切れない苦笑が洩れる。
今やこちらのお膝へとのしあがり、
それじゃあ5円玉が見えないぞという振り方しつつ、
なのに、お顔は随分と神妙なので、
いかんいかんと笑いを引っ込めれば、
それで術が効いたと断じたか、
ようやくのこと、振り子は止めたが、
お膝の上からは退かないまんま。

 「…あんな? 昨日の家庭科で、ケーキ作ったんだよな。」

そんな話をおもむろに始める。
こんな温(ぬく)くなるとは思わなかったから、
夜中のうちに大慌てで冷蔵庫にしまってさ。
でもだから、ちっとばかりバサバサになってるかもしんないけれど。

 「チョコレートのケーキでさ、ほらあの…さ。」

丁度そういう日だからって、先生とか女子が えと、けったくしたらしくって。

 「あのな、けったくってのはウソップが言ってたんだけれどさ。」

けったくそ悪いっていうのと、どう違うんだろな、なんて。
どうにも場違いな言いようをしつつ、
でも、笑わせようってネタじゃあないのか、
相手の大きな肩、その輪郭をなぞるようにして、小さな手がもじもじと。
何かをためらっている様子が、何とも言えず愛おしい。
日頃のお元気で大胆不敵な彼から、
こんな所作が出ようだなんて、一体誰が知り得るだろうか。


  ためらいと、それから はにかみと。
  限られた立場の存在にしか見せないもの。
  実は本人でさえ、そうだって気づいてないこと。



  「………なあ。食べる、よな?////////


小さな小さな囁きへ、なんで否やと言えようか。
催眠術にかかった振りくらいでいいのなら、
おやすい御用と小さく笑い。
お膝の上の王子へと、とろけるような眸を向ける。



  Happy St.Valentine's Day!



  〜Fine〜  09.02.14.

素材をお借りしました→ Heaven's Garden 様ヘ


  *他言無用!(おいおい)

めーるふぉーむvv めるふぉ 置きましたvv

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