野菜炒めをどこも満遍なくの歯ごたえパリッパリに仕上げたいなら、中華のシェフなら“油通し”というのをするところ。でもでも一般の家庭では、それだけのためにフライパンなりテンプラ鍋なりを使ってしまうのも何だか仰々しいというもので。
【 なので、一般家庭の場合には。】
炒める野菜類を大きなボウルへと全部混ぜてしまい、その段階でサラダ油なりオレイン油なりを満遍なく和えてから、フライパンへと投入し、あんまりわしゃわしゃいじらずおけば、均等に火の通った野菜炒めが手早く仕上がると、
「レディス4で言ってたぞ。」
「そうなんだ。」
そんな話題を男二人でするのもどうかだと思うのは、今時には“逆差別発言”なのかもしれないが。筋骨屈強、いかにも頑丈そうで精悍な、男臭くて惚れ惚れするほどの男衆が口にするのは、お願いだから止めてと…思ってしまっちゃあ、本当にいけないことなんだろかしら?
◇◇◇
桜の便りの北上とともに新しい季節がすべり出し、その晴れやかな門出から何日経つかは、学生さんか社会人かにもよるのだけれど。それでも何とか、そろそろ通う先へは馴染み始める頃合いだろか。新たな門出となった訳じゃあない立場の人へも、何とはなく背条が伸びて、心浮き立つ気分を抱かせる、そんな四月の真ん中辺り。
「ルフィ、体操着足りてんのか?」
「んー?」
意地悪な寒の戻りに震え上がった弥生三月が通り過ぎてったその途端、今度は一気にいい陽気が続き。桜前線の北上ぶりにも加速がかかって、西日本ではどうかすると、入学式には葉桜になってましたというところも少なくはなかったほど。通う高校で柔道部に所属、しかも国体や選手権での全国チャンプでもあるという、張り切りボーイな当家の坊ちゃんは。体育の授業や部の活動だけじゃあ飽き足らず、生徒会のお手伝い、様々な会合の会場設営なんぞへも、顧問の先生に引き摺られてという格好ながら、参加する機会が多いのらしく。そんなこんなへ手を貸す折には、制服を汚さぬよう体操服に着替えなと、再三言って聞かせたのがやっと通じたこの春で。今時の何をやらせてもタルイだダルイだ言うよなタイプじゃあない、皆で集まってわいわい騒ぐのは嫌いじゃあないルフィながら、それにしたって、
『こいつを混ぜたところで、そういう手の作業が捗るとも思えんのだが。』
『失敬だぞ、ゾロ。』
真剣本気で不思議がってた緑頭の保護者殿へは、
『あれっすよ。
こいつが顔出すんなら私も手伝います…って、釣られる女子が多いから。』
ウソップくんがそんな解説してくれて。
『何だよ、人を客寄せパンダみたいに言うな。』
『たまにゃ正確な喩えを返せんだな、お前。』
『ゾロまで何だよー。』
………閑話休題。(それはさておき)
入学式に校内説明会、在校生の始業式。全体身体測定に、新入生歓迎を兼ねたクラブ発表会…などなどと。そういう時期だからか、ルフィが引っ張り出される催しも、連日というノリであったりするらしく。その結果、毎日のように汗と埃と吸わせた体操服が出来上がり、ちゃんとその日に持ち帰るところがなかなかの成長と、身内贔屓な評価を下しておいでの破邪様ではあったらしいが。とはいえ…そうなると翌日の分は間に合っているのか、それにそれに、連日の洗濯では傷むのも早いんじゃあないかと、そっちがふと気になったゾロだったらしく。
………… 何と言いますか
天聖世界にこの人ありとの 名高い剣豪にして、緊急事態へ投下され、問答無用で対象を斬り刻む鬼神。翡翠眼の破邪という二つ名聞けば、どんな大妖も震え上がるだろ、冷酷凄腕の邪妖狩り……っていう、恐持てな押し出しで登場なさったはずのお人なんですが。今やすっかりと立派な家政夫さんである。
“……ほっとけよ。”(あっはっはっはっ)
ここ数日の、初夏ばりに暑いほどのいい陽気の中、ふっわふわに乾いた洗濯物を、ずんと尋のある両腕の中へと取り込んでリビングへと戻って来たゾロの傍ら、まるで“遊んで遊んで”と主人にまとわりつく座敷犬よろしく、今現在の本来の当主…なはずのルフィ坊やが ぱたぱたと寄って来た。
「そろそろガッコの行事も落ち着くからさ。
部活の練習着はともかく、そうそう毎日体操着になるってこともなくなるし。」
その部活の方はというと、新入生らのみならず新任の先生方が落ち着くまではと、
「歓迎会って名前の飲み会が続いてただけらしいけどな。」
こらこら、身も蓋もないぞ、坊っちゃん。(苦笑) そ、そういう事情による顧問の先生の都合上、早め早めに切り上げられていたもんだから。敏腕家政夫さんが、夕食の支度にかかる前という早い目の帰宅を果たせている。
そしてそして
柔道という部活自体は、坊やも好きでやっているものの。早く帰れて、この頼もしいお兄さんのすぐ傍らに長く居られることが、小さな体中をうずうずさせるほどに、嬉しいらしい坊っちゃんでもあって。
『…そのまま、内掛けとか外ばらいとか仕掛けて来るんじゃあるまいな。』
『あ、それいいかも♪』
ゾロほどの“大物”を引き倒せたら、こんないい練習はねぇもんななんて、どこまで本気か笑って見せてた坊やだが。そんな言いようをしながらも、破邪殿に比べれば ずんと小さめの手が、何処か歯痒そうに、割座に座ってた自分の膝頭をぐいぐいと擦っており。向かい合わせの位置へ座して、頼もしいお膝に洗濯物を次々広げちゃあ畳んでくゾロの手際を、おあずけと言われた仔犬よろしく、大人しく見やっておいで。掌をぐいぐいと摺っているのは、文字通りの“手持ち無沙汰”かららしいが、そうしてないとブレーキがかからないかもという、微妙な自覚があるらしいほど、大好きなお人へ、にゃ〜んとじゃれつきたいと思う辺りからして、
“動物っぽい奴だよな、相変わらずに。”
こちらはこちらで、ちゃんと気がついておりながら。されど何となく…素知らぬお顔で手仕事を続ける、ちょっこりイケズな誰か様だったりし。そんな知らん顔なんてのを構えておいでなもんだから、戦闘型の野性味あふるる風貌は、どう見たって愛想よくは見えず。いかついところばかりが強調されての、ぶっきらぼうでしかないお顔。だっていうのに、それでさえ、
「〜〜〜〜〜。////////」
どこぞの芸人さんの決め台詞よろしく“惚れてまうやろ”と見とれる対象。いい子で我慢をし続けながら、大好きなお兄さんに見惚れておれば、
「………んん?」
そんなゾロの手がつと止まり、左右を揃えてまとめかけてた 下ろしたての白い靴下。その爪先あたりをじぃっと見やる彼だったりし。学校指定の靴は、デッキシューズかスニーカー。なので、派手な色じゃあないのなら、大人が履くような薄手のを履いても構わないっちゃ構わないのだが。そこは運動部員の坊やなので、木綿の純白で丈夫なタイプのをどんと10組近く、取っ替え引っ換え履いている。先のような事情があって、そりゃあもうもう運動量の多い子なだけに、すぐに傷めてしまうのも致し方がないとはいえ。
「これって、つい最近下ろしたやつだよな。」
「おお、そうだぞvv」
まだ真っ白だし、編み目?の筋がしっかりしてっしと。見てすぐ判るほど真新しいと、ルフィも認めた品だったけれど。
「だったらなんでまた、爪先がこんな…。」
不審に感じた原因を口にしかけて……ハッとした破邪様。自分の膝周りへと広げていた、乾きたての洗濯物をば、ぐいと脇へ一気に退けると、
「うわ! 何すんだ、ゾロっ!!」
どんと片膝立て、正面へといい子で座ってた坊やににじり寄ってっての、掴み掛かった破邪殿であり…………
――― プチン、パチン、と
向かい合ってだとどうにも摘みにくいからと。半ば横抱き、片側の腿へと座らせて。足を出させて、その先の………ルフィ坊やの足の爪を切ってやってるゾロだったりし。
「大体、お前、道場じゃあ裸足なんだろが。」
なのに何でまた、ここまで伸びてて気がつかんのだと。靴下の先をとんでもない加速をつけての傷ませていた元凶、忌々しげに摘んでやるゾロなのへ、
「裸足だから気がつきにくいんじゃないか。」
「そぉ〜うかぁ〜?」
帰りにゃ靴下履き直すだろが。その時に引っ掛かったりはしなかったのかよと。小柄な坊やの差し出すあんよを掴まえて、爪先を丁寧に摘んでくお兄さんであり。
“…だってさvv”
ホント言うと とっくに気づいてたし、まだちょっと寒い頃合いだった先週から、家にいるときは出来るだけ裸足でいたんだのによと。ゾロの方こそ、今頃やっと気づくなんて遅いと、内心でぶうたれつつも にやけてる誰かさんだったりし。
あれあれ? ということは……?
〜どさくさ・どっとはらい〜 09.04.15.
*あの長い長い“高校生最後の夏休み”のお話があって言うのもなんですが、
こちらのルフィ坊や、まだ高校生だということで、
今後のお話、続けさせていただきます。
あの一件がらみな展開になったなら、さすがに時間を進めますが、
掌話の段階では、屈託のない高校生ルフィをもちっと書きたいので、
どかどかご容赦くださいませです。
ちなみに、ご一家の近況はというと、そっちも相変わらずで、
父上は洋上で、兄上はカナダで修行を兼ねた就学中だったりします。
めーるふぉーむvv
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