天上の海・掌中の星

      “貴公子殿の休日は?”


その昔、一条の雷霆が“混沌”を切り裂いたのが、
世界の始まりだ…とされていて。
切り裂かれたことで、
個と個になること、存在という概念が生まれた“世界”は、
二極に離れ切ってもしまわず、さりとて元の混沌への融合も望まず。
戻りたい力、独歩したい力、
両者の鬩ぎ合いが長引くほどに、
いつしか“時間”というものが紡ぎ出されて。
とりあえず相手へ間近い部分の“存在”は、
混沌へと飲まれることのないように、殻で覆いてその身を守った。
巨きな混沌からの影響へ拮抗しようというのだから、
頑強な代物ではないと敵わぬが、そんな殻はそうそう保てるものでなく。
時間とともに風化をし、存在もまた滅してしまう。
そういった現象が起こる次界は、存在の世界の中でも特別視をされ、
高次濃縮された生気を宿す存在の世界、
陽世界という独立した次界とみなされるようになった。

  ――― よって

生身の人々が住まう陽世界を
も一つ上の次界から見守っているという立場にあることから、
“天聖界”などと大仰な言いようをしているが。
つまりは異次元、外回りの別な世界というだけで、
創造主がいる訳でもなけりゃあ、
支配権があるって訳でもない。
殻器の要らぬ身なればこそ、
高次の存在であるというところから、
双方の世界を区切る障壁越えが出来るほどの能力者であるのなら、
あるいはちょっかいの出しようもあるのかもしれないが、
そんな勝手や専横を、他の住人らが認めるはずもなく。

  ―― 全ては世界のバランスを保たせるため

管理という意味合いではない監視、
保全という意味合いからの干渉と補佐をしているだけ。
むしろのもしかして、
無償の“奉仕”をしているようなものかも知れぬ。
それが誠心誠意、正義のつもりでも、
偏ってはならぬ暴走してはならぬとの自制を込めてのこと。
世界を巡ることで時をも巡らす“風”を送り合い渡し合い、
権限というよりも班長のような役割を、
手渡しし合う聖宮が四つ設けられ。
それぞれに 天水、天炎、天風、天巌と名付けられ、
春夏秋冬、東西南北をめいめいが司るそこには、
それぞれの季節を任される責務を負う“天使長”が配されていて。
他次元世界への影響が一際大きく出てしまう陽世界を
人知れず こそりと見守っている。


  それが、天の聖世界の成り立ちだ。




      ◇◇◇◇



 ……などなどという ややこしい原則原理も、今現在の住人らは どれほどのこと、わざわざ意識しているものなやら。近年のとある騒動に翻弄され、それへ直接対処した階層の存在たちは、浮足立ったその中で基本から浚い直す必要もあってのこと、そういった辺りを咬みしめ直しもしたけれど。だからといって、そんな源初まで日々のいちいちに爪繰り直していても詮無いこと。安寧な毎日が戻って来てからのこっち、苛酷な任務や騒ぎも相変わらずに発するが、それでもまま彼らの物差しでの“日常”を、何とか紡ぎ直せている今日このごろだったりし。


 「…ということで、西の天風宮に出掛けてくっから。」
 「は。」

 戒律厳しく頑迷そうな主人のお顔をそのまま想起させそうな、どこかいかめしい存在感のある、石の大門のその向こう。正面玄関の大扉を開け放ち、ポーチまでの階
(きざはし)を駆け降りながら。お顔の片側へ蜜色の髪を垂らした青年が、後背から見送る家令へ向けて、軽快なお声をかけている。風を巡らす四つの季節。そのそれぞれを司る聖宮のうち、西の天風宮の天使長は、天水宮のナミとさして変わらぬ世代の、まだまだうら若き コーザという青年で。そんなご大層な地位につく直前まで、一緒に伸し歩きもした間柄であったこと、こちら様は天巌宮の総帥の御曹司であることなどなどから、今も尚、肩を張らない、気を置かない付き合いを、彼とも続けているサンジであり。

 「ではな。」

 整然と整えられた前庭の途中、気さくな所作にて片手を挙げて。肩越しの愛想を振ったのを最後に、その痩躯が宙へと溶ける。彼ほどの地力を持つ聖封ならば、封印特化した一族の宗家内部からだって、さほど手古摺ることもなくの直接に、よそへの瞬間的な次空転移くらい出来そうなものではあったが。

 “それでは示しがつかぬからの。”

 場外からのト書へと、間合いよく応じて下さったのは。こちらの聖宮の惣領・ゼフ様ではありませぬか。霊絲探査と同じほど、障壁・封印に関しても天聖界随一という能力誇る一族であらせられる以上、それによる“護り”の意味というもの蔑
(ないがし)ろにして、ひょいひょいと出入りをするのは、本末転倒・言語道断ということなんでしょうね。

 「出掛けおったか」
 「は。」

 玄関前にてお見送りをと立っていた、年齢不詳の執事、ギンという家令が惣領様へと向き直る。

「今年は“かえで五号”の出来がよいとか。
 よければ味見をとのお誘いがあったそうです。」
「さようか。」

 何だか味気ないその名前、米や芋の名ではなくお酒の銘柄なのが微妙だったりし。もう相当なお年だろうに、相も変わらず矍鑠
(かくしゃく)とした存在感を満ち満ちとまとわして、会話の的の跡取り息子の、とうに姿も陰もない前庭をついと見やった惣領様。

 「西といえば、先だっての迷よい子はいかがしたのだろうな。」

 虚無海間近で氾濫に遭い、一家散逸の末に生き別れとなった実兄を捜して、怪しい者に唆され、不法な方法で生気を集めていた少女。巻き込まれた事故の影響か、飛び抜けた能力を持っていたが故、封印の一族の中、聖封と名乗れる格の筆頭、次代にと目されているサンジでも、その捕縛に手古摺っていた対象であり。主幹格の精霊らが数人がかりという態勢になってのやっと、何とか捕らえて事情を訊いて、その身の上が判明した折。二度と再び合えぬかも知れぬと半ば絶望していた、彼
(か)の少女の親族が、存命していたのみならず、そちらも類い希なる資質から高位に取り立てられての所属していたのが天風宮。サンジも親しく接していた相手だったと判ったのが、後日のおまけ話だったそうで。そんな顛末だったなぁと、ふと思い出されたらしき惣領様へは、

 「兄上のシュライヤ様が構えし、近衛の宮へと引き取られたということです。」

 本来ならば厳しい修養の末に習得する障壁越えと、何かしらの象徴クラスででもなければ得られぬ級の力だろう“陰体固化”など、子供だてらに途轍もない能力を持ってた少女で。しかもその力を使い、あちこちに発生する意思なき生気“名もなきもの”を片っ端から狩っていた。もはや当初の目的は果たされたのだからと、それらに封印することへも素直に応じた少女だったものの、そこまでの力を持ちながら、天使長らという聖宮中枢は元より、周辺の大人らにも知られてはなかった存在。……だというに、それは的確にそんな彼女の立場や能力を把握した上で、くるりお見事に言いくるめた何物かがいたわけで。

 「CP9、か。」

 何をどこまで知っているやら、得体の知れない存在の出現ということか。あの玄鳳の一件で犠牲になりかけたルフィ少年が、その筐体の大きさから再び狙われてしまった事態でもあり。

 “厭な尾を引かねばいいのだが…。”

 天聖界のみの話じゃあない事態へだけは、発展させてなるまいぞと、いかめしいお顔をますますしかめ、決意を新たにするゼフ翁だった。





     ◇◇◇



 屈託のない笑顔で、なのに大変な境遇に耐えてた小さな坊や。彼との出会いからこっちのドタバタを見るに、随分と長いこと、安穏とした天聖界だったのだなと思い知らされた。次元壊滅の恐れがあったほどの、とんでもない大妖との戦いも一度や二度じゃあないほど体験しているし、自分たちと同じく聖宮に籍を置いていた、人望もあっての将来有望だったとある精霊が、だのにたった一人で戦乱もどきの騒動 引き起こし、強引に虚数海への障壁こじ開けてその姿を消したという、今の今でも未解決なままな空前絶後の案件だってあるけれど。それらはどれも、天世界の一部を騒がせた程度の代物。ルフィのその身を巡って起こった事件はどれも、そのまま捨て置けば、あるいは、直接の対峙でこちらが負けておれば、陽世界・天聖界、双方ともが消去されていたやも知れぬほどの一大事だっただけに。今でこそ、よくも無事に収めたことよという“済んだこと扱い”で冷静に断じることも出来るという順番なのであり、

 「……そんで? 何でまたお前が先にここに来てたりすんのかな?」

 世代こそ、まだまだひよっこなどと言われてもいる若いメンツではあれ、最近の大事にかならず投じられて来た最強戦力、封印一族の次代様の気ままなお出掛けの出先へと。話した覚えもないってのに先回りしていた彼こそは、

 「ざんじぃ、おで、おで、どうじだら〜〜〜。」
 「ああ判った判った。まずは涙と洟を拭け。」

 ボタボタとあふれる涙に真ん丸なお目々が溺れそうになっている、小さな使い魔さんこそは、サンジが日頃連れている仔トナカイの妖魔さんであり。そこが普通のトナカイとは異なるところ、後足で立って歩く二足歩行が可能な存在で、しかもおしゃべりも堪能だったりし。丸々とした縫いぐるみ体型の愛らしさもそのままに、口許引きつらせてのえぐえぐと、何が悲しいか泣いてばかりいる模様。そんな彼が飛びついた友を見やって、

 「小半時ほど前に飛び込んで来て、そのままずっとこの調子だ。」

 この天風宮を預かる天使長、野生味あふれる精悍な若武者のコーザがククッと笑って、凭れている脇息に肘を据え直しながらその身を起こせば、そんな彼の周囲に輪を作って座していた、山野を駆ける狩り仲間でもある近衛の面々がやはりくつくつと、多少は微笑ましげなそれながらも忍び笑いを零しており。

 「何をどう訊いてもサンジがサンジがで埒があかねぇ。
  も少ししたら本人が来るから待ってなと、
  これでも俺らなりにあやしながら過ごしてたんだがな。」

 山野を駆けちゃあ、豊饒の実りを愛で、それらへ集まる獣らと戯れるのが、西へと渡された風をその身へまといし彼の、言わば日課のようなもの。そんなせいでか、この時期のコーザに心開かぬ霊獣はいないはずだってのに、せぐりあげが止まらぬまんま、自分の主人をただただ待ってたおチビさんであるらしく。

 「そ、そりゃあ済まなかったな。」

 日頃 余裕でかかってることだろに、そのお顔が潰れちゃったんじゃあとの心配を、これでもこっそり抱えつつ、こっちを見るなり懐ろへと飛び込んで来たトナカイ坊やをよ〜しよ〜しと宥めてやって。

 「で? 一体 何へとそうまで狼狽
(うろた)えとんだ、お前。」

 この女好き…もとえ、フェミニストさんには珍しく、男衆ばかりの集まりに運んだのも、この宮でしか味わえぬ酒、地上で言うところのボジョレ・ヌーボーのような新酒を御馳走になりに来た身だからで。女性のギャラリーは一人もいない場だというに、突然のご対面となったチビさん相手に、一切邪険にする気配はなしで、こうまでの構いつけが出来る辺り、

 “皮肉屋 気取ってやがんのだって、どこまでポーズなんだかな。”

 名のある血統、先で継がねばならぬと定まっている身。格式ばった大人らに揉まれるようにして育ったサラブレッドだのに、それを感じさせないざっかけなさも持ち合わせ、社交術という時に理不尽な融通と、それとは真逆の素直で廉直な心持ちと、どちらも理解し身につけている、奥行き深い次代様。とはいえ、彼の“本質”は、こちらの柔らかいところを多々持つ彼だと、親しい者ほどよくよく知っており。だからこそ…小さな使い魔くんに泣かれて困っている彼なのも、冷やかす対象なんかじゃあないと、こちらの皆様もまた心得ておいでだったりし。…とはいえ、

 「えっ、えっ、だ…て、おれ、おれっ。」
 「ほれ落ち着け。」
 「おれ、着地するので せいっぱいでっ。
  だから、ルフィが…いなくて どしよかってっ。」
 「…………ルフィ?」

 ここまでは、一体どんなささやかなことを人生の重大事みたいに騒いでいるかなと、そんな心持ちでいたサンジの表情が、端からピキピキ、一気に凍ったのが実に見ものだったこと。その場に居合わせた頼もしい男衆らが、のちのちまで酒の肴にしたおしたとかどうとか……。
(苦笑)




       ◇◇◇◇



 チョッパーがせぐりあげの合間合間に言うことにゃ、ゾロが唐突に天聖界への所用があるとかで帰ってしまったのだそうで。その間のルフィへの用心にと、留守番のお目付役に呼ばれたのがチョッパーだったのだが、

 「あんのヤロ、人んチの坊主を勝手に使ってんじゃねぇよ。」

 言いながら、指笛を高らかに鳴らしてサンジが呼んだのは、ヒグマほどはありそうな大きな体躯の純白の毛並みを空の青へと光らせた、そりゃあでっかいピレネー犬もどき。ノジコお姉さんがいつぞやまたがって登場なさった“チャボくん”と同種のフライングわんこだそうだが、呼ばれたこちらは勿論のこと、あれとは別なわんちゃんで。さっそくチョッパーのお顔を満遍なく舐め回しての懐いて見せてから、

 「どうせまたルフィの奴が、
  退屈だからとか何とか適当なお題目掲げて、
  こっちに来たいって言い出したんだろうが。」

 「うう…、なんで判るんだ? サンジ。」

 そういうのが、陽世界でのはやりなんか? おれ、俺そういうの、全然知らなぐで…と、またぞろ泣き出しかかるのをひょいと小脇に抱えると。絹糸のような金絲をふさりと揺すぶってお顔を上げた、うら若き聖封殿。白い顔容
(かんばせ)のその横顔の稜線が、何ともすっきりとしていて凛々しいばかりで。ここにご婦人が居合わせたなら、何の下心もないそんなお顔こそが彼の本当の麗しさだと、再確認出来たそのまま胸元鷲掴みにされたに違いない。今日はラフな格好だった、そのストライプのシャツの裾、ひらひらなびかせ風に乗り。相変わらずに長い御々脚を起用にさばいて、宙空に浮かんでいたわんこの背中へ颯爽と飛び乗ると、

 「悪いな、コーザ。騒がせるばっかになっちまって。」
 「いいってことよ。片付いたらこっちへ真っ直ぐ戻って来な。」

 酒のほうはゼフ爺さんからも調達を頼まれているもの。お前が味を確かめてくれねぇと、持ってけねぇしと、にんまり笑い。会釈を残したサンジを乗せて、するする穹へと昇ってく白いわんこを見送って下さった。さあ、出発だと風の匂いを小脇に抱えたトナカイさんへと確かめさせる。

 「どうだ。ルフィの気配はするか?」
 「えっと、えっと、えっとっ。」
 「焦るこたねぇから。」

 ただの人間がこの世界へ放り出されたなら、その殻が邪魔になりの、こっちの防衛戦へ異物扱いされての攻撃されたりのと、いろいろと問題だけれど。

 「あれは俺らが手ぇ貸さなくとも障壁越え出来る奴なんだ。」

 そんな特別な身だからこそ、時に途轍もない者に狙われもする坊やであり。幼いころからのずっと、怖い想いもさんざんして来た、友達もいなかったという切ない告白も、彼からじかにされたのだろに。そんな身の坊やを、待ち切れなくてのこんな羽目へと追い落としよってからに…と。何だかんだ言っても小さき者をこそ護ってやりたい、正義の味方なお兄様。

 “だから、しっかり見守ってねぇかっつうんだよっ。”

 自分のほうからも大切な存在だろうに、と。そもそもの置き去りをしでかした保護者の破邪へと胸の裡にて毒づきながら、天世界の青空を翔ることと相なったでこぼこ主従。年に何度かの精霊刀の手入れにと、特別な刀鍛冶の屋敷を訪のうていた、天然記念物ことゾロをまずは見つけてのそれから、広大な天聖界へとはぐれてしまった迷子捜しが始まると思いきや……。


  「…あれ? サンジだ。あ、チョッパー! お前 無事だったんかvv」


 探しものたるご本人。選りにも選って、その鍛冶屋さんへと天空から墜落していたらしく。そんな気配を拾えないでどうしますかの、破邪さんが、既にしっかり回収済み。何ともまあまあ 巡り合わせにおいてはツキまくりらしい坊やへ呆れた聖封様。屈託のない笑顔とのご対面が無事に叶ったことへは何の文句もなかったものの、振り上げた鉄槌の落としどころに困った挙句、

 「いいか?
  今度から、こういう用事であれこっちへ戻るときゃ、
  この坊主も一緒に連れて来いってんだっ。」

 お常の喧嘩相手へいつもの調子で毒づいて。半ば煙に撒くようにして 幕としたかったらしいその気持ち、理解出来るというお人は手を挙げてやってくださいませと。天のマサゴリンドウが、鍛冶屋の庭先、ゆらゆらと揺れていたそうですよ。




  〜Fine〜  09.09.25.

  *カウンター324、000hit リクエスト
    秋鷹様 『天上の海〜で、サンジさんの日常風景』


  *駆け足な終わりようになってしまってすいません。
   何かこのままのペースで事件まで引き起こすと、
   またぞろ長期連載地獄へ陥りそうな気がしたもので。
(おいおい)

   サンジさんの“日常”は、
   ご本人こそお洒落で小粋なそれと思ってらっしゃるようですが、
   実を申せば、お人よしな気性があちこちからはみ出しの、
   立派にどたばたした代物だったりするんですよvv

   だからして、彼の“ナンパ”とか“女性との交流”は、
   粋な口説きが出来るとか洒落たアイテムに通じてるとかいう、
   在り来りな次元のお話じゃあなくて、
   こちらの…子供好きだったりお人よしだったりするお顔、
   きっちりと押し隠せることが、凄いのです。
(笑)

めーるふぉーむvv ご感想はこちらvv

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