天上の海・掌中の星

    “散華 花寒”

夏日になった翌日に、10度以下なんて寒さが戻ったり、
日替わりのノリで寒暖が襲うへんてこりんな春は、
とうとう“東京で一番遅く降った雪”の
41年ぶりタイ記録へまで至ったほどで。

 「でも、きっとその冬は ただただ寒かったんだろうな。」
 「かも知れねぇな。」

もしかせずとも、
そんな昔なんてまだ生まれてもなかった坊やのお言いようへ、
もしかせずとも、
そのくらいの過去になら余裕で存在していただろう破邪殿が応じる。
さすがに“ホントはどうだったか”までは記憶にないらしかったが、

 「そんなだった次の日が、こ〜んな暖ったかいんだもんよ。」

日なたにじっとしていると、頭やら背中やら ともすりゃ炙られて熱いほど、
それはそれは いいお日和となった中。
頭上のお空をついと見上げて、
今日のは異常じゃないのか? 平年並みか?などと呟きつつ、
一丁前に むうと眉を寄せてるルフィであり。

 「こんなもんだったんじゃね?」

そんな瑣末なことはどうでもいい…というよりも、
しまった覚えてないというのをひた隠しているがための無愛想、
関心なさげな声で返したゾロだったが、

 「つつじがまだ咲かねぇのが、何か怪しい。」
 「怪しいって、お前…。」

高校生には到底見えぬ、
小柄で童顔な風貌や、食いしん坊でわんぱくな言動から、
お元気なお祭り坊主という、
闊達な印象ばかりが強いルフィだが。
どうしてどうして、
これで草花の咲き初めなんぞには敏感だし、
陽の濃さやら土の匂い、
草いきれを載せた風の色など、
そういった自然からの語りかけへも、
眸や鼻が利く性をしておいで。
今も、駅前の商店街での買い物から帰る途上にあって、
児童公園のフェンス越し、
まだまだ緑ばかりなツツジの茂みなのへと、
そんな感慨が飛び出す彼であり。
久々にTシャツ1枚で十分な暖かさなのに、
布団も干しまくりのいいお日和を受け、
可憐に咲く花がどこにもないのが、ちと詰まらないらしい。
もう少し先まで伸せば、
本多さんチのモクレンの赤が見えて来るし、
ユキヤナギの茂みには白い小花も風に揺れてたはずなのだが、

 「今年はのんびり花見も出来んかったしな。」

ぱさんふさんと まとまりの悪い黒髪ゆらして歩きつつ、
はぁあと切なげな吐息をこぼすので。

 ―― ああやっぱり そこへ引っ掛かってたんかと

大きめのトートバッグを肩から揺すり上げる所作に紛らせ、
こちらは、思わずのこと 苦笑を咬み殺したゾロだったりし。
いくら何でも、全くの全然見てない訳じゃあない。
ここいらにも見ごたえのある桜はあちこちにあって、
例えば植物園に行くのもよし、
JRの線路沿いにも並木が連なっているし、
河原の土手の上、
ジョギングコースに沿って植えてあるところだってある。
ご近所の児童公園の中にも、
まだ若いのがそれでもたっぷりと花をつけて咲いてたし…と、
今年は早い目だった春の訪のいを知らせる桜は、
あちこちで順当に咲いての見事な満開にもなっていたのだが。

  ―― 選りにも選って、
     ルフィの側の予定が合わなさすぎた。

春休み中から早々と咲き始めた桜を横目に、
これでも最高学年へと進級した身の上の坊やには、
入学式やら始業式やらの準備要員にと、
駆り出されたこと多かりしだった四月の初めだったりし。
それでも、あのね?
この調子なら
平日でもお弁当提げて観に行ける春休みのうちに、
結構な咲きようになんぞ、出掛けられるぞと。
ワクワクしもってお仕事片付け、
やっとのことで身が空いたと思ったら、

 『何なんだよ、今年の春はっ!』

キャベツやレタス、ネギにホウレン草、
定番野菜の値段が3倍から4倍に跳ね上がった元凶。
寒の戻りなんてかわいいもんじゃない、
青と水色で縁取った『リバース・ザ・極寒』という
ゴシック字体のあおりが掛かりそな。
そんな途轍もない厳寒が、
それも雹やみぞれ、はたまた台風並みの突風を伴う、
冷たい時雨という格好で襲い来たもんだから。
どこかへ出掛けての宴を催し、
青空を背景に優しい緋色の花房を見上げる…という、
本格的な花見はとうとう出来ずじまいだったのだ。

 「まあな、
  入学式が満開の頃合いと重なったのはサ、
  いいことだと思ったけどな。」

やっぱ気分いいじゃん、そういうの。
今日から此処へ通うんだなぁって、ドキドキして。
そやって辿り着いたガッコのあちこちに、
桜がわささって満開で咲いてたらサ。
物凄く派手に
“おめでとう”って祝ってもらってるよな気がすんじゃんか…と。
宴会モードでは堪能出来なかったけれど、
まあしゃあないかとの諦めは、結構早めについたらしい。
だってね、

 「……お。」

公園のフェンス沿いに何本かあるのは、もう葉桜になりかけの桜。
なりかけというだけあって、まだ少しほど花びらが残っており、
それがはらはらと舞って真下へと差しかかる二人だったりし。

 「そういやぁ。」

どちらから どうと言い出すまでもなく、自然と足が止まってしまい、
やわらかそうな若葉がちょろりと覗く枝を見上げたそのまま。
ふと、ゾロが口にしたのが、

 「満開は逃したが、こういう散ってる桜もなかなか人気があるんだろ?」

止めどなくという表現のそのまんま、
かすかな風にも敵わずの ほろほろほろと。
まるでほどけるように舞い散る桜の図も、
それは清冽で印象深くて。
いつまでも見ていたい、情緒ある風景ではなかろうか。
こんな少ないそれじゃあない、
もっと一杯、空間を覆うほどの降りようで、
次から次から降る花の散るさま、
さすがに哀れで、ルフィの性には合わないのかなぁと。
訊いておきながら、そんなところかとも先んじて思っておれば。

 「う〜ん、そっちも綺麗は綺麗なんだけどもさ。」

今日のお昼ご飯として買ったお総菜、
メンチカツとそれから、
高野豆腐の薄味含め煮の入ったビニール袋を持ち替えながら、
真ん丸な輪郭
(シルエット)した頭をかっくりこと傾げた坊や。


  ―― いつまでもいつまでもって キリがねぇから何かこう、
     口開いてるばっかンなっちまってサ。
     せっかくの御馳走が食えねぇじゃんか。


   ……………はい?


綺麗なのは認める。認めたその上で、
美味しいものを食べる意欲まで浚ってくのが、ちと困ると。
彼としては至って真剣に
“う〜ん”なんて唸ってたりするもんだから。

  「〜〜〜〜〜〜。」
  「………ゾロ、笑うときゃ思い切り笑った方がいいぞ。」

こらえが過ぎて窒息しかけたり、
気管に何か入って死にかけた奴を知ってるぞ?なんて、
どこまで本気か、それとももしかしてこれでも“ムッ”としているものか。
そんなお言葉下さったルフィへと、

 「す、すまんすまん。」

相変わらずに可愛いことばかり言ってくださる坊やから、
思わぬ間合いで幸せを貰ってばかりの破邪様だったりし。
ますますの笑いの衝撃を何とかこらえつつ、
とぽとぽと歩み始める のっぽなお兄さんと、
そんな彼のすぐ傍を、先になったり追いかけたりしている、
もうご機嫌は直ったらしき愛らしいおチビさんとへ。

  来年こそはのんびりとお会いしましょうね、と

若い桜がゆらゆらと手を振った、卯月日曜のお干どきだった。





  〜Fine〜  10.04.18.


  *いいお日和と書いてますが、
   実際の関東地方はどうだったんでしょうか。
   近畿はとりあえず、
   ぱきーっとした いいお天気だった日曜でした。

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