天上の海・掌中の星

    “秋野原一景”


特に変わった何があるということもなし、
誰か何かがもう少ししたら躍り込んで来る予定もなし。

  其処にあるのは単なる自然な風景。

たまには人造物も混ざってたりするけれど、
それが強烈な自己主張をするでなし。
強いて言やあ、時たま吹く風になぶられて、
ゆらりゆらゆら、ざわりさわさわ、
草やら梢やらが揺れたりさざめいたりするくらい。

  だっていうのに、どうしてだろか、
  いつまでもいつまでも飽かず眺めてたいって景色は、
  本当に本当にひょんなところにあるもので。

目には見えない風の到来。
まずはさわざわという音が先触れになっての、
遠いところから聞こえて来て。
それから、眼下に見渡せるススキやカヤの原っぱが、
向こうからこっちへさざ波を順々にリレーして来るのが見える。
見えないはずな風の形を、
こんなだよって象(かたど)るみたいに。
リボンみたいな横に長い線とか、
強い風のときは海の波にも似た大きな塊の襲来を、
向こうからこっちへざわざわと押し寄せさせて。
そのどん突きになる土手の上のこっちへと、
そぉれって、放り投げるよに吹き上げさせるまでの一部始終が、
一通りの全部眺められるから。
それこそそうだと気づいてからこっち、
夏休みの緑の原っぱにはあんまり目もくれなかったのに、
この時期だけは特別に時々、
立ち止まってまでして見とれることがあるルフィだったりし。

 “………お。”

いつも“来るぞ来るぞ”と、眺めてる訳じゃあない。
遠い川面のさざ波に眸をやり、
ゆらゆら揺れてる枯れ草の野原とかが、
黄昏間近な茜色の空気に染まってる風景を見るのが好きで。
そのうち、小さく左右に揺れてたススキの茂みが
其処からやって来る風を乗せ、
今度はこっちへ倒れ始めるのへ気づいて、
その双眸をかすかに見開くと視線を留める。
気づかぬうち、
肩から提げてた体操服入れの紐を握ってて。
どんだけワクワクしてたんだと、
自分でもちょっと笑っちゃったほどで。

 ―― さわっ、ささざざざ、さわさわざわざざ…、と

こっちへこっちへやって来る草の波。
それが大きくうねっての ど〜んっと、
土手の横腹、斜面へぶつかると、
自分の立っている土手上のジョギングコースまで吹き上げて来て。
髪をばさばさなぶるのが、何か爽快で気持ちがいい。

 「…そうか。
  今週は早上がりかもと言っといて、
  なのに、ずっとずっと遅いのは、
  ここで足止め食っとったんか、お前は。」

 「あ、ゾロだ。」

少々含むものが大有りみたいな、
そんな微妙なお声と表情での呼びかけへ。
こちらさんはといや、
何とも屈託のないお声で呼びかけ返している坊っちゃんで。
さすがにエプロン姿じゃあないものの、
帰って来るタイミングに合わせてやりたい料理ででもあったのか、
菜箸片手という笑えるお出迎えに来てくれた長身の同居人。
表向きには“主夫”で通しているものの、
実は姿なき陰体を封印滅殺するのがお務めの、
破邪様というおっかない存在の彼であり。

 「買い食いならともかく、
  こんな何にもないところでの寄り道なんて、
  今時小学生でもやらんだろうに。」

何を見ていたものやらと、
同じ方向へ眸をやったゾロだったのへ、

 「だってよ、何かこう、
  こっからの眺めってスペクタクルだからサ。」

感じ入るものがあるんだよと、ワクワクッと語ったルフィなのに、

 「そぉうかぁ?」

不思議な存在のくせに、実はなかなかリアリストな破邪殿、
ただの草っ原じゃねぇかと、どうにも理解が及ばぬらしく。

 「やっぱゾロって鈍感なんだな。」
 「何だと。」
 「だって、サンジがいっつも言ってんじゃんか。」

邪妖にせよ精霊にせよ、ただの人にせよ、
生きてる存在は気配ってもんを帯びてるもんなのに。
よっぽどの殺気でも帯びてない限り、なかなか読めない奴で困るって。

 「サンジは、結界張るだけじゃなくって、
  そういうのを代わりに察知してやる役目もこなしてるんだってな。」

 「〜〜〜〜〜。」

あんにゃろめ余計なことをと、目許を眇めた緑頭のお兄さんへ、
へへぇと微笑ったルフィとしては、だが、
やり込めようと思った訳じゃあないらしく。
あとちょっとという間合いを詰めるように とたとた駆け寄ると、
ふんすんと匂いを嗅いでみせ、

 「あっ、揚げ物の匂いするっ。」
 「ああ。今晩はヘレカツだ。」

やったぁとはしゃいで、もう草むらの観察はいいらしく、
早く返ろうと先に立って歩きだす始末。

 「あ、そだ。キュウゾウから電話なかったか?」
 「ねぇよ。つか、向こうからは掛けてこれねぇだろ。」
 「そうかな。やっぱ迷惑なのかな。」

特に用件のない電話って、ホントは掛けちゃあいけないんだろ?
それを思えば、向こう様には迷惑なのかなと
むうんと眉を寄せたルフィだったのへ、

 「そうじゃなくて。
  普通の猫でいる奴が、
  電話したいですなんて素振りはそうそうしねぇって。」

実は邪妖のお仲間、不思議な存在であれ、
そんな素性を隠してるらしいのに、
わざわざ怪しいことをやってちゃあ何にもならんだろうがと。
ちょっとだけ遠い町に住まう仔猫の友達の“立場”というもの、
一応はと浚ってやれば、

 「そういうもんかなぁ。」

不思議のほうに慣れっこなせいか、
人の和子であるルフィの方が
“おやぁ?”なんて小首を傾げているから妙なもの。
そんな坊やの肩から、体操着の入っているバッグを引き取りつつ、

 「大体お前、
  妙にあいつとは仲いいな。可愛いから気になってんのか?」
 「何だよ、それ。」

まあ、可愛いってのはあるかもだけどもと、
少し大きめのブレザーが浮き上がるほど両腕を上げると、
頭の後ろに手を組んで。

 「だってよ、迷子になってたじゃんか。」

それも、結構遠いトコまで来ててよ、と。
呟いた口調が、気のせいか…少々沈んだ声となり。

 「??」

おやと、隣りを歩ぶ坊やを見やれば、
微妙ながら、お顔も少しほど俯けており。

 「心細かったんじゃないのかなとか思ってさ。」

俺、そういう奴を見るとそこへ置いとけないんだよな、
そういうとこ、ゾロからもよく叱られてっけどと、
そう言い足したのは、恐らく。
成仏し損ねた存在を感じると、
いまだに放っておけないところを指しているらしく。

 「……あのな。」

 そういう曖昧なものと一緒にしてやんな。
 ええ? 何で?
 お前も見たろうが、あいつは実は結構凄腕の兄ちゃんだ。
 そうだったけどさぁ。

それでもね、
別れ際に見た姿はやっぱり、小さな小さな仔猫だったから。
心細い想いをしたんじゃなくて、友達が出来た冒険だったんだって、

 「そう思ってくれたら嬉しいってだけだっ。」

以上 まるっと、
そのお話しはおしまいと言いたげに区切って、
そのままパタパタ駆け出した坊やへ、

 “……何だかなぁ。”

そういやルフィは、
独りぼっちの寂しさをちゃんと知ってる坊やでもあって。
日頃は欠片だって匂わせもしないが、
だからと言って、忘れられるものでもないものなのか。

 「ルフィ。」
 「なんだ?」

大きなスタンスでの早歩きで、あっさりと小柄な坊やへ追いついたお兄さん。
その大きな、持ち重りのする手をルフィの頭の天辺へとんと置くと、

 「お前は迷子じゃないから。」
 「え?」
 「どこで引っ掛かってようと、
  今日みたいに俺が迎えに来てやるし。」

重たい腕越しに見上げたお顔は、
ちょっとも微笑ってはない真面目なそれで。
ああでも、何でかな、胸の底の方で何かがびょんって弾んだのが判る。
小さい子じゃあるまいし、そんなじゃねぇって言いたかったけど、
そのびょんってのが意外と大きかったんで、
そんな気持ちまでどっかに飛ばしちまったみたいでさ。

 「……ホントだかんな。」
 「ああ。ホントだ。」
 「ゾロの方が迷子になんなよ?」
 「どっかへ行くんじゃねぇ、お前を探すだけだから楽勝よ。」

じゃあいいと、にっぱし笑った坊やと並んで、
家までの道をのんびり進む。

  テンプラ鍋、火に掛けたままとか?
  そんな危ないことはしねぇよ。
  じゃあ何で箸もってんだ?
  あ? …おおうっ。

早くお家に帰ろうね、お二人さん。








   おまけ


 「……お〜い、キュウゾウ?」
 【 にゃあんっvv】
 「元気だったか?」
 【 にゃぁみゃっ♪】
 「そか、よかったな。この頃ちょっと寒くなって来ただろ?」
 【 にゃん、みゃうみゅう。】
 「キュウゾウもそろそろ冬毛に変わるんじゃね?」
 【 にゃうにゃ、みゅう。】
 「もうちっとか? でも確か半ズボ…だったしよ。」
 【 にゃにゃ、みゃん・にゃうにぃ。】
 「そっか、お兄さんが洋服編んでくれんのか。じゃあ暖ったかいな。」


やっぱりご機嫌さんでお喋りする仔猫さんの傍らで、

 “意味が聞き取れなきゃ成立しない会話なのになぁ…。”

七郎次さん、まだ怪訝に思ってるらしいです。
いっそ“ま・いっか”とした方が気は楽だぞ?(おいおい・笑)




  〜Fine〜  10.10.22.


  *西日に照らされた真っ黄色のイチョウの木とか、
   満開の桜が風に梢をたゆたゆと揺らす様とか、
   凄い遠くにあるのに、
   やたらくっきり見える坂の下の海とか。
   いつまでもいつまでも眺めていたい、
   そんな眺望ってのはあるもんで。
   このシリーズのルフィくんは、
   陰体の気配以外に、
   そういうことへも感受性が豊かな子であるらしいです。

**ご感想はこちら*めるふぉvv

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