天上の海・掌中の星

    “ちょっぴり複雑な夏”


長っ尻だった梅雨が明けた途端、
日本全国を襲ったのが途轍もない猛暑の日々で。
30℃越えは想定内だったが、
こうもあちこちであっさりと、
35℃以上の猛暑日を記録し倒す毎日となろうとは。

 「日本もそのうち、亜熱帯に格上げだな、こりゃ。」
 「上げなのか下げなのかは知らねぇが。」

冬場の豪雪はそのまんまなんだから、
気候分布的な塗り替えは難しいかもだぞと。
なかなかにアカデミックな会話を交わすこちらのお二人。

  ………ご安心を。
  間違いなく“波の随に”にお越しでございますよ?
(苦笑)

なかなか上がらぬその中で、
あちこちで大きな災害まで起こした、
あのとんでもない梅雨の雨はどこへやら。
一斉に明けたのを合図にしたかのような“いっ、せぇの”で、
今度もやっぱり一斉に、
35℃以上どころじゃあない、40℃にだってすぐにも届くぞというよな、
しかも蒸し暑い日々がやって来て。

 「何も夏休みに入った途端にってのは ないだろによ。」

朝起きて一番に、
シャワーを浴びたり髪を洗いたくなる女の人が多いのがよく判るぜと。
寝汗をたっぷりかいたらしき腕白さんが、
顔を洗うだけじゃ収まんねと、
そのまま風呂場へ向かったものだから。

 “おや、珍しい。”

休みに入ったその途端、
叩き起こす手間要らずの早起きさんになるのは常のことだったが、
寝汗を気にするなんてのは珍しいこと。

 “洒落めく年頃になったか、それとも。”

そうまで暑い熱帯夜だったかねと。
はちきれそうな黄色も目映いグレープフルーツを、
大きな手で軽々扱い、
生ジュース用にさばきつつ。
微妙に案じかかった緑頭のお兄さんだったけれど、

 「…………お。」

さして刻を待たずとも、
坊やがお気に入りらしいユニットの歌う、
CMソングが聞こえて来たので。
体調がどうのという心配は要らぬらしいと、
分厚い胸板上下させ、こっそり安堵してたりし。
昨夜の晩ご飯も、
醤油ベースの味しませ、
片栗粉のころもをうっすらまぶした鷄ももの一枚肉を、
じっくり時間かけてカラッと揚げた、
特製ジャンボ唐揚げを。
付け合わせの生野菜と一緒に、5枚もペロリしたほどで。

 『え〜? 俺、キャベツは要んね。』
 『ダ〜メだ。お替わりしてぇなら、せめてこの皿の分は食え。』

まだまだ夏ばてには縁のなさそな お元気坊や。
早起きしたまま、ラジオ体操だのプールだのへとなだれ込む、
エネルギー補給優先の、至って活動的な毎日を送っておいでなので。

 “そうめんに飽きるのも時間の問題かな。”

何でそんなに元気なんだ あんたらと、
お母様がたが呆れるのは、
何も灼熱の外へ遊びに行きたがることのみならず、
こういうことへもなんだろなと、
菜箸片手に しみじみ実感したりする、
破邪のお兄さんだったりもするのである。





       ◇◇



何も“家政夫”業にばかり専念している訳じゃない、
昨夜も昨夜で、
最寄りの神社の石鳥居を踏み潰さんとしていた、
そりゃあでっかいカミキリ虫もどきの徘徊に駆けつけ、
装甲板並みに堅かった背中の羽根を精霊刀で一刀両断したほどに、
大妖退治の方も忙しく執行中の身の破邪様であり。

 「あれか? やっぱり夏場の方が多いのか?」

怪談が多いのも夏だしお盆もあるしよと、
朝ご飯を平らげた後の食休みにと、
リビングでテレビを観つつの会話の中、
どちらかといやオカルトなこと、だのに屈託なく訊く坊やだったが。
訊かれたご当人様は“さてなぁ”と頑丈そうな首を傾げるばかり。

 「欧州の方じゃあ、
  死者の魂がどうのこうのってのは
  冬場が本場だったりするからな。」

 「そか。それってやっぱ、
  向こうは夏んなってもそんなに暑くねぇからか?」

以前にも、凄んごい猛暑に襲われたフランスで、
各家庭にエアコンがなかったんで被害が大きくなったって話を聞いたし。
今は今で、ロシアがやっぱり猛暑に襲われてて、
でも、エアコンはよほどの公共施設じゃないとなかったもんだから、
熱中症で倒れる人が続出してるってニュースでやってたぞ。

 「ああ、あれは俺も見た。」

もっと物凄いのが、
度数が半端じゃないウォッカ飲んで、
そのまま河や海で泳いで溺れる人が続出ってところもあるらしく。
誰も危ないって止めないのが呆れたと、
自分も相当な酒豪の破邪様が声を低めたところで、

 「酒といや、沖縄には泡盛とかいう焼酎があるってな。」
 「………………う。」

さりげなくも話をそっちへ持ってくと、
たちまち表情が凍る坊っちゃんで。
ラフな半ズボンからニョッキリ突き出していた素足の御々脚を、
膝のところで懐ろへと抱え込み、
むむうと唇引き結んで、お顔を膨れさせる辺りは、
何とも判りやすいくらい。
というのが、

 「何だなんだ、まだ拗ねてやがんのか。」
 「…っ、だってよ。」

わざとに大きめのTシャツをガボッとまとっているのが、
見た目にもなかなか涼しげではあったが。
今はそんな風に身を縮こめているもんだから、
ずんと幼い子供が拗ねての不貞腐れているようにしか見えず。
裸足の足先 見やりながら、

 「ゾロが当日しか来れねぇとか言うんだもんな。」

ぼそりと呟いたのは、
来たる月末に控える“高校総体”にまつわるお話だったりし。
毎年毎年 真夏に催される高校生たちのスポーツの祭典、
高校総体、別名“インターハイ”は、
各県を持ち回りという格好で開催されるため、
毎年開催地が違うのだが。
何と今年は、美ら海 沖縄での開催とあって、
やたっ沖縄だ、泳ぐぞ遊ぶぞと、
受験生とは到底思えぬ張り切りようでいたものが。

 『あ、この日は俺、こっちを離れられねぇ。』

立ち居ってって、陰の夜気の見張りがあるなんて言いようを、
誰かさんが ぽろりと零したもんだから。
さあそれから、
微妙にご機嫌が傾いでしまった、当家の皇子様。
夏休みに入ったぞ、プールに行くんだ、隣町で自転車フェスがあるんだなどなど、
長期休暇ならではな様々なお楽しみへは素直に弾けてはいるものの、
話題が“沖縄”とか“インターハイ”とかいう方向へ向かうと
たちまち膨れるところが判りやすいったらありゃしない。
今や、ゴーヤやシークワーサー、タコライスにまで反応するほど
ちょっとした沖縄通になってしまっており、
そっちはとんだ怪我の功名というところかと。
(苦笑)

 「…なんで来れねんだよ。」
 「行くこた行くさ。」

柔道の試合はな、ちゃんと観に行くから心配すんなと、
今年は片手もちタイプのハンディビデオを、
その大きな手の中に構えて見せるゾロだったが、

 「ただ、夜半は月の巡りの関係で、
  ここいらが微妙に危ねぇ陰気の淀みを迎えるんでな。」

それで、万が一にも何かあっちゃあならないからと、
立ち居の番をせねばならぬと言い出した、お兄さんなもんだから。
そんなの詰まらんと坊やが拗ねている次第。

 「そんなややこしい“立ち居”なんて、今までやってなかったじゃんか。」
 「ば〜か、お前が気づかんかっただけだ。」

夜も更ければあっさり寝つく坊やだったから、
これまでにもあった暦の巡りだのに気がつかなんだのだし、
ゾロの側もわざわざ言わなかったまでのこと。
寝しなにそんな話をし、余計な影響が出てしまい、
妙な夢でも見られちゃかなわんと思ったからで。
だって言うのに、そんな親心なんぞ知らんと膨れ、
それ以降、沖縄の話なんぞが出るとすぐ、
それは判りやすくも頬を真ん丸に膨らませるルフィなのであり。

 “実質は一晩かそこらの話だってのにな。”

もしも宿舎を抜け出してもいいのなら、
どこかで一緒に晩飯食って、
しばらくほど話なぞして、うとうとし出すの見届けて。
その後、こっちへ戻るだけの話。
ルフィが眠ってる間のことだ、
その間、ゾロがどこにいるかなんて、
どうとも関係しなかろにと、
こちら様もまた、実を言えば…何をそこまで不貞ているのかが、
今一つ判ってないままな破邪様だったりするところが、

 『行き届いてないレベルは、いっそいい勝負、ですよね』

……と。
坊やのガッコの東京都代表、率いてゆく責任を担うこととなっている、
黒須せんせいことコウシロウさんが、
だったら最初から、晩には東京へ戻ってないといけないというところ、
内緒にしておけばいいものをと、
思ったまんまを直截に口にしてしまうところ、
子供みたいな人なんだからと、呆れたと苦笑したのは後日のお話。
ギラリと晴れて逞しい、南国の夏に負けぬよう、
頑張って来てほしいものですが、
その前に、やっつけないといけないものがあろうとはと、
破邪様がやれやれと肩をすくめた大暑の朝だったそうである。



    
暑中お見舞い申し上げます





  〜Fine〜  10.07.23.

  *カウンター 355、000hit リクエスト
    ひゃっくり様 『2010年、沖縄高校総体に出向くのを渋るルフィ』


  *高校3年の夏休みといや、
   例のコスプレツアーに出掛けた頃合い、
   あれの直後くらいですね。
   まま、本筋にからまぬ話ですんで、
   あの経緯に全くタッチしないことへもどうかご容赦を。

  *別のお部屋のお話にも出しましたが、
   今年のインターハイは何と沖縄開催です♪
   選手たちはともかく、
   応援に行くご家族には、
   ちょっとした旅行気分になっちゃうかもですね。
   つか、バカンスとかリゾートっていうイメージが強いところで、
   しかも夏休み真っ只中の開催で、
   いきなりでは宿を取るのも難しいかもしれませんね。
   そこんとこを思えば、
   東京〜沖縄を瞬間移動できるゾロさんて便利だよなぁ。

  *ルフィくんが出場する柔道の会場は那覇市なので、
   名護市で試合のある剣道部の某剣豪さんとは
   出逢う機会も少なさそうですが、
   練習用の道場とかで擦れ違ってたら私が楽しいです。

   「うわぁ凄げぇ。
    今の奴、真っ黄っ黄な頭だったなぁ。外人さんかなぁ。」

   「……………。」
   「中学生が混ざってた?
    馬鹿を言え、
    あれはウチの柔道部の主将を投げ飛ばして都大会で優勝した、
    もんきぃ・D・るふぃとかいう他校の三年生だ。」
   「……っ!」
   「見かけを言ったら、お前も相当なもんだぞ?」

    ……あんたらそれでよく会話になるねぇ。
(苦笑)

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