天上の海・掌中の星

    “押し詰まる? 押し迫る?”


 「それとも押しかけるかな、
  押し寄せるって感もなくはないよな。」

リビングの窓辺、
庭から降りそそぐ陽が陽だまりを作る一角に、
ぺたりと座り込んでの箱詰め作業中だった坊ちゃんが、
ふと、そんな言いようをしたものだから。

 「何の話だ。」

庭先の物干しへ、
シーツや布団カバーといった大物リネン類を干し出して来た、
こちらのお宅の辣腕主夫こと、ゾロさんが。
長身ゆえにストライドも長めという、
そのスタンスでの通りすがりに、
手の届くところにいたからと言わんばかり、
冬の陽が温める、まとまりの悪い黒髪をもしゃりと掻き混ぜれば。

 「何すんだよーvv」

重みや大きさ、何よりも暖かさへだろう。
ちょっぴり柔軟剤の匂いがしたものの、
それもまたよしと、
じゃれ返しのそれ、
満面の笑みを見せるルフィさんだったが、

 「わ、こら、やめ…だぁっ。」

そのまま手に力が入ってのぐいぐい押して来たのへは、
最初こそ何だやるかと抵抗したものの、
床の上へ胡座をかいてただけという態勢では、体重とて掛けられず。
おでこ VS 片手 対決は、
力負けしてのこと、
そのまま、綿入りラグの上へと転がされて、主夫殿の勝ち。
他愛ない押し相撲ではあったが、
負けは口惜しいか、
転がったまま、むむうと膨れている坊ちゃんなのへ、

 「正確には押し詰まる、だそうだ。」
 「何だよ、判ってて訊いたんかよ。」

年の瀬とあって、あちこちでよく耳にする言い回し。
でもでも、あれれ?
押し詰まる? 押し迫る?
どっちだったかなと、ちょみっと混乱していたらしいのへ、
ちょいと遠回りしてのやっと、回答を下さったお兄さんだったワケで。

 「クリスマス済むと、あとの1週間てのは あっと言う間だもんな。」

本来は聖なる日でありながら、
だがだが便乗組ばかりの日本では、
忘年会とは一線を画しつつも、
宴のお題目にされがちな。
本年度の“クリスマス”も、昨夜の内に幕を閉じた。
こちらのお宅でもそれなりの晩餐会を催したらしく、
飾り付けやら、盛り上がった勢いからばらまいた紙吹雪やら、
リビングのあちこちに散らばっていた名残りを愛でつつ、
ツリーやモールを片付ける作業に勤しんでいた坊ちゃんであり。

 「まあ、大掃除だの新年へ向けた支度の色々だのがあるからな。」

両親の実家や郷里へ帰省するお宅だってあるだろし、
お母さんにも休んでもらおうとばかり、
家族で旅行に出るというご一家もあろうが、
それならそれで、荷造りと行った先へのお土産選びがあるし。
旅行に出る場合でも、
交通機関と天候との兼ね合いとかありますから、
そこはやっぱり予断は許しません、はい。

 とはいえ、

 「なあなあ、何でツリーはすぐさま片づけんだ?」

こちらのお宅のモミの木は、
作り物とはいえ、なかなかの枝振りの鉢植えタイプ。
いかにもクリスマスな飾り付けをそのままにしておくのは、
さすがに間が抜けて見えるかもしれないが。
リビングへ新鮮な緑を置くのは悪いことじゃなかろうから、

 「シクラメンと同じで、
  冬の鉢植えってカッコで置いといたっていいじゃんかよな。」

巻き付けてあったの外し終えたモールや豆電球を、
元の箱へと収めつつ、
でもねあのねと、そんな風に言って食い下がるルフィだったのへ、

 「…まあ確かに、
  雛人形じゃねぇんだ、
  早く片付けねぇとって言い伝えは聞かないが。」

そういやそうだということか、
ゾロの方でも、
うんうんと…ひとまずは容認してくれているような声を返す。
ちなみに、

  ―― 雛人形は早く仕舞った方がいい、
     さもなくば婚期が遅れるぞ

なんて言われているのは、
何か逸話があってのことじゃなく。
ただ単に…お片付けをいやがるようでは嫁に行けないぞ、とか、
ちゃっちゃと腰を上げて動くようでないと婚期が遅れるぞ、とか、
そういう意味からの謂れだそうです、悪しからず。

  ではツリーは、どうしてとっととかたづけられてしまうのか

それを、今頃訊いて来た坊ちゃんだったのへ、
辣腕主夫様が返した、独自のお答えはといえば、

 「ただまあ、
  名残りがどうとか何とかは関係なく、
  大掃除の邪魔ではあるからな。」

 「う…。」

 「片付けないんなら、
  こっちは俺がやっから、
  お前は風呂掃除か庭掃除をしに行けと、」

 「判った、これは俺が片づける。」

皆まで言わさず、むくりと身を起こすと、
そちらも作り物の鉢の土からツリーの本体を引っこ抜き、
枝々を出来るだけ幹へと添わせて紐で縛り始めるところは、
なかなかに素直なルフィさんであり。
そんな様子へくすすと微笑うと、
ゾロの側もやることはあれこれあるものか、
キッチン経由で、カゴを置きにと風呂場へ向かったのだった。




       ◇◇



この時期は、商店街が真っ赤に染まる時期でもあって。
昨日まではクリスマスセールのディスプレイが赤く染めてた町角が、
今度は“バーゲン”とか“歳末大売り出し”と書かれた、
ノボリやポスター、商札への真っ赤で塗り変わる。

 「今年はどんくらい、福引引けそうなんだ?」
 「う〜ん、今んとこは8回ってトコかな。」

クリスマス向けの買い物が、思ったよりかからなんだんでなと、
差し入れが多かった昨夜の宴を思い起こしたらしい主夫殿が告げれば。
その傍ら、
荷物もち 兼 冷やかし、一緒に買い出しについて来た坊やが、

 「う〜ん、じゃあもっと溜まってから引いた方がいいかなぁ。」

結構深刻そうに唸ったのが、お兄さんにすれば何となく可笑しかったのか。
口許をだけ、笑いの形に曲げており。
彼らがご贔屓にしている商店街は、
こういう催しともなると皆さんで随分と奮起し、
賞品へも相当なものを奮発してくれるものの、

 “お子様向けの賞品は少ないんだろうによ。”

子供が喜びそうな賞品といや、
新型のゲーム機と菓子の詰め合わせくらいのもの。
あとは、ビールの詰め合わせとか、銘柄米50キロとか、
特選和牛の焼肉セット、カルビとロースを合わせて2キロとか。
日用品の方では方で、
洗剤半年分に、ホッカイロの詰め合わせとか、
トイレットペーパーかボックスティッシュを、
卸からの大箱ごと1ケースとか。
大人の、それも奥様方が特に喜びそうなものばかりではなかったか。

 「♪♪♪♪〜♪」

まま、お祭り騒ぎの好きなこの坊ちゃんとしましては、
賞品よりもあのガラガラを回すのが楽しいのらしいので。
だったらば、せいぜいお買い物をし、
福引に要る引き換え券を集めてやろうかいと、

 「…っ。」

スカジャンのポケットの中という位置にて、
秘密裏に拳を握りしめ、
腹の底にて決意を新たにする辺り。
可愛いところはいい勝負かもだぞ、お兄さん。
(笑)
子犬を連れてのお散歩よろしく、
時折 先に立ったり、そうかと思えば何に見とれたか遅れたりしつつ、
ちょこまかとついて来るおチビさんなの、
こちらもまた、微笑ましく思いつついたものが、

 「わっ。」

何度目だかちょっぴり遅れてしまい、
へへぇと笑って駈けて来たその拍子、
ボタンは留めていなかったジャケットの合わせが風を受けてひるがえり、
内側に着ていたセーターがあらわになったのだが、

 「…おや。」

おでこも全開になった坊やの風よけを兼ね、
ほれほれと間近へ引き寄せたそのついで。
これでは何にもならんだろうがと、ボタンに手を掛けかかったところが、
その手の先に、見覚えのないものを見つけたゾロであり。

 「こんなの持ってたか?」

 「んん?」

何のことだ?と小首を傾げかかった坊ちゃんだが、自分の胸元見下ろすと、
ああ、これかぁと、すぐさま得心がいったようで。
にっぱり笑って、何故だか自慢そうに一言。

 「昨夜、久蔵にもらったvv」
 「おや。」

別段、クリスチャンがいるということもない面子にて、
立派に“便乗組”のお騒ぎパーティーを開いた昨夜でもあり。
二人で騒いでも騒ぐというレベルには達しまいと、
いつもの顔触れである聖封のサンジやその使い魔のチョッパーに、
ハロウィンの晩にも招いた、聖獣だという大きなわんこと、
それからあのあの、
某処の守護を務めているという、二人の大邪狩りさんたちと。

 『そういや、久蔵とか兵庫とか、キリスト教の人じゃないんだったよな?』
 『…、…。(頷、頷)』

じゃあ、誘ったのは迷惑だったかな?と、恐る恐る訊いたらば、
ん〜んと大きくかぶりを振ってくれた、
綿毛みたいな金の髪をした、そりゃあ無口な剣豪さんが。

 「ほら、サンジがヒイラギの話をしたじゃんか。」
 「ヒイラギ?」

ヤドリギの下で鉢合わせしたら、キスをしなきゃならないとか、
赤い玉を飾るのは、
キリストさんが生まれたときに起きた奇跡に出て来る、
真冬なのにリンゴが実ったことを表してんだぞ?とか、

 「ヒイラギを飾るのは、
  棘があることで魔物が寄って来こないんだって話を聞いて…。」

 『おお、そこは日本の節分の習わしに似ておるのだな。』

そんなことを思い出したのが、
昼間は黒猫に姿に身をやつしておいでの兵庫さん。

 『節分の晩に、災厄の象徴である“鬼”を避けるまじないとして、
  焼いたイワシの頭と共に門口へ祀るようにとされているのだがな。
  イワシは焼いたときの脂っこい匂いや煙に撃退効果があるとされ、
  また、細かい骨がたくさんあることを鬼が恐れるせいだと言われておるし。
  ヒイラギもな、
  このトゲトゲを鬼が嫌がって入って来れぬと言われているのだ。』

おやそれはまたと、サンジと気が合っての、
他の言い伝えの話に花が咲いてたようだったけれど。

 「それへ俺があんまり感心してたからって。
  どっかから木の板を出して来て、ぽ〜んって放ってから、
  あっと言う間に 切って削って作ってくれた。」

 「…太刀でか。」

うんと、凄げぇだろうと、
自分の手柄のようにえっへんと大威張りでお返事したルフィだったのへ、

 「そうか、そういう細かい芸もできる奴だったのか。」

ほほぉと、何でだか目が据わってしまったゾロだったのへこそ、

 「………? どしたんだ? ゾロ。」

キョトンとしてしまった坊やの胸元、
淡い紫やピンク、オレンジなどという、
グラディエーションが出る毛糸で編まれたセーターの、
襟ぐり間近い胸の真ん中に。
随分と細密なヒイラギの葉をデザインしたブローチが、
勲章みたいに大事そうに、留められていたのでありました。
これからが忙しさ大本番の年の瀬に、
妙な闘志を燃やすんじゃありませんてば、破邪様てばよ。
(笑)







  ■ 恒例のおまけvv ■


 「久蔵、元気してるか?」
 「…みゃうにぃ。」
 「お? どしたどした。何か元気ねぇな。」
 「みゃうにゅう、みぃ。」
 「そっか、雪が降ると逢いに行けない友達か。それはキツイな。
  電話とか手紙とかは出来るのか?」
 「みゅうにゃ…。」
 「冬場は鳥さんが帰るから? そうか、それも無理なんか。」
 「にゃう……みゃ。」
 「久蔵にも悩みごとってあるんだな。」


いかにも切ない声を出す仔猫様なのへと同情しつつも、

仔猫でいるときは自分に封印を掛けてるとか言ってたので、
昨夜の宴も覚えちゃあいない彼なんだろなと、
そっちをあらためて実感してみたり。

 “覚えていたとしても…なぁ。”

ルフィとの会話ほど話が通じる訳じゃあない、
七郎次さんが相手では、

 『じゃあ、次はこれ、俺と久蔵で踊って歌いますvv』

ぱひゅーむの“ねぇ”を、
結構上手に振りつきでご披露したなんて、
きっと通じないんだろうなと。
愛らしいお声で“みゃあにゃあ”と、
お話ししてくれる仔猫さんに相槌打ちつつ、
そこのところを残念に
(?)思ってしまった、
ルフィくんだったのでした。(きょうのわんこ風にvv)





  〜Fine〜  10.12.27.


  *いきなり寒さが押し寄せて来たクリスマスでしたね。
   福島でしたか、
   幹線道路で車が雪のために何台も何台も立ち往生したそうで。
   雪にはあんまり慣れのない土地だったから、
   対策してなくてのそんなことになったんでしょうね。
   この寒さ加減のままで年越しになるんですってよ。
   初詣でに行かれる方は、防寒対策お忘れなく。

**ご感想はこちら*めるふぉvv

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