天上の海・掌中の星

    “冬がはじまるよ”


いつまでも居座ってた残暑に押され、
ずんと遅れてやって来たからか、
何とも踏ん切りの悪い秋は、
なかなか冬の到来を受け入れないようで。
多少は冷え込んだ日があっても、
数日も続かぬうち、
すぐに、重装備は要らないレベルへ戻るという繰り返し。

 ……だったのだけれども

さすがに雨が降れば、
前線の向こうとこっちで押し合ってた内の北側から、
寒気が降りて来るものか。
ついつい肩をすぼめたくなる寒い朝がお目見えし。

 「うう〜、寒いなぁ。」

まだ吐息が白くなるほどじゃあないけれど、
それでもね。
風が吹けばなかなかの冷たさで、
陽が照っていてもなかなか暖まらない案配になってきて。
制服の下へニットのベストを重ねるくらいでしのげていたものが。
さすがにそろそろコートの用意もいるかな、
とりあえずはベストをセーターに替えて、
ウィンドブレーカーを羽織ってけと。
のっぽの主夫殿に言い含められたのが、
まんまと当たったか、身体の方は問題なく温かい。
但し、剥き出しになってるお顔だけは、
マスクも イヤーマフもまだ無いものだから。
川沿いの道、
ひゅううんと吹き抜けていった風に
真っ向から ばふりっと強引に撫でられてしまって、
おおうと足を止め、首を竦めてしまうルフィだったりし。
目許を細め、口は一文字…と、
いかにも寒い寒いという様子ではあるものの。
まだまだ少年のそれ、すべらかな線を描くふわふか頬っぺが赤いのは、
果たして寒いから…なのかなぁと、
見ていて小首を傾げたくなったのが、

 「えへへぇ♪」

ブレザータイプの制服なので、そこだけ防御が甘い胸元。
それもまた見越されてのことか、
アルパカだろうか薄いマフラーを結び巻きにしている懐ろに、
ポケットから出した手を差し入れた坊や。
満面の笑みを浮かべて取り出したのは、
少々小さめの紙袋が1つ。

 「…随分といい匂いのするカイロだな。」
 「お、ゾロ。」

迎えに来たんか?と、
悪びれもせず、袋の口を開けつつ訊くルフィなのへ。
やれやれという気色を含めての、
まぁなと苦笑を返すなかなか働き者の主夫様で。

 “まあ、このくらいの時間帯じゃあ腹も減るわな。”

期末考査が始まったとあって、
授業は午前中のみの坊ちゃんなのだが。
中学までのように、学校が徒歩で何分という距離ではないため、
お昼ご飯が待っている家まで帰るその途中、
どうしても空腹がピークを迎えてしまうらしい。

 「厳密には午前と言っても三時限まで…とかなんだけどもな。」

そんでも腹は空くよなと、あんぐりと大きくお口を開けて。
ふかふかしっとりした側生地もまだ温かい、
コンビニで買った肉まんへ、ぱくりと食いつくルフィであり。
この期間中の買い食いだけは、
褒められるこっちゃあないながら、
それでもまあ“しょーがないか”の範疇に、
収めて差し上げているゾロであるようで。

 「だから菓子パンの1個も持ってけと。」
 「ほっへったほ。」
 「あ?」
 「〜〜〜(ごくん)
  だから、持ってったって。」

大きな1口だったからか、
飲み込むのに間が要ったルフィなのを見越し、
宙からマグカップ(ほどよい温度の玄米茶入り)を取り出して、
ほれと手渡すところが一味違う主夫殿。
そんなお兄さんが立ち話も何だという意味でだろう、
向かい合ってた坊やが脇へと挟んでた鞄を持ってやり、
顎をしゃくって歩き出しなと促せば、

 「おうvv」

肉まんとマグカップを両の手へという、
学校帰りとは思えぬ所持品をお供に、
嬉しそうに歩きだしたルフィが言うには、

 「ゾロも言ってたしってことで、
  学校へ着く前に通る途中のコンビニで、
  菓子パン、3つ買ったんだ。」

クリームパンとアンパンとデニッシュと。
試験が終わってすぐにも、
腹が減ったんで食べたんだけれど、

 「こっちの駅に着いたころ、丁度びみょーな感じになったから。」
 「成程なぁ。」

ルフィが通う高校はJRに乗ってく距離であり、
しかもしかもこちらの駅前には馴染みの商店街があり、
その店それぞれで美味しいテイクアウトを数々と並べておいで。

 「ホントは菱屋のコロッケとか食べたいトコだったけど、
  肉まんだとカイロの代わりにもなるしって思ってさvv」

どーだ知能犯だろーと、
微妙に引用が間違っている威張り方をする坊やだったのへ。

 「カイロねぇ。」

確かにまあ、昨日はまだ暖かい方だったものが、
今日は陽なたへも ちと冷たい風ばかり吹いており。
そうと思ったのも判らんではないけれど。

 “駅前から此処までってのは、さほど距離は無いんだがな。”

眼下には随分と川幅の引いている大川と、
その両側に広がる茅や葦の生い茂った河原を見下ろせる、
ジョギングコースの半ばほど。
この時期には大好きな風景が展開するのでと、
ルフィがついつい足止めをされてしまう地点でもあり。
ご町内という至近まで帰って来ておりながら、
またぞろその気配が立ち止まって動かないものだから、
この寒いのに、明日も試験だろに、
一体 何してやがるかなと。
こらえが利かずにお出迎えにと出て来た誰か様にしてみれば、

 「そういや、お前寒いのは割と…。」
 「おお、へーきだぞ?」

だって着込めばいいだけじゃんかと、
最後の1口をパクリと食べ終え、
もぎゅもぎゅ、よ〜く咬んでから、
お茶も飲み干し“はあvv”と満足そうに一息つく彼へ、

 「…と言いつつ、夏だって張り切って遊んでたのはどいつかな。」
 「あははぁ♪」

大きな手のひら差し出され、
空になったカップを返しなという意味だったのに、
空いてた手のほうを差し出す屈託の無さよ。
お?と思ったものの、まあいっかと、
まだまだ子供の域を出ない形の小さな手、
大きくて武骨な手が受け止める。

 「でもな、俺、ゾロが来てから冬が好きになった。」
 「? ほほお?」

キョトンとするお兄さんを、さも嬉しいと言わんばかり、
うくくと微笑って見上げてから、

 「りゆーは言わねぇ。」
 「あ、こいつ。」

てっきり“何でかと言えば…”と続くものだと思っておれば、
そんなはぐらかしを言ったりするようになったのは、
果たして成長か、それとも子供っぽさに拍車が掛かっただけなのか。
えへへぇと思わせ振りに微笑う坊やが、
そんなしつつも身を寄せての擦り寄ってくるのへと。
こいつはよぉとの苦笑半分。
それでも凭れて来るままにしているお兄さんもまた、
実は満更ではないというお顔だったりし。

  寒くなったら くっつく理由が自然と増える。
  分厚いコートがまたまた、
  ぎゅうぎゅうとくっつく理由になってくれるから…。

という正解に、骨太な主夫殿が気づくのは、
どこまで寒いのが進んでからなんでしょうかね?
えーいとぶら下がられて、
ぶっきらぼうな態度ながらも嬉しそうに笑っているようでは、
気づかなくとも構いませんかしら?(苦笑)






  〜恒例のおまけvv〜

 「久蔵、元気してるか?」
 「みゃうにゃvv」
 「おお、俺も元気だぞ。ただなぁ、今は試験中でな。」
 「みゅう?」
 「学校でな、
  これまでに習ったことをちゃんと覚えてっか?って、
  幾つも問題出されるんで、それへ答えるんだ。」
 「…みゅ〜にゃう。」
 「そうだぞ? 大変なんだ、うんうん。」
 「にゃう……みゃうvv」
 「久蔵もやってみたいってか?」

いや、それは無理でしょうよと。
話が通じていることへは
もはやツッコミもしなくなった七郎次お兄さんも、
真面目な仔猫様に気づかれぬよう、
苦笑を押さえるのが大変な、
そりゃあ可愛らしい会話だったようでございます♪




  〜Fine〜  10.12.08.


  *冬もまたまた、
   寒暖の差が日替わりになって来たような趣きですね。
   昨日なんて、
   またぞろ布団を半分蹴って目が覚めた朝だったのに、
   今朝は結構な冷え込みでしたしね。

  *それはともかく、
   この時期のルフィさんというと、
   やはり蒸しまんでしょう…ということで書いたのですが、
   例年よりちょっとばかり、出足が遅いめですよね。
(笑)
   甘いのもお好きなルフィさん。
   シュークリームやメロンパンよりガッツリ系の、
   肉まんを食べたいぞという感覚になるには、
   微妙に寒さが足らなかった秋だった模様です。

**ご感想はこちら*めるふぉvv

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