天上の海・掌中の星

   “だって じっとしてたって収まんないvv”


時差のある地球の裏っ側での開催なのだから、
開始時刻が突拍子もない頃合いになるのは、もはやどうしようもない。
初戦のカメルーン戦は日付の変わるころに開始で、
次のオランダ戦は、ちょうどいい頃合いのゴールデンタイム、
晩の8時にキックオフだったのだが。
予選リーグ通過なるかの瀬戸際となった最終戦は、
何と未明の3時がキックオフ。
その直前に催される、イタリアの試合から観てずっと起きているか、
目覚ましをかけて途轍もない早朝に起き出すか。
熱烈なサッカーファンには、何とも悩めるところであったらしい。


  勝ってよかったねぇ、本当にvv



北半球にある日本では、
夏も近づく六月下旬の未明から始まった試合は、
ゲームが進み、展開がどんどんとヒートアップしてゆくにつれ、
窓の外も白々と明るくなってゆき、
運命のタイムアップが鋭いホイッスルにより告げられたその瞬間、
テレビ画面の中で歓喜の抱擁に揉みくちゃにされている選手たち同様の、
最高レベルの興奮状態になったまま、
おおおーっという感動の大声を上げたご家庭が幾つもあったが。
どのご家庭も多分同じ状況だろうから、
さほどの近所迷惑にはならなかったんじゃあ…と思われたほど。
くどいようだが、何と未明の3時がキックオフという試合で、
しかも、金曜の未明という微妙な日程でもあって。
学生さんはまだいいが、
お仕事を持つ大人の皆様は、
眠い眸をこすりこすり、そのまま出勤とあって、
何ともお気の毒でもあって。
危険な重機を使うとか、車の運転をするなんて人は、
観戦したいがどうしたもんかと、本当に悩んだことでしょね。

 “ですよね、本当はいけないことなんですが。”

お仕事という責任のあること、
特に、うっかりしたらそのまま重大な事故や怪我を、
その身や周辺へ招きかねないようなことへ携わるお人に比べれば。
初夏の風も涼やかな教室の座席、
さほど大きからずなままの単調なトーンで、
教諭の声のみが連綿と聞こえるという、
“子守歌を聴かせてあげましょう”な環境の中へその身を置いて、
ただじっとしてなさいと座らされてる学生さんともなれば。
ついのこととて意識がほかほわと軽く浮き上がりの、
聞こえているせんせえのお声の輪郭が蕩け出しのし。
しまいにゃ、上体がゆらゆらと揺れ出して。
ああこりゃ不味いと、
何度も瞬きしたり、眸を擦ったりして頑張る子はまだいいが、
そんなもんじゃ効かないと、日頃の蓄積で判っているクチは、
教科書を衝立のように立て、
その陰へ腕を敷いての突っ伏す手際が、
なかなかに手慣れたものだったりし。
勿論のこと、
そんな居眠りをしてもいい時間帯や空間じゃあないのではあるが、

 “今日ばっかりはねぇ。”

日頃はまずそんな態度を見せない、生真面目な委員長や女生徒までが、
困ったようと眠そうにしている、激戦直後の朝授業。
しゃんと起きていろというほうが無理な相談なのかも知れず。
声を荒げて正すより、
この時間だけ15分でもすとんと寝てしまえば、
後の授業には支障も出るまい、と。
そんな風に思ってくださるところ、
さすがは元・大天使長様だから、なんでしょか。
困ったことには違いないが、
それでもこの微笑ましい寝顔や寝相はどうでしょうと。
穏やかそうな苦笑を浮かべ、
机の間を廻りつつ、
このクラスの皆さんがただ今取り組み中の、
微妙にお堅い物理の定義を紡ぎ続ける。
自分では駆け回ったりしない子だって、
このお祭り騒ぎには参加しないじゃいられないのだろ。
ましてや、スポーツ大好きな顔触れともなりゃ、
テレビ画面の中のフィールドを、
風のように駆け回る選手たちと同化したよになって、
血肉もろとも、熱く騒がせたに違いなく。

 “………よく寝て。”

ちょうどページのきりのいいところ、声を途切らせ見下ろした席では、
特に顔なじみの可愛い坊やが、
あんまり機能的じゃあない机の上、
広げてさえないノートを枕に、
まろやかな横顔を伏せてくうくうと熟睡しておいでであり。

 “ゾロが、
  寝かした方がいいか、気の済むよう言うこと聴いてやった方がいいかと、
  考えあぐねて訊いて来てましたが。”

それでなくとも、このルフィくん、
夜更かしするのは苦手な子であるらしく。
よって、眠気との戦いという、面倒なものに取り付かれるぞと、
遊んだり飛んだり跳ねたりに支障が出るぞと説教はしたらしいが、
こうやって深く眠っているところから察するに、

 “根負けして、試合を観戦したらしいですね。”

夜更かしが得意な人であれ、あの長丁場はなかなか大変だっただろ。
好きなことだからと、
観ている間は楽しい楽しいと夢中になっておれたって、
寝不足を招くには違いなく。
得意な教科じゃなくても、ちんぷんかんぷんだと言いつつも、
ちゃんと起きててくれていた彼だと思えば、
この熟睡っぷりは何とも豪気なエスケープ。
ルフィに限ったことじゃなく、
後ろのほうの席の男子生徒らのほとんどは、
様々な形で、居眠り中でもあったので、起こさずとも贔屓にはなるまいと、
きびすを返しかかった黒須せんせえだったのだけれど。

 「   〜〜、ホンダ、打てっ!!」

いきなりの突然、そんな大声が上がったのへは、
さしもの、元・戦の天使長様でもギョッとする。
え?え? 何ですか、今のは?と。
再び背後へと体を向けたのとほぼ同時、

 「行けぇ。」
 「そこ、だっ。」

もぞもぞ、もにょもにょと、こちらは明らかな寝言が幾つか追随し、
そしてそして、
間違いなくそれらを耳にしただろうタイミングにて、

 「おお、行くぜ〜。」

先程の声ほどの威勢はなかったが、
それでも…右腕を振り上げた辺り、しっかり続きに違いなく。

 「……………う〜ん、これは。」

居眠りと私語とのダブルの不行状、
さすがにこれは、叱った方がいいのかなぁ、
でも、何で怒られたのかが、果たして通じるんだろか。
うにむに、再び大人しくなったルフィ坊やを見下ろして、
何とか起きてた残りの生徒らがクスクス微笑うのを聴きながら、
困ったものですねぇと、
やっぱり微笑った コウシロウさんだったようでございます。


  ちなみに、
  決勝トーナメントのパラグアイ戦は、
  29日22時に開始だそうな。
  ……期末試験の直前ですな。(う〜ん)




  〜Fine〜  10.06.25.


  *何のひねりもないままに、
   今日のあの一戦を観戦したルフィさんなら、
   その後の残りの一日は、こんな風なんじゃなかろうかと。
   もーりんも昼過ぎ辺りから眠くてたまらず、
   やっぱり昼寝しちゃったし。
(苦笑)
   こんな興奮の夜更かしした翌日も仕事があった方、
   寄り道しないで、今日は早く寝てくださいね?
   こんなもん読んでる場合じゃないぞ?
(こらこら)


  *時差とW杯で思い出されるのが、
   初めて欧州か南米じゃあない場所で催された
   北アメリカ大会の折、
   欧州のスポンサーの意向でもあったのか、
   その試合のほとんどが夏場の真っ昼間に開始となっており、
   選手も観客も、それはもうもう、
   死にそうな想いをさせられたそうだってことで。
   アフリカは冬の初めなんですってね、今。
   よかったね、過ごしやすくて。(ホンマにな)

   これで思い出したのが、
   これはアメリカ大会の余話じゃないのですが、
(こら)
   フランス目指してたアジア地区予選中、(97年か、遠いなぁ)
   城彰二選手がクラッシュした折に一瞬記憶が飛んでしまい、
   “ここ、どこ?”と覚束無い口調で呟いたそうで。
   それを聞いた中田ヒデ選手が、
   マレーシア(での試合だった)と律義に答えてあげたらしい。
   試合中に 余裕なのか、天然なだけなのか。……う〜ん。
   古い話ですいませんです。

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