天上の海・掌中の星

    “食彩も色々?”


いつまでも続く残暑に辟易しつつ、
それでもお元気に、
新学期を迎えた学校へ出掛けていっては、
日々起きるささやかなことへ笑ったり膨れたり。
微妙な厄介ごとへは、困るばかりじゃあなく、
何のこれしきと腕をまくって張り切ったり。

 「ウチは九月の連休も、一応はガッコ行くからなぁ。」

何たって、秋といえばの学園祭が控えているので、
体育祭への準備やら打ち合わせやら、文化祭への以下同文やら、
これでもやることは いぃっぱいあるのだそうで。

 「…にしては、
  あんまり関係なさそうな本に没頭してねぇか?」
 「あ、言ったなぁ。」

最初の第一週に宿題の提出ラッシュが済んだかと思や、
それへのアンサー篇みたく、
実力テストとやらが主力教科だけながらもあったそうで。
ぎりぎり粘ってでも自力でやっつけたんで、
全部が白紙というお粗末だけは免れたけどサと。
大合戦でもくぐり抜けて来たかのように、
やれやれと肩を竦めた一丁前さ加減へは。
怒らせるの覚悟で、
それでも…大きな手のひらで腹を押さえ、
くくくっと吹き出してしまったのがほんの数日前のお話で。
その折、やはりやはり“失敬だぞ////////”と
真っ赤になったルフィ坊やから怒られてしまった緑頭の破邪殿。
何はともあれ、
そっち系統の艱難からはしばらく解放されたはずの坊ちゃんが、
まんがでもなけりゃあスポーツ雑誌でもない、
大判のグラフ誌を開いて没頭しておいでの様へ。
やややと、いかにも怪訝そうなお顔をして見せる。
お行儀悪くも数人がけのソファーに寝転ぶ格好、
腹の上へと立てたご本は、
表紙にレースやリボンに飾られたケーキがコラージュされた、
紛うことなき、スィーツ専門のクッキングブックであり。
この坊やがなかなかの食いしん坊なのは重々承知、
秋のお薦め新作ケーキだの、
お店紹介だのというムック本ならともかくも、
初心者男子でも簡単レシピ集というのが、
ゾロにしてみりゃ少々 腑に落ちぬ。
そっちもあんまり喜ばしい光景じゃあないものの、
彼らの知己には料理自慢が約一名いるのだ、
大概のものは鮮やかな手腕で再現してくれるので、
食べたい食べたいvvとリクエストすれば済む話。
どうしてもその店のブツが食いたいんだというリクにしたって、
この手もあんまり使うべきじゃあないものの、
少しぐらいの距離があったとて、
あっと言う間に移動できる手段があるのだ、
作り方を睨んで“う〜んう〜ん”と眉を寄せているなんてのは、
何がどうしたんだかと、少々解せなかったゾロだったのだが、

 「学園祭とかとは関係なくてサ、
  俺ら、来週の家庭科でケーキ焼くんだよ。」

 「家庭科。」

ああ そういえば。
エプロン縫ったりミトンを編んだりと、
柄にないことへ時々頑張らされとったなぁと思い出し。
だがだが、

 「ケーキって…教科書に載ってる作り方で作るんじゃないのか?」

何しろ半数が男子なら大半が初心者だろうし、
学校の施設にだって限度があろうから、
仕上げに表面をバーナーで炙りますだの、
大量のチョコレートガナッシュを一気にスポンジにそそぎかけ、
表面をむらなくコーティングしますだのといった、
突飛な手間の掛かるものはそうそう作らせまいにと訊き返せば。

 「うん。基本はショートケーキなんだけどもな。」

春にカップケーキ焼いたから、今度はスポンジケーキ焼くんだと、
身を起こすと眺めていた本をテーブルへとわざわざ広げて、

 「たださ、トッピングっての?
  飾り付けの生クリームやフルーツは、
  自由に組み合わせていいんだって。」

それとスポンジも、
ココア風味のとか抹茶にしてもいいって選択肢があってさ、と、
わくわくっとしたお顔になって説明するルフィさん。

 「ウチの班は けっこ器用な顔触れぞろいなんで、
  だったらモンブランってのもいいんじゃないかって話になってサ。」

基本の土台はショートケーキと同じスポンジなんだし、
“丸く筒にしてそこへもクリーム詰めて”っていう手間だって、
厚みのあるスポンジをふっくら焼いて、水平に二段に切り分けて、
クリームやスライスしたフルーツを挟むってのとさして変わんないしって、

 「女子が言ってたけどどう思う、サンジ。」
 「う〜ん、その子はかなり手慣れてんじゃね?」

  その子としては、
  少しだけ薄いスポンジを焼く手際の方へ慣れてんだろな、きっと。

  そか、任せるんなら いこーに沿った方がいいかな、やっぱ。

  いこー? ああ、意向な。
  悪い案じゃないと思うぜ? 何せ分業で掛かれるし…と。

いつの間に降臨なさったものなやら、
隣の一人掛けソファーに腰を下ろした金髪のシェフ殿が、
器用そうな指でレシピ集をぱらぱらめくりつつ助言を出しており、

 「…呼んでねぇぞ。」
 「呼ばれにゃ来ちゃあいかんのか。」

俺はランプの精じゃねぇんでな、と。
やや御伽話めいた言いようをした聖封さんだったが、

 「…そうだよな、あれはクシャミをしないと出て来れねぇ。」

  「それもちょっと違うぞ、ルフィ。」
  「ちょっとか、おい。」
  「え?え? そうなのか?」

いつの生まれだあんたという、
ツッコミともボケとも言えないお言葉が坊やから挟まったことで、
大人二人の睨み合いは何とか回避された様子。

 「なに、ケーキがどうのこうのなんてな、
  俺の独壇場な話をしていりゃあ、」
 「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャ〜ン♪しちゃうよなvv」

  それは もういいって。
(苦笑)

冗談はともかく、
ルフィ坊やも一応は手伝う格好の“ケーキ作り”のお話ということで。
好きなものをと構えても、手が追いつかにゃあ話にならんぞと、
その道の大家が ふふんと笑えば。
だから、器用な女子がメンツの中に3人もいるんだってと、
何でかそれを、我がこと自慢のように主張する坊ちゃんでもあって。

 「だが、その子らの腕前、どこまで把握できてんだ? お前。」

家庭科の授業中しか見てねぇんなら、
一学期のカップケーキとかみそ汁に粉吹き芋とかしか知らねぇんじゃ…と、
一応は把握していたらしき、さすがは保護者のゾロさんが続けたのへ、

 「そんだけじゃねぇって。
  今年のバレンタインデーにホールケーキくれた子がいたじゃんか。」

  はい?

 「ちょっと待て、そんな仰々しいもんって。」

間違いなく“本命”相手へのブツなんではと、
何でだろうか、少々焦ったような声になった聖封様だったが、
その視線がちらりと…
やや気遣うように伺った先においでだったゾロはといえば、

 「ああ、あれか。」

何事も無さげに…やや目を見開いての頷きつつ、
思い出したぞというお顔になると、
そのまま くすすと吹き出して見せ、

 「けど、あれってお前が全部食っちまったから。
  俺には今更 味も何も判断出来んのだが。」
 「ありゃ、そっかぁ。」

  「…ちょっと待てってお前ら。」

そういうしっかりした品だったってことは
“本命”への贈り物だったんじゃあと、
重ねて…伝えようと仕掛かったミスターだったものの、

 「連名だったからそれはない。」
 「そうそう。」
 「連名?」

同じ部やクラスの誰子ちゃんと一緒に作りました〜ってか?
でもそれじゃあ、腕前の物差しにはやっぱり不向きなんじゃあと、
矛盾を指摘しかかったお兄さんへ、

 「だから、俺とゾロへっていう連名だったんだって。」
 「……何でまた お前まで、女子高生へ名前を売っとるか。」
 「知らねぇよ。」

  おあとがよろしいようで〜〜vv






     ◇◇


ケーキにまつわる話で何だかややこしい揉めようをした男3人だったが、
それもまた“イマドキ”ということだろか。

 「まま、男が甘いもん喰っちゃいかんなんて法はないんだしな。」

そうと言いつつ、
ダークスーツの一体どこへ隠し持っていたんだか、
お持たせのプチケーキを皿へと取り分け、
ほれと坊やへ供して差し上げる聖封殿であり。

 「うあ、美味そう〜〜〜vv」

いちじくのタルトに、洋梨のジェレがトッピングされたミニショート。
パステルピンクが愛らしい、イチゴクリームのモンブランに、
バニラと抹茶のアイスクリームのドームが花を添え。
スライスしたマンゴーがオレンジの扇子みたいに飾られていて、
トレイの上は なかなかに涼やか。

 「欧州の方ではブランディのあてにチョコってのは定番中の定番だし、
  食後のデザートにって、甘いケーキを結構食うし。」

アメリカのデザート事情もなかなかのもんで、
近年はメタボリックへの危機から随分と注意を払う人も増えたというが、
それでもカロリーの高いクリーム系統のを
どどんと山盛りで食す人は男女に境がないのだとか。

 「俺が不思議なんはサ。」

こちらはゾロが用意してくれた烏龍茶の冷えたのを、
うんま〜いっとグラスに半分ほども飲み干してから、
開いてあったページをとんとんと指差したルフィさん、

 「これはマカロンだから、まあ何とか許容の範囲だけどサ、
  外国のケーキって、なんでああも青や緑のクリームで飾ってあんだ?」

そうそう、特にアメリカのクリームスィーツって、
殊更に寒色系のクリームを使ってませんか?
淡いニュアンスのあるグリーンとかシャーベットブルーならまだしも、
薔薇の葉っぱだけとかならまだ判らんでもありませんが、
ブルーハワイ色一色のホールケーキとか
青紫のデコレーションが乗っかったカップケーキとか、
すごいセンスなぁとただただ感心しますものね。
男の子のバースデイケーキだから…とかなのかなぁ?

 「これ言うと、産地の人にはごめんなさいだけど、
  俺、やっと最近、紫イモのタルトに馴染んできたとこだしさ。」

でもアレはあれで自然の色じゃん、と。
うまく言い表せない何かへむずがるようなお顔になる坊やなのへ、
お顔を揃えていたお兄さん方、お顔を見合わせくすすと苦笑。

 「まあ、そういうところにも“好み”の主張が出るのかもな。」

と、破邪さんがなだめるような声音でいえば、

 「青いふりかけかけてもバクバク食っちゃうのかもだな、
  そういう地域のお人はよ。」

と、聖封さんが肩をすくめて見せたりし。

  でもでも実際のところはどうなんでしょね?
  どんな色味でもそれが美味しいと判ってりゃあ関係ないんじゃね?
  いやいや、
  自然世界にない色は さすがに食いたい思いには連動しなかろ…と、
  お兄さんたちが論を交すの見上げつつ、
  無邪気な坊っちゃん、
  そりゃあ美味しいデザートトレイをぺろりと完食したのでありました。





   〜Fine〜  11.09.18.

flavorサマヘ 背景素材をお借りしました


  *以前にどっかで書いたかもですが、
   日本の辛党・甘党は、酒好きか甘い物好きかという分類であり、
   それっていうのは、
   江戸の中期ごろから生まれて広まった清酒が辛い酒だったからだそうで。
   それまでのお酒はどぶろくっぽいにごり酒で、しかも結構甘かったらしく。
   ということは、
   酒がガンガン飲めて一人前…なんてな定規で男らしさを主張したのは、
   せいぜい江戸からの話だということになります。
   酒を受けつけなくて大福食ってるよな奴ぁなんて偉そうな言いようも、
   実は底が浅いんですね。

   それを知って……何とはなく、
   イタリアとの交易でやっとナイフとフォークで食事をとる術を知った、
   それまでは手づかみで炙り肉食ってた
   おフランスの貴族の人々なのをついつい思い出したわたしは、
   連想回路が変な奴なんでしょうかねぇ。
(う〜ん)

   甘いデザートもそんなフランスで生まれました。
   (イギリスはリキュールで煮固めたプディングが主流。)
   ナポレオンが皇帝になったころに隆盛を極めたそうで、
   冷蔵の技術なんてなかった時代、
   なので、その日作ったものはその日のうちに消費されてましたし、
   それでなくとも
   あの女王アントワネットが華やかな奢侈を広めたのちの時代です。
   世界中から珍しいものも入ってくる。
   南国の果実にチョコレート、
   そりゃあ あらゆるお菓子が発達するってもんでしょう。
   チョコって何もせずとも甘いと思ってませんでしたか?
   バニラって甘いものの匂いだと思ってなかったですか?
   欧州のシェフたちが工夫を重ねた結果が
   もはや“鉄板”になって日本へやって来ただけだったんですね。

   以上、特に意味はない“おしゃべりタ〜イム”でした。
(こらー)

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