天上の海・掌中の星

    “冒険は、でも ナイショ?”


今年も暑い夏が来て。
昨年も相当に暑かったと思うのだけれど、
今年のはまた、格別な暑さじゃあないのかなぁと。
パジャマがよれよれなのは いつものことだが、
何だかべたりとする肌なの、変なのと思いつつ、
眠たい眸をぱしぱしさせつつ
子供部屋から階下の居間へと降りてゆけば。

 「起きたな…って、まだ眸ぇ開いてねぇんじゃねえのか?」

ゆったりとした、袖のない濃紺のボートネックシャツ、
愛用のエプロンと共に着付けたGパン姿の破邪殿が。
お徳用パックのあら挽きウィンナーのソテーを、
フライパンから中皿のレタスの上へ ザザザァッと空けながら、
おやまあと軽く目許を眇めて見せる。

 「昨夜は暑かったのか?」
 「おお。そうだったみたいだ。」

覚えてねぇけどと、パジャマの裾から手を入れて、
腹や胸元を掻くのは…やはり。

 「まさかアセモじゃなかろうな。」
 「う〜〜、どうだろ。」

返事を皆まで聞くことなく、
手早くフライパンをコンロへ戻してからの、
ゾロの一連の動きの、何とも的確だったことか。
それは大股にさっさかと、ぼやや〜んと立ち尽くしていた坊やに歩み寄り、
ひょいと抱えると風呂場へ直行。

 「え〜〜、朝シャンなんて やんねぇぞ、俺。」
 「シャンプーだけの話じゃねぇよ。」

  あんま暑いならエアコン使えって言ったろがよ。
   だってよ、節電の夏だぞ?

  無理から我慢してまでとは誰も言うとらん。
   そいでもよ〜。

若かろうが元気だろうが関係なく、
熱中症は見境ないのだと、
いちいち言い聞かせるのもまだるっこいとばかりに。
問答無用でお運びし、到着したのは風呂場の脱衣所。
さあ汗を流せよと降ろしてやると、
ちぇ〜っと不服そうに頬を膨らませるものの、

 「急がねぇと、ラジオ体操に間に合わねぇぞ。」
 「あ……。」

相も変わらず、小学生相手に“指導員”を請け負ってる坊やであり、
それはまずいぞと、一気に目を覚ましたところで、

 「朝飯の用意は出来てっからな。」

あわわとパジャマを脱ぎ始めた坊やの背中を、
苦笑混じりに見やってから。
来たとき同様、さっさかと、
大きなストライドでキッチンまで戻っていった破邪殿で。

 “単純な奴だよな、相変わらず。”

朝っぱらからシャワー浴びろというのと、
ラジオ体操に間に合わないというのは、
実はワンセットにはなってない事柄だってのに。
むしろ、尚のこと“そんな暇は無い”と切り返せたのにね。
あっさりと“しまった急がなきゃ”と大慌てになる辺り、

 『選りにも選って、マリモ野郎に丸め込まれるとはな。』

聖封さんに、呆れられてしまうのも無理はないかも知れません。




      ◇◇



お盆だからといって家人が戻って来る家でもなくて。
父上は、今頃インド洋上の筈だし、
兄上は…北アメリカ大陸のどっからしく。

 『夏休みの間はあちこちの岩山に登って修行してっから。』
 『でも、確かアーチェリーで留学してんだよな?』

弓矢かついで自給自足の旅だろかと、
ゾロやサンジが怪訝そうな顔になったのへは、

 『弓矢は使わねぇけど、
  ヒッチハイクとかもやんねぇんだって。
  ユース何とかいう宿泊所もないところが多いって。』

だから、飯は缶詰開けたり魚釣ったりしてるって聞いたぞと。
途轍もないワイルドライフ中らしいことを、
あっけらかんと口にする弟さんであったりし。

 『…まあ、あの兄ちゃんならそれもアリかもな。』

精霊の気配には聡いお人だったから御加護も多かろし、
それ以上に…初対面のおりには、
こちらの守護二人の気配の大きさを見抜きながら、
それでも敢然と立ち向かいかかったお人だったの思い出し、
大妖でも出て来ないかぎり、災厄は向こうから逃げてくだろうとは、
聖封様からのお墨付き。

  なので。

 「あっちぃ〜〜〜〜。」

近年ではそうそう珍しくもなかろう、
盆の前後は暇だという条項がくっつくその上へ、
連日連日、飽きもせずの猛暑続きの日々とあっては。
さしものお元気坊やも、ややもすれば音を上げ気味。

 「? プールには行かんのか?」

休み前から、まるで日課ででもあるかのように、
毎日どこかのプールへ通ってたのにと。
体操終えて戻って来、
お腹いっぱいご飯食べて…そのまま息が萎えたらしき坊やなのへ、
こちらは物干しから戻って来たゾロが“おやまあ”と目を見張りつつも訊けば、

 「ガッコのは監督する大人がいねぇからって、
  新学期の直前まで閉まってるし。」

市民プールとかも
盆の間はバイトの監視員が確保出来ないとかで休みなんだって…と。
そういう情報はしっかり把握している今時さ加減よ。
(昔は、そうと知らずに出掛けてって、
 入り口閉まってるのを見て初めて知るパターンが、
 当たり前でしたからねぇ…。)

 「う〜〜、暑いし暇だ〜〜〜。」

あまりの暑さから、今年も柔道部の合宿はなかったようで。
部外の友達はと言えば、
親御と帰省してたりとっくにどこかへ旅行に発ってたり、
皆さん、なかなかに計画性のある夏を送っておいでなようで。

 “つか、40日全部がびっしりと予定で埋まるはずもないってな。”

暇じゃ暇じゃと唸ってるこちらの坊ちゃんも、
先週までは高校総体に出掛けていたのだし、
その直前まではプール三昧でもあったわけで。
結構どころじゃあなくの、密度の濃い夏を過ごしておいでで。
それがパタッと、いきなり暇になっただけのこと。
確か盆開けには登校日もあったはずだし、川沿いの花火大会も残ってる…

 “…と、カレンダーに書いたのも本人のはずだのにな。”

ほんの目先のイベントがないないと、
駄々こねしているところは、もっとずっと幼い子供のようで。
元気の証しと案じることもないまま、
しばらくはクールダウンしてなと、
それにしては甘やかな苦笑を残して、
緑頭の破邪様、余裕でキッチンへ去ってった……のだが。

 《 …フィ、ルフィ。》

 「…………んや?」

どこからか微かに、呼びかけられたような気配がして。
クッションを抱えて ごろんちょとソファーに転がってた坊や、
あれれぇ?と身を起こして周囲を見回すと、

 《 ルフィ、遊びに行かないか?》

 「あ、チョッパーか?」

あえて方向を言えば頭の上か。
どうやらすぐ間近の亜空まで来ていての呼びかけらしく、
声と口調からして、
あの聖封さんところの精霊獣のトナカイさんであるらしい。

 《 聖世界の涼しいトコ知ってるんだ。》

 「え?え? ホントかvv」

そういえば、彼はトナカイの精霊であり、
そのせいか暑いのには弱かったようで。

 《 ホントはそうそう誰でも入っていいとこじゃないんだけど、
   ドクトリーヌが、あ、くれはさんのことだけどもサ。
   あのお元気ボーイだったら呼んでいいってvv》

 「くれはって、ああ、あの元気な婆さんかvv」

 《 ………おお、そそそそ、そうだ、うん。》

チョッパーをはじめとする、天世界の聖獣を統べる長にして、
南の天炎宮を預かる天使長様。
極寒の天巌宮を預かるゼフ様と同輩の、
つまりは途轍もないキャリアを持っておいでの女傑を捕まえて、

 “ば、婆さんなんて呼んじゃうんだもんなぁ…。”

そういや初対面の頃からそれを改めないルフィだが、
くれはさんの方でも、特に怒りはしないでおいでなような。

 “やっぱ大物なんだ、ルフィってvv”

小さな蹄を口許に、くふふと笑いつつ、
もう片やのお手々で宙へ四角を描いて扉を開き、

 「さ、行こうvv」
 「おおっvv」

ぴょいっと飛びついたそのまま、
肩車してもらったトナカイさんの指さす方へ、
何もない空間へ、恐れもなく踏み出したルフィがふしゅんと消えた後へは、
ひらんと一枚のお手紙が宙を舞い、
ローテーブルの上へ上手に落ち着いたのだけれども。

  ――― お元気ボーイは預かったよ、くれは

……くれはさんて、山賊属性でしたっけ?
こんな文面では誤解を生まないかが心配です。
(苦笑)

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