天上の海・掌中の星

    “秋の風吹く 天穹にて”


さほど弱まったようにも思えない明るさなのに、
それでも秋の陽射しは真夏のそれとは微妙に違っており。
日向にいたり、体を動かしたりする分には、
相応の汗をかくほどの気温じゃあるが、
風の涼しさが格段に違うし、
建物の中や日陰に入れば、
すうと肌寒いほどの涼しさに襲われもする。
朝晩の気温がぐんと下がったのもそんなせいだろうし、
照らし出すものに活気を与えるような、
挑発的なそれだった夏とは色合いや何やも違うと思う。

 『どこかこう、枯れた印象を与えるというか。』

秋桜やバラがそう見えるっていうんじゃないけど、
同じ窓から見てた景色がさ、
特に紅葉とか冬枯れとか始まってもないうちから、
そんでもどっか、色合いが随分違うんだよな…なんて。

 「へえぇ。そんな粋なことを言ってたか、あの坊ちゃん。」

柄じゃあないんで驚いたという含みのある言いようには、
多少は誹謗だったことから、
失礼なという憤慨を微かながら感じもしたものの。
だがまあ、意外だって点では似たような感慨もあった破邪殿としては、

 「もしかして
  ナミのかけたガードの封印、弱まってんじゃねぇのかよ。」
 「ナミさんが不備をするはずがなかろうよ。」

そもそも、女神さまを呼び捨てにすんなっつってるだろうが、
三枚に下ろすぞコラと。
たちまち熱
(いき)り立ってしまった、
何とも判りやすい聖封殿ことサンジだったのへ、
意趣返し成功と ふふんと微笑ってから、

 「……で? 野郎が逃げ込んだ先はまだ判らんのか。」
 「話し掛けるから集中出来んのだ、馬鹿たれ。」

ここは破邪のゾロがルフィとの日頃の住まいとしている町の上空で。
すっかりと秋めいて来ての澄み渡った空気に満ちた、
それは爽快な、晴れの大気が広がるばかりな空間だったが、
こちらのお二人にはそれを堪能するどころじゃあないらしく。
ほんのつい先程、
大型邪妖が出現する反応有りと察知した聖封殿に呼び出され、
ちょっとした体育館くらいはあっただろ、
亀とトカゲの中間のような外観をした大妖を相手に、
封滅の咒を掛けつつの討祓にかかっていたものの、

 「尻尾を残して逃げようとはな。」

何せまだ昼のうち、さほどの余力はなかろうと、
足止めしつつ封印で囲って、
何なら天聖界へ送り返してもと構えての、
威嚇止まりの攻勢だったのが甘かったものか。
そんな格好で本体を取り逃がしてしまったお二人であり。

 「…丁寧な言い方されると、ますますムッと来んだがな。」

事実は事実、八つ当たりはやめて下さい、破邪殿。
(苦笑)
とはいえ、異次元からの侵入者が、
組成の異なるこの陽世界で、
長らくその身を保つのはなかなかに難儀なことであり。

 「そういう種類の邪妖じゃなかったってのか?」

だとしたら…この世界で派生した存在ならば、
少なくとも、ここの環境に馴染めぬまま、
押し潰されかけての苦しんで暴れていたワケじゃあなかったことになる。
先程まで振るっていた精霊刀を、今は腰の鞘へと収め、
得意ではない探査だからだろ、
あまり熱心じゃあない様子で周囲を見回しつつ、
そんな見解を口にしたゾロだったのへと、

 「天聖界や異世界からの来訪者でなくとも、
  陰体の“邪妖”なら、余すところなく俺らの管轄だぞ。」

忌々しげに言い返したサンジだったのは、
最初に構えた方針の基盤、
相手の出自を見誤ったらしいとの自覚があったせいだろか。
とはいえ、
人の和子への余計な干渉をされては、
陽と陰のバランスが大きに崩れかぬので。
ここで派生した存在でも、
それが陰体ならば、自分らの方が余程に専門職だから、
看過しないで進んで対処することとされてもいて。

 「ただまあ、
  あの 昼間は猫の剣豪らが翔って来たらば、
  譲らにゃならんのかもだけどな。」

 「……そういうもんなのか?」

縄張りがどうこうというんじゃないが…と、
微妙に言葉を濁したサンジさんが持ち出した、
昼間は猫の大妖狩りさんたちのお話は、
昨年の夏とハロウィンのコラボ話を参照ということで。
(苦笑)

 「………いたぞ。」

そんなこんなと無駄話をしている間も、
聖封殿の感知能力は働いていたようで。
痩躯をますますシャープに見せる、ダークスーツの裾をひるがえし、
周辺の空に浮く、綿を薄く引いて裂いたような雲が散らばる中、
少しほど大きめの塊と向かい合い、

 「隠れても無駄だぜ、蜥蜴カメ。」

咥えていた煙草を宙へと弾き飛ばしての掻き消しながら、
そんな啖呵を低めたお声で切ってのけると。
胸元近くに両手を重ね、

  吽っ、と

念を込めた掌打を繰り出す。
すると、随分と厚い雲だった塊は、
風に吹き流されてというのじゃあなく、
しゅわしゅわと勢いよく蒸散してという趣きにて。
あっと言う間にその場から消え去り、
その代わり、陰に紛れていた存在をあからさまに放り出す。
平らな胴の尻側にあったはずの尾が途切れているのは、
先程、破邪殿が一刀両断したからか、
それとも自分で捨て置いたせいなのか。

 「ピンピンしとるところを見ると、
  斬られたが已なくと置いてったんでもなさそうだぞ。」
 「ああ、そのようだ。」

サイのような革のごつい体躯を、
突っ込んで来る気か、
少々伏せ気味にしての勢いをためており。
そんなまで戦意満々というものを、
躱してしまうのは失敬だとでも言いたいか、

 「余計な咒は要らねぇからな。」
 「へえへえ、思う存分 仕切り直せや。」

読み違えへの当てこすりかと むかっと来るより先、
こちらの緑頭の破邪もまた、
こやつをまんまと取り逃がしたこと、
腹に据えかねてたらしいと察し。
何だお前もかよと、やや持ち直した聖封殿、
周囲への障壁結界を張るのみでおいての身を退ければ。

 そこへ颯爽と飛び込んだ、俊速の影ひとつ。

和刀の拵え、
束への糸巻きをぎちりと鳴らしつつ握り込み。
黒っぽいトレーナーにGパンというあっさりしたいで立ちから、
なのに 恐ろしく重い鋭気をほとぼらせた天界の剣豪。
二の腕も前腕へも瞬発の利いた膂力をみなぎらせ、
逞しい肩や背の筋骨盛り上げて。
大上段へと振りかぶった大太刀、
思い切り振り落とすこと、稲妻か はたまた疾風の如し。
その、凄まじく冴えて切れのいい動作もろともに、

  斬っ、と

そこいらの大気を丸ごと、
細かくブルブルと震わせつつの凍らせて。
桁外れの剣圧が醸す“刀鳴り”を轟かせ、
空間ごと制覇する勢いの一閃が、
白銀の動線を“剛っ”と太々、
一瞬描いてたちまち消え去ったその後には。
一見、何事も起きなかったよな、
それは平穏な沈黙がよぎったの追うようにして、

  轟っと 風が鳴ったと同時
  大妖の身がパンと弾けての。

切り刻まれてしまった端から、
どこぞかへと溶け込むように消滅してゆき。
無言のまま太刀を鞘へと戻した破邪殿が、
小さく吐息をついた頃合い、
ほんの数刻後には既に跡形も無くなっている物凄さよ。

 「残滓は?」
 「ねぇな。」

確認を取った聖封殿もまた、短く返しての、
そりゃあ淡々としたやり取りを交わしたのみ。
何とも余裕の、天聖界が誇る最強コンビだったけれど、

 「   あ、ゾロだ。おーいっ。」

足元の眼下から、想いも拠らないお声かけがあって。
何だ何だと探しもって見下ろすサンジの眼前から、
あっと言う間に相棒の気配が消えている。
それだけで“ははぁん”と判るという順番なのも、
結構大した把握と反射ではあるが、

 “あの一言だけで、正確に降りてけるもんかねぇ。”

しかも俺様の張った結界突き抜けてだと、と。
こちらの力をたやすく凌駕されたのへ、
浅くながらも そのこめかみにお怒りの血管を浮かせつつ。
それでも、煙草に火をつける余裕だけは待ってやってから、
相方が降りてった方へと続いてみれば、

 「何だどした? 何か出てたのか?」
 「まぁな。」

制服姿の黒髪の坊やが、
ドングリ眸をワクワクっと見開いて訊いているのへ、
一応は“何でもない”と平静を装って応対しているゾロであり。

 「あ、サンジだ。やっぱ大きいのだったんか?」

だって俺、全然気がつかなかったし。
サンジが結界張ってたんだろ?と、
だからこそだと言ってくれるのは嬉しいもんの。

 “けど やっぱり、その結界を突き抜けて、
  こいつの気配には気がついたんだものな。”

いいコンビじゃねぇかと、
こうまでの畳み掛けにはもはや怒る気も失せたのか、
苦笑だけしていたものの。

 「何〜んか いい匂いさせてんのな。…一口いただき。」
 「あっ、狡りぃっ、俺の肉まんっ。」

余った袖先に埋もれかけてた手の中、
半分ほどが既になくなっていたふかし饅頭に気がついて。
少々大人げなかったが、
端っこをいただきとつまみ食いすれば。
途端にぷうと膨れたルフィだったのはともかく、
その手ごと掴んでの引き寄せたことへ ムッとしたか、
ピクリと誰かさんの眉を震わせさせたのが、

 “………おおvv”

何か可愛くね?と、
さっきちょっと不愉快だったことと
相殺できたほどに愉快だったらしいサンジとしては。

 「怒るな怒るな。
  帰ったらすぐにも、
  天世界の名ブランド豚、笹の葉4号で、
  角煮饅頭作ってやっからよ。」

 「…天世界にもあるんだ、ブランド豚。」

食べ物の話題でちゃっかりと坊ちゃんの関心を引きつけたまま、
さぁさ帰ろうと促す始末。
カヤもススキも揺れる河原を横手に、
ちょっぴり拗ねてるお兄さんを引き連れて、
我が家へ帰るご一行であり。

 「ぞ〜ろ?」
  「んん?」

 「大変だったんか?」
  「んなワケねぇさ。」

 「じゃあ、何かへ拗ねてんのか?」
  「…違げえって。」

 「だったらなんで、こぉ〜んなに眉間に しわ寄ってるかな。」

気がつけば…聖封殿だけ、
少しほど間を空けての とっとと先へと急いでたのも。
判る人には判る歩みの3人連れを、
ススキの囁くような葉擦れのざわめきが
“また明日ね”と見送っていた、秋の夕暮れ……。



   〜Fine〜  11.10.14.


  *久々の邪妖退治でしたが、
   ものによっては
   彼らの担当外かも知れない存在も闊歩しているので、

   《 今日の夕刻、そちらで何か現れはしなかったか?》

   いつもの仔猫さんからのお電話じゃあなくて、
   黒猫さんの方が、それも直に確認にとやって来かねません。
   (判りにくいネタですいません…。)

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