天上の海・掌中の星

    “緑の日なかにて”


春と言えば、出会いと別れの季節でもあるけれど、
まだ卒業は来年に控えた身の当家の坊やは、
そっちのセンチメンタルには縁がなかったご様子で。
(………は? 何か不審な点でも?)笑
春の盛りも真っ只中な猫たちが、
威嚇のためだろ、高らかに張り合うお声も響く中、

 『久蔵、元気してるか?』
 【 …みゅうにゃう。】
 『お? どした? 元気ねぇな。』
 【 …みゅうまう。】
 『ご近所に大きい犬が来た? 久蔵へ吠えるのか?』
 【 みいに・みゃう。】
 『何だ。愛想がいいだけなら、いっそ友達になりゃいいのによ。』
 【 まぁうにぃあっ。】
 『ああ、判った判った。苦手なもんはしょうがないか。』

語気を荒くした(?)相手だったのへ、
そんな怒んなよと宥めてやれるほど、
例の仔猫さんとの電話でのお付き合いも
依然として無邪気にも続いておいでの模様。
仲のいいお友達とも 同じクラスになれたとはしゃいでおいでで、

 だっていうのに

さっそくの関東大会の予選が始まった部活の柔道では、
卒業まで続ける所存らしい割に、
とうとう主将を引き受けることはないままらしく。

 『だって、主将になったらさ、
  団体戦では大将やらされんだぜ?』

戦況へどんなにじりじりしていても
一番最後まで大人しく控えてなきゃいけない。
そうかと思や、場合によっちゃあ、
出番がないかも知れないなんて真っ平だからだと。
仲間内を褒めてんだか下げてんだか
よく判らない言いようをして。
出来れば“一番槍”の先鋒をやりたいがため、
主将は御免こうむると、
言い張ってたように解釈出来んこともないけれど。

 『なんの。
  ありゃあ、日頃の主将がやんなきゃなんないことから
  体よく逃げ出すためってのの方が大きい。』

部員たちの出欠やコンディション管理、
様々な大会への申し込みや準備などは、
顧問の先生や、よく気のつく女子マネージャーがいるから
すっかりと任せればいいとして。
定例のものとしての部長会議ってのが毎月あるし、
学校行事にあれこれ参加する以上、
その折々にも、連絡系統担当とは別、
責任を負わねばならぬ事柄への確認という呼び出しがある。
そういう種の責任感がないって訳じゃないだろに、
そういう職務を面倒がっての“主将は御免だ”宣言なのは、
関係筋じゃあ とっくの昔に見え見えだったりするらしく。

  ―― ま、いいんだけれどもね。

無理から押し付けたその結果、
会議や招集のかかるたび、
部長、もとえ主将はどこ行ったと不毛な鬼ごっこになるよりも。
そういうことは任せてという、気性や性格のお人に任せればいいと。
そういう合理主義は、ずんと早くから浸透してもいる部であるらしく。
(…は? 何かご不審な…)大笑

 「GWはどういうスケジュールなんだ?」

大人の世界でも、先日 全日本柔道選手権があったばかり。
連休という、学生さんたちが足並み揃えて授業がない期間を、
関係筋もみすみす使わぬはずがなかろと思って、
当事者でもあろう、当家の坊やへ訊いた、
相も変わらず屈強精悍な風貌の破邪様、
かっこ、某ドーナツチェーン店のヒット商品を模した
アニメチックなライオンさんが胸元へプリントされた
ベージュ地の帆布エプロン着用、かっこ閉じ…へ、

 「おお、都大会の決勝があるぞvv」

東京代表が決まる試合が、
男女の個人と団体の準決勝からあっし、
しかも子供の日なんで、
会場の記念会館にたっくさん鯉のぼり揚げるんだと、と。
笑い声以外にも何かしらの効果音が
ぱきーっと聞こえて来そうな満面の笑みで応じつつ。
今日も最終調整の練習があるのでと、
日曜だってのに早起きし、
弁当のついでにと握ってもらった炊き立てご飯でのおむすびを、
既に五合は平らげている豪傑さんであり。

 『その割に、背も伸びねぇし横幅も増えねぇよな。』

燃費効率が悪いというか、底無しというか。
いっそ同じ年頃の女子には怒られねぇかと、
お料理上手な、聖封ことサンジさんが
“育ち盛りのくせになぁ”と妙な心配していたほどに、
痩せの大食いな坊やだったりし。

 「ふぃー、食った食ったvv」

眠くなるから腹八分目にしないとなと、
どこまで本気か、しゃあしゃあと言っておいでの腕白くんなのへ、
はいはい判ったよと、こちらさんもまたいつもの如くに苦笑をし、
食後のお茶を出しながら、

 「ちゃんと梳かしたのか?」

大きな手のひらがぽそんと乗っかったのが、
こちらも相変わらず、まとまりの悪い髪の上。
女の子のように念入りなお手入れまでは施していないとはいえ、
ばさばさと質が悪いという訳でなし。
むしろ触れば柔らかくて、つやもあるのがよく判るのだが、

 「ん〜ん、面倒臭せぇもん。」

身だしなみに気を遣うという、基本が出来ない子じゃあないのだが、
顔を洗って歯を磨いて、
制服とともに、清潔なシャツに清潔な靴下はいて、
ハンカチはいつも常備のこと…というのはちゃんと守れるのに、
寝癖直しによほど手間取った覚えでもあるものか、
頭だけは ちいとも構わない困ったさんであり。
振り振りと当然顔でかぶりを振る坊やへ、おいおいと溜息をついてから、

 「しゃあねぇな。」

載っけたままだった大きな手が、そのままわしわしと髪を梳いてゆく。
両手がかりになると、シャンプーでもしているような動作になるので、

 「ゾロ、ゾロ、こういうときは“痒いトコはないか”って訊くんだぞ?」
 「何だよ、そりゃ。」

どこか憮然としたお顔になったゾロだのに、
にししと擽ったそうに微笑うルフィなのは、
わざとに厳つい顔をして、照れ隠しした彼だと判るから。
間近に立ってる存在の、暖かな温みを感じつつ、
えへへぇと微笑いつつも手持ち無沙汰なお客さんのほうから、
取り留めのない話が振られて来、

  あんなあんな、5日の大会は早めに出るぞ?
   そうなのか?

  試合の前に、会場の前に並んで募金活動もするんだ。
   そっか。

  鯉のぼりにもな、メッセージ書いたんだぞ?
   …そうか。

そう遠くはない東北で、未曾有の災害が起きて、
犠牲者の四十九日があったばかり。
それへとまつわることだろに、淡々と口にする坊やであり。
その直前にも、
大雪で困っている人たちへ、
真摯に案じていたほどの坊ちゃんだったので、
これは何か言い出すんじゃないかと、
実を言やぁあ、その分厚い胸中にて危惧していたゾロだったが。
確かに、ニュースを見て数日ほどは呆然としていたし、
ついついだろう、
何処がどうだ、こっちではこんな形で被災した人がいると、
口に上らせてもいたけれど。

 『……もうちっと大人でなきゃな。』

この身を動かすには、まだまだ色んなものが足り無さ過ぎると。
先だってのように、ボランティアに出掛けようとか、
自分たちには出来る、特別な…何か手助け出来ないかと、
衝動に任せ、闇雲に言い出さなかった坊やであり。

  全部へ満遍ない手助けが出来ないなら、
  しない方がまし…とまでは言わないけれど

此処にいて出来ることをすればいい、
自力で出来ることをすればいい、
それが結局は正道と、ちゃんと判っているらしく。


  節電もしなきゃあな。
   そうだな。テレビとか点けっぱなしは気をつけような。

  でもな、自粛はほどほどがいいんだって。
   そうなのか?

  おお。馬鹿騒ぎはよくねぇけど、
  だからって、自粛のし過ぎで けーざいが落ち込むと
  助けたくとも助けられないってことに成りかねねぇって。

   そっか、だから ほどほどか。


そーだと言ってのけた腕白坊やは、
決して…今の今まで
激高したり俯いていたりはしなかったけれど。
小さな胸の中、小さくはない嵐を押さえ付けていたのが、
そこは精神世界の住人だし、他でもないこの子のことだ、
よくよく判るゾロだったりもし。
見ず知らずの相手へでも、
心的共鳴を起こしてのこと、
単なる感情移入以上の思い入れが出来る子なだけに。
あまりに大きな哀しみと接してしまい、
やあらかな心が打ちひしがれたりせぬようにと、
表へ出さずとも油断はせずに、
それは細心の注意を払って見守っていたのだが、

 “……見くびっちゃあいかんということか。”

寄り添うて一緒に哀しむのも、
涙の切っ掛けをあげるのも必要なこと。
ならば、その後ろに控えし者らとしては、
どんと任せてと立ち向かえる強さ、
溜めておくのが正しい応援だとばかり。
溌剌と振る舞っているルフィなのへ、
さすがさすがと舌を巻いている破邪殿でもあったりし。

 「そうそう、島田さんたちも応援に来てくれるって。」
 「久蔵 連れてか?」
 「そうだっ。」

電話友達、実は…という、謎めきの仔猫さんのこと、
どこまで知っておいでやらなご家族にも、
またまた会えるのを素直に楽しみにしている坊や。
当日もすっかり晴れたら良いねと、
庭の緑を透かすサッシの窓の縁、
ピッカピカに光らせている朝の陽がちかきら燦めいて、
坊やへのエールを送っているようだった。





  〜Fine〜  11.05.02.


  *そういえば、もうすぐルフィさんのお誕生日でしたね、と。
   毎年、それだけは忘れぬはずが、
   色々なニュースで鯉のぼりを揚げてるお話を見てもなお、
   ぎりぎりの昨日になって やっと思い出したわたしでして。
   何と言いましょうか、
   まだまだ思考のどこかで、
   頭が容量一杯になってるほど捕らわれてることが
   紛れもなくあるんだなぁと、
   こんな形で実感してしまったのですよ。


   以降、今回の大震災へ
   またぞろ独りよがりな言い分を並べております。
   日記に書こうか、反転掲載しようか迷いましたが、
   それならupするな的なことだとも思いましたので。
   相変わらずの偏った言い分だろけど、
   まあ訊いてやるかという方はお付き合いください。



       


   例えば、シリーズが違いますが、
   『蒼夏の螺旋』は当分書けそうにありません。
   お気づきの方もおいででしょう、
   あちらのルフィとゾロは
   宮城の塩釜出身という設定にしておりました。
   何となくそうしただけのこと、
   現地へ運ばせていただいたことさえありませんが、
   それは立派な枝垂れ梅が評判の神社とか、
   大間のマグロがどうしたと胸張ってらっしゃる、
   まぐろ漁船の基地港があるとか、
   小学生のドッジボールチームが日本一になったとか、
   そういうことも調べた経緯があったので、
   今回の被災地にお名前が挙がっていて、
   我がことのように ハッとさせられました。
   あと 安孫子美和さんの『みかん絵日記』シリーズで、
   三陸海岸を旅行するお話があって
   ご当地をご紹介してらした 大好きなエピソードでしたので。
   そこに出て来た浄土ヶ浜の神聖な美しさも、
   容赦なく津波に蹂躙されたと聞いて
   とっても胸が痛みましたし。

   いっそのこと、
   ウチの、現代を舞台にしているお話の中では、
   起きなかったことにしようかと
   そういう選択もあると思わなくもなかったのです。
   だって、ただのフィクションなのですし、
   もっとずっと極論を言えば、
   個人的な道楽の範疇でいじっている代物。
   そんな世界で、よく知りもしないのに、
   時事的なこととして扱うなんて。
   その方がよっぽど不遜な態度なのかも知れないとか、
   そうまで思いもしたのですが。

   でも、それはもっといただけないかなとも思いました。

   大事なのは忘れないことだと聞きました。
   美しかった町並み、大好きだった人を失って。
   十二歳の春が、十五の春が、十八の春が、
   つらい思い出になってしまった人も大勢おいででしょう。
   今だけは悲しみに目隠しされてていい。
   けれどでも。
   後ろ向きでいるという意味ではなくて。
   あの日の哀しみと向き合い続けろという意味でもなくて。

    大切な思い出を 絶対絶対忘れないこと、
    それが挫けないための底力になるんだそうです。

   一緒にしてはいけないのでしょうが、
   祖母を亡くしたばかりのころは、
   所在地が遠かったこともあり、
   可愛がってもらったくせに、
   何もしてあげられなかったことばかり悔やまれましたけれど。
   今は少しずつ、
   遊園地へ連れてってもらったこととか
   一緒にお風呂に入ったこととか、
   ちょっぴり甘い、西訛りのあった声とか、
   何とか泣かないで思い出せるようになりました。


   今はまだ涙と一緒に思い出してしまうなら、
   少しずつでいい。
   泣いていいとか、元気に余裕のあるときだけでいい。
   ただ…どうか忘れようとはしないでいて。
   闇雲にすべてへ封をしてしまわないで。
   好きだった人や好きだった想いまで、
   どうかどうか、忘れてしまわないでくださいね。



    偉そうなことを言ってごめんなさい。
    当事者でもないくせに、
    今だって何も出来ないくせに、
    知ったようなことを言ってごめんなさい。

    1日も早い復興により
    被災地の皆様の生活が落ち着かれますこと、
    そして、関係者皆様のご健康を、切にお祈り致します。


**ご感想はこちら*めるふぉvv

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