天上の海・掌中の星
〜枝番

    “蒼月宵”


天聖界の住人が、それも…随分と覇力も濃密にして、
威容に満ちた存在がすぐ傍らにいるからとはいえ、
それが何を意味するかを
理解や把握が出来ないような連中も少なくはない。
悪意あっての、作為があってのそれじゃあなく。
次元の歪みに巻き込まれた格好で
こちらへやって来たクチの存在に至っては、
向こうにとってもとんだ災難。
そこには居られぬ空間に放り出され、
あまりの痛さや衝撃に飲まれた末のこと、
正気を失くして暴れているものに、
そんな状況把握なぞ そもそも無理な相談なのであり。



 「久蔵、元気してるか?」
 「みゃうにぃ!」
 「そっか、元気か。俺も元気だぞ。」
 「にゃうみぃ、にゃんvv」
 「そうそう、最近は暖かいよな。
  あんな雪降ったなんて信じらんねぇくらい。」


それは和やかな夕食後のひとときに。
その子もまた、ルフィには知己のうち、
ひょんなことから知り合った仔猫さんとの、
お電話トークにかかっていた坊やだったのを。
話題になっているその通り、
あの厳寒期に比べればいくらかは暖かくなったのも事実ではあるが、

 「る〜ふぃ、靴下。」
 「うん。」

子機を抱えてのソファーの上、
はだしの足元を抱え込むような格好、胡座をかいて座っているのへ、
陽が落ちてからはまだまだ寒いぞと、
ほれとソックスを出してやったその間合い。

 「みゃっ、にゃい・にぃっ!」
 「え? どした、久蔵? なに慌てて…。」

受話器の向こうという、微妙に遠い相手に異変があったらしく、
どしたどしたと相手を案じて慌てるルフィをこそ
“?”と見やったのも束の間のこと。

 「  ………っ。ルフィ、」

言葉での指示ももどかしく、
腕を伸ばすと…シャツに重ねていたカーディガンの襟元、
がっしと掴んでの思い切り引いているゾロであり。

 「な…っ。」

何すんだと驚いたらしきルフィのいた場所へ、
無理から何かの光源を当てての
意味のない像の映写を試みようとしたかのような。
空間がねじれたようなどこか不自然な光が射して来て、
それと認める間もないほどの瞬時に消えた。

 「………え?」

まだ十代で、動態視力のいい子なだけに、
そこから遠ざけられてのこと、視野の端も端の現象だったろうに、
ルフィにもそんな不自然な“何か”は見えたようで。
そうともなれば、何だ何だと慌てることもないままに、
大きな手にて引き寄せられた、頼もしき破邪の傍らへ、
自分からも駆け寄るようにしての身を寄せる。
あくまでも“対処の邪魔”をしないようにとの心掛けであり、
得体の知れない気配に弾かれて、怖がり恐れてのことじゃあない。
言ってみれば、それもまた二人の呼吸のようなものであり。
上背のある緑髪の破邪殿の手には、
いつの間に召喚されたか、把に白い糸を巻かれた大太刀、
彼の得物の精霊刀が握られていて。

 「迷い出た場所が悪かったな。」

ぶんと高々振り上げられたそのまま、雄々しき腕が一閃されると、

  ―― 〜〜〜〜〜〜っっ!!

声とも音とも言えぬ、何かしらの衝撃波が鳴り響く。
窓ガラスやキャビネットの扉を震わせたあと、
テレビ前のラグの縁、バタンとめくり上げたのを最後に。
確かに感じられていた気配のようなものがふっと掻き消えて。

 「……にゃっ、みゃうにぃ?」
 「   あ。」

その手に持ったままでいた子機からの仔猫の声で、
はっと我に返れたルフィ。
何でもないぞと告げつつ見回した室内には、

 “???”

そのまま宙へと身を溶かし込んだか、
ほんのさっきまで、
すぐ傍にいたはずなゾロの姿が影さえ無くなっていたのだった。




       ◇◇



今宵来たりた存在は、
陽世界の中、そもそも出現した地点だろ歪みからの、
影響さえない場所へまで這い寄れたほどには、
気色の強い手合いだったらしく。

 『ルフィを狙ってって接近かどうかは不明だな。』

自我や知性あってのこととしての
“企み”から行動がとれるような大物は、
そうそうこっちへ出て来やせんし。
認めたかねぇが、
俺らの眸を盗んで暗躍しとるクチがあったらあったで、
お前が守ってる坊主の前に、
わざわざ出てくなんて馬鹿な真似はするめぇしな、と。
霊肢の原型さえ判別出来ぬほど、
微塵に刻んでしまった残骸、
遅ればせながらと引き取りに来たのは、
陽世界で彼らの構える“大妖対処”を、
ほぼ束ねている聖封のサンジであり。

 『…とはいえ、あれはちっとやりすぎじゃね?』

あくまでも陽世界への影響が残らぬよう、
残滓さえ余さず回収した霊躯を納めた結界作用の強い箱、
聖界からの使者へと渡して、さて…と。
相棒でもあるゾロと相対し、
あらたまったような言いようにて、こそりと告げたのがそんな一言。

 『いきなり現れたんだろが、
  さして脅威じゃあない小者だってのも判ったはずだ。』

間近にあの坊やが居たんで万全を期したのか?と。
そうと一応訊いたのも、
すぐに蹴りが出るほどの乱暴者のように見せ、
その実、こまやかな気配りを行き届かせる彼らしい、
微妙で遠回りな訊き方で。
それへと、

 『……いいや。』

すっぱりしちゃあいたが、その実 曖昧な返事をしただけ。
後は何とも言わぬ無愛想な男の横顔へ、
殊更に判りやすくも“はぁあ”という溜息をつくと、

 『これだけは忘れんな。
  あの坊やは、天真爛漫な大雑把に見せといて、だが、
  自分を害する相手であっても、
  その事情とか背景とかを察してやれる、
  そりゃあ困ったお子様だったんだぞ。』

  あいつらのいるべき所へ送ってやる方がいいと、
  片っ端からという勢いで畳んでいいのだと、
  いつだかお前が説得したっていうが。
  それでも…悪意からの襲撃と迷子の違いくらいは、
  もしかして嗅ぎ取ってるかも知れない。

そんな風に、自分の思うところを紡いだ相棒は、
だから、

  ―― あんまり無体をするなと。

手抜きじゃないのは判ってる。
一刻を争うことだってのも判ってる。
俺ばかりじゃない、ルフィだって判ってると思う。
それでもな、


  『相手への非道を、もしかしていつか。
   お前が悔いなきゃいいがなんて、
   そんな方向で案じてたらどうするよ。』


此処には居られぬ異世界の存在。
次界の歪みに取り込まれてしまった、言わば災難に遭っただけな存在。
本来こっちへ来られるはずがなく、
来た途端に蒸散するほど“居られぬ世界”だが、
なまじ大きな躯だったがため、
ほんの少し長く永らえられてしまい。
痛くて苦しい中、じわじわと死にそうになった身を、
匿まってくれそうな場や殻の存在を何とか嗅いで、
それでと亜空を泳いで現れるのが、さっきの奴のような手合い。
もがいた分だけ 腐食はますます進行し、
戻る術もなし、
封印滅殺されてもしょうがない…という把握をするのは気の毒だと、
そんな風に思うてのこと、
八つ当たりに害されても我慢していた坊やだったのは、
ゾロとて覚えているけれど。

 「……。」

そこまで相手優先でいてどうするかと。
文字通り迷ってる奴らなんだから、
痛い目を長引かせるのもまた残酷だと。
送ってやればいいんだと、それを俺が引き受けてやっからと。
いささか乱暴な言い方ながら、
説得した上で共に居るようになったのが、
そもそもの始まりだった彼らであり。
それからそれから、坊やの秘密や、ゾロ自身の秘密も紐解かれ、
ただの通りすがりや出合い頭なんかじゃないと、
絆の向こうにあったものまでも、
今更把握した二人じゃああったけれど。

 “……だから何だってんだよな。”

ぞんざいな言い方をすれば、大人げなくも。
あの程度のという小者へも容赦のない攻勢をかけたの、
ルフィも気にしてんじゃね?と窘めてったサンジだったが。
そのくらい判らない自分ではないと、
自分で言葉にした途端、
ますますと胸元の奥深くが落ち着かぬ破邪殿だ。

 「……。」

そういえばとわざわざ顧みなくとも、
育ての親やら師範やら、誰かがいる環境で育った身。
その後も天聖界の組織の下にて、
破邪という務めをこなす任につき。
指示が来ればそれへと向かう日々を、
ただただ淡々とこなしていた自分であり。
群れるのは嫌いだなんて、子供のような片意地張った覚えはなく、
さりとて、
無茶を強いての結果、復帰不能の身となった末、
聖世界からのつながりが断たれるというの、恐れた覚えも一切なく。

 “……。”

ついと頭上の月を見上げたように、
前をばかり見ていた身だったから…なんてな、
カッコのいい話じゃあない。
なるようになれと 投げてまではなかったものの、

  ―― 失って困るものなぞ、一切持たない身だったから

自分の四肢や命へさえ、関心のわかぬままでいた。
目の前にいる排除対象を切り刻めるのは自分だけ。
だから投じられた“現状”であり、
それをこなすのが自分の有り様そのものと、
疑いもせずのただただ淡々と繰り返していただけ。

 「…だったのにな。」

ふと、足元に気配を感じて。
何をか辿るように目許を伏せたゾロの姿が、夜陰の中へ淡く溶け込む。
外でと切り裂いた邪妖を処理してすぐ、
ルフィの待つリビングへ一旦戻った彼であり。
何事もなかったかのように振る舞って、
明日もガッコだろうが早く寝ろ寝ろと寝かしつけた坊やの気配が、
やっとのこと、熟睡モードまで落ち着いた。
それを感じ取ってのこと、ゾロがふわりとその姿を現したは子供部屋で。
少しほど合わせようの甘いカーテンの、
隙間から差し入る月光が、寝台の上、掛布へ斜めに白い線を引いており。
眩しくはないかと、手を伸ばしかけ、
枕の上、無心に眠る童顔を間近にすると、

 「……。」

柄になく、その手が止まってしまったことこそが擽ったい。
依存なんてな甘ったるいものではなく、
そうかといって、宿命なんてな重いものでもないと思う。

 『俺が死んでも、この魂をゾロが必ず探してくれるんだ。』

だから。精神気概の器にあたる“筺体”とやらはやれないと、
精気を集めていた謎の子供の跳梁を止めたおり、
どこまで理解していてかは怪しかったが、
それでも言い切ったルフィだったのへ。
ああ成程と納得しつつ、
それでもなお、そんなことを口にする彼なのへ、
嘘寒い想いがしたのも事実。
いつか自分より先にいなくなるのだと、考えただけでも居たたまれない。
そんな衝動を押さえるのも兼ねてのこと、
坊やを害するものへ、知らず過激な対処を取っているとも思う。
サンジもきっと、その辺りの心情を酌んだその上で、
ルフィさえ眉をひそめるような、
そんな徹底を敷くようになってからでは遅いぞと。
お節介ながらとあのような言いようをしたのだろうて。

  「…なっさけね。」

大事なものほど護るのが難しいとはなと、
それこそ柄じゃないことまで思うほど、
自分の意外な脆さに気づけたようで。
こんな想いの芽生えたこと、
経験がいかになかったかを思い知りつつ、
身のうちに歯痒さを抱え、ジリジリしてしまうのだから。
小物退治の方が難儀ってのはどうよとの、
苦い吐息をついたそのとき、


  「   ぞろか?」


手元近くで掠れた声がした。
漫然と考えごとをしていたせいか、気配を散らし損ねていたらしく。
熟睡していたはずの坊やが、ゆるゆる目許を開きかけており。

 「…すまんな。起こしたか。」
 「ん〜ん。」

起こされたんじゃないと言いたいか、謝ることじゃないということか、
くぐもったような声を出してから、
枕の上で寝返り打つと、こちらをぼんやりと見上げていたものが。

 「……………?」

再び横を向いたので、寝直しかと安堵しかけたゾロだったのへ、
枕の外をポンポンと叩いて見せる坊やであり。

  ???
  だから、ほら。

再び敷布を、ポンポンと、
手のひら開いて叩いて見せて。
肩口がはみ出しかけてた掛布まで、ひょいと剥ぎとりかかったので、
ああとやっと、想いが至る。
こちらの思案まで気づいているものか、
それともただ単に彼もまた甘えたいからか。
こっちに来いと言ってるらしくて。
小さな坊主のくせに生意気なと、
やっとのことその口許に滲んだ精悍な笑みをかみ殺し、

 「…蹴るなよ。」
 「寝相までは知らん。」

うくくと笑った幼い声ごと、小さな温みを懐ろへと掻い込んで。
ああそうさな、
まだまだずっと先の、遠い日の話を今から案じても始まらないよなと。
それこそ、そのときに後悔しないよう、
この子を 想いごとしっかと守り通さねばと。
すぐにも寝息を立て出した坊やの、それこそ魂を護るよに。
その懐ろへ深々と、
大事な宝を掻い込んだ、淨天仙聖こと破邪殿だったようで。
その昔には住処でもあったとされる月峨の影が、
天穹をゆうるり渡る春の宵。
まだまだ裸のモクレンの梢を騒がす風さえも、
もはや聞こえぬ夢の中……。





  〜Fine〜  11.02.24.


  *取り留めのないお話ですいません。
   某死神さんのお話で、
   大好きなキャラが“自分が護りたかったのはお前自身だ”なんて、
   決め台詞を言い残して去ってってしまったの、
   まだ尾を引いてるようでして。
   お前の望みを叶えるためなら
   どんな力でも貸そうと言っていたのにね。
   そんな坊やが知りたいといってきたことが、
   選りにも選って、
   そんな彼と自分とのつながりを断つよな代物のことだったから。
   でも、そんな事情を言う訳にもいかずで(言えても言うまいしな)
   辛かったんだなぁと思うと切なくて。

   それをこっちのゾロさんへ求めるというのは、
   気性とか立場とか随分とお門違いなので、
   枝番とさせていただきました。
   それでも、書いてみたかったらしいです。
(おいおい)


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