天上の海・掌中の星

    “二百二十日”


二百十日というのはよく聞くが、
そのあとに“二百二十日”というのが来るのだそうで。
どちらも立春から数えての日数であり、
台風が来やすくて荒れる日とされている。
今の暦で九月の初旬から半ばにかけて。
残暑が厳しい中、
イレギュラーではない格好で日本に接近する最初の台風だったり、
前線を刺激して大雨をもたらしたりするのへ、
ああそういうシーズンの到来かと 気づかせてくれた暦事だったはずが、
ここ最近では、
迷走するものだったはずな夏台風さえ
きっちり上陸して大暴れするので、
逆に、
“何でそんな半端な数字をわざわざと?”
という感覚を招いてしまうようでもあって。
ストップ温暖化とか言っても、もう手遅れなんでしょうかねぇ…。




     ◇◇


昨夜からも、どこか表で何かが転がるような音とか、
いちじくの茂みやハナミズキの梢なんかが
葉の茂りごと風に叩かれて ざざんと騒いだりしてはいた。
朝食時の時計代わりにと点けたテレビからは台風情報が流れており、
ああその前兆の大風かと納得しつつ。
休日だが部活があるというルフィが、
朝から健啖さを見せて握り飯を何個もうまうまと頬張る横で
みそ汁だの麦茶だのたくあんだのイカナゴの釘煮だのの給仕をし。
洗面所で洗濯機が立てる作業終了の呼び声を確認しつつ、
ああこらそれは昼飯だと、
弁当箱へ詰める前、少し冷ましていた肉巻き握りへ手が伸びたのへ、
おいおいという顔を向けつつも 2、3個なら構わんかと制止まではせず。

 『大体、昼に食うものを今食べると、昼に飽きないか?』

 『ん〜〜、遠足とか運動会の弁当ならそうかもだけど、
  そうじゃないから そうは思わねぇ。』

一応は どうかなどうだろと考えてから、一丁前なお返事をし、

 『美味いもんは、毎日とか続けて喰っても美味いもんなんだ。』

にぱーっと笑ってそう付け足すと、
こっちの手が止まった隙に、
危うく弁当箱に詰める分まで削り掛かったので。
さすがにそれは制して、ほれ遅刻すんぞと玄関へ追い立てる。
昨日からまずはの3連休で、
来週も1日ずれていたらば やはり3連休だったらしく。
とはいえ、高校生には忙しさは変わらない。
秋は行事が多いので、その準備だなんだで登校する日も多く。
暑い間の短縮授業期間さえ、
暑いからというお題目が意味をなさぬほどの在校率となっており。

 『そりゃあ楽しいサ♪』

わあわあ賑やかなのが楽しいのと それからサ。
意外な奴が釘打つのとか上手かったり、
細かくて面倒臭い作業を黙々とし続ける奴がいたり、
日頃じゃあ判らなかったそういうのに気がつくし。
せんせいの中には いつもだって砕けてる人も結構いるけど、
担任になったのに あんまり口利かないようなせんせえが、
これ食べなさいなんて言って差し入れくれたりしてびっくりしたり。

 『そういうのが毎日見つかるんだぜvv』

好奇心旺盛で、意外なことへほど目のいく
この坊やだからこそ…というのもあるのだろうに。
だから楽しいと言ってのけたあとで、

 『でもな、ゾロとまったりすんのは、もっと好きだぞ?』
 『………お前ねぇ。』

外に出づっぱりでも浮気なんかしてないから安心しなと、
家を守ってる奥方へも如才なく言ってやる、
大モテの遣り手な旦那みたいな物言いをするのへと。
おいおいと しょっぱそうな顔になった破邪殿だった…という一幕を、
ついつい目撃してしまい。
声も出せないほど空中で笑い転げていた相棒へ、

 『〜〜〜〜っ

精霊刀を召喚するやいなや、雄々しい腕をぶんっと振り抜くと、
おはよう代わりの鷹波をお見舞いしてやり、

 『殺す気かっっ!』
 『こんなもんでは死なないだろうが。』

一緒にいたチョッパーには、
どこまで本気でどこからが冗談か判りませんという
いつもの掛け合いをしての…さて。

 「まああれは、昨日見てたドラマの中で、
  新しく家族の一員になった大きい犬っころへ、
  先住民の猫がすねるのに気づいた主役のガキが
  ませた口調でなだめてたときの言いようだったんだがな。」

 「へえへえ、そんな言い訳せんでもいいってばよ。」

 「………っ

伏し目がちになって口元を覆うという、手慣れた格好も決まっておいでの、
たばこに火を点けながらという、つまりは片手間な態度のサンジから、
それは しらっと言い返されてしまい。
ゾロの堅そうなおでこの端っこの、
そこも鍛えているのかもな こめかみに怒りの血管が浮くのもいつものこと。
仲がいいんだか悪いんだか、
相変わらずという言いようが出来るやりとりを
こっちの顔合わせでも またぞろ交わしつつ。
人の和子らの生活圏からはちょいと上になろう空をあちこち駆け回り、
不穏な空気はないか、次空の歪みはないかと見て回る。
そういった気配に対しての鋭さでは、
時として別の次界からでも探査可能という、
聖封でもトップクラスの実力と感覚を誇るサンジではあるが。
そんな彼でも見過ごすような、巧みな あるいは例のない代物が、
こちらの陽世界に限っては 絶対にあり得ないとは限らないのでという、
目視による入念な“見回り”であり。
翼を持つわけでなし、
飛行種の何か聖獣にまたがっているでなしという空中散歩は、
彼ら自身の生気を使っての移動なので。
こんな最中に途轍もない輩にぶち当たっての長期戦にでもなった場合、
しまった精気が足りないかもという事態にも陥るため、
厳密に言や、本末転倒なことをやっているとも言えて。

 “だよなぁ。特に、こいつがってのはサ。”

こんな日でもビシッと決めたスーツの裾を、
台風から吹き来る生暖かい風や、
疾走の勢いで起きる風にはためかせつつ。
やはり掻き回されかけた前髪を押さえる素振りの陰で、
サンジがちらりと見やったのは。
飾り気のないTシャツに着ならされたデニムのブルゾンと
ややくたびれたカーゴパンツというざっかけないいで立ちをした大柄な相方で。
でかい背中も雄々しい双肩も見るからに頼もしくはあるが、
特に探知や精査の能力が高い訳でもないのだから、
何かあったぞと異変を見つけてから、
呼ばれて来るという順番で十分だってのに。

 “まあ、誰も居ねぇあの家にいるよりは。”

坊っちゃんのいるガッコの方へも回る見回りに出た方が?
ああ、そこまで言っちゃあ 野暮でしたか?(笑)

 「……………ん?」

その坊っちゃんが、
部の練習だか、体育祭での応援団への打ち合わせだかで登校中という、
市立高校の上空まで差しかかったのは、
そろそろ昼を回ろうかという頃合いで。
桜やニセアカシアの木立が取り囲む敷地内に、
大小3つほどに分かれた校舎と、運動場と校庭があって。
体育館とプールに、裏手には運動部の部室長屋もあるという
ごくごく平凡な構成の学校だったが。
その一角に何かを目ざとく見つけると、

 「…っ。」
 「おい?」

こらこら俺様より先に何を見つけたかなと、
訊こうとしかかった相棒の目の先から
あっと言う間に地上へ降りてく誰か様だったりし。
スズカケの木の枝振りの隙間を、器用にも音を立てずに擦り抜けての地上まで、
それは鮮やかに降り立ってしまったゾロだったのへ、

 「お…。」

おいと掛けようとした声が途中で止まる。
いや“止めた”サンジだったのは、

 「あれ? ゾロじゃんか、見回りか?」

まだ夏服の開襟シャツにシンプルなズボンという、
制服姿のルフィが、デイバッグを背に立っていたから。
まだ昼を回るかどうかという時間だ。
弁当は…まま もう食べたにしたって、
そういう態勢での登校ということは、
夕方近くまで学校にいるという前提ではなかったか。
単に予定が変わったということ…と感じなかったからこその、
物を言う暇も惜しいような急降下をしたゾロだったその理由が、

 「にゃおう。」

ルフィが腹の前で交差させてた、
ひょろりとした腕へ抱えていた、一匹の仔猫であり。

 「………。」
 「うん。キュウゾウに似てっけど違うみたいだ。」

キャラメル色のふわふかな毛並みだが、
よくよく見れば配色が微妙に違うし。
首輪の色も違えば、

 「…メスだな、そいつ。」
 「え? そうなんか?」

さすがサンジだなぁ、人や精霊以外へも女の子は敏感なんだなぁと。
何か変態じみて聞こえるからそのくらいにしてねという
聖封さんからの怖い怖い斜め睨みがとんだところで、さて。

 「迷子みたいで、
  こういう子が寄って来るのは いつもなんだけどサ。
  何かに怯えてるみたいだったから。」

抱えていて震えが届くというのではなくの、でもなんか。
みぃにぃとしきりと鳴いたり、
こっちの顔を見上げばかりするのでピンと来たそうで。

 「帰りがてら、近所を訊いて回ろうと思っててサ。」

部長にも顧問のせんせえにも許可は取った。
でも、真っ直ぐ家へ帰るってワケじゃないから
ゾロには電話もメールもしてねぇのになと、

 「よく判ったなvv」

なんて言って屈託なく笑うので。
ひょこりと小首を傾げたポーズも愛らしく、
そりゃあ天真爛漫な笑顔にどこか撃ち抜かれでもしたものか、

 「ま、まあな。」

ごほんと、大きなこぶしで口元隠して咳払い。
ただルフィがいたから降りたのか、
予定外の行動へと引っ掛かって降りたのか、
仔猫という連れがいたので降りたのか、


  それとも


見える範囲にいればすぐ気がついて、おーいと手を振るルフィが
こちらを見上げもせなんだからと、

 “まさかと思うが、妬いたのかねぇ。”

そこまでは行かずとも、何だなんだと気になったには違いなく。
それでと…そばへわざわざ降りてくって直情さは、

 “判りやすくて相性としては合格かねぇ。”

見ぬ振りして後でごねるとか、勝手にどんどん自己完結するとか。
そういう無理をしなかったのが、
向こうもあっけらかんとしている坊やだから上手く咬み合ったと言えて。
少しでも薹のたった大人たちの恋愛は、
慣れぬ気遣いとか はたまた余計な意地が見せたツンデレが、
話をますますとこじれさせるから始末に負えぬ、と。
自分だって利口で器用な恋愛には実は縁がないくせに、
偉そうに高みからの見解を弾き出しつつ、

 「親猫か飼い主一家か、近所に探せばいいんだな?」

 「うん。あ…サンジってそういうのも判んのか?」

まあねとにっこり口元ほころばせ、
ついでに自分たちの身を、人の子にも見える“陽体”へと変化(へんげ)させ、
さあさ行くべと、あとの二人の背中を叩いて歩きだす聖封さんであり。
頭上をゆく雲の駆け足は結構な速さ。
さわわざんっと一際大きな音を立てたスズカケの梢のざわめきに、
ルフィの懐ろから仔猫がにぃと鳴いたのが、
台風怖いと聞こえたような気がした、八朔の午後だった。





   〜Fine〜  12.09.16.


  *タイトルと違う日に胴体着陸してますね、すいません。
   ちなみに、正確には 旧の暦の八朔で。
   新穀を取り入れる、田圃の祝いの日だそうです。
   これもやっぱり1カ月ほどずれてるんでしょうが、
   刈り入れの時期と台風の襲来時期が重なるのは昔からのこと。
   今年は夏の間にもう十分蹂躙されてるんだし、
   無事に乗り切りたいですよね。


   「キュウゾウ、そっちも風強いのか?」
   【 にゃうみゅう。みぃに、みゃうにゃにゃ。】
   【 なあなう、みぃなぁ。】
   「そっかぁ、
    クロが風に負けてポーチで転がっちまったかぁ。
    クロもびっくりしたってか?」

   “…………だから何でそこまで細かく通じるんだろ?”

   七郎次さん、もう諦めな。(おいこら)


ご感想はこちら*めるふぉvv

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