天上の海・掌中の星

    “二学期と言ったら”


振り返ればロンドン五輪と猛暑という、
正に熱くて暑いとの印象が強かった この夏で。

 「まだまだ、残暑は結構な居座りようだけどもな。」

駅前のコンビニで買ったらしい、
棒つきのソーダアイスを食べ食べ、
今はまだ短縮授業らしい、早帰りをして来た坊っちゃまの感慨へは、

 「お前の場合、
  ここいらのお子様たちの見本なんだから、
  そういうお行儀は何とかした方がいいんじゃねぇのか?」

こちらに自分用として備えおいてるエプロン掛けて、
キャベツのカレー炒めを挟み込んだグリルサンド、
昼食兼おやつにと供して下さったサンジさんが、
呆れ半分からだろう、
目元を半目に座らせつつご意見して下さったりし。

 「見本?」

何せ、夏休みには朝のラジオ体操の指導もするし、
夏祭りでは盆踊りのリーダーを務め、
顔なじみのお年寄りやお母さんに頼まれれば、
代理で買い物もしてくるし、わんこの散歩も引き受けちゃうという。
紛れもなくご町内のアイドルでもあるルフィ坊っちゃんだってのは、
たまに来るだけの聖封さんでさえ、御存知な事実なもんだから。
パンの表面かりかり、
中のキャベツのスパイシーさと、
炒められてのちょっぴり残る歯ごたえが絶妙という、
思わぬ美味しいランチにほくほくしつつも。
それって何の話だと、首を傾げる天然さんなのへは、

 「今からでも自覚しろ。」

いいか? 忘れんなよと、念押しするお兄さんだったりし。
細腰にエプロン巻いてても、
料理の腕のみならず、こまやかな気遣いもまた、
どこかお母さんに向いてても。
ご当人曰く、
自分は女性たちのためだけ、
この世に生まれて来たのだと言って憚らぬ、
当世一の“ふぇみにすと”だそうだけど。

 『だってサンジは、女の人にしか関心ないって言いながら、
  自分より小さい子供にも、同じくらい甘いからな。』

気がついてないんだぜ、まったく可愛いもんだぜと。
一番可愛がられておいでだろう、
聖獣トナカイのチョッパーから嘆かれていては世話はなかったが。

 「それにしても。」

聞けば、本来のお留守番、主夫でもある破邪ことゾロは、
国道沿いのスーパーの開店ン周年記念セールのチラシを手に、
特価品とされていた、
箱売りのミネラルウォーターや、
200組詰めボックスティッシュ5Pセット、
新米お試し価格などなどを買い出しに出掛けておいで。
以前からも、
一等航海士であり、大型貨物船の船長でもある、
ルフィのお父上のカードを使い放題なご一家であり。
近年、この家の家計を任されたゾロはゾロで、
この世の者じゃあない身だし。

 「…縁起でもない言い方されてるんだな。」
 「え? 何がだ? サンジ。」(笑)

そういう背景もあってのこと、
それほど倹約に目の色変えなくとも…という風潮も、
実のところ、あんまり変わっちゃあいないのだけれど。

 「何でも、裏のお年寄りのご婦人とか、
  先向かいの爺さんとかに頼まれたって話でな。」

  サンジ、お年寄りに差別はいかんぞ。

  何を言う。
  お年を召してもレディはマダムになるだけだから、
  ちゃんと同じく扱っとるわ。

  ………じゃあなくて。

ルフィの家の備蓄品のためではなく、
頼まれものとしてのお買い物に出掛けているというところ。
あの、孤高を気取って人の気持ちなんて考慮もせんかった“剣の鬼”が、
変わりゃあ変わるもんだねぇと。
美味しいお昼ご飯を あむあむ・むにむに堪能中の坊やとの会話へ、
お仲間の思わぬ近況を引っ張り出したサンジだったが。

 「ところで、
  リビングに料理の本がちらほらしてるのは、
  何の企みがあるのかな?」

 「ほえ?」

まだ半袖という制服のシャツの、
胸元やら襟回りに細かいパンくずを
散らかし倒しておいでのお顔を上げられ。
おいおい、幾つだお前と、
苦笑交じりに、
それでも優雅な手捌きで払いのけてやってから、

 「これとかあれとか、普段は本棚に収まってる代物だろに。」

日頃だったら、
あの主夫殿のお片付けの隙をつき、
あっても まんがかスポーツ関係の雑誌が
数冊ほど散らかっているところ。
とはいえ、こういう方面の本に縁がないとも思えぬお家で。
慣れない家事に手をつけ始めた頃なぞに、
ゾロが参考にしたお総菜ものから、
学校の家庭科や学園祭への必要があってと、
ルフィが買って来たお手軽スィーツものまで、
結構 広範に揃っており。
サンジがそれを指しているのだろうというのは、
そちらへと首を伸ばしたルフィにも、視線であっさり通じて。

 「ああ、うん。今朝まであれこれ調べてたんだな。」

最後の一片、ぱくりとお口へ放り込み、
ほれと差し出されたおしぼりで手や口元を拭いつつ、

 「ウチのガッコの学園祭で、
  俺ンとこの柔道部とか剣道部とか武道部が合同で、
  青空喫茶ってのをやってんだけどよ。」

ああ、あれねと、サンジにもあっさりと通じているあたり。
どんだけ“毎年”恒例なイベントなのやらですが。(こらこら)
ルフィ坊やが通う公立高校の、数ある秋の行事の内の、
体育祭の後に控えし、大きなお祭り。
講堂での演奏やら芝居やら、
教室を改造しての模擬店やら展示会、
ゲームやバザー系統の出し物までと。
別段、有名なアイドルや芸人を呼ぶ訳でもないってのに、
学生側の熱意も高けりゃ、ご近所の理解とご協力も手厚く、
毎年結構なにぎわいになることで、集客力も半端ない催しのその中。
武道関係の運動部が合同で、広い校庭へ幾つもテーブル席を設け、
焼きそばやタコ焼きといった鉄板焼きから、
クレープにフレンチドッグ、ポップコーンといった定番のメニューの他。
弓道部伝統の手打ちうどんや、
空手部伝統の餅入りモナカアイス、
薙刀部伝統の七色の回転焼きなどという名物メニューへ、
行列が出来ることでも知られている、
ちょっとしたB級グルメ大会のようなお祭りでもあって。

 餅入りモナカアイスってのは、
 何だか食べにくそうなメニューだな。

 そか? 美味んまいぞvv

 アイスの中に封じて餅が固まらんのか?

 ああ、餅って言っても羽二重もちだから。
 しかも、最中とアイスの間、
 アイスをくるむ格好で入ってるんだ、と。

美味いぞ自慢だぞと、ほこりんと微笑ったルフィだったが、

 「それって某社の何とか大福と、
  別の某社のチョコモナカの合わせ技なんじゃあ……」

 「あ。」

思わぬ指摘にお口を真ん丸に開けてしまったまま、
動きが止まったルフィだったのは、
お菓子に精通しているがゆえ、
あっと言う間にピンと来たからで……。


  みんなっ、
  某社と某社には内緒にしていてね?(こらこら)


………って、
相変わらずのノリで話が逸れてしまいましたが。

 「で。
  ウチの主将がサ、
  柔道部にもそういう伝統の料理がほしいって
  突然なことを言い出したんだよな。」

散らかっているというほどでもないリビングへと移って、
ベルガモットを隠し味にしたオレンジスカッシュを頂戴しつつ、
ルフィ坊やが続けて言うことにゃ、

 「ウチの売りは、
  自分を含めてウェイターにイケメンを提供して来たことだけで、
  だがだが、来期もまた、
  この質のラインナップを揃えられるかどうかは、
  未定というか不明だから…って。」

しょってるよな、自分も含めてってのが、と。
まずはそこへと自分で突っ込んでおいてから、

 「けど、急に言われても、
  もう結構な種類のメニューは出尽くしてるしさ。
  そいで、
  似たような献立じゃあ、調理スペース枠は譲れんぞって、
  責任者のせんせーにも言われちってさ。」

聖封さんのホンモノたる所以といいますか、
日曜大工ならぬ“日曜だけシェフ”なお父さんの料理と大きく違うのが、
料理の腕前だけじゃあなく後片付けの手際もいいところ。
ルフィのお顔を見てからキャベツを千切りにし始め、
出来立てならでは、歯ごたえ絶妙の出来のを、
食べさせてくれたという手際だったってのに。
使った食器までもをきっちり洗い終えての、
余裕で一緒にリビングへ移って来れてる家事上手。
一仕事の後のたばこに火を点けつつ、
それで?と目線で話を促せば、

 「そうまで言われても、やっぱ目玉商品は欲しいってことで、
  俺ら三年に、後輩への置き土産として
  何か名物を考えて来いって流れになっちって。」

でもな、屋台ものは出尽くしてたし、
火を通す手際がややこしいもんは無理だしって制約が多くてサ。

 「そういうの全部話して、何かねぇかってゾロに相談したらな?」

ソファーのひじ掛け部分へ、腰を引っかける格好で身を落ち着けて、
話を聞いていたサンジの間近へと わざわざにじにじ寄ってって、

 「テレビで見かけたのでもいいんならって、
  凄げぇ簡単で美味しいの、てーあんしてくれたんだvv」

にゃはんと微笑った坊やのお顔の、まあまあ嬉しそうだったこと。
想定せずに振られると、
屈託のなさ極まれりな陽的パワーにあてられてしまうほど、
結構な威力があるから恐ろしい、
ルフィの“満面の笑み”とやらには、何とか もう慣れたはずのサンジが、

 「…………あ、そうなんだ。」

一瞬 毒気を抜かれてしまったほどに、甘い甘い笑いよう。
不意打ちだったとはいえど、
呑まれてしまったことが あんまり癪だったもんだから、

 『ちっ、迂闊だったぜ。
  俺様としたことが男の笑顔に呑まれるとはよ』と、

わざわざ破邪様に泣き言をこぼす振りをして、
そうまで美味しい笑顔を、独占のかぶりつきで見ちゃったよんと、
悔しがらせる嫌がらせを構えたなんてのは、
ちょっぴり後日のお話だったそうですが……。(おいおい)




     ◇◇◇


結局、ゾロが戻ったのはサンジが天聖世界へ戻ったのと入れ違い。
今までいたのによとルフィが告げれば、

 「いや別に、」

来てたんなら是非とも顔が見てぇと思うよな、
奇特な間柄でもないけどなと、
にべもない言い方をしてくれたゾロだったので。

 「…危篤でもなきゃ顔見たいとまで思わねぇゾロなのか?」
 「お前、今、意味合いをきっちり間違えただろう。」

ツッコミも絶妙だったのはともかくとして。
七軒分のボックスティッシュと四軒分のミネラルウォーター、
五軒分の新米10キロずつを買って来ての
それぞれのお宅まで届けてから戻って来た、
当家の緑頭の主夫さんは、

 「お…。」

後で自分が片付けようと思っていたらしい、
散らかしていた料理本がローテーブルの隅に詰まれてあったのへ、
大きな手を載せ、おおと関心。

 「台所はともかく、こっちの掃除はお前がしたんだろ?」
 「おおvv」

凄げぇな、見てもないのに そういうのなんで分かるんだ?と、
無邪気に訊く坊っちゃんへこそ。

 “…何でって、お前。”

あのヤロが自分の領域以外の、
しかもお片付けなんてことへ手ぇ出すと、
一体どこの誰が思うよ…と。
ぽんぽんぽんっと威勢よく言い返し掛かったものの、

 「???」

潤みの強い大きい眸を真っ直ぐ向けて来るルフィさんの、
そりゃあ率直素直な“?”(オプション、小首傾げつつ)と向き合い、
何でそんな突き放すような物言いが出来ましょうや。

 「…まあ、そういうのは判るもんなんだ、うん。」

こちとら大人だからと、
最近覚えた“そういうもの”コマンドを繰り出して、
料理本の上から坊やの頭へ大きな手の置き場を移せば、

 「何だよー。重たいなーvv」

デカイし重いし、何だよもうもうと、
不平を並べている割に、口元がほころんでるから正直なもの。
重いといっても力を込めての押し込んでる訳じゃなし、
にゃはと微笑っているからには、
心から迷惑がってるとも思えないのだが。

 「そいでな? ゾロから里芋の唐揚げを教わった話をしたんだ。」
 「ああ、あれな。」

フレンチドックを揚げる油ナベは設置しているのならばと、
いつぞやテレビで紹介されてたの、思い出してくれたのが、
そんな意外な一品で。
湯がいて皮をむいた里芋に、市販の唐揚げ粉をまぶし、
表面がキツネ色になるまで揚げれば出来上がり。
湯がいてあるので火の通りはさほど気にしなくていいし、
シューストリングタイプのポテトだと塩加減が難しいが、
これだと小粒なので、食べてるうちに味が薄まる恐れもない。
試しにと作ってみたらば、
成程、若者やお子様向きの風味で、

 『これって カラ○ゲくんみてぇvv』
 『こらこら。』

  今回、登録商標が出て来過ぎ?(笑)

紙コップで提供して、
一応はピックとか楊枝とかつけとけば、
揚げたてでも熱くないし、油も手にはつかないだろしと、
商品化構想まできっちり立てはしたものの、

 『…………。』
 『? どした?』

不意に黙りこくったルフィさん。
ノルマは果たしたなと、
よかったなと男臭く微笑ってくれたゾロさんだったのへ、
ちょっぴり…何か言いたげに視線が泳いだまんま、
何でもねぇと誤魔化したのだ。

  あれって…あのね?

美味しいご飯が作れるのみならず、
小さき者へとそりゃあ優しいサンジなことへ。
チョッパーがそれは嬉しそうにしていたのを思い出す。
サンジが気づいてないことまでも含めて、
ほくほくと嬉しいというお顔をしていて。

 俺もゾロへの同じようなこと、
 あちこちで拾えてんぞと自慢したくなったけど。

美味しいお店や美味しい料理は、
誰にでも教えたくなるけれどもさ。
どうしてかな、
ゾロが優しいとか頼もしくっていい男なんだってことは、
ホントなんだから広まっていいことで。
怖い兄ちゃんかもって誤解されるより、断然いいことな筈なのに。
あんまり人には知られない方が…広まらない方がいいかもって、

 “今日はちょみっと思ったんだよな。”

だってさ、親切なお兄さんだって知れ渡っちゃったから、
あっちからもこっちからも頼りにされちゃうし。
ゾロはゾロで、俺が肩身が狭くなんないようにって、
お願いされると、全部とは行かずとも出来る範囲ならって引き受けてる。
そういうのって、何だか ちっと詰まんないなぁなんて、
我儘なことも思ってしまったんだよね。

 「う〜〜〜。」
 「お? なんだ、どした?」

もうちょっとしたらおやつだが、前倒しするか?なんて、
ソファーのすぐお隣へと腰掛けて来た破邪様の、
分厚い胸元へ“え〜い”とお顔から倒れ込み。
予定外のお出掛けで甘え足りなかった分、
今 吸うぞ、吸収するぞと、
やわらかい頬を擦りつけておいで。
大好きな相手へくっつくの、
ちょこっと大変な季節はもうすぐ終しまい。
まだちょっと蒸し暑いけど、もちょっとの我慢だよと、
窓から望むぴかぴかなお空が、こそりと囁いた九月です。






   〜Fine〜  12.09.06.


  *時々、自覚というか、
   ああ俺この人好きだなぁというのが
   不意打ちで込み上げるらしいです、坊ちゃん。
   秋のサカリですかねぇ。(こらこら)

ご感想はこちら*めるふぉvv

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