天上の海・掌中の星

    “春の嵐はケーキの香り?”



チーズケーキと一口に言っても、
実は大きく分けて3種類あるそうで。
サブレ生地の上へクリームチーズと砂糖と卵黄、
コーンスターチ等をすり混ぜたフィリングを流しいれ、
オーブンで焼いたベイクド。
クリームチーズなどに生クリームを混ぜ合わせたものを
クッキーを砕いて作ったクラスト生地に流し入れて冷やし固めたレア。
そして湯煎焼きにするスフレ。
クリームチーズを牛乳とあわせ、レンジで一分温めてといて、
卵黄に砂糖の1/3ほどを入れ、泡だて器で白くもったりするまで混ぜ、
ふるった薄力粉とベーキングパウダーも加え、
ここへクリームチーズをあわせて。
残りの砂糖と卵白をあわ立てたメレンゲを少しずつ分けて混ぜ入れ、
クッキングシートを敷いた型に流し入れ、
170度に温めといたオーブンの天板にお湯をはり、170度で45分焼く。
竹串を刺して生地がつくようなら更に10分〜15分焼く。




  「う〜〜〜〜〜ん。」

天面は焼き目もしっかり焦げ茶色。
焦げ茶といっても、
カステラや三笠のそれよろしく“焦げた”訳ではないそれで、
それが証拠に、切り分けた断面はきめも細かく、
淡い玉子色が目に優しい。
それはふんわり、そしてしっとりと、
デザートフォークによる侵略を、
さしたる抵抗もないまま すすすっと吸い込む、
まさに理想の仕上がりを呈している扇形の立方体。
クリームチーズの甘さとコクが風味にしっかりと現れていて、

 「凄げぇうまいっ!」
 「そーか、それは良かったな。」

日頃、食事もおやつも
大口開いてぱっくりと平らげるのが常の坊やが、
小さなフォークで、一口分ずつを切り分けて食べているのも、
ある意味 十分珍しく。
そんなに腹一杯なのかと問えば、

 「う〜ん、何でかな。」

訊かれた側も小首を傾げていたものの、
うんと頷くと、

 「なんてのか、一気に食べっちまうのが勿体ねぇからだ。」
 「お代わりなら まだあんぞ?」

少ししかないので ちみちみと堪能してるんだいと言ってんならば、
そんな必要はないぞと、
苦笑混じりに言ってやれば、

 「そう言うんじゃなくってサ。」

何て言ったら良いんかなと、
う〜んと え〜っとと小さなフォークをくるくる回し、

 「口ン中であっと言う間に
  しゅわしゅわしゅわって解けてって。
  でも、全然いなくなるんじゃなくて、
  ほわ〜って
  チーズの甘いのとクリームの甘いのが折り重なって残ってて。」

う〜んとえ〜っとと熟考しただけはあるということか、
それとも他でもない“御馳走”への感慨だから
語彙も余計に出て来るものなのか。
日頃の会話には、
大きに感じ入ったことほど
でかいとか小っせぇとか、
暑い・寒い・眠い・腹減ったくらいしか出て来なそうな、
単純な物言いの多い子のはずが、

 「…チョー失礼だぞ、もーりんさん。」

だってさぁ。(苦笑)
あ、あ、あ、そんなことへ頑張らなくても。
慣れないことだろうに、
せっかくの真ん丸なお眸々を
そこまで眇めなくともいいじゃないですか。
むむうというお顔だとはいえ、
坊やが場外を向いているのが面白くないものか

 「まあ…俺も驚いてんだから、そうまで怒ってやるな。」

製作者ご本人からの執り成しが挟まって、
何とかお話へ戻ってくださった坊ちゃんだが、

 「これって、買って来たもんじゃないんだろう?」
 「おや、判るのか?」

うんうんと頷いて見せたルフィが言うには、

 「焼いてるときからいい匂いしてたし。
  でも、焼き菓子にしては 濃いによいじゃなかったから、
  あれれえ?とは思ったけどな。」

まだたんとあるぞというお言葉に甘えて、
あむりと、今度は大きい目のを口へ運び、
むにむに・むぐむぐ頬張った口許と一緒に、
目許まで“はにゃ〜ん”と蕩ろかして。
隠しようもなくしやわせだ〜というの、
そりゃあ上手に表現する坊やなのへと、

 「そうか、そうか。」

美味しいか嬉しいかと、
こちらさんも顎を支えるようにテーブルへ肘を突いてたお兄さんが、
その大雑把そうな態度に見合った
“にっか”という男臭い笑いようで返していたが。

 「これって、サンジに習ったんか?」
 「……………まぁな。」

まあジャンルがジャンルだけに、当然の質問じゃああろうが、
自分の頑張りや腕前の向上への賛辞と共に、
あんまり嬉しくはない名前を引き合いに出されるのは、
ちょいと面白くなかった破邪さんで。
こういう感覚が沸く相性の対象がいるってのも、
何もこの彼に限った話じゃなかろうけれど。

 「それでも凄げぇよな、得意なことじゃなかったんだろうにさ。」
 「………。」
 「俺もほら、ガッコの家庭科で 時々作るけどよ。
  こんな売りもんに出来そなほど上手じゃねぇもんな。
  あ。売りもんなんかにしたら勿体ねぇよな。」

こやってのんびり喰ってらんねくなるもんな、と。
何だか妙な理屈で、それじゃあ困るよなと笑い飛ばすものだから。

 「…そうか?」
 「うんっ!」

満面の笑みがあっと言う間に、
ちょっぴり傾しぎかけていた誰かさんの機嫌を ぐぐぐぐぐんっと、
ぐぐぐぐぐんっと力強く押し戻す。(大事なことなので二回言いましたvv)

 「また新しいのも作ってやるからな。」
 「えー、俺しばらくはこれがいいな。」
 「そう言うな。そうそう花見も近いから三色団子も作ってやんぞ?」
 「あ、あ、あ、俺、それ大好きだっ!」

だろう、知ってるぞ そのくらいと
お顔に極太マジックで目鼻が判らなくなるほど描いたような、
だのに満面の笑みで“うんうんうんvv”と応じた破邪様だが、

 《 天世界じゃあ結構な騒動だったのよね、あれに絡んでは。》
 《 そだったよな。》

東風を司る春の宮、天水宮の天使長さんからのお届けものを抱えて、
大きなわんこの背中に乗っかり、こちらを目がけて駆け降りて来た影が、
くすすと楽しそうに笑ってる。

 《 サンジもさ、普通に頼めば普通に教えたんだろに。
  ゾロってば頭の下げ方知らないからさ。》

 《 あ、やっぱりそうだったんだ。》

実は…天聖界では、ほんの数日前に結構な嵐が吹き荒れた。
一体どんな天変地異だ、
いやさ、どんな侵略者が次元障壁を越えて襲って来たのだと。
住人たちがあたふたと慌て、
聖獣たちが怯えて逃げ惑ったほどの、
大気の振動や大風突風が撒き起こり。
そのうち大地までもがびりびりと震え、
宙に浮かぶ島々が揺れ、
そこへたたえられた泉水があふれてこぼれ、
霧の雨となって広い地域へ降りしきり。

 『何が起こっておるかっ。』
 『四方宮からの報告はないのかっ。』

地域地域の長が浮足立つ民を宥めつつ、困り顔で見上げた先、
天を四方から見守るそれぞれの聖宮からの何かしら、
お達しはないものかと案じていた同じ頃、

 『だーかーら、
  何でそこで力任せに掻き混ぜやがんだって言ってんだっ。』
 『言っただけじゃなく蹴りもしたろうがよっ!』
 『人から教えを請うって立場なんだろが、
  教え方へいちいちケチつけてんじゃねぇよっ。』
 『俺も寛大な男だからどうの、
  ルフィの口へ入るもんなら半端なもんは教えられねぇの、
  天世界の喰いもんとして恥をかかねぇもんを伝ねぇと云々と、
  てめぇの側からの御託つきで了解したからにゃあ、
  立場は違わんはずだがな。』
 『んだと、このクソ石頭がっ!
  ただでさえ、風渡しの儀式前で忙しいところを
  時間を割いてやってる俺様へどういう言い草だっ。』
 『別にお前じゃなくたって良いんだ、
  誰か下の奴でいいと俺は言ったがな。』

能力や覇力の高い存在同士で揉めると、
単なる口喧嘩でも結構な“波風”が本当に立ってしまうというに、
気に食わない相手や態度・言動へは、
容赦なく畳んでやるという行動にも出てしまうお歴々なもんだから。
着ているスーツやエプロンの裾をばささっとたなびかせる、
颯爽とした身ごなしと共に、
大邪妖さえ瞬殺する威力の蹴りが紫煙を巻き込み炸裂すれば。
それを弾いてなお押しまくりという、力強い太刀筋が繰り出され。
凄まじい闘気が充満している宙を、
金色の稲妻が翔るやら、伝説の霊獣の咆哮が轟くやら。

 『いーかげんにしなっさいっ!』
 『大人げないわいっ!』

東と北と、それぞれの宮の責任者が
必殺の拳骨を繰り出してやっとのこと収まった春の乱。
もう二度とあんな騒ぎは起こすなと、
そのまま まる一日の空中正座を課された良い年齢の男衆二人だったことが、
それなり関係筋へ笑い話として広められたは昨日のことであり。

 《 でもでも、
  ここへサンジの作ったケーキなんて差し入れたら
  棘が立たないかなぁ?》

そんな風に真っ当なことを案じたのがトナカイの聖獣チョッパーなら、

 《 棘が立とうが角が立とうが、
  そんなのアタシの知ったこっちゃありませんvv 》

むしろ“それっくらいでいちいち怒るな”と、
作った側へも送られる側へもという双方への仲直りの条件にしたらしい、
東の宮の主長であるナミの姉、ノジコが明るく朗らかに笑い飛ばし、

 《 このケーキに負けるもんかって、
  ゾロとかいう人もそりゃあ気張って作ったんじゃないの? あのケーキ。》
 《 それはあるかもだなvv》

まったくいい大人が何してんだかなと、
ここでやっとこ笑ったチョッパーと二人して、
春風の到来告げに来ましたと、
天世界とも縁の深い少年のところへご挨拶に降りて来た春の使者。


  そろそろあちこちから聞こえる桜の便り、
  無情の嵐で吹き飛ばさないでね?






   〜Fine〜  12.04.02.〜04.03.


  *こういう話を書いてる傍らで、
   爆弾低気圧が発達しているという…雨女ふたたびです。
   いい気候だと書けば雨になるとか、
   いつもは逆ばりなんですがね。
   皆様、屋外にいろいろ出ていないか、ご確認を。
   かんから転げ回った挙句、
   よそ様へ飛んでくと、結構近所迷惑ですよ?


**ご感想はこちら*めるふぉvv

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