天上の海・掌中の星

    “花守の座にて”


それはそれは大きいものを間近で見るには限度があって。
あまりにすぐ傍らに近寄り過ぎては、全体がまるきり見えぬ。
だがだが、そうだからと言って、
全貌見たさに遠巻きになるのでは、直に見ている気がしない。


  だから…という申し合わせのようなこと、
  わざわざ事前に言い合わせたワケでもないのだが。


大きな手招きで“早く早く”と急かしつつ、
視線は既に、到着先へと意識ごと移っており。
一応は視野の中へ出来るだけたくさんを見渡せるような位置どり、
手前の小ぶりな岩島に、
ゆったりと腰を下ろせるような
シートだの座布団だのといった“席”の用意をしてはおいたが。
サンジだのナミだのといった気の回る顔触れでなくとも、
そこは…この坊やにだけは気の利く保護者歴も長い破邪殿だけに。
ただただ ほわんと大人しく見物ってだけでは終わるまいとの予測も、
当然のこととして把握していたゾロが、

 「ちょっと待てっての。」

一人で勝手に先へ先へと進むんじゃねぇと、
やや声を荒げつつ、その広い背中や肩やに担いでいた荷物を降ろす。
三次元の陽世界では、も一つ上の次界人であればこその特技、
時間軸をひょいとまたぐという荒業を使い、
遠くにあるものを難無く
そこいらの空中から取り出したり持ち出したりが出来る彼だが。
ここ、天聖世界ではそれが適わなくなるのだそうで。

 『まあそんでも、こいつの馬鹿力がありゃあ、
  ちょっとしたログハウス程度なら
  担いで移動させられようしな。』

 『…人を何だと思ってやがる。』

喧嘩売ってんなら買うぞオラと、
相変わらずの打てば響くという呼吸で、
互いにお顔を斜めにし合っての
いかにも険悪な睨(ね)めつけ合いになったのは言うまでもない
サンジとゾロだったのがつい昨日。
随分と言葉を省略しあってたというか、
出来るもんかと呆れ半分に一笑に付すとかしなかったのは、

 “出来ないことじゃなかったからだな。”

この天聖界には海がなく、その代わりというのもなんだが、
どういう重力関係なのやら、
広大な草原だの岩山だのという地上に何もなさげな地域に限り、
天穹に浮かぶ大小の岩島があって。
いつだったか

 『落ちて来たら危ないから人が住まないのかな?』

そんなうがったことを訊いたルフィだったのへ、

 『さてねぇ。』

それも成程 一理あるのかもしれないがと、
面白い言い方をする子だとひとしきり笑ってから、

 『そも、意志を持つ人というのが多くいるところだと
  やたらと思念が飛び交っているから
  島もおちおち浮かんでられないのかもしれないねぇ。』

 『???』

恐らくは正解、だがだが、
坊やには結局のところ意味が判らなかったらしい解答をしてくださった、
天炎宮を預かる、烈火の天使長くれは様が。
南聖宮自慢の大樹を見物しに来いと、
ルフィ坊やを誘ってくださったのがほんの数日前のこと。
天世界に満ちる聖獣や仙魚、蟲妖などなどが
そこで生まれるとされる生命の泉を管理しておいでで、
その泉自体はどこにあるのかも内緒の秘密なのだが、
生命力あふるる その清らかな水のちからでぐんぐんと育った特別な大樹が、
命の芽吹く春に一気に花をつけるのだとか。
そんな神聖な樹、滅多な存在が近づいてはならぬのだろうに。
天聖界を救った坊やだ、どんな問題があるものか…と、
向こう様からのお誘いがあってのこの来訪という運び。
どんなところでどんな樹なのか、
来る前からさんざん訊いたが、
あいにくとゾロもサンジも実際に見たことはないとかで、

 『ただまあ、地上にも同じのがある樹だって話だから。』
 『そいで大きいってことは…もしかして、バブバブかな?』

バオバブと言いたかったらしいです、察してやってくださいという
こちらも相変わらずなお約束もありの道中を経て。
足代わりに使えと寄越された、聖獣の大型飛来犬に乗っかって、
彼の意に添う方角へと向かうまま辿り着いたのが、


  「ふわ〜〜〜〜、でっけぇ〜〜〜〜〜っっ。」


これは確かに…近寄り過ぎては何が何やらよく判らないが、
だからといって、
大樹と判るほど全貌を見られるところまで下がるとなると、
写真で観るのと変わらないかも知れぬほど遠くなる、
桁外れなスケールの存在で。

 「地上何十階もあるっていうタワービルとか豪華客船とか、」

あ、そうだスカイツリーも、
足元って真下から見上げるとこうなんかもなと。
早くも体験しちまったななんて、妙な方向で納得している坊やなのへと

 「おいおい、おいおい。」

ついつい裏向けた手の甲でビシッとツッコミ入れたくなったゾロだったのは、
地上通の彼ならではな反応だったが…それはともかくとして。
近づき過ぎては何を見に来たのか判らなくなるが、
さりとて離れ過ぎては実感が沸かぬということで、
ここがジャストなビューポイントらしい近めの岩島に
大きいわんこがすとんと着陸してくれたのへ、ここは素直に従うことにし。
敷物じゃ飲み物じゃといった荷のあれこれも下ろしたし、
その中にあった天巌宮で持たされた特製弁当のお重も広げた。
どうしてこういう名前をつけるのか、
こやつは“ドエドエフスキー・平賀Jr.”とかいうわんこにも
ご褒美の骨つき肉とささみのムースをだしてやっての、さてさてと。

 「   凄げぇよな〜〜〜〜。」

何でもかんでも
大きけりゃあいいってもんじゃあないってのはさすがに知ってる。
小さいものの可憐さや、
そこへと丹精込められた丁寧な細工もまた、
どれほどのこと“素晴らしい”かは自明の理であり。
途轍もなく大ぶりなものは、確かに意表をついて面白いかも知れないが
それも初見だけの話で、却って興ざめを誘うものの方が多いかも知れぬ。
だがだが、今彼らが眺める先にあるものは、
日本の首都圏という判りやすい例えで言えば
千鳥ヶ淵の端から端までとか、お堀の周縁を彩るの全部とか、
そのくらいの膨大な数の桜が寄ってたかって一気に集合したほど、
いやいや、屋久島の千年杉くらいは大きい、
まるでアトラクションビルみたいな巨樹の桜が、
今の今、一斉に満開になっている見事さよ。
あまりに大きいのですぐ間近だと錯覚するが、

 「いや、まだ結構な距離はあんぞ?」
 「だろうなぁ。」

くどいようだが、神聖な樹だからって警戒して近づけたくないじゃなくて、
あまりに近いと

 「慣れがないと引っ繰り返るほど濃厚な、
  花の撒き散らかす花粉や幹の匂いやにあてられるんだと。」

それが、宙に浮いている結構大きい天雲島にでんと鎮座して、
緋色の花吹雪を風にのせ、
ひらひら・はらりら、音もなく降り落としている最中であり。
それが時々手元まで届いてくれるのが妙に嬉しいルフィらしく。
待望の弁当を開いたっていうのに、
大樹の方へ気を捕られちゃあ脇見ばかりしている様子が、

 “お預け喰らった子犬みてぇ。”

遊びたいけどご飯食べてからですよと言い置かれ、
うずうずが止まらないという雰囲気がありありしており。
ああほら串まで咬むなよ?痛いぞ?
シソは入れてねぇみたいだが、
そっちのは地上のイカのぬた和えと同じ代物だぞなどなどと、
不用意な箸使いをしてしまう坊やへ、
しまいには見かねたゾロがそんな指示まで出す始末。
この食いしん坊さんをそれほどまでに魅了する、
それはそれは恐ろしい蠱惑をまとった大桜であり。

 「………お。」

風に乗って一枚だけ。
ほんの間近まで飛んで来た花の陰。
手を延べてその緋色の小さな花びらを捕まえたルフィが、
矯つ眇めつと眺めやり、

 「花の大きさはあんまり変わんねぇのな。」
 「らしいな。」

 地上の桜にしたって、
 一つ一つはそれほど大きい花じゃあないのにな。
 葉が出る前だから余計にだろか、
 むっちりと分厚くまといついてるのがサ、
 なんか薄いピンクの綿雪みたいに見えるんだよな。

そんなことを言って、
手のひらに乗っけた花びら、口元をとがらせ
フッと吹き飛ばしてしまうと、
再び大きな桜樹の方へと視線を戻す。
風に揺れて枝がたわみ、
枝房ごとゆらんゆらゆらと優雅にしなうところもあれば、
同じ風を受け、他愛ないほどあっけなく
さささーっと間断なく、
雨が降りしきるように散り始めているところもあって。

 「何でだろ、いつまででも見てられる。」
 「ああ。」
 「もっと子供のころはサ、すぐにも飽きてたはずなのにな。」
 「そっか。」

シャンクスなんて今でもすぐ飽きて、
酒だ飯だって方になっちまうけどなと、
自分の親御を苦笑半分に腐す坊やが、
そのままその身を横倒しにして来たのは、
いいお日和の下だから眠くなってしまったからか。

 “昨夜から はしゃいでたしな。”

此処へ来るのへも結構な距離を飛行したのだ、
慣れぬ旅程で多少はあちこち疲れもしたろうから、
そんなこんなで眠いのだろと。
甘えるようにこっちの膝へと倒れ込んだことは
人の目があるでなし、大目に見てやることにして。


  ゾロ、退屈か?
  いんや。
  でもさ…さっきから人の頭で何してんだよ。

  もつれてっから梳いてるだけだ。
  お?
  痛いのか?
  ん〜ん、へーきだ。
  わんこの毛みてぇで撫で甲斐あるし。
  へへー。///////

  前髪ちっと伸びたかな?
  そっか?
  明日んでも揃えような。
  おおvv


傍目から見りゃ、
あれってしっかりラブラブな膝枕の態勢なんだけどもなと。
ドエドエスキー・平賀Jr.(違)が口が利けたらボヤイたかも知れぬ。
いやいや、そんな無粋はしませんてとほのぼのと見守ってから、
それに引き換えウチの若主人はもてないねぇなんて、
帰宅してから要らんことを言ったかも知れぬ。
そんな甘い空気の満ちていた、桜色の空島一景だったようでございますvv





   〜Fine〜  12.04.22.


  *飛来犬って、
   読み方によっては“平井堅”だと気づいたのは
   一応 全編書き終えてからです。(いや笑った笑った)
こら
   途中で気づいた方には
   ムードぶっ壊すギャグになっててすいません。

  *先日UPさせていただいた、
   せっかく頂いたリクエストの
   “髪を撫でる”部分が少々浅かったような気がして、
   ちょっとリベンジさせていただきました。
   まだまだ甘いかなぁ?


**ご感想はこちら*めるふぉvv

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