天上の海・掌中の星

   “雨上がりの風、樹下の闇”



夏の季語に“木下闇”というのがありまして。
“闇”とはいえ、別におどろおどろしい意味じゃあなく、
陽射しが強まる分、
青々と茂った樹木の下に出来る陰も濃くなるという、
夏ならではな メリハリの利いた風景への一言なんだそうですが。

  夏場の精力の濃い樹木の陰には、
  実は実は…何か いたりするのかも知れなくて。




やや鬱陶しいお天気が続き、
気象庁も列島のほぼ全域へ梅雨入りを発表したのが、
歴代的にも随分と前倒しな五月の末のこと。
そのまま長雨が続くかと思いきや、
衣替えでもあった六月に入ると、
じわじわながら初夏の陽射しが復活し。
そうともなると、前日までの雨催いも加算されての、
ちょっぴり蒸し暑いかな?という、
やや夏寄りなお天気への移行も感じられちゃうものでして。

 「半袖になってて良かったなぁって
  こうも早々感じたのは、久々じゃないのかなぁ。」

女子なんて、
五月の内は暑い暑い言って、ブラウスの袖まくってたもんが、
半袖になると同時に、長袖カーディガン羽織ってるもんなと。
制服という名の決まりごとへの
微妙な切り替えどきのお話を持ち出したルフィさんだったのへ、

 「柔軟なお年頃のお嬢さんたちが、
  そういうのに縛られてる不自由さもまた、
  いや〜んな魅力が醸すんだよねぇvv」

火のついた紙巻きを口の端へと挟んだまま、
どこに想像図を浮かべているものなやら、
頭上方向のあらぬ方を見やって、
ムッフン・ムフムフと鼻の下を延ばして、と。
金髪白皙、そりゃあいい男…な筈が
やや台無しになっていた、聖封さんだったのだけれども。

 「……む?」

商店街のすぐ傍ら、
頭上に実はただ今工事中なのですよな、
高速道路への高架が掛かっているその真下にて。
不意に足を止めてしまったその上、
ゆるんでいた表情も消えての、
むしろ警戒色に固まってしまったサンジさんだったものだから。

 「何だ? どした?」

実は学校帰りだったのですよ、
でもでも、先週の中間テストの答案が戻ってくる週なので、
部活動が早上がりでも帰るのが微妙に憂鬱なんだなと。
小さな肩を ちょみっと萎えさせてのご帰還だったルフィ坊ちゃん。
晩ご飯作りの助っ人として来ていたらしいサンジさんが、
こちらはお買い物に来ていたのと商店街で合流し。
まあまあ、
成績 気にしてしょげちゃうなんて殊勝なことじゃあないのと。
苦笑しつつも感心感心と背中をどやしつけつつの、
帰途にあったのだけれども。
そんなこんなで帰る途中の、聖封さんの態度の急変ぶりであり。
黒みの強い濃藍のジャケットスーツに、
浅青のシャツと茶系のグラデ・ネクタイという
相変わらずに きっちりしたいで立ちでおいでだったお兄さん。

 「ルフィ、すまんな。
  こっちへ何か、寄越されたみてぇだ。」

 「およ。」

もはや説明もなかろうことだが、
こちらの金髪痩躯のお兄さん、
実は人で無し、もとえ、普通の人間じゃあない存在であり。
肉体という殻器なしでも個々が存在出来ちゃう、
人間たちの満ちる此処“陽世界”より、次元が一つ上の“天聖界”に属す、
いわば精霊みたいなお人であり。
本来、輻輳結界という障壁で仕切られているため、
陽世界とは行き来も出来ず、よって干渉し合うはずもないにもかかわらず。
ひょんな拍子で次界の歪みに引きずり込まれたり、
はたまた稀なことながら
自分の意志から進攻して来たりという“異邦人”らも無いではないので。

  双方の世界が混乱せぬよに、と

穏便にと 何とか手を尽くして追い返したり、
もはや手の打ちようがない場合には、気の毒ながら侵入者の側を封印滅殺するのが、
境界の監視役である“聖封”の役目なのだが。

  境界の監視役にも等級があり

恥ずかしながら、
通常等級の面々では押さえ込めない相手の場合、
若しくは途轍もない緊急事態、
そのまま侵入を許せば次界汚染が半端ではないような手合いや、
世界構築の条理が混乱させられるほどの影響が出かねぬ、
悪意や欲心の塊が、ただただ生気欲しやで侵略せんとして来た場合。
対象への観察や事情への検討も要らぬとし、
即決で瞬殺出来る“最終兵器”を発動させる運びとなるのだが。
その“最終秘密兵器”スーパーグレート・エグゼクティブ・ハイパーZなのが、
こちらのしゅっとしたお兄さんだったりし。

 「何だ? その、
  スーパーグレート・エグゼクティブ・ハイパーZとかいうのはよ。」

何でしたら、エクセレントとか足しても構いませんが。
そのくらいに、優秀かつ必勝という凄腕の聖封様が、
この、小じゃれたいで立ちに、
女子高生の悩みに萌えてた すけべえ心を同居させたるお兄さんであり。

 “そこんとこは個人の嗜好だ、放っとけよ

今更だから赤くもならない強心臓。
もはや揚げ足取りなんぞに反応もしないまま、周囲の気配を静かに嗅ぐと、

 「白き領界、鋼の柵檻となりて広がらん。」

それはさながら、
指揮者が舞台の上で楽団を前にし、
一気にタクトを振り上げたような鮮やかな所作。
衒いも迷いもないままに、
勢いよく振り上げられた双腕だったのへ合わせてのこと、
彼の向背、右と左へ長々と一気に広がったのが、
障壁結界なのだろう、オーロラのような光の幕だ。
高さもあっての途轍もなく長いカーテン、
いやさ 舞台へ張り巡らすような緞帳級の光幕が、
随分と広い空間をぐるりと取り囲み、
天井までへも駆け上がっての覆いくるんでしまっており。

 「うわ、凄げぇ。」
 「離れるなよ?」

勿論のこと、
間近にいて事情も通じているルフィは、
自分の側へ取り込んでの作業であり。
これが砕かれたなら世界が終わるぞというほどもの、
自信があっての構築された結界じゃああるが。
そしてそして、ならば…本来だったなら、
障壁の外へ追い出しての作業が基本じゃあるものの、

 “こいつにだけは、そういうのが効かねぇからなぁ。” 

危ないから逃げろという庇いようが、逆効果になりかねない腕白坊や。
俺も頑張るという、はた迷惑な張り切りようをしかねないのと、
無鉄砲だとか怖いもの知らずだとかいう、一通りのやんちゃな気質のみならず、
自慢の結界も、実はこの坊ちゃんだと掻いくぐってしまえる恐れがあるからで。

 「いいな、大人しくしてるんだぞ?」
 「おうっ。」

さすがに、邪魔をしちゃあいかんというのは通じている坊っちゃんが、
勇ましいお返事を寄越したところで。
人の気配が完全に途絶えている空間へ、

  じわり、と

高架下であれ、この季節だから さほどには暗くなかった時間帯。
だというに、まだ早いはずな日暮れがやって来たかのような、
紗をかけたような翳りが滲み始める。
こちらの陽世界から見れば“妖異”にあたろう異世界の存在が、
障壁を打ち破り、無理から入り込もうとしている前兆。
結界内は微妙に亜空間ではあるが、
それでもそれなりの障壁に囲まれているのだから、
此処へと飛び出して来ること自体、不自然な行動だと言えて。

 《 猿邪ですね。
   巨大魚妖を何匹も意味なく殺戮し、肝魂を集めての暴走です。》

風の祝福を受けて生まれ、戒律で統率されし天聖界の住人という、
意志持つ存在にして自分たちの同族、ではなさそうながら。
さりとて、知恵や自我持つ存在でないとは限らないのが厄介で。
聖世界は意識世界ゆえに、
想いも拠らない存在も息をひそめて潜んでいる場合が往々にしてあり。
思い出すのも胸糞悪い、神話の時代の玄鳳がいたくらいだ、
他にもいないとは言い切れぬ。

 “だが…異世界へ逃げ込んでどうしようというものか。”

縛りのない新天地だとでも思うのか、
生体組成が違い過ぎるのに、それでも構うかと飛び込んで来る悪鬼らが、
ここ最近、そういや増えてもいて。
特攻かけて来る存在には大した意図なぞないかも知れないが、
その背後に何かいるのだとすれば、

  ―― それってば、
    随分と由々しきことじゃないのかな?と

頭の隅で思いつつ、だがだが、

 「…っ。」

結界の縁、
此処からは微妙に遠い一角の地面に どうんと大きな衝撃が走り。
そこから地べたがメリメリメリっと、
砕けながらも盛り上がり、
大掛かりな畝(うね)か 湿った土の波のよになって
ドッと迫って来るではないか。
さながら、真下に巨大なモグラでもいて、
こちらへ向けて凄まじい勢いで進軍して来るかのようで。

 「…なっ。」

勿論、地中だって結界で外からは仕切られており、
土中へだってそう簡単には飛び込んで来れぬはず。
だが、だというのにこの素早さはどうしたことか。
確かにわざとに誘い込んだ空間だとはいえ、
こうまで何の支障もないまま飛び込んで来、
減速もせぬまま、こちらへ特攻かけんとしている何物か…とあって。
障壁のエキスパートである天巌宮の御曹司殿、
それこそ想定外だと息を飲…んだのも束の間のこと。

 「ちいっ!」

正しく“土竜”の如くに迫る、土くれの猛攻目がけ、
自身の胸元で白い手指を細かく交差させ、手早く印を結んでのそれから、

 「禁、制止の極咒 発動っ!」

あらためての念を飛ばせば。
それが頑強な壁にでもなったのか、
あっと言う間に目前まで迫っていた何物か、
ガツンと音がしたかのような唐突さで、
その稲妻のようだった動きを一気に止めてしまう見事さよ。

 「でも、止まったワケじゃねぇよな。」
 「ああ。」

進めなくなっただけで、
強靭な堰を相手に
何とか突き破ろうとしてだろう、
土の下にてもがいている動作が見て取れる。
さっきの霊信で、猿邪とかどうとか言っていたはずだのに、

 “これって、そういう系統じゃねぇだろよ。”

樹木を飛び渡り、その勢いの延長で少しくらいの滑空も可。
手指が器用で、掴みかかったり物を持つような動作も巧み…な奴らであり。
土に潜るような特性は訊いたことがない。
それに、土石に相性がいい類と分かっておれば、
いっそこの空間を水で埋めて待ち受けるという手もあったし、
土という防御属性を取り除く工夫だって出来たものを。

 “変幻自在な手合いか、それとも…?”

こやつをこっちへ誘導すると言って来た連中も、
決して一切の何も出来ぬような陣営ではない。
数人でチームを組んでではあれ、
聖封としての務めをようよう理解し、
等級こそサンジよりは格下ながらも 封印滅殺がこなせる顔触れであり。
対象への分析もそれこそ得意なはずだろに、

 “だってのに、何だろう。”

何とも妙な違和感がと眉をしかめ、
得体の知れない相手を、土くれ越しながら睨んでおれば、

 「…あ、ゾロだ。」

言いつけを守ってのこと、
サンジのすぐ傍らで、彼が肩から提げてたトートバッグに掴まり、
大人しくしていたルフィが、不意にそんな声を上げ、

 「来たのか?」

空間にはまだ姿は見えないが、
この坊やが言うならまず間違いはなかろと見回せば、

 「   え?」

天蓋にあたるそれも彼が築いた結界部分が、
ぴしりと堅い音を立て、そのまま一気に裂けての内側へと炸裂する。
気づいたとほぼ同時という、あまりに速やか、一瞬の内の出来事で。

 「な…っ。」

結界にして障壁なのだ、
強靭な境界だ、複雑強固な“合(ごう)”の壁なのに。
そんな咒の賜物を、

 「強化ガラス扱いで叩き割るかよ、この野郎

さすがに、いつものような
すっぱりとした一閃とは行かなんだらしいが、それでも。
そうは簡単に破れないぞ通り抜けられんぞという代物なのに、
聖封として自慢の結界だってのに。

  精霊刀のダブル攻撃、なんてな力づくにて

十文字に重ねた切っ先にて力任せに押し割って突入して来た、
筋骨屈強、怒りを滲ませた表情の精悍さも鬼神の如くの、
邪妖を破滅さしむる力持つ、最強の“破邪”。
やや恐持てなお顔の上、短く刈った緑の髪を、
感情の波のせいだろか、
かすかに発光させつつ飛び込んで来たお仲間さんであり。

 「わぁい。ゾロ、こっちだぞvv」
 「何でお前もいるんだ、こら

ご陽気に手なんか振ってる場合かと、
助けに来た相手へも不公平なしに、
眸を吊り上げて見せた太刀使いの剣豪殿だったのへ。

 “ははぁん、そうか。”

ルフィの気配もあったから、こいつ、
勢いも力も倍増しされたなと。
やっとのこと、
自分の張った結界をいとも易々砕かれた経緯の背景を、
自力で見つけて納得…したかはともかく、把握はしたらしきサンジさん。

 「…で、そいつが猿邪か?」
 「あ"? おおう、何じゃこいつっ!」

砕いた障壁の一部へ内側から張り付いていたらしい大型の獣。
分厚くて、やや透けてもいる特殊な物質、
聖封特製の障壁の破片を挟む格好で。
微妙に向かい合ってた存在に、
今ごろ気がついたらしい破邪殿へ、

 「結構 頭使っとるぞ、そいつ。」

こちらの土の中を突進して来たのは、目眩しの分身か擬体か。
すっかりとこっちに気を取られていた隙をつき、
障壁へ歪みを作り出して外へ出ようとでも構えていたようで。

 「へぇ…。」

だがだが、正体が判ってしまえば苦もないものか。
新しい紙巻きをジャケットの懐ろから摘まみ出し、
マッチを擦って火を点けたサンジの様子に、
後は任せたの意を酌んだのだろ、

 「身軽な猿邪と来れば、樹猿の末裔ってとこだろな。」

樹齢の長じたそりゃあ巨大な樹木の梢に渡り住んでた、
身軽で手も器用な大猿だが、

 「それが転じたということは」

刃をくるりと回し、逆手に握った太刀の切っ先。
やや切れ長の双眸を軽く伏せ、そこへと念を込めたれば。
精霊刀の冷ややかな刃に、淡い光がほのかに宿る。

 「樹猿の成れの果てなれば、土に強いのも頷ける。」

だからこそのこと、お前ら、これには弱かったよなと。
サンジもまた、たばこの先に火を灯したマッチの軸ごと、
さっき喰い止めた土くれへと弾き飛ばしたし、
ゾロはゾロで、まだ中空の高みにありての落下をしながらも、
何かを灯したような太刀をぐんと握って構えると、
障壁の欠片の向こうにいる
小ぶりのゴリラか、大きめのオランウータンかという風貌の毛むくじゃらな獣へと、
容赦なく突き立てており。

  ―― ぐあぁっ、ぎゃあぁ、があぁぁっっ!!

土くれの中から飛び出したは、焦げかかったタワシのような褐色の毛玉。
そして、それが一直線に向かった先には、
透明な炎を帯びていたらしい、精霊刀が食い込んだ猿型の魔獣が
顔じゅう口にする勢いで吠え猛っていたが。
分身だったか、毛玉がその身へ飛び込むと、
こっちの咒から受けていた消耗も加わったらしく、

 「………わ。」

大きな図体の輪郭が白く発光し、次の瞬間には、
パンと弾けて…何の葉だろうか、
緑のや枯れたの様々に、
見たことのない葉の群れが、吹雪の如くにざんっと宙を埋めて舞う。
渦を巻くよに舞い飛んだ葉の嵐は、だが、
地面へ落ちるまでもなく、途中の中空にて全て掠れて消えてしまい。

 「…解くぞ。」
 「おお。」

まださほどしっかとした作りではない高架の天井に、
半分ほどを塞がれた空からひょいと降って来たゾロだったのを見届け。
頭上へ掲げた手の先で、サンジがパチンと指を鳴らせば。
誰かさんの強硬突入で壊れかかっていたとはいえ、
がっつり頑健な障壁だった結界は、音もなくのすうと消えてしまって。
その代わりのように、
日陰へ吹くのはまだ涼しい風が、わさわさと街路樹を揺らして通り過ぎる。

 「何でお前がいるのかな。」
 「ゆったじゃんか、今日は早あがりだって。」
 「そうかよ。だったら、もうちっと早い電車のはずだがな。」
 「う…。」
 「買い食いしてたにしちゃあ、ソースの匂いもしねぇしな。」
 「えと…。」
 「さあさ、何が後ろ暗いか言ってみな。」

おや、訊くところを見ると何がかまでは判ってねぇのかと。
実は案じてたこと、誤魔化したい下手な芝居か、
だとしたら、詰めが甘いねぇと。
やはりやはり、
あっさりと読めてしまった相棒の胸のうちとやらが、
あんまり可愛かったものだから。

 「さて、俺は先に戻って
  クリームコロッケの
  海鮮風味とチーズコーンの仕込みに掛かるかな。」

 「あ、俺も…。」
 「おいこら、ルフィ。」

犬も食わないもの食って、馬に蹴られるのはごめんだよと、
苦笑をしつつも先に歩きだした聖封さんの金の髪、
初夏の風がさわさわ撫でてった、梅雨の晴れ間の昼下がり。
一騒動も、これまた日常と、
相変わらずに騒がしい、皆様だったようでございます。


 「あ、今日は久蔵に電話しないと。」
 「だから、誤魔化すなっての。」





   〜Fine〜  13.06.03.


  *旧の方の『魔/法陣グ/ルグル』の
   二代目OP“晴れ/てハレル/ヤ”を無性に聴きたくなったのは、
   某最聖人たちの漫画からの感化でしょうか。
   (どっちかというと
    本家より二次創作からの感化かと…)う〜ん


   世界中の“大好き”を集めても、
   君に届けたい想いに足りない。
   体中の愛が歌い出してる、
   僕らの鼓動はすべての始まりだよ、ハレルヤ

   世界中の“大好き”を引き連れて、
   君に届けたい思いはひとつ。
   体中の愛が飛び出しそうさ、
   僕らの鼓動はすべてを塗り替えてく、ハレルヤ


  でもでも、これって あのね?
  今回はドカバキものでしたが、
  日頃はのんびり甘甘な こちらの二人にも、
  ある意味 ぴったりな唄だと、
  私は思ったりしてるんですけれどもね。

  ……そこの剣豪、全力で首の横振りをしない。

**ご感想はこちら*めるふぉvv

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