天上の海・掌中の星

   “冬 来たりなば”


食いしん坊さんの食事を担うようになってどれほど経つものか、
気がつきゃたいがいの料理は作れるようになっており。
その上へ、個人的な嗜好というか、

 グラタンはやっぱりマカロニだな、
 ポテトのはちょっと苦手だ、とか。
 ナスの味噌煮は甘いほうが美味いっ、とか。

ルフィ特有の好みも、
もはやレシピや計量スプーン要らずな感覚で身についており。

 「わ・ゾロ、今日は何だっ!」
 「おお。お前こそ何だ、今日は早いな。」

住宅街の手前、
大通りから1つ外れた、静かな通りへ入った途端に、
てーいっと飛びついて来た腕白さんで。

 弁当は持たしたよな。

 うん食ったぞ、
 フランクソーセージのフライと、
 高野豆腐の射貫き煮が美味かったvvと。

それは朗らかに笑って、
背負ったデイバッグを振り回すように、
その場でぐるんと回った無邪気な子が言うことにゃ、

 「来週の初めに実力テストなんで、はよ帰れってサ。」
 「…そうか。」

襟元と前合わせのジッパー部分にボアつきの、
ライダージャケットにトレーナー。
動きやすいようにか、やや大きめらしきカーゴパンツを、
だが、余裕で着こなす練り込まれた体躯をした青年が。
ともすれば、ややがぁっくりと、その逞しい肩を落としたのは、

 「そうだよな、お前ってのは、
  インフルが流行ってての学級閉鎖でも、
  やたっ遊びに行けると大はしゃぎしたクチだもんな。」

そんなお達しで帰されたからにはと、
机に向かうような殊勝な子じゃあないというのが
最近のポストは殆ど四角いということ以上に判り切っていたからで。

 “…まあ今更だがな。”

体育祭も文化祭も終わったものだから、
あとは年の瀬まで、暇を持て余してもいよう坊やで。
こういった小さな“出来事”を
楽しいイベント扱いにしたくもなるのもしょうがないのだろう。

 「なあなあ、買い物してきたんだろ?」
 「ああ。」

駅前の商店街からのお帰りらしい後ろ姿への
特攻を仕掛けたルフィさんであり。
肩から下げたトートバッグの膨らみへとじゃれかかり、
何だろなんだろと今宵のメニューを推理にかかる。

 「ネギが見えるから鍋だな。」
 「お、鋭いな。」
 「やたっ! えっと、魚の匂いがするから、ちり鍋だっ!」
 「…犬か、お前は。」

実は今朝方、父君のシャンクスが冷凍タラバガニをたんと送りつけて来たので、
まさか今から正月準備でもなかろうと、さっそく鍋にと思いついた次第。
なので、確かにホタテとタラと、エビも少々買いはしたが、
きっちりとパックにされているのでそうまで匂うはずがなく。

 「こっちは全然匂わんのか?」

ひょいと、反対側の手へ提げていた紙袋を持ち上げて見せ、
ほれと鼻先へかざせば、

 「え? …あ、コロッケだっ!」

 しかも菱屋のじゃんか、これが判らないとは何たる不覚〜〜〜。
 判ったから、食うのか食わんのか。
 食う食う食うっ!

やや荒っぽい構いようだが、だからこそ、
遠慮の挟まらない、
いかにも仲のいい兄弟のように。
それは睦まじくじゃれ合いながらの
帰途を辿っていた彼らだったが、

 「……ルフィ。」
 「うん。」

もごもごと頷きながら、
あぐりと4つ目のコロッケをやや強引に口へと押し込めば。
その鼻先へ、キャップを開けた緑茶のペットボトルが差し出される
そんな息の合いようもお見事ならば、

 「俺の出る幕は無さそだな。」
 「あほう。とっとと出て来んか、グル眉毛。」

紙巻き片手に彼らの背後へ音もなく現れた、ダークスーツの聖封様。
そのグルグル眉毛をひくりと震わせると、
高々と振り上げた長い御々脚をぶんと振り下ろしたものの、
それは惜しくもマリモ頭の少し上で精霊刀の鞘にて止められており。

 「あんたまでそういう描写するか、ごら
 「そうだぞ、女性でもお仕置きくらいはしてやるぞ。」

ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっっ!

 「じゃあなくて、」

大人げない二人のお兄さんの肩をポンポンと叩くルフィさんだったりし。
そうだぞ、こっちどころじゃないだろ、あんたら。

 「…チッ。」

辺りの空気が肌で判るほど密度を増し、じりじりと煮え始めるのへ、
まずはサンジがひざをつき、足元の擦り切れたアスファルトへ手を伏せる。
そのままふわっと加減をしもって引き上げれば、
その手へ何か黒っぽい陰が密着したまま引きずり出されて、

 「大地の楔
(くさび)、我を芯にし、ここへ宿れっ!」

そのまま力任せにぶんっと頭上まで。
振り抜かれた腕の勢いに乗り、
空へと放り投げられた陰は、高みで散って
周囲をほのかな暗がりで見渡す限りを一瞬で覆う。

 「即席の結界だが、此処の地脈から引っ張り出したから強靭だ。」

だから、心置きなくやれやと、
ルフィさんの襟首を掴み、撤退だと引かせたその後へ。

 「すまんな。」

重たげなワークブーツのかかとで、がっしと地を食み、
雄々しく身構えた破邪が、
その逞しい腕、いかつい手にて、
重厚な糸巻きのほどこされた和刀の把を引けば。
鯉口からするりと現れたは、濡らしたような銀の刃。
半端な持ち主では、それをさえ従えかねない
強靭な気魄を呑んだような威容をたたえ。

 「…っ。」

ただ一閃の振りのみで、
周辺の大気の歪み、一瞬で切り裂いての
均してしまった覇気をもて。
次界の外から滲み出す、足の多い昆虫のような妖異を迎え撃つ。

 「哈っ!」

振り上げられた節の多い前脚を斜めに削いでの宙へと飛ばしたが、
痛覚がないか、それとも支障がないものか。
そのまま向かって来る長い胴が、ぎらんと光るは甲殻の剛さか。

 「切り刻まないとダメなのかな。」
 「それか、核をやるかだな。」

どんな飛沫が襲い来てもいいようにと、
輻輳障壁を構えた内から観戦と相成ったルフィとサンジであり。
どういうバランスか、蛇みたいにその胴だけで長い全長を高々と立たせる妖異は、
どの節も同じに見えてどこがその核なのか、

 “判んねぇけど…。”

すぱりと二陣目の太刀を受けても、
どうっと落ちた先だけが霞のように消え、
残った部分は支障なく動き続けるその上に、

 「…それは反則じゃね?」

切り裂かれた部位が頭になったか、
尻のほうから新たな胴が延長されるようで。

 “異界の大気だってのに、何でそうまでの再生が出来んだ、おい。”

結界の中だから多少は薄いかもしれないが、
それでもこやつが元居た世界とは組成の違う空間だってのに。
なんでこうも粘れるかと、眉をしかめるサンジの傍らで、

 「あ、穴が空いたままだ。」
 「ああ"?」

ルイフィが指さしたのは、確かにこやつが現れた方向だが、

 「穴?」

そんな綻びはどこにも見えぬと、それでも眸を眇めるサンジの肩へ、
ぽんっと置かれたルフィの手。

  えっ?、と

サンジが何かへギョッとした。
だってそこからあふれてくる熱があって、
首が、後頭部が、そして目元がほのかに熱くなり、

 「な…っ。」

何もなかった空間へ、ぼんやりと浮かんだのは靄のような黒っぽい影。
目映いものをうっかり見てしまった残像のような、
あまりに曖昧な、瞬きのたびに色が変わるような存在だが、

 “あれが…元の世界とつながってる穴だってのか?”

だからこやつは消耗しないというのなら、

 「…ルフィ、背中から離れんな。」
 「おうっ。」

際限のないタイプの相手らしいと、
それでも両手へ掴み締めた太刀を構えるゾロの向背、
退避していたはずの結界が赤々と熱をもつ。

 「何してやがるかな。」
 「なに、ちょっと巻きを入れてやりたくてな。」

そりゃあ助かるな、買い物に生まものがたんとある、と。
余計な真似をとどやさず、不敵に笑ったゾロだったのは、
それも余裕か、それとも本気で早く片付けたい彼だったか。

 「いい心掛けだ。」

ふふんと笑ったサンジの両手が、
胸の前で目に見えないものを支えるように構えられ。
その双手の間に、白い電光が幾条も走って弾ける。

 「大地の鼓動よ、閃光の胎動、刮目して支えんっっ!」

どんっと片足で足元を踏み締めれば、彼らを覆う結界がスルリと消えて。
そこへ、ぱんっと小気味のいい音を立てて、その両手が合わさって。
そのままパッと前へかざされたそこから、
網の目をぎゅうと束ねたような、いやに密度のある雷光が放たれる。
正面に立っていたゾロのすぐ傍らを通過したその雷光は、
ムカデのような妖異の側面も擦り抜けたが。
決して外れたのではなく、

  どん、と

最初からそこが標的だった、
ルフィの手を借りて見えた幻のような穴を目がけたもの。
がっつりと当たって、しかも
ぐるんと縁を巡りつつ隠れていた小細工を解いたせいだろう、
砂の蒔絵が吹き飛ぶように、穴自体が消し飛んでしまい、

 ぐ、ぐあががががぎゃあががあぁぁぁ……っっ、と

声を出す器官があったらしい妖異がじたばたともがき始める。
こうなっては放っておいても消えるのではあるが、
暴れることで影響を残さぬとも限らぬし、

 「こんなんでも可哀想だよな。」
 「だそうだぞ、マリモ。」
 「うっせぇよ

言われんでも判っとるわと。
盲滅法、結界のあちこちへぶつかりまくりで暴れる妖異へ、
正眼に構えた精霊刀を振りかざしたゾロが。
それは軽やかに宙へと身を舞わせ、
太刀を何合か振り下ろすと、
長々とした胴は切り刻まれての
その片っ端から今度こそ霞のように消えていった……。






 「なあ、ルフィや。」
 「何だ、サンジ。」

大きな土鍋にくつくつと、風味のいい出汁が煮え。
大きなエビにホタテに切り身、
ハクサイにキクナに豆腐にあぶらげ、
そしてメインの大きなカニが、
さあ食べてと美味しそうな湯上がりを待っている。
それへとゾロが菜箸を延ばし始めた間合いだってのに、
何を聞くかなと声だけで応対すれば。

 「お前ってば、もしかして。聖護翅翼以外の力も育ってねぇか?」
 「何だそりゃ?」

とこれは、
大きめの鉢へ、魚やカニを取り分けてやったゾロが、
いっただきますとの宣言と同時、忙しくなった坊やに代わって訊いたもので、

 「だってよ、お前、
  俺にも見えなんだ結界の通じを、
  見あらわしやがったんだぞ、こいつ。」

恐らくは、あの妖異か、
それへかかわりのある力が撹乱していたものらしく。

 “あんな単細胞な化け物に、
  そういう思考の能力があるとも思えんから。”

いよいよときな臭い話になるが、
アレは 何物かが混乱目的で送り出した“怪物”であり、
フォローをしていた
“そやつ”の意志が後押しをしていたことにもなるワケで。
随分とまた、力と小技のある奴だったのを、
サンジに庇われつつも暴いただなんて、

 「ルフィの力も結構な代物だってことにならんか?」
 「だとして、どうすんだ。」

端的な言いようだが、

 「う…っ。」

彼の足らないところを補って来た相棒生活の長さは伊達じゃない。

 「至らないの間違いだ。」
 「そこか。」

なんか気持ち悪い言い方だから、やめろじゃねぇのかよ。
もう今更だろうがよ。
ゾロ、ホタテも食いたい。
おお待て待て、煮えてねぇと腹こわすっていうからな。


  ……と、何かなし崩しとなりそうなので、

 今日のところはこれまでに……
 あ、これは別のシリーズの〆めだったかな?(笑)







    〜Fine〜  13.11.08.


  *ルフィさんが妙に成長してるような、
   だとしたらゾロさんもサンジさんも大変だぞ、
   向こうに知れたら いろんな意味から狙われるかもだし、
   (封じるとか人質にとか、利用されるとか、そりゃあもう色々と)
   ルフィさん自体が大暴れしかねんし。(笑)

    「俺はそれが一番面倒だと思う。」
    「珍しいな、俺も同感だ。」
    「何か酷でぇこと言われてる気がすんだがな、
     どう思う、キュウゾウ。」
    【 みゃうにぃ。】

   誰に訊いてますか、坊っちゃんたら。(久し振りvv)

ご感想はこちら*めるふぉvv

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