天上の海・掌中の星

   “花のあと 木芽のころ”


よほどのこと、冬将軍のおいたがひどかったことを悔いたいか、
この春は途轍もない早さで駆けて来ての、
人々を幻惑した感があり。

 「確かにまあ、
  いきなり 上着なんか要らんって気温になったし、
  桜も早かったけれど。」

 「けど、その後のぶり返しも
  半端じゃあなかったじゃあないか。」

何てったっけ、爆弾てーきあつ?
とんでもなく強い風が吹きまくったし、
せっかくの桜も、
見に行く段取りを組んでる間もなくって早さで、
雨や風に掻き回されての散ってしまったし、と。 
やれやれと肩をすくめたのが、
コロッケとメンチカツがおいしいお肉屋さん、菱屋の女将さんなら、

 「そういやそうだったねぇ。
  入学式にはもう葉桜だったのはしょうがないとして。
  あの大風はなかったよねぇ。」

ウチも、兄さんところの下の子の子が
この春ちょうど小学校に上がってさぁ、と。
相槌打ちつつ そうと続けたのが、
のし袋と文房具の 栄屋の女将さん。

 先週の末が入学式だったんだけれども。
 ま、それって。
 そうそう、あの台風並みの大風の日でねぇ。

 「せっかく頭もセットしての買ったばかりの靴で出掛けたのに、
  濡れるわ汚れるわ、転び掛かるわで、散々だったってぼやいてたよ。」

 「ありゃまあ、それは災難だったねぇ。」

客足が途絶える昼下がりで 手が空いておいでか、
片やはお店の前の通りを掃きつつ、
片やは店の前へと並べた平棚への埃を払いつつのお喋りだったようで。

 “そだよな。ここいらじゃあもう 桜って終わってるしな。”

確かに、この春は
お天気の話題が、単なるご挨拶の枕以上のネタになった異様さだった。
あれほどの極寒豪雪からの急な訪れと、
それだけじゃあ済まずの、とんでもない大嵐の連続とに翻弄されたものだから。
例年ならば、まだまだ花見気分も居残ってよう時期のはずが、
早く咲いてのその上、見物どころじゃあない荒れっぷりに、
少なくとも関東以西の人々は、すっかりこんと もてあそばれた感がある。

  ……なんてな、

ちょっとばかり大人びた感慨をお胸のうちにて転がしたのは。
その菱屋さんで買ったばかりのコロッケパンを片手の、
学校帰りの高校生の坊やだったりし。

 「ったく、参ったよなぁ。」
 「実力テストって、いつも連休明けじゃなかったか?」
 「そうそう。
  それによ、連休ったって、
  球技大会とかクラブ勧誘とかあっから、
  こちとらゆっくり休めねっての。」

同じ学校の友人たちとの帰り道。
まだ少し早い時間にご帰還という彼らなのは、
始業式があったばかりで、授業も短縮という身だからで。
教材もまださして要らないか、それぞれのカバンも軽そうだし、
学校の考査日程へ ぶうたれぶうと不満を表明してはいるけれど、

 「そいや明日の部活説明会、ウソプー司会やんだって?」
 「おうさ、
  センセも認めるエンターティナーだかんな…って、
  ウソプーはやめろ

囃し立てた野球部OBの彼へ、
ヘッドロックの真似をかました彼だとて、
この春からは三年生という身であり、

 「もう部からは引退したくせによ。」
 「だからこそ、公正なMCを努められるってワケよ。」

へっへっへっと、何でか偉そうに反っくり返った彼の逆の傍らにいて、
結構ボリューミーだったコロッケパンを、
もう食べ切ってしまった小柄な少年。
さほどがっつりした体型でもないけれど、
この程度は楽勝で平らげられるおやつだという年頃には違いなく。
それに、教科書などを詰めているらしいデイバッグの肩紐に沿うて、
帆布製だろう頑丈そうな漆黒の帯と、
それでまとめた武道の道着を提げてもいて。

 「ルフィはどうすんだ?」
 「そりゃあ出るだろう、模範演技♪」

何たって、ウチの運動系の推薦枠の競争率が高いのは、
全国チャンプのルフィ先輩のお手並み拝見したい奴らが、
ドッと押し寄せるからだしよと。
もはや ひやかしにもならぬ話題か、へろりと繰り出された一言だったれど、

 「ん〜、どうしよっかなぁ。」

口の両端、ソースが染みたパン粉のくずがくっついたのを、
指先で拭っちゃあぺろりんと舐めつつ、
あまり関心はないなぁというお返事を返したは。
まとまりの悪い髪をした、小柄だけれど大食漢なお祭り坊や、
お友達ウケもずんとよろしい、
この春、彼もまた三年生に上がったルフィくんで。

 「………。」

 言いたいことは多々あろうが、まあまあまあまあ。(大苦笑)

 「模範演技ったってなぁ。
  ウチの部は春休みのうちにもう、新入生も参加してっしよ。」

今更アピールせんでも、もう部員はたんと来てるぞと。
この坊ちゃんにしては合理的な言いようをし、
肩紐へフックで引っかけていた帯に手を掛けて外すと、
そのままくるんと道着を回す。

 「あ、じゃあそれは洗濯すんのに持って帰ったってワケか。」
 「そゆことだvv」

ウソップくんの言へ、大当たり〜とにっこり笑い。
道着をぶんぶんと何度も回すのが何とも楽しそうであり、

 「まあ見世物にされんのはな。」
 「おお。いくら目立つの大好きなルフィでも。」
 「あ、言ったな貴様ら。」

俺のは単なるお祭り好きだ、目立ちたがりはウソプーの方だぞ。
こらぁ、ルフィまでその呼び方はよせー…と。
にぎやかにはしゃぎつつ、駅前の商店街を抜け、
住宅街に入ろう最初の辻のところで、

 「じゃあな。」
 「おう。」
 「また明日な♪」

四人ほどいた顔触れが、まずは一人と三人に別れての手を振り合う。
相変わらず道着をぶんぶんと振り回している柔道小僧が一人の方であり。
昼下がりの春の小路は、
丁度そういう時間帯なのか、通りの端から端まで人影も見えなくて。
ブロック塀の上から先だけが覗く
赤モクレンやコブシの花が、時折ゆらゆら揺れているだけ。
も少し行ったら、ロータリーみたいになった開けたT字路に出るのだが、

 「そこの桜も もう葉桜なんだよな。」

公園のは八重桜で、今から満開だって角の家のおばあちゃんが言ってた。
桜って花は、
春一番に、それも一気に咲くのに相当にエネルギーを出すものか、

 「魔物とかも寄りやすいんだってな。」

ぶんっと振り回した道着の結び目には、
小さな翡翠の石が組み紐で提げられるようになった
今時ならストラップとかチャーム、
昔風に言うと“根付け”が絡められてあり。

 「ゾロが念のためって、特別なまじないを込めてくれてんだ。」

妙に独り言を連ねていた坊やだったが、
その足元へはらりと落ちたは、結構な長さの黒い羽。
ぶんと振るたび、はたはたと落ちていたようで、
勘のいい者にしか見えぬそれ、
最後のひとひらを落としたあとに、
バササッという羽ばたきの音まで聞こえて来たなら、
それに引かれてのこと、お顔を上げて上空を見やるはずで。
両側のお家のそれぞれの塀に挟まれた路地から見上げた春の空は、
今日はまずまずの好天なれど。
仄かに紗が掛かったような淡い青空の只中、
ちょいと高みの電線の真ん中へ、
大きめのカラスが一羽、音無しの態で留まっている。
住宅街に居ても不思議はない種の鳥だが、
いやにじいと眼下の坊やを見やっている彼で。

  しかもしかも、そのクチバシが一気に、
  ニヨウと巨きくなった日にゃ。

慣れのない人には驚きの光景に違いなく。
その身が隠れるのはあっと言う間だった 頭ごとの巨大化は、
太めのクチバシが大きめのポリバケツ(40リットル相当)ほどになると止まり。
そこから真ん中がぱかりと割れて、
まるで重さに耐え兼ねたかのような、あくまでも自然落下を装う速度で、
眼下にいた小さな高校生くんの頭の上、
そのままかぶさろうというよな位置へ すとんと落ちて来かかったのだが。

  それを遮るような銀色の一閃が
  ガヅン、という重い音と共に弾けて

最初の位置から避けもせず、
真っ直ぐ立ったまま しゃがみ込みもせず。
瞬ろぎもしないままのルフィの、
大きく力強く見張られた双眸のすぐ前へ、
がつりと雄々しい腕が一本、差し渡されており。
その腕の先、もう一方の腕と合わさった末に
巌のような拳が両手がかりで掴み絞めている大太刀の、
剛の刃の切っ先が。
二つに割れ開いたクチバシの合わさりを
尚のこと開かんとするように、
容赦のない勢いで ぐぐいと食い込んでいて。

 きしゃあっ、ぎゃあっっ、という
 耳障りな金切り声が掠れてゆくのを追うように

その身回りより大きいものをも取り込もうという、
何とも欲張りな変化(へんげ)を見せた、カラスか何かの怪異は、
あっと言う間に雲散霧消したけれど。

 「………ったくよ。」

襟元にちょろりと短いスタンドカラーシャツのだろ白い襟先が覗く、
深緑のロゴ入りトレーナーに藍色のカーゴパンツ。
ごくごく普通の普段着姿であるその上に、
トレーナーの裾へ洗濯挟みを幾つかぶら下げているところから察するに、

 「あ、すまん。洗濯物 取り込んでたんだ。」
 「じゃねぇよ

 う〜ん、ゾロではウソプーレベルのノリツッコミはまだ無理か。
 誰だ そのウソプーってのは、じゃあなくってだ。

ご期待に応えてか、今度はそれらしくチョロリと乗ってくれたものの、

 「あのな。
  その根付けは単なるまじない止まりだと言っといただろうが。」
 「おお。
  だから、オレ一人になるまでは、あいつも寄って来れなんだぞ?」

四人分の生気がこっからぶんぶんって振り撒かれてちゃあ、
あの程度の小者は近づけんわなと。
しししっと上首尾だったかのように笑った坊ちゃんだったのへ、

 「だ〜か〜ら〜

物騒な得物、白柄の精霊刀を宙へと溶かすようにして仕舞い込みつつ、
ややおっかない迫力載せた三白眼を吊り上げた、
妖異狩りの破邪こと ルフィ坊っちゃんの保護者(仮)ゾロだったのは、

 「何だ、そのふざけた肩書はっ
 「そっちか。」

じゃあなくて。(あああ、びっくりした。)

 「危険を察知したんなら、
  これでの防御が効いてるうちにとっとと俺を呼ばんか。」

何遍言ったら覚えるかな、この鳥頭はよと。
物騒な輩に襲われかけてた保護対象の坊やへ
性懲りもなく…との睨みを利かせるお兄さんだったものの。

 「だってよ、ウソップとかいたんだぜ?」

 そんなトコへ だんびら振りかざして出てくるつもりだったんか。
 だから、あいつらとは別れてからだな…と。

それこそ懲りない言い合いとなりつつ、お家へ帰る道を行く二人であり。

 「だからだな、
  あっこの辻で手ぇ振ってからの後でも呼べただろっつってんだ。」

 「でもサ。今だって、すんでのところで間に合ったんだしサ。」

言い争いをしているように見えるが、
ほれと差し出された大きな手へデイバッグを預ければ、
それと交換で、四辺を圧着させてトーストした、
ほかほかのグリルサンド(ハムチーズキャベツ)が坊やへ手渡され。

 「それに俺、あ、このハム美味めぇvv」
 「昼にチョッパーが持って来た。
  それより、それに俺、の次は何だ。」

ハムはいいからと、何か言いかかってたその先を促すゾロへ。
らからなと、大きめのおやつパート2を頬張ったまんまのルフィさん。
空いてた左手を腕ごとぶんぶんと振り回すと、
そのまま前へ、手のひらを開いて突き出して見せ。

 「こやって、えい…って。」

両足開いての仁王立ちになって、やっと空いた右手を手首へ添えての、
えいっという声に合わせ、気合いを入れたその途端。
構えようはどっかの戦隊ものヒーローの変身ポーズのようでもあったが、
あちらは映像に加工して様々に不思議な光線を飛び出させているのに対し、

  かこぉうぅぅぅ…という唸りとそれから、
  虹色の輪のような光の盾が、
  点滅しながら坊ちゃんの手の回りを
  少し間を空けての浮かんだ格好、取り囲むように現れたもんだから。

 「……………おい。」
 「なんだっ♪」
 「どうした、これ。」
 「あの、何とか翅翼の端っこだぞ。」

保護者のお兄さんの焦りようには気がつかなんだか、
へへへんといかにも得意そうになってのこと、

 「チョッパーと天世界の野原で鬼ごっこしてたらな、
  何か出来るようになったんだ。」

逆上がりが出来るようになったくらいの気軽さで、
報告されてなかった、しかもこうまでのレベルの
必殺技とか隠し玉とか飛び出した日にゃあ、





 「キュウゾウ、お前は聞いてたのか? あの妙な盾のこと。」

  【 にゃあ? みゃい・にゅいみゃ。】

 「こいつも聞いてねぇってことは、
  今んとこ知ってるのはチョッパーだけか。」

 「なんで直接俺に訊かねぇんだよ、ゾロ。」


な、なんででしょうかねぇ?(う〜ん)





   〜Fine〜  13.04.11.


  *底知れないのは身内へも平等なルフィさんであるらしいです。
   つか、遊び半分で 仙聖の力をものにしているとは。
   仔猫に聞く前に、サンジさんへ相談でしょう。

   「何であの眉毛に訊かにゃあならん。」
   「なんだとぉ つか…ルフィ、なんて恐ろしい子。」
   「そか〜?////////」

   褒められたと思ってますよ、この坊ちゃん。(う〜んう〜ん)

ご感想はこちら*めるふぉvv

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