天上の海・掌中の星

    “厳冬、お務めの話”


東京の平野部や都心でも、
昼のうちに雪がちらついたりするのは珍しくはないことで。
ただ、ここ何年かは、
それがそのままうっすら積もるくらいの様相を呈しているし、
夜半から振り出した代物だった場合は、
屋根や車のボンネットなんぞに10センチ近くも降り積もり、
交通網に多大な影響が出たりもした。
その程度の積雪で、災害レベルと言ってもいいほどな混乱を生じるとは、

 『最新のシステムだのコンピューター制御だの言ってても、
  実は大したこたぁねぇんだな。』

微妙に凶悪そうな顔になり、
へっなんて鼻で笑っていたゾロであり。
何で自分の手柄みたいに大威張りだったかと言えば、

 『ああ、あれな。』

同居している坊やがこそりとすっぱ抜いたのが、

 『ゾロって、自販機と相性が悪いらしくてよ。』

紙幣を挿入するとこが必ず2、3度突っ返してくるわ、
プリペイドカードもあちこちで拒否られるわで、

 『もしかして静電気体質なんかなぁ?』

結果として、
飲み物は店ん中でレジを通して買った方が
早いって身なんだなこれが、と。
苦笑交じりなのは同情してだろか、
ルフィがそんな風に説明してくれて。

 『そんなだったせいかな、
  ちょっと前まで、
  自販機やコンビニって携帯でも会計出来るっての
  知らなかったらしいぞ?』

 『ああ、それで。』

そう、それで。
携帯さえあればとか、ボタン一つでとか、
何でもかんでも便利になったというけれど、
大雨や大雪にあっさりパンクしてるようじゃあな…なんて、
ほれ見たことかと、こっそり嘲笑しちゃうところがさ、

 『なんか可愛いんだよな、ゾロってvv』

それはそれはまろやかに、
ともすれば嬉しそうな、はたまた自慢げに、
満面の笑みつきで言い放った坊ちゃんだったのは、

 “…破邪としての面目もあるだろしな。”

つか、彼の名誉のためというよりも、
何でだろうか何とはなし向かっ腹が立ったので、
触れずの持ち出さずにいるサンジだったりするのだけれど。

 「……近づいてるな。」
 「ああ。」

これも春が近い頃合いだからか、
閉ざされたところで澱のように淀んでいた瘴気のようなものが、
急な寒気の舞い戻りに乗って、生気の濃い人里まではみ出すことがある。
感冒などの軽微な病で済むなら、
今の世であれば人間の力で何とか出来もしようけれど、
淀みで餓(かつ)えを満たした邪妖が紛れていることも無くはなく。
もっと力を得んがため、人へ仇なす場合もあるので、

 “木の芽どき前でも油断がならぬと 来たもんで。”

音も無く降り始めた雪は、だが、
寒いには違いないが
いつぞやほどには気温も低くないものか、
落ちる端からあちこちを濡らしてゆくばかりで、
今のところ 積もる気配はない。
とはいえ、
この寒さでは用事もなく外へ出る気は削がれようから、
少なくとも眼下の町なかに、出歩く人の影は見えない。
子供らは学校に出払ってもいるのだろう、
しんと静かな住宅街の空の上。
実は 心が純粋な人にしか見えない物質でこしらえた、
特別仕立ての頑丈な足場があるんだとでも言うかのように。
それは平然と、いやさ泰然と佇む彼らであり。
片やは、その痩躯を尚のこと きりりと引き締めさせる
ダークスーツを隙なく着こなした金髪の美丈夫で。
線の細い端正な面差しを、だが、感情を乗せぬままにし、
時折強めに吹きつける風の来る方へと向け、すっくと立っており。
もう片やは、いかにも屈強ながらようよう絞られた肢体に、
トレーナーと大きめのブルゾン、カーゴパンツという、
ラフな装いをまといつけての、片膝をつく格好での待機中。
鋭い双眸や、強く引き結ばれた口許には、
少々粗野な印象も無くはないものの、
錫杖のようにその肩へと凭れさせたる、
黒塗り鞘の大太刀という重厚な得物の存在感が、
単なる粗暴な男ではないこと、知ろしめしているようで。

 「…来るぞ。」

口にしたと同時、
形のいい白い手を胸の前に持ち上げて身構えた、聖封殿のやや後方。

 「…っ。」

伏し目がちにしつつも、風の吹き来る方向をやはり見据えていた目線、
こちらも力込めての刮目させた破邪殿であり。
懐ろに向かい合わせてかざした両の手。
そこへ何かしらを呼び出しているかのように、
目元を軽く伏せつつ、咒を念じていたサンジだったが、

 「白の風穴、獣の咆哮を招かんっ。」

ややあって、くっきりと力を込めた声での一喝を放つ。

  すると

降り落ちる雪以外には何も無く、
明るい色合いながらも雲が垂れ込めているばかりの空の一角が、
様々な色の絵の具を 一気に絵筆で丸く掻き混ぜたかのような様相となる。
そのまま漆黒の円が生じ、そこがどこかへ通じているものか、
黒々としたまがまがしい気配が流れ込んで来て、
こちらの空まで侵食しそうな勢いと化したが。

 そんな激流どころではない、
 もっと おどろ恐ろしいものが姿を現したものだから

あえて言うなら濃密な霞のような、漆黒の靄(もや)のような瘴気の中。
濃淡が織り成す模様のようだったところから、
むくりと頭をもたげた存在があり。
こちらの世界の生き物のように胴と四肢があるでなし、
ただ、一応の感応器か 一対の目玉のようなものが
青白く光って盛り上がって来たそのまま、ギラギラと息吹くところが、

 「一丁前にも呼吸か鼓動か、してるみてぇじゃねぇか。」

ひらはら舞う雪片さえ押しのける瘴気が生み出したのだろ、
得体の知れない魔物なのへ、
対処のしようがないとの丸投げされたようなもの。
ただの靄のように見せて、
下手に触れれば取り込まれるほど性分の悪い存在だったらしく、

 『馬鹿力で吹き飛ばすしかねぇってか?』

特に言葉を飾っても、却って意味が判らんと混乱させるだけの相手。
今更 気を遣う必要もなかろと、
相手の属性や性質、毒性の等級を簡単に告げた上で、
手筈や段取りは任せるとしたところ。
自分が思っていたそのままの対処を口にした辺り、

 “……困ったもんだぜ。”

長年の相棒活動の中で、ツーカーな間柄になったなんてな、
そんなけったくそ悪い結論はごめんだし。
そうかと言って、
こんの武骨で不精な朴念仁の剣豪と、
気遣いの紳士たれを心掛けているハイソな自分とが、
中身は一緒というのも腹立たしい…が。
一刻を争う凶悪な事態への、
最善適切な処断を下せる英断とその方向性が同じなのへは、
まま許諾してもいいんじゃね?と。
くすぐったげな苦笑をしつつ、
その身を一段ほど高みへまで、
押し上げるよに飛び上がった聖封殿が退いた後を、

  轟っ、と

空間ごと薙ぎ倒すようにして、妖かしの瘴気が押し寄せる。
そのまま下界へまで、眼下に広がる小さな住宅地まで到達し、
一気にあふれつつ、
地上をひたひたと侵食してしまうものか…と思われたが。

  濁った風を思わせる瘴気は、だが、

降りかかるようなその勢いを、
唐突に現れた“形のない空間”に堰き止められている。

 《 …?》

これまでさんざん放埒に振る舞っていたのだろ、
瘴気の核となっている、悪意という名の意志が。
初めて侭にならない状況に触れたことを不審に思ったか、
あえて例えるならば龍のような長々とした全身をくねらせ、
なぜ進めぬのだとの身もだえをして見せていたのも束の間のこと。

 「…ここで散らしちゃ不味いのか?」

一応の確認らしき声がして、

 「そうさな。
  蒸散させるだけの覇力に自信がねぇなら、
  亜空への掃き出し口を開けてやんぞ?」

邪妖を此処へとご案内した聖封氏の、やや茶化すような口調が応じ、
口許の片側だけを引き上げ、不敵に笑って見せたれば、

 「判った。」

後で覚えてやがれとかどうとか、
そんなぶつくさが おまけにくっついてそうな、
いかにも不貞々々しい口調でのお声が返って来たのにかぶさるように、

  ぐんっ、と

空間の密度が大きくうねる。
強いて言えば、
器の中にただ満ちていた水中へ突然流れが生じたかのように、
大きな力が密度を高め、
それへ何も含まぬ水が吸い寄せられているかのように、
空中の均衡がとある一点へと凝結してゆき。
どれほど素早く“そうだ”と気づいたとしても、
見届け間では間に合わなかったろうなめらかさで、
ぎゅうぐぐうっと引き寄せられ、溜められていたバネが、
一気に弾けて爆発…したかのように。

 《 …っっ!!》

斬撃の轟音が、突風のように空間を大きく薙いでゆく。
それはさながら、今さきほど降り落ちんとしていた瘴気のうねりが、
あまりに強大で龍のように見えていたけれど、
なぁんだ糸屑だったのかと思わせるほどに、
それは凄まじい豪の激流。
台風を えいやっと人ならぬ力で凝縮して、
今ここで、こんな狭苦しい空間で解放したような、
そんなまでの気勢が乗った一撃を、
雄々しき腕へ構えた、太刀の一閃で繰り出せる存在も存在ならば。

 《 う…くぅ…。》

 「おや、核は別物だったか。」

その身にまとっていた瘴気をすべて、今の一閃で剥ぎ取られ、
空中に姿を晒すこととなってしまった悪鬼が一匹、
ぷかんと浮いて居残っている。
虎だか豹だか、獣の頭に、
だが肢体のほうは猿だかゴリラだか、
四肢が使えるよう、直立出来る姿の、
基本、毛むくじゃらな存在で。

 「何もんだ、こいつ。」
 「陽世界へ逃げ込んだ輩というよりも、
  こっちに元からいた怪異ってところだな。」

顎でしゃくって差したゾロも結構な上からの物言いをしたが、
そちらさんは文字通りの上空から、
降りても来ずのままに応じて差し上げ、

 「それがあの、
  でっかい瘴気を好きにしとったってことらしいから。」
 「だったら、封じても構うまい。」

まあな、ウチの封印部隊の何人か、大火傷負わされたらしいから、と。
淡々とした声なのは上っ面だけ、
十分に怒かっておいでの聖封様だったのへ、
ならば俺の独断じゃあないってことでなぞと、
余裕の間合いを取った破邪殿、精霊刀をぶんっと一振りして見せ、
それで挑発としたところ、

  ヴァルルルルゥゥ………という、

低い唸り声を放っての、姿勢を低く構えた怪異は。
たちまち、その口許や背中の真ん中への一列にと、
牙だか角だか、切っ先も鋭い武装を現したものの。
そのまま宙空を猛然と駆けていったその先で、

 「………。」

こちらも腰を低く据えての、
逞しい肩から 背中のかいがら骨にかけての筋骨が
ぐいと力強く盛り上がったそのまま。
敵の急襲を待ち受ける、破邪の男であり。

  「…っ。」

さえた眼差しは獲物から一瞬たりとも外されず。
強靭な双腕は、
鋼のはずの大太刀を自在に舞わせての、
そのくせ無駄のない一閃だけを送り出したれば。

   閃…っ、と

   微かに響いた音が、あったような無かったような。

その身へ瘴気を満たし、それなりの馬力もていた筈の魔物が、
疾風に掻き消されたロウソクの炎のように、跡形もなく姿を消しており。
一応の防御、下界の人間たちへも気づかれないようにという
それなりの衝撃にも耐え得る結界を張っていたサンジが、

 「おーおー、結界までほころびさせてやんの。」

力任せの大振りだったなぁ、おい…なんてな悪口を利けば。
下んねぇ回りくどさで飾ってもしょうがなかろと、
少々悪党顔になってにんまり笑って返したゾロであり。

 『ああ、それってサンジがナミさんへ、長々とした手紙を送りつけて、
  なのに“ウザイ”って短い返事を寄越されたのを言ってたんだと思う。』

結界がほころびる前から、
あれ、あんなとこで仕事中だと
彼らのすったもんだに気づいたらしい、
学校帰りだった柔道部のやんちゃな坊や。
何でまたあんな意味不明な一言で、サンジの奴 ぶち切れたんかなぁと、
そこんところの解釈を、トナカイの聖獣さんから訊いたのが、
その日の晩のことだったそうですが。


  こぉんなふざけたお兄さんたちに、
  怪異の魔手だの瘴気だのからは護られている陽世界は、
  今日も何とか平穏でございます。







   〜Fine〜  13.02.19.


  *芸のないタイトルにしたせいか、
   あんまり手に汗にぎる展開にはならなんだのが口惜しいです。
   通常任務のお話で落ち着いてすいません。
   つか、強くなり過ぎじゃ、あんたたち。(怒)

  *惑星とか隕石とか飛び込んで来たりもしますが、
   地震とか台風も半端なく押し寄せますが。
   人が起こす諍いまでは自己責任で人が何とかするとして、
   得体の知れない何かからの“ちょっかいかけ”の方は、
   かように片づける 彼らにお任せということで。

   「その前に気づかれるヘマは踏まない。」
   「俺、気づいたぞ。」
   「お前さんは特別仕様だろうが。」

  天聖世界へそのまま来れる奴に言われたかねぇやと、
  口許ひん曲げた聖封さんだったりし。(苦笑)

   「特別仕様ってことは。
    ……久蔵とクロにも、ああいう騒ぎは聞こえてるのかなぁ。」

   「さてなぁ。」
   「管轄が微妙に別だしな。」
   「そうそう。
    向こうは微妙に、特定の人への護衛専任みたいだし。」

   「そっか、じゃあいちいちドキドキはしないのか。」

  何が起きてるんだろうかと、そわそわ落ち着かないのは気の毒だしと。
  そういう意味で気遣ったルフィだったのだけれども。

   「………な、何だよぉ、ゾロ。///////」

  不意に、破邪のお兄さんからぎゅむと抱っこされ、
  夜食のフレンチドッグを
  照れ隠しにか、お口へくっつけた坊やだったの眺めつつ、

   “…ああ。
    ルフィがいちいちドキドキしているもんだと、
    勘違いしやがったか。”

  面白いから解説も宥めもしてやらんとの決意を胸に、
  にっかり微笑った聖封さんだったのは、此処だけの話です。

ご感想はこちら*めるふぉvv

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