天上の海・掌中の星

   “春も うららに…”


天気がよくても陽が照っていても、どこか寒々しい。
そんな冬の日がいつまでも続いていたものが、
よく出来たもので、
春のお彼岸が過ぎるのに合わせるかのように、
日中の陽だまりでは上着が邪魔なほど、
いつの間にかの春めきに暖かくなっており。
春の陽射しはどんどんと濃くなって、
ずっと浴びているとじりじりと熱いくらい。

 “でも、空はややこしい色なんだよなぁ。”

 冬場の方がもっと濃色じゃなかったかな。
 それとも手前の壁とかが あんまり眩しいから、
 それではっきり見定めにくくてのことなんかな。

笹山さんチのは、
赤っぽいテラコッタみたいな色合いの屋根だったはずが。
なのに白く弾けて見えるほど、
そりゃあいいお天気だからかなと。
わざわざ立ち止まったその上、
お鼻を立てるようにしてまで上を向き、
ようよう晴れた空を見上げてござるのは。
ブレザー型の制服姿、
ネクタイがややよれているのは、
紛れもなく自分で結んだ証拠ならしい、
小柄だが背条はピンとした、
なかなかの存在感を示しておいでな男の子。
春休みの真っ只中だろうにこの恰好なのは、
高校で所属している柔道部の練習があったからで。
いつもなら午後のもう少し遅くまで頑張るのだが、
今日は道場の一斉清掃の日だったので、
野球部やサッカー部が使ってないグラウンドの隙間にて、
筋トレや柔軟だけで終わった次第。
なので、体力も有り余っており、
駅から此処までだって、
それは元気にパタパタと
駆けて来た彼だったのだけれども。

 「俺に目をつけても無駄なだけだぞ?」

住宅街の中のありふれた生活道路。
片側には月極め駐車場の金網フェンスが連なっており、
反対側にはブロック塀。
肩の高さに飾りブロックが並んでおり、
菱形の穴の向こうには、若い色合いの葉が茂る槇の梢。
伸びやかな細枝には、
陽が照らし出さずともその色なのだろ、
柔らかな若緑の新しい葉が、天へと向かって伸びていて。
何とも目映い限りだが、

 「正気を保ててるうちに、
  天の次界へ戻るか、冥界に続いてる霊道を探せよ。」

正午近い時間帯ゆえ、
ブロック塀から落ちる陰は殆どないほど短くて。
溝かと見紛うほどのそんな隙間に、だが、

  ぎらりと瞬いたのは、何物かの息吹

気づく人は稀にあるが、
その輪郭までもが見える人はまずはいない。
しかも、互いの居場所をわきまえているよな
慎ましやかな存在ばかりとは限らないため、
片っ端から 気づく身であることへ
時に閉塞感を覚えもしたルフィであったが、

  ぐつぐふ、ヴァるるぅ、と

粘着質な泥をくちゃくちゃと踏みにじるような、
何とも居心地の悪くなる響きがし。
見通しのいい、春の陽にすこんと照らされた一本道の空気が、
見る間にじわじわと侵食されて淀んでゆく。
亜空間から様子見をしていた何物か、
極上の獲物を見つけたことから、
こちらへ移って来るための大気の撹拌でもしたらしく。
それがそのまま一種の結界となるがため、
密閉された此処へは、
外から誰か何かが入り込むことは出来なくなるはずが……


  「俺のシマで 何ぁにをやらかそうってんだ? ああ"?」


こちらの眸を眩ます目的からか、
ぬらぬらとした光を帯びた隙間が カッと一気に閃いて。
勢いよく瞬いたと同時、何かの気配も飛び出して来たものの。
“それ”が振り上げた重々しい牙と顎とが、
空を翔けつつ風を引っ掻いた籟の唸り、
ぎぃいんという重々しい金属音が弾いて蹴飛ばす。
先程 相手が見せた禍々しい閃光と、凶悪さでは似た部類。
だがだが、質と強さは段違いであり、

  きしゃぁあぁっっ!!

さくと容赦なく刻まれた牙が宙を飛び、
どこかへ落ちるまでもなく、
消し炭のようにほろほろと崩れながら
あっと言う間に掻き消えてしまい、

 「糧で腹ァ膨らましたところで、
  この次界にゃあ居座れねぇよ。」

雄々しい腕が胸元へと回される恰好で頼もしい楯となり、
ぐいと引き寄せられた懐ろは、
そのまま彼自身が背後を守り切る頑丈な鎧となろう、
それは頼もしいルフィ専属の守護、破邪の君の登場であり。

 「俺も腹減ったぞ、ゾロ。」

 「おうよ。
  家へ帰ったら
  ぷりっぷりのフランクフルト挟んだホッドドッグが
  山ほど待っとるぞ。」

 「やたっ!」

懐ろではしゃぐ坊やとの、それは朗らかな会話と裏腹。
がっつりと雄々しい筋骨をまとわせた腰をぐんと落とし、
手元だけで大きくぶん回した大太刀を、ぐるんと逆手に握り直すと。
やや落とし気味になってた視線、そこからぐいと睨み上げさせ、
蛇に似た胴に、やや歪んでいびつな顎だけが座っていた妖異を
豪の視線だけで凍りつかせての縫い止めて、

 「てめぇの居場所へ帰るんだな。」

地を這うほどの位置から、片腕だけでの一閃、
相手の頭上へ目がけ、駆け上がった重い太刀筋が、
ざくりと咬んでのそのまま食い込み、
黒々としていた総身を 散り散りに引き裂く容赦のなさよ。

  ぎしゃぁあ、ぎゃあぁ………っっ!!

切り裂かれたことで力も衰え、
この道を満たしていた禍々しい圧が薄れたそのまま、
それと入れ替わりつつある こちらの大気に侵食されたか。
まるで黒々と焼け焦げた紙のように、
呆気ないほどほろほろと崩れゆく身は、
瞬く間にも消え失せてしまい。
時折 甘い風が吹くだけの、何事もなかったかのような佇まい、
のどかな春の陽に照らされた一本道の風景が、
当たり前の日常の一角として戻ってくる。

 なあなあ、ゾロ。
 んん?

得物の太刀を宙へと消した破邪殿、
ついでに、まとってたままだったエプロンも
ごそもそと外している手へ“なあなあ”と懐いた坊やが訊いたのが、

 「春先も妖異ってのは多いんか?」

 「どうだろうな。
  冬場は人も出歩かねぇから、
  見かけねぇってだけじゃねぇかな。」

思うところをまずはと答えてから、

 「そんなことを訊くってことは、
  他でも何か見かけたんだな、お前。」

いやあの・うっと、
別に俺でも封印出来そかなとか思ったってワケではなくてだな、と。
自分の手首あたりをもう一方の手で掴んでグリグリ回して見せるのが、
もしかして例の 何とかいう楯を出す時のポージングなんじゃあと。
あらぬ方を向いて、
鳴らない口笛をふーふー・ひゅーひゅーと吹く真似をする坊ちゃんへ、
疑惑を高めはしたものの、

 「……まあ、いっか。」

細かい探査はどうせ俺には出来んのだしと、
どっかの聖封さんへ丸投げすることで あっさり吹っ切ったらしく。

 さあ帰るぞ
 おーvv

ルフィのウキウキ弾んだ声に重なり、
どこからかウグイスの声が長閑に届いた、
それはそれは暖かな昼下がりだったそうな。






     〜Fine〜  14.03.29.


  *後日、高校周辺を探査した挙句、
   結構でっかい次界虚窩を見つけたサンジさんから。
   あの坊主には探査弊咒を貼りつけとけと、
   どんな騒動に巻き込まれたか、
   手入れの良いはずな金髪を随分とほつれさせ、
   ダークスーツをあちこち破かれた恰好で、
   良いか判ったなっと、
   ややお怒りの表情のまま怒鳴り込んで来たそうで。
   ……相当に大変だったんだね、うんうん。

   「なあなあ、キュウゾウんチの回りは桜咲いてんのか?」
   【 にゃうみゃんvv】

   「そかー、まだ半分ほどか。
    でもそっから満開までは早いぞ?」
   【 みゃみゃみゃう、にぃvv】

   「うんうん、クロや島田さんたちと花見だな♪」

   “あああ、
    どうやって猫語を会得したのか、教えてくんないかなぁ。”

   七郎次さん、それは無理だ。(苦笑)

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