天上の海・掌中の星

   “秋昼日蔭”


気がつけば九月も半ばを過ぎており、
大人たちには特に、あっと言う間という感が強かったりし。
八月が目一杯夏休みだった訳でもないのだが、
それでも、夏と秋との境目、区切りのようなものを
通過して始まる気がするのが九月であり。
だというのに、いつまでも半袖が仕舞えない、
年によっては衣替えが過ぎても、
朝晩以外は体を動かせば汗がどっと出る時期がずるずると続いて、
ある日すとんと一日中上着がいる日がやって来るまでを、
日本では“残暑”と呼ぶわけだけれど。

 『今年はあんまり“残暑”って感じじゃないよな。』
 『そっか?』

 汗かくじゃん、天気いいとさ。
 そこだよ、天気いい時だけじゃん。
 そいや、なんか まだ夏休みでもよかったよなって感じはしないよな。
 お休みではあってほしかったけど、
 いや、そうじゃなくて。

出掛けに何かちょっと寒くても、
カーディガンが要るとまでは思わなかった。
帰りが遅くなるようなら、持って出たほうがいいかな、
ジャージあるからいっか・という順番だったのが。
今年はそういや、駅まで歩くうちに要らなくなるにしても、
誰に言われるでもなくのこと、
羽織るもの要るかな?と つい思案している九月でもあって。

 “帰りにアイス買うのも減ったもんな。”

喉は渇くので、ドリンク類は買うけれど、
お腹が空くから菓子パンは買うけれど。
そういやアイスキャンディーは、
夏休み中ほど食べたいとは思わなくなったなぁ、なんて。
いかにも彼らしい物差しで思いつつ、
駅前の商店街から自宅のある住宅街までをつなぐ、
中通りをのんびりと辿る。
一車線だが舗道つきでしっかと広く、
ある程度は車の行き来もあるけれど。
ひょいと辻を曲がれば、そのまま私道や生活道路に入ってしまうよな
今みたいな昼下がりという時間帯は
車どころか人通りもパタリと絶えてしまう、そんな道。
スポーツバッグの手提げを肩へと通し、
お行儀は悪かったが、コンビニで買ったカレーパンを齧りつつ、
ほてほて歩いての帰り道。
空き袋はその辺に捨てたりなんかいたしません。
肩のバッグへぎゅうと押し込み、
立ち止まったついでに
こっちは駅のホームの自販機で買った
スポーツドリンクのペットボトルを取り出して、
ごきゅごきゅと煽っておれば、

 「…?」

そんな坊やの足元へ、何か柔らかいものが触れた。
制服のズボン越しでもあり、
気のせいかと思うほど小さくて軽く。
でもでも、
スニーカ履いてた足の上に乗っかりまでした相手の気安さに、
見下ろしたルフィの口許が、わあと丸く開いてから にひゃりとたわむ。

 「何だお前、どうしたよ。」

どこから這い出て来たものか、それは小さな一匹の仔猫。
ちょっと気張ったハンドタオルでも
畳めばそのくらいはありそうという小ささであり、

 「まだ“盛り”にゃあ早いよな。」

白地にサバの模様を思わせるよな縞柄も一丁前だが、
どう見たって まだまだ母猫のそばにいるべき幼さで。
親猫が餌を探しに出掛けている間に、
ちょろちょろっと寝床から抜け出して来たというところだろか。
ひょいと身軽に屈み込み、
自分の履くスニーカの紐へと
新しいおもちゃでも見つけたというように懐いておいでの
そりゃあ愛らしい迷子さんへ向け、
不器用そうな手を伸ばしたルフィさん。
一見 無造作、だが、結構手慣れた様子で
掬うようにして抱え上げ、胸元へと掻い込んでしまう。

 「腹減ってんのか?
  ああでも、まだ おっぱいなのかな。」

よいよいとゆったり揺すってやりつつ、そのまま立ち上がって、

 「とりあえず、こっからは離れような。」

何てことない一連の動作、
迷子の仔猫のおウチはどこだと、
探し始めるような歩き出しようだったれど。
舗道と車道を仕切る縁石ブロックの1つが、
不思議なことにはふるると震え、
ルフィの影の中でむくりと起き上がる。

 “お彼岸前だからかなぁ。”

まだ陽がある内に動き出す奴は珍しいよなと、
仔猫を驚かさぬよう、
さほど歩調を速めぬままでその場から立ち去る彼だったものの。
乾いた灰色、ところどころが欠けていて、
場合が場合でなければ“いい風合いの出た…”と評したい、
セメントの四角い縁石は、
油粘土の塊のように、むずむずとその身をうねらせながら、
善良な高校生を尾行しかかっており。
面倒なことになっちゃったなぁと、
それでもまだ苦笑が出るルフィだったのは、

 「……お。」

そんな自分の背後、謎の物体との狭間へ、
すたんと何処からか降って来た気配が降り立ったから。
人通りがあったらそれもまた不審だと見とがめられようが、
人払いの結界くらいは張れるらしく、

 “ああでも、それは
  妖異の側が張ってたのかもしんないかな?”

自分を助けに来た相手へ、失礼千万なことを思いつつ。
たんと場慣れしている自分と違い、
背中を見るからにぐぐいと丸めて怯えている仔猫を
怖くないぞ〜と宥めておれば。

 ざしゃり・ざんっ、と

いやに大きめの風籟の音。
セメントブロックに擬態した
邪妖か越境者らしいなとは、ルフィも気づいていたものの、

 “精霊刀で斬るほどだったのかなぁ。”

ルフィの守護を担う破邪のゾロさんは、
相当な覇気を持っているがため、
あまりの小者が相手な場合、
蹴り飛ばすという 大きく手を抜いた処置を取ることもなくはない。
それでも破壊力は炸裂するものか、十分、封滅しきれるらしいものの、
それってちゃんと成仏出来ているものか、
好きでこっちに来てしまったわけじゃあない存在へは
気の毒じゃないのかと。
標的にされたルフィ本人が同情するほどの、
文字通りの“一蹴”なのだが、
かといって、そうと運ばないならないでも、
気になってしまうからややこしい。
何だ・どしたと、肩越しに背後を振り向けば、
やや気の早い夕方ぽい気配も早々と滲む、
昼下がりの見慣れた通学路の閑とした見栄えの中に、

 「…およ。」

思っていたのとは違う存在、
真っ赤な衣紋のシャープな背中が、すっくと立っているのが見えて。
今しも振り払ったのだろう、細身の和刀を、
背中へ斜めに負った鞘へしゃこんと収める姿も凛と鋭い、

 「久蔵じゃんか♪」

ちょっぴり遠い町に住まうお友達。
昼間は小さな、
今抱っこしてるのよりはお兄ちゃんだが、
それでもまだまだ仔猫なメインクーンに姿をやつし、
ついでに自身の意識も封印しておいでの、
だがだが実は、結構な凄腕の大妖狩りさんで。
詳細はコラボ作品参照だが、(こら)
ひょんなことから知り合ったこちらの坊ちゃんが、
妖異に懐かれやすいと知ってからというもの。
たまたまこっちへ遊びに来たついでなぞに、
危機一髪を嗅ぎ付けると、
こちらは彼なりの理による最強の精霊刀で、
今のようにすぱりと妖かしものを成敗してくれるのだが、

 「昼間にそのなりは珍しいよな。」

月の力が生命の源、
日中にこのままでいると ずんと覇気を使わねばならぬよで。
それもあって猫の姿になっているらしい彼なのにねと、
そこまで通じている間柄のルフィさんからの声に、
ふわり、軽やかなくせっ毛の金髪を揺らして振り向くと、

 「…………♪」

しなやかな痩躯も結構な美貌も相変わらずの、
異世界からお出での大妖狩りさん、
一応は年少さんにあたるルフィのまとまりの悪い髪をよしよしと撫で、
次にその懐に気づいて、そこにおさまってた仔猫も撫でてから、

 「道草。」
 「寄り道だろ、正確には。」

同胞の言い間違いを訂正したのが、こちらは黒猫のままな、

 「あ、兵庫だ。一緒に来てたんか?」

やはりルフィにはお馴染みの、
妖邪ハンターのお仲間内らしいお兄さんであり。

 「寄り道って、じゃあなにか追っかけてこっちまで来てたんか?」
 「まあな。」

ちょみっとぞんざいな口利きは年長だからだが、
一見したところは小さな黒猫さんなので、
事情が通じていなきゃあ、何だこいつ背伸びしてと思えたかも知れぬ。

 “事情通じてなけりゃ、喋る猫なんて驚かれるだけだろうが。”

あ、そうか。(おいおい)
丈は小さい相手なので、ついついしゃがみこんで話しておれば、
そちらさんは立ったままだった紅衣紋の方のお兄さんが、

 「緑。」

そうと短く言ったので、

 「ゾロか? 家だと思うけど、今のの気配を嗅いだなら、」

話し終えぬうち、やはりどこから飛んできたやら、
ヒュっという風鳴りとともに、
銀色の鋭い疾風が宙を引っかき、
背中の鞘へと納めていたはずの刀を素早く引き抜いた久蔵さんが、
目にも留まらぬとはこのこと、
それはなめらかに再び引き出した大太刀で、
がきゃんというけたたましい金属音ごと、その切っ先を受け止めており、

 「あ、ゾロだ。遅かったな。」

後から現れたトレーナーにカーゴパンツという御仁へ、
ルフィが暢気な声をかけたのへ、

 “あ〜あ、そんな聞き方したらば。”

出遅れたなと揶揄しているようなもの、お怒りに火をそそごうにと、
そういう機微には通じてそうな黒猫さんが首をすくめた、
そろそろ陽射しに金色の混じりそうな秋の午後だったのでした。





     〜Fine〜  14.09.20.


  *邪妖を追って遠出していたらしい、
   久蔵さんと、久々の兵庫さんでした。
   ルフィさんを無防備に置くとはなっとらんと思ったか、
   ゾロさんに説教がてら稽古をつけたいらしいです。
   いつぞやと違って、呼べばクロちゃんが迎えに来てくれるので
   遠出も可能らしいです。
   何のことやら話が判らない方にはすいませんという、
   よそのお部屋とのコラボシリーズでした。
 

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