天上の海・掌中の星

   “我が名は 天狼の護神ゆえ”


今年は特に、
桜の華やぎに見惚れの浮かれのしたの
ずんと短かったような気のする春先で。
開花は昨年ほど早すぎもせずで、
満開になったのもまま四月の頭と順当な方だったし、
何よりも いいお日和も続くようだったので、
こりゃあ週末は花見だなんて、予定を立ててた人たちも多かったろに、
それをあっさりと裏切るような、小意地の悪い駆け足で、
たいそう冷たい雨が突風と共にやって来て、
咲き初めで花保ちもまだまだ良かったはずの
名所の桜を次々と毟り取ってった憎たらしさよ。

 『まあ、ご近所のは
  あちこちで まだまだ健在だったからいいけどよ。』

そもそも そうまでの遠出をわざわざ構えて、
人の頭を見に行ったような花見をする気はなかったけれど。
テレビのあちこちで“ほらこんなに見事ですよ”と映し出される、
遠目に見てもそりゃあ見事な、大群の桜の凄艶なまでの壮観さ、
居間に居ながらにして堪能するのもまた今時の楽しみ方なのだし。
そういった中継なり特集なりが出来なかったあおりか、
桜の話題自体も少なかったしなぁと、
あのルフィが妙に気にしていたようだったのは、

 「何の、
  そのたびに“近所のでいいから花見しようぜっ”と
  はしゃいだり盛り上がったり出来なかったからだよ。」

時計代わりにつけているワイドショーなどで触れれば、
必ず 見えないお耳を立て立て、見えないお尻尾振り回して、
なあなあ大川まで行こうよとか、柿の木公園のを観に行こうよとか、
春休み中だけでも数回は、
ちょっとした散歩Ver.の花見を消化するのが通年なのだそうで。

 「結構 風流なもんじゃねぇか、そりゃ。」

あの食いしん坊には想いも拠らぬ一面だなと、
金髪痩躯な聖封様が感心し、

 あのお元気坊やを駆り立てるなんて、
 やっぱ桜ってのは特別な花なんかねぇ。

 どうだろな、
 花火大会や紅葉の情報へも同じような振りを、
 寄越す・け・ど・よっ、と

緑頭の破邪様のお返事の最後ら辺が微妙に刻まれたのは、
びょお…っと風を切る鋭い音も忌々しい素早さで、
鋼のような切っ先が続けざまに襲い来たのを、
一つ一つ 精霊刀にて右へ左へと弾き飛ばしながらだったから。
新緑目映い清かな気候に誘われたものか、
いやいや それは関係ないはずの、
こちら様がたへは毎度お馴染み、
別次界から紛れ込んで来た、
なかなか厄介な存在への対処に当たっておいでだったからで。

 「天聖界からってんじゃなさそだな。」
 「ああ。」

この陽界のような、
物質主体、されど甲殻に覆われた格好で
アストラル体が存在しもする次界は珍しく。
天地誕生というほど ずんと昔、
転輪王が混沌を光と闇に分かつたことで“世界”が風を得、
時間という刻を刻み始め、
その大いなる奇跡が生み落としたのがこの陽界
…云々という話をいつぞや並べたが、
闇が曖昧模糊とした混沌ならば、
光の終焉にあるのは結晶化という静止した世界であり、
それが“完璧”だというのもどうかと思う皆様が、
とりあえず、非力な存在までも巻き込まんという
問答無用にして大規模な調和の乱れだけは防がねばと、
どちらへも極端に傾かぬよう、監視の眸を配っておいでで。
その先鋒…というか、最後の手段の方が正しいか、(おいおい)
絶大な力もて早急にあたれる技量を認められ、
次界の歪みを掻き乱す乱入者への対処を専任としているのが、
毎度お馴染みな、こちらのいい男お二人なのだが、

 「こんなややこしい組成の種なんて居ねぇだろうし、
  陽界にねじ込まれた弾みで転変したにしても……っ。」

ヒトの大人ほどの大きさの“それ”は、
緑がかった灰色、鈍色という色合いをしており、
その形状を例えるなら、海中をたゆとうクラゲというところか。
笠や脚部に分かれたお呑気な姿ではなく、
全体一括な塊のようなのでアメーバみたいとも言えて、
しかもそのアメーバくらげは、

 「…っ!」
 「ちっ!」

掴みどころのないような、ぽやぽやしたその身を、
どういう弾みでか、不意に硬化させては四方八方、あるいは一定の方向へ、
槍のように鋭くした切っ先にて

 当たるを幸い、
 突き通さんばかりに延ばして来るのは大概にしろよな、と

あのサンジさんが文法を目茶苦茶にするほど
テッペン来ておいでな難物でもあって。

 「てめぇ、このスーツはな、
  ナミさんが風渡りの儀式でお召しになってた今年のドレスと、
  対になってた一点もので…っ。」

あ・やっぱりか。(苦笑)
洒落者な人が それなり気を遣っている装いを
台なしにされちゃあ頭にも来るだろし、
しかもしかも特別な衣装と来ちゃあねぇ。

 「つか、そんな曰くつきの服を何で着て来たよ、お前。」
 「曰くってのは何だ、呪いみたいに言うんじゃねぇよ、体育会系が

毎度毎度、襟なしボタンなしのラフなカッコばっかしやがってよ。
何なら、着流しで歩き回ってたらどうだよ、なあおい…と。
どう考えても 言葉が通じる相手だからという
とばっちり系の八つ当たりだろう、
ややこしい言い掛かりをつけて来る 聖封さんからの口撃を、

 「………。」

“ああうるせぇ”とうんざりしつつ聞き流し、
何か言い返すより優先されて働いた感覚で

 「…っ。」

ぶんっと大きく振られたのが大太刀による鋭い一閃。
飛び出してから構えていては、出遅れかねない鋭い切っ先ゆえ、
これでも実は油断なく敵を睨んでおいでの破邪さんだったのであり。
何度めかの不定期な穿孔系の攻撃、
飛び出して来るのをずば抜けた勘で察知しては
雄々しい四肢を踏ん張り、
的確に刃で受け止め、その端から“てぇいっ”と弾き飛ばしつつ、

 「で、結界はまだか。」
 「おうよ、あとちっとだ、待ちやがれ。」

実はこの場所、
ゾロが居候しつつルフィの護衛を続けている住宅街の上空で。
発見された地点から、亜空経由で送り込まれて来たという時点で、
こやつが尋常ではない存在であり、
早急に封印、若しくは封滅せよとの
指示が飛んで来たも同然な仕儀という運び。
まずはと、異空間を仕切る“合
(ごう)”の障壁は張ったれど、
先程から発揮されているのが、
どこまで恣意に拠るものかも不明な、そりゃあ果敢な暴れっぷりなため。
ゾロの手により封殺した弾みで、
万が一にも四方八方へ危険な破砕片が飛び散らないよう、
もちっと強靭な結界障壁を張り直していたのだが。
念を込めるという集中を邪魔し倒してくれる厄介な相手が、
お気に入りのスーツを傷物にしたとあって、
サンジさんが無駄に逆上してしまい、以下 同上…というワケだったのであり。

 「よしっ、これで分散しても一気に収集してやんぞ。」

空中のそこかしこへ特別仕立ての宝珠を布陣し、
彼が咒を詠唱することで自在に空間を収縮できるらしく。
周到な下準備OKというGOサインを得たその途端、

 「…よしっ。」

待ちくたびれたぜとの不敵な笑みも、
それはそれは男臭い頼もしさに満ちた雄々しさ。
両手にしっかと握り直した大太刀を、何度かぶんぶんっと大きく振り、
逞しい双腕へ柔軟性を持たせるよう ほぐし切ると。
空中に浮かんでゆらゆらたゆとうアメーバくらげへ、
腰を落として身構えたのも一瞬。
そういう態勢を取ったと見回す視線さえ置き去りにする俊敏さで、
重厚な肢体を、されど旋風のような素早さで飛翔させ。
戦意という覇気を十分にまとわせた刃にて、
厄介な槍もどきが飛び出して来る寸前、
本体を真っ二つに刻んだ太刀筋は、なかなかに確かなそれだった


  …………はずだったのだが。


確かに太刀が切り裂いた、その手ごたえもありはした。
真ん中よりやや上辺り、
ゾロが体当たりしたかのように接近して切り裂いた部位が、
ぶるりと揺れてそのまま切り離されかかったが、

 「…もしかしてこいつ、水なのか?」

何なら炎だって切り裂くぞという、
闘気を厚くまとわせていた切っ先だったというに。
切り裂いたはずの部分が、すうと内側へ吸い込まれ、
何事もなかったかのように、
再び ふあふあと浮遊し続ける敵さんだとあって。

 「てめ…っ!」

人を舐めくさるのもたいがいにしろよっと、
今度はゾロの方が
さっきまでのサンジのような怒髪天状態になってしまったから判りやすい。

 「水性だろうが油性だろうが、
  だったら蒸散しとる覇気が通り抜けたんだぞ。」

 「だが、ぴんしゃんしとるしなぁ。」

何だったら凍らせてみようかと、サンジがぱちりと指を鳴らしたが、
その輪郭がうっすらと凍りかかったところで、

 「うおっ!」
 「わあっ!」

さっきからの鋭槍化と間合いが重なったようであり、
まとわりかかった薄氷を突き飛ばしがてらに、何本もの尖端が飛んで来て、
うっかり忘れかかってた二人が、なりふり構わぬ大仰な避け方をしたところで、


  見ちゃあいられんな。


思いがけない誰かの声が割り込む。
え?と まずは互いに顔を見合わせたのは、
此処が腐っても聖封の張った最強結界の中だから。

 「おいこら

あ、すいません。(焦)
通りすがった誰も彼もが、そうそう簡単に入り込めるところではないからで。
寄ると触ると喧嘩が絶えないゾロでさえ、
その実力は重々認めていてのこの所作であり。
お互いが洩らした呟きじゃあないとすると?と、
辺りを見回しかかった彼らの視野へ、
白い繭のようになった光が現れる。

 「…まさか。」
 「いやいや、あいつはまず飛べねぇだろうが。」

ここは随分な上空で、
結界を通過できる特別体質の坊やでも、到達出来んはずだぞと、
どっちが難しいかはとっつかっつな内の、
片やは不可能ではないかも知れぬが…と
ある意味、認めるような言いようをしたサンジが、だが、

 「あ…。」

そうと執り成した一言ごと、表情を凍りつかせて見やった先。
障壁を通過する作用で彼を取り巻いたらしい光の繭が、
するすると解けた後には、
それは大きな天空のわんこの背中に、堂々と仁王立ちした存在が。

 「まるがりーたっ、何でそいつを此処へ連れ込…
  つか、何であっさり御せてるかな、結構 面倒な奴なのに。」

正確なお名前は何かややこしくなかったかという、天界の飛翔犬。
サンジの愛犬ながら、
その主人の声ででも正式名称で呼ばねば振り向きもしないという、
それは気難しいらしいわんこさんなのに、

 『チョッパーがいなくても、もう懐いてたしvv』

なー? マルー、と。
そこまで略されていても
怒りもしないで尻尾を振った懐きっぷりだったのは
もちょっと後の話だとして。
そんなわんこに、一応はと護衛監視をさせていた、
平素は彼らで護っておいでの霊感少年が、
まるで床に空いた穴から 迫り上がり装置でもって
正念場の舞台へ堂々と登場して来たかのごとく、という構図だったものだから。
それでなくとも厄介な相手を、
どうやって料理したらと案じていたお兄さんたちだけに、
何でまたこういう間合いで乱入するかなと
頭を抱えたくなったそんな気も知らず。
もしかせずともまだ学校にいたはずのルフィさん、
いやに神妙真摯な顔付きでいたものが、

 「吾を起こしたは貴様か、異界の妖異よ。」

すう…とその腕を片方、真っ直ぐ伸ばすと、
もう一方でひじ辺りを支えて見せて。
日頃は溌剌と見張られたドングリ目、いやに伏せがちにしての鋭くし、
対象であるクラゲもどきを見据えると、
伸ばしたその手をかざしたまま、むんっと念を込めたその刹那、

 「あ…っ。」
 「ルフィッ!」

アメーバの身がしゅんっと収縮し、
そうと意識したことさえ置き去りに、
鋼のような硬度の槍が数本、間違いなく新しい侵入者目がけて飛んでゆく。
ゾロの必殺の太刀と、それを侭に出来る制御でやっと弾くことが出来ていた攻勢。
天界の生き物を手なずけてるわ、こんなチョー上空に飛んで来られるわ、
不思議結界をくぐり抜けられるわと、いろいろ例外部分は多けれど、
普通一般の高校生でしかない坊や、そんなものを避けようがないと、
手練れであるはずのゾロやサンジが理屈抜きの脅威から、
それぞれで背条を凍らせたほどだったのに。

  その浅慮と傲慢さ、
  今つくづくと後悔させてやろうではないか

いやに落ち着き払った声とともに、
パンと弾けた 目映くも力強い閃光があって。

 「わ。」
 「…っ。」

身内のはずな天界人二人も、
思わず目元を腕で覆ったほどの灼光があふれ出し。
そんな中を、何かが ひょっと風を切って飛び交う気配が入り乱れ。
暗い訳でもないのに視界を奪われるという、
何とも歯痒い状況なのへ、ぎちりと歯軋りしておれば、

 「ゾロっ、そのまま真っ正面へ。」
 「…っ。」

何をどうと続かなくとも何とはなく通じるものがあり、
大きく振りかぶった太刀をぶんと、
真っ正面へと振り下ろせば、

  ぺきぴき・びりびりびり、ぎちぎち・ぎぎぎぎ、と

何かが振動しつつ破砕されているらしい物音がし、
そのまま“どんっ”と、重々しい音や響きがはちきれたのへは、

 「おっとぉ…。」

サンジが素早く手印を切って、さっきほどこした空間集約の咒を唱え、
何かが破裂した圧を、閃光ごと封じ込めてしまう。
今度こそは対象が覇気を失ってしまったからこそ出来た対処で、
しゅうしゅうと音を立て、ハンドボールほどの大きさにまで縮んだ、
何かしらの光が渦巻く“空間”を
聖封さんの手のひらの上へ浮かばせて
一件落着か、ホッとしたらしきお兄さんたちだったが。

 「…なあ、おい。」
 「ルフィ…?」

もしかせずとも、例の聖護仙翼の変形、
魔法の盾とやらをとうとう発動したルフィであるらしく。
部分的なそれとはいえ、浄天仙聖の力さえ操れるおっかなさ、
予感してはいたが、実際に目の前で披露されるとそこは驚きも桁が違う。
しかも、

 “何だか…妙な口利きをしてはいなかったか?”

吾とか、浅慮とか傲慢さがどうのとか。
それこそ、人を人とも思わぬような存在が
大上段に構えておいでのまま、
上から物を言うような口調ではなかったかと。

 「もしかして人格まで変わるのか?」
 「知らねぇよ。」

こうならないようにと気を配って来たんだ俺はよと、
やっぱりさっきまでのサンジさんよろしくという、
ワケの判らぬ喧嘩腰になりかかった破邪殿なのへ、

 「どした二人とも。」

案じる大人二人の胸中も知らぬか、
すとんと、大きなわんこのふかふかした背中へ座り込み、
無邪気に笑う坊っちゃんだったりしたものだから。

 「…………ルフィ?」

何が何だか、
今度はお身内に翻弄されておいでの凄腕二人だったりし。

 お前、さっきのは…

 前に言ってた“不思議盾”だぞ♪

 じゃあなくて。

 ?? ああ、偉そうな台詞は、
 ソーシャルゲームの覇王降臨の真似っこだvv

 真似っこ?

ウソップと組んでやっててな。
これがなかなか、大人もいっぱい遊んでる奴だからか、
連勝出来ねぇんでレベルが上がんなくてよ。
負けると策士の、何とか老師ってのが偉そうに説教すんの。

 「……ルフィ、それも言うなら軍師だ。」
 「え? あ・そっか。」

にゃは〜っと屈託なく笑う坊やへと、

 “あ"〜〜驚いた。”
 “何か妙なもんでも憑いたかと思った。”

そういう方向で焦った二人だったなんてのは、
まま、坊やは知らなくてもいいことなんで。
瑞々しい青葉がはためく街路樹なんぞを見下ろしつつ、
さあさあ帰るべえかと、
巨大なわんこを曳いてか曳かれてか、
お家へ帰る途についた面々であり。

 さあさ、これからどうなることやら。
 とりあえず、坊やは元気で無邪気なんだから、
 ま・いっかと まずは納得した誰か様の対処が
 一番 無難なんじゃなかろうか。
 誰にも気づかれてはいない空での進軍。
 早渡りのツバメがサッと素早く前をよぎって、
 相変わらずだねぇとの挨拶を寄越したのだった。






     〜Fine〜  14.04.23.


  *仰々しいタイトルは、
   ルフィさんがやってるゲームのタイトルみたいです。(苦笑)
   とうとうお目見え、お初の発動を成した“不思議盾”でございます。
   正体不明の相手を弾き崩した威力も驚きですが、
   二人が戦ってた場所をきっちり弾き出せたのもなかなかで。
   これはわんこさんの協力あってのものでしょね。

   【 にゃ? みゅいみゅう。】

   「うん。そりゃあでっかい わんこでな。
    俺が背中へまたがれるんだから、
    キュウゾウとクロだったらもっと余裕だぞ?」

   【 ふみゅう、にゃんまう。】

   「えー。そんな おっかなくないって。
    マルは凄げぇ優しい子だぞ?」

   【 にゃうにゃう、みぃ。】

   「そだな、キュウゾウには七郎次さんが一等優しいんだな。」

   いやあの・そんなぁ///////と、
   妙なところへ恥じらう大人が約一人いたりして……。(苦笑)
 

ご感想はこちらへvv*めるふぉvv

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