天上の海・掌中の星

    “噂のカレへの ウワサ”


そこは それは広大な世界であり、
果てがないような草原があったり、
宝石のように瑞々しい果実が山ほど実る茂みがあったり。
由緒ある古木を思わせるほど幾重にも枝分かれをした
立派な角を持つ長老鹿や、
何十mもの谷間を悠々と飛び渡れる手のひらウサギ、
途轍もなくふわふかな毛並みをしたモグラに、
蝶々のような翅を持つ飛び蛇などなど、
不思議な聖獣たちが暮らす森もあり。
いかつい岩がごろごろと視野いっぱいを埋める
何とも殺風景な土地もあるけれど、
そんな一角でも生き物の気配が少なからず満ちた場所であり。
綺羅らかな湖や清流はあるが 海がないからだろうか、
そりゃあ巨大な魚妖らが人里の上空をのったりと回遊していたり、
それらを見下ろすように幾つもの岩島が空中に浮かぶという、
何とも幻想的で不思議な空間。

  それが“天聖界”である。

太古の昔、転輪王が雷霆一閃、
混沌から生み出した“世界”の始まりは、
だが、明暗二極へ引きはがされた
光の存在と闇の存在との諍いを招き。
そもそもの混沌へ戻ろうとの侵食を延ばして来る
闇の者との激しい戦いの時期が長引くにつれ、
それへの反発か警戒か個々のまま何物も受け付けず、
限られた象徴たちのように完全結晶しようとする光の者もまた、
ともすれば力の小さきものを顧みないような、
そんな由々しき存在へ徐々に化しつつあったため。

  そうともなっては
  闇だけが必ずしも“魔”とは言い切れぬ、
  徹底排除するのではなく、
  あくまでも均衡を見守ろうと

光と闇が干渉し合う端境にあった空間次界を“陽世界”とし。
四宮の狭間に位置する四方柱を経由させ、
風を巡らせ、時を刻ませ、
滅ぶものと生まれるものへ 悼みと祝福を贈り。
そうやって“調和”を見守る態勢が築かれて…幾星霜か。
次界の歪みから はみ出すもののほか、
明らかに何物かの意志あってという懲りない諍いが生じもしたけれど、
その都度、全力であたっては
天聖界のみならず陽界への影響も出ぬようにと奮戦したのが
天使長率いる辣腕の戦士たちであり。
その折々に凄絶な合戦があり、はたまた悲劇も多々あり、
様々な悲喜こもごももあっての今は、
何とか平穏を保てている期間であるらしいのだが、

 “平穏、ねぇ。”

俺らの感覚じゃあ、ほんのこないだ
天聖界を揺るがすほどの、太古からの因縁軋轢、
転輪王が関わりの“黒の鳳凰”が
復活しかかった騒動もあったわけで、と。
封印をつかさどる一族の御曹司が、
だからこそ くれぐれも安易に油断めさるなとの警戒を忘れぬものか、
シニカルな言い回しでそんな想いを胸中に浮かべ、
咥え煙草の紫煙として、ふうと溜息のように吐き出して見せる。

 “それとの関わりがあるのかは知らぬが…。”

互いの次界の狭間に生じた歪みに飲まれる、
いわゆる“事故”ではないのだろう、負世界からの怪しい侵入は、
小さいものなら日頃からも たんとあり。
その傾向もこのごろでは、
直接 天聖界へ向けて攻撃して来るというのではなく、

 “陽界へ重いのをぶち込んで来やがるから始末に負えん。”

そんな傾向自体はいつから始まったか
もはや判らないほどの昔からあるにはあったが、
封印や封滅の能力が特化した物騒な存在が、
奇矯ではなく、むしろ必要とされるほど、
近年の出没ぶりははなはだしくて。

 “……こうやって紡ぐと
  結構 殺伐とした“緊急事態”なはずなんだがな。”

今の自分は、そんな兆候の著しい今、
最も影響の出やすい“特異点”扱いの
とある少年の守護として降臨中の
現在の天聖界随一の破壊力を持つ“破邪”の補佐として、
陽界への調和を乱す波長がないかへの監視とともに、
彼らへ何やかやと融通を利かせる役目も言いつかっており。

 “何でまた、男の子なのにひな祭りの宴を張るのかねぇ。”

不平の滲んだ呆れようと、解釈出来そな言いようなれど、
その口ぶりは…実はさほど不愉快そうでもない、
聖封ことサンジさん。
そんなリクエストを受けたものだからと、
じゃあ料理は任せろと、いつもの態で引き受けたその準備のため、
天聖界でしか揃えられない素材や食材の手配を済ませ、
瑞々しい芝草を踏み締めて庭を進むと
由緒正しき旧家のそれ、大きな屋敷の敷地の一角にある、
これもまたずんと立派な廐舎へ足を運ぶ。

 「おい、居るか?」

一応の扉はあるが、換気を兼ねての開け放たれたままな戸口から
踏み込みながら声をかければ。
そこはそういう呼吸になっているものか、

 「おお、若旦那。」

伸びやかで、だが、やや抑揚に癖のある声が返って来て、
余裕をもっての広々とした間隔で、
それでも柵で仕切られた個室が居並ぶ一角から、
ひょこりと顔を出したのが、
随分と長身な、愛想のいい美丈夫で。

 「なしただ?
  ドエドエフスキー・平賀Jr.なら、
  外苑散歩に出たとこだで半時は戻らんで。」

 「いや、今日は フンボルティン・マルガリータ3世…」
 「さくら3号が抜けとるよぉ、若旦那。」

やんだぁ、忘れちまっただかぁ?と、
すぐ前までへと歩み寄りつつ楽しそうに笑う青年へ、
早速にもブチィッとキレると、

 「やかましいわっ、
  犬コロ相手に いちいち そんな長くて仰々しい名前で
  呼べるか 面倒くさいっ!」

 「ぐあぁっ!」

大声での罵倒と同時、
シャープなデザインのトラウザー型パンツだったことも厭わぬ
そりゃあ鮮やかな上段蹴りが、
ずんと高いところにあった相手の顔へ見事に炸裂している切れのよさよ。
…よくも股が裂けないこった。(おいおい)

 「大体、何でまた
  あんなややこしい名前ばっか つけやがるかな。」

 「それは、お館様の命名だべ。」

憤懣やる方ないと
肩をいからせる金髪の貴公子様へ、
それは仕方ありませんぜと、
赤くなった鼻を両手で押さえつつ言いつのった、
どうやらこちらの責任者らしい彼であり、

 「それは、俺も知ってるが。」

まま、筋違いなお怒りだったかなと、
ふうと深く吐息をつき、新しいたばこへ火を点ける。

 「何でも、食材銘柄種には
  紛らわしくないようにってことから、
  桜2号だの笹の葉4号だの簡単な名前しか付けられないのが
  味気無いからってのと、
  食用じゃあないぞという区別のためもあって、
  乗用のものへも 愛玩系のそれと同じく、
  人臭い名前をつけるのが、
  此処“天巌宮”の習わしだってのは何遍も聞いたことだがよ。」

ああ、そういう理屈だったんですね、
あの天翔ける大犬様たちへの 高貴なお名前のオンパレードは。(笑)

 「何でまた、
  ジジィの代に加わった現役バリバリの奴らの名前が、
  一番ややこしいんだってぇの

 「うがぁっ!」

どう考えても八つ当たり、
もう一発ほど飛び蹴りを喰らってしまったどうやら飼育長らしき青年は、だが、
若様からのこういう扱いにも慣れているものか、
痛い痛いと転げる割に、
もうもうと不平をこぼしつつも案外すぐさま
すっくと立ち上がるタフな人でもあり。

 “…ったくよぉ。”

まま、サンジの側とても、
邪妖が相手でなし、本気で必殺の蹴りを繰り出してはいない。
ただ、

 「そんな長い名前を、
  何でまた お前が省略する分には、奴らも問題なく返事するのかな。」

先に挙げたドエドエフスキーは“ドエ坊”で、
さくら〜〜は“まる”と呼んでもちゃんと通じて手招きに応じるが、

 「そりゃあ、若旦那ど違って、オレは毎日世話してっからよぉ。」

 「その呼び方も や・め・ろ。

 「ぎゃあっ。」

何せ大型動物ばかりを収容しているところだけに、
他にも廐舎担当はいるのだが。
気性の荒い御曹司の相手は、責任者の彼が一切を引き受けておいで。
廐舎の近くに居合わせたほかの面々は、
刳り貫きの窓なぞからそおと伺い、
懲りないなぁとか、あああまた蹴られたとか、
時折 我身へ受けた衝撃のよに、
反射もよろしく びくくっと肩をすぼめつつも
結果、見守るしかないらしく。

 「だって、あの若旦那の蹴りだぜ?」
 「俺らじゃ即死もんだ。」
 「デュバル飼育長でもなきゃ無理無理。」

だそうです。(大笑)
現に、

 「あ、そうそう。若旦那ァ。」
 「こんのぉ…っ

やっぱり懲りずに のんびりした声を掛けたデュバルさん。
再び蹴りを振り出しかけた金髪痩躯の若旦那へ、

 「下界のあの坊やンとこへお行きんなさるだべか?」

 「あ…ああ、そうだが。」

日頃からもやや馴れ馴れしいが、
それでもそこは主従という間柄なのわきまえているのだろう、
こちらの出掛ける先へまでは さほど干渉しない彼が、
今日は珍しくもそんなことを訊いて来る。

 「何だ、問題あるか?」

天聖界の住人の中には、
その調和や均衡を監視している“陽界”を、
だが、どういう考え違いか、
上から見たよな扱いで語る者もいて。
別段、支配している訳でもなければ、
自分たちの補佐だって勝手にやっていることだというに、
直接の接触をしない者に限って、
蔑むような、若しくは小馬鹿にするような傾向もなくはない。
だが、

 「んだ、判ってるべ。
  陽界は世界を回す原動力みたいなとこだっていうし、
  その陽界で風が回るから、こっちの俺らもはぁ、
  実りや何やの恩恵受けとるんだってことはな。」

うんうんと感慨深く頷いて、ちゃんと理解してますと連ねれば、
窓の外に居合わせた面々もまた同じように頷いて見せる。
少なくとも四宮に仕える者らにそういう浅慮な存在は居ない。
ただ、

 「最近、妙な奴がァ声掛けてくんですよね。」

 「……妙な奴?」

細い眉をくいっと引き上げ、何だそりゃ由々しきことじゃねぇかと、
咥えたたばこの先を上下させ、話の先を促せば、

 「いえね、
  若旦那が見守ってる坊主のこと、
  そいつもようよう知ってるらしくて。」

あの、黒の鳳凰係わりの大騒動の模様は、
天使長の任務直轄の存在にしか知らされてはいなかったこと。
よって、どれほどの大事だったかまでを知っているのは、
次界管理や陽界監視という実務にあたる級の存在だけ。
四宮に仕える関係者にも、
じわじわと後から広まったという順番の出来事だったというに、

 「此処の末席の筋のお人なんか、
  障壁を自在に操れる身だけぇ、
  結界を破るのは無理でも覗き見は出来るとか言って、
  ああ、あわわっ、
  オラが言ったんじゃねぇべよ若旦那っ。」

怒りが沸いたというよりも、
そんな奴が居ただなんて只事じゃねぇぞという焦燥からだろう、
ついつい体が動いたらしい御曹司様。

 「で…っ?!」
 「はい?」

今度こそ多少は顔の造作が変わったかも知れんなと
お顔の下半分を大きな手のひらで覆い、
“おおう”と唸っておいでのデュバルに向けて。
サンジが肩を大きにいからせ問いかけたのは、

 「どこのどいつだ、その怪しい野郎はよっ!」

 「怪しい?」

何の話ですかと、キョトンとする大柄なお兄さんへ、

 「……っ

苛立ちの形相も恐ろしく、しかもしかも、
わざとらしくも爪先で地を蹴っての
“いつでも準備はいいんだぞ”というポーズを取って見せたれば、

 「わわっ、いやあのっ。」

さすがに今度は意も通じたか。
焦る気持ちに舌がもつれかかるのを必死で宥めて、
大きなわんこたちの世話を焼くお兄さんが告げたのが、







 「え? 俺のサインが欲しいって奴がいる?」

 「ああ。」

錦糸たまごの黄色とでんぶの桜色がいかにも春めきの、
それは可愛らしい五目寿司と、
タンドリーチキンに プルコギサンド。
ぶりのしゃぶしゃぶ鍋に、甘辛の絶妙な肉団子の甘酢あんかけ、
野菜も食えよと、味の染みた筑前煮に、
デザートには特製ひし形三段重ねケーキを
リクエストに応じたぞ、それ食えと供して差し上げて。
食いたい食いたいと仰せだったルフィさんと、
一緒に騒ごうというご招待を受けてたらしいチョッパーと、
可愛らしいのが二人揃って
“わあ♪”と感動に眸を丸くして喜んだのを堪能してから。

 「ウチの遠縁のそのまた外戚筋のミーハー野郎でな。
  バルトロメオさんへと書いてくれたら家宝にするとよ。」

 「何だよ、それ。なんか照れるじゃんかぁvv」

おもむろに切り出したサンジだったのへ、
何だそれと、でもでもまんざらでもなさそうに
照れ笑いする坊ちゃんだとあって。

 「………

判りやすいんだか判りにくいんだか、
そちらは…無言のままに精霊刀を召喚し、
どこの命知らずだその不埒者はという、
最大級の怒りのオーラを放った破邪さんだったのへ、
やっとのことで溜飲を下げた、聖封さんだったそうでございます。




     〜Fine〜  15.03.03.



  *いっちーさん、もとえ いちもんじさんから
   面白いネタをいただきまして。
   あの風貌で、なのに恥ずかしいからと
   人伝てにサインをもらえねか?とお願いする
   ルフィさんのファンな バルトロメオさん…。
   (ちなみに、バレンタインデーにいただきました。)
   (そんなあなた、
    ゾロさんのお怒りはもっと凄かったと思われます。)笑

   確かになぁ、
   原作でもまさかそう来るかとビックリしましたものね。
   そして、そうと判ってからはもう、
   どんな悪行も可愛いたらなくてvv(こらこら)
   一般の普通人でと持ってくのはちょっとややこしいかなと思いまして、
   こういう展開にさせて美味しく頂戴いたしました。
   いつもありがとうございますvv

   そして…しまった、サンジさんのお誕生日だったと、
   慌てたのなんの。
   どこがお祝いだというお話になっちゃいましたが、
   とりあえず、


 HAPPY BIRTHDAY! TO SANJI!


   あと、デュバルさんの名前が出て来ず、
   結局、ググッたのは此処だけの話です。
(登場人物 多過ぎ。)

ご感想はこちら*めるふぉvv

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