天上の海・掌中の星

    “秋も深まりて”


朝練があった剣道部の奴が言ってたけど、
明け方の淡い青した蒼穹に、いやに冴えた細い三日月が昇ってたそうで。
いつもの年ならまだそんなまで寒いころじゃないはずなのに、
このところは板の間で素足でいるのが冬並みにつらいって。
もちょっと少しずつ寒くなったなら、
もう少しましだったかもななんて言っていて、

 『この急な寒いのは、
  夏のとんでもだった暑いのと同じでただの自然現象なのか?』

 『そうだと思うぜ?』

ルフィが何を言いたいのか、何を思いついたのか、
さすがに付き合いの長さからあっさり拾えたらしいゾロが、
特に不審がりもせず泰然と応じてやり、

 『このご近所だけとかならともかく、
  こうまで広範囲なんていう大掛かりなことを
  こっちの世界でやってのけられる妖異がいたとしたらば、
  まずは天世界が大騒ぎになっとるだろうからな。』

下手したらお前、いつぞやの玄鳳レベルだぞ、
何か誰かの意図じゃないにしても、
向こうの気候が狂ったとか言うなら やっぱり大騒ぎになっとるはずだと。
それを冷静に断じるのも、彼の立場上どうかという言いようをし、
きちんと正座した広いお膝の上で広げていたフェイスタオルを、
やはりきちんと折りたたみ続けていたの、
ふと思い出したルフィさんで。

 “だよなぁ。でも、だとすれば…。”

サンジがいつも言ってたよなぁ。
本来は住まう世界の組成とかいうのが違うから、
能力なり精気なりが大きいとか強いとかじゃないと、
自分から進んで紛れ込んだんでもない限り、
酸素ボンベなしで深海へ放り込まれたように苦しくて、
そのままでは到底生きていられないとかで。
苦し紛れに暴れて、こちらの世界を切り裂きかねないので、
ゾロやサンジが取り急ぎという格好で収拾に駆り出されるのだと。

 “じゃあ、あれって苦し紛れに暴れて…いるのかなぁ?”

学校帰りののんびりとしていた足取りが止まったほどの気配を拾い、
ひょいと覗いた店と店との間の隙間。
縁の欠けた丼にナメクジの尻尾がくっついたみたいな、
いびつなドロドロの何物か。
形が定まらない存在なのに、地面から浮かんで宙を飛んでいて、
青白い光を飲み込んで、グググって大きさを増しており。

 「…馬鹿者。あれは例外だ例外。」
 「あ、サンジ。」
 「食われたんだよ、あっちの奴が。」

向こうから紛れ込んだ存在があまりに小さい場合、
こっちの世界に元からいる妖異が精気を餌にする場合があるそうで。
異質な成分を取り込む格好になるので、
異常に力をつけてしまうこともあるのだとか。

 「そのままを持ちこたえられないケースが大半だが、
  いっときのことだのに、気が大きくなって
  小物が暴れる運びになりかねない、っていうパターンがあってだな。」

 「暢気に説明しとらんで、とっとと畳むぞ。」

夏に比べてずんと早くやって来た宵が
真っ先に明るみを奪ってしまおうとしていた路地の入口、
サンジとルフィが言葉を交わしていたそのすぐ傍らを、
一体どうやってと思うほどの素早さですり抜けた声があり。

 「あ、てめぇ。」

頼もしい広い背中が、傍の店屋の3階建ての壁へと切れ込む陰に吸い込まれ、
だが、その寸前で抜き放たれた太刀の刃が反射して、
彼の輪郭を浮かび上がらせる。
それを追うようにしてサンジが駆け出し、

 「結界が張ってあるから、そこを動くな。」

自分も立ってた位置を指差してルフィに言い聞かせ、
スーツの裾を翻すようにして慌てて相棒の後を追う金髪痩躯の聖封。
待てよ、結界が張ってあるとはいえ…、
ところどころは聞こえなかったけれど、
いつものように喧嘩腰に段取りの打ち合わせ。
頼もしい二人が何やら口論まがいに言い合ってから、ふと。
揃ってこっちを振り向いて来て。

 「いいか、ルフィ。そっから…。」
 「そこで待ってろ。
  でないと、夕飯の唐揚げ、
  総菜屋で出来合いのを買って済ますぞ。」

距離があったのに、
いやに通りのいい声で、そんな風にダメ押しされては、

 「うんっ。ちゃんと待ってるぞ。」

まさかに “いい子で”はくっつけなかったけど、
ピンと背条を伸ばしてのお返事を返すと、おしっという声が応じて。
チロッと振り返りかけたらしく、頬の線が一瞬うかがえたけど、
結局はそのまま駆け出す大きな背中だったりし。

 “う〜〜。”

衣替えは済んでたけれど、
昼間ならともかく、じっとしてるとそろそろ足元が寒くなる。
そんな夕暮れの一角で、
誰にも気づかれないまま大暴れが始まる、とある路地裏。

 “唐揚げは揚げたてが美味いんだ。
  そのっくらいは俺だって判るぞ。”

ごはんで釣られたのは癪だけど、
待ってろというなら待っててやると、殊更に足元踏ん張って。
二人がちゃんと戻ってくるための、
何か目印みたいに立ち尽くす、ルフィだったのでありました。



  〜Fine〜  15.10.09.


 *いやもう、なんか急な秋の到来で。
  いつもだったら
  いつまでも暑いね、
  半袖が仕舞えないねという頃合いのはずですのにね。
  急な秋めきに引っ張られ、
  茜色の滲んだ陽射しのせいもあってか、
  何でも物寂しく見えたり聞こえたりするから困ったもんです。
  もちょっとお元気な話になるはずだったのになぁ…。

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