天上の海・掌中の星

    “スイーツはいかが?”


今年は結構、いやいや随分と本格的に降った梅雨となったようで。
九州の方では洒落にならないくらい連日の豪雨だったし、
まだ七月という早い目に来た台風も、
それはそれは丁寧に、
いっそ慇懃なくらい ゆぅっくりと訪のうてくださったものだから、

 「関西の方じゃあ、
  夏休みが前倒しになった学校も多いんだって。」

 「前倒し?」

こちらさんは正規の通り、先週の金曜に終業式があったルフィさんが、
世間様は三連休だそうだが なんのこっちはもう夏休みだもんネと、
朝のワイドショーのMCのおねいさんへ
液晶画面越しに余裕の笑みを示してから、
でもなあなんて思い出したらしいのが“それ”で。

 「丁度金曜に上陸しそうって言われてたもんだから、
  どっちか当日まではっきりしないってのもややこしいってんで、
  先に木曜に通知表を渡した学校とか、
  もうもういっそのことって、
  終業式もやっちゃったってとこもあったらしくてさ。」

でも、それだと休みになったといっても外へは出られなかったんじゃねぇのか?
まぁな、メル友のモーさんとこは、
ご町内の集会場を避難所にしたとかでそこの片づけに駆り出されたらしくて、
停電になるかもって見越して
早めに握り飯とか用意したりって、てんてこ舞いしたって言ってた、と。
ダイニングのテーブルまで持って来ていたスマホで
それらを連ねたメールを見やったルフィさんだが、
そんな話をする彼だとて、
夏休みだってのに朝早くから起き出したその上、
しっかと制服も着込んでと、身支度も済ませており。
こちらではいいお天気、朝のピッカピカの陽射しが拭う
掃き出し窓の縁もきらきらときれいなのを、
負けないほどのご機嫌な笑顔で眺めやっており。

「今年は近畿か。」
「うん。柔道は奈良の天理だ♪」

という会話から、
勘のいいお人ならすぐさまお気づきだろう、
あれのせいです、はい。(こらこら)
今年は近畿地方で開催されるインターハイ、
毎年恒例の高校総体の東京都代表の座をもぎ取ったこちらの坊ちゃん。
来週にも現地へ出発とあって、
既に夏休みではあるが、割とご近所で催されている合同合宿とやらへ
くるんと丸めた柔道着と同じくらいかもという
大きなお弁当抱えて毎日元気に通っておいで。
勿論、そのお弁当というのは
こちらの緑頭の破邪様謹製という
ご利益ありまくりだろう逸品であり。
今日は何かな、なあなあ昨夜のきんぴらは入ってるか?
アスパラとチーズのベーコン巻きは?なんて訊きながら、
小学生みたいなはしゃぎようで大きな背中に貼りついて
タッパウェアに詰められてるのを何とか覗こうとしていたりしたのだが、(笑)

「ところで、グル眉の居所を知らねぇか、ルフィ?」
「へ?」

どこで買ったか、もしかしてそれも自分で縫ったのか、
結構な大きさのキルティングの巾着袋へ
バンダナでくるんだ大弁当をすべり込ませたお兄さん。
わぁいわぁいvvと幸せそうに両手を差し出す坊ちゃんへ、
さすがに苦笑を滲ませつつも“ほいよ”と手渡したそのあとへ、

「俺にはどうでもいいことなんだが、
 チョッパーが捜しているらしくてな。」

本当にどうでもいいらしい端とした口調、
何でもないこととして訊いたゾロだったらしかったのだが、

 「〜〜〜♪」
 「…口笛のつもりなら、吹けてねぇぞ。」

名前を出さずとも誰のことだか判ったらしいのは
今更だからともかくとして。
そんなの俺は知らないもんとでも言いたいか、
視線をあらぬ方へと逸らしつつ、
表情豊かで食いしん坊な口許を不器用に尖らせ、
もしかして得意ではないらしい口笛なぞ吹いて
誤魔化したいらしいルフィなのが、あまりにありありしていたものだから。

 “訊いといた方がいいのかね、ここは。”

せっかく頑張って何でもない振りしている坊ちゃん、
その奮闘を買ってやるべきか、
いやいや甘やかしてはいかんと突っ込んでやるべきか、
そうとワンクッション置いて思案している辺りが既に、
重々甘やかしてないかと場外から問いたくなる、
今日の破邪様だったりするのであった。






     ◇◇




見渡すそこここへ様々な観葉植物が配されてあるのが、
ちょっとした植物園かと思わせるよな、
それは広々としたアトリウム風のフロアは、
プライヴェートな空間なのか、
空耳のように聞こえるレベルへ抑えられたBGMが心地よく。
ここと同様にガラス張り、明るく洗練された空間だのに、
どこか荘厳でまずは来客を威圧する、
大理石のエントランスホールとは、
明らかに温度差や肌合いの違いを感じさせる。


瑞々しくも強靭な健やかさに満ちた、
南方の植物たちが織りなす清廉な緑の空気の中、
ともすれば生気負けして飲まれてしまいそうな同系色、
ターコイスグリーンの
シックなスーツをまとった、それはそれは麗しき佳人が、
やや重たげなブロンズグラスの天板を猫脚が支える、
丸みのあるテーブルについている。
しゃれたデザインのテーブルに見合った、
やはり猫脚が優美な小さめの椅子に腰かけておいでで、
結構な長身に見合う伸びやかな四肢を
それでも無理なくゆったりと寛がせ手いらっしゃり。
充実した胸元と悩ましい腰つきを、
だが殊更に艶冶な風貌とは見せないのは、
漆黒の豊かな髪が、
絖絹を思わせるきめの整った肌の白さを際立たせ。
精緻に整った美貌に滲む知的な冴えが、
意味深な美笑さえ、高貴で凛々しい印象を見せるから。
類稀なる美貌と姿態、それからそれから、
それらを鎧や武器とせずとも、
破格の辣腕と的確な英断もて、
世界市場にてめきめきと台頭中にして
活気あふるる巨大商社“アマゾンリリィ”をほぼ彼女一代で育てたという、
天賦の才覚をお持ちの最高CEO、ボア・ハンコック嬢の御前へ、
品のある白磁のデザートプレートを
“どうぞ”となめらかな所作で供した彼こそは、
天界の貴公子にして、
お付きの小さな魔獣であるチョッパーちゃんが、
“どこ行ったんだよぉ”と行方を捜しているらしい
天巌宮の跡取り、聖封一族のサンジさんだったりし。
こちらもまた、
世界経済の中枢を担うとさえ言われておいでの
特別級の要人たる女史だけに。
さぞかし厳重なセキュリティも取り巻いておろうから、
そうそう簡単には近寄れないはずではあるが、

 『…あら?』

それはお忙しいハンコック様の傍付き、
一見十代の少女という見目も初々しい
初夏向きの白基調のワンピース姿だったマーガレットさんが、
本社ビルの最上階という特別な執務室の中、
ふと視野の中に見つけたという意外な出現をした彼で。
とはいえ、

 『驚いてほしいのか?』

わざわざ訊いた女帝だったことといい、
同様に特に驚きもせず、
ただただほこほこ笑っているマーガレットだったことといい、
金髪痩躯の彼の正体が既に判っておいでなればこそ、
時短を優先した対応をとったのだろう、
素晴らしき冷静さで対してくださったところがやはりお流石で。
以前にちょっとしたご縁があって出会った双方だが、
片やは人並み外れた霊感の持ち主なればこそ、
天界の存在という彼の特殊な気配を察知出来たのでもあり。
そんなお人であればこそ、
神出鬼没なのも道理だろうなんていう理解も手っ取り早く出来るらしい。
そんなこんなからだろう、手短な言い回しをする麗しの女傑様へ、
こちらも、勘はいい方だし、どっかの武骨な誰かさんよりは要領もいいサンジとしては、

 『いやなに、麗しいご尊顔を拝したくなったのと、
  ルフィからのお届け物がありましてね。』

無駄な時間を使わせないのが一番お礼儀だくらいは心得ていて、
用件とそれから、これが一番重要なポイントを口にする。
こちらも夏向きの淡い色合いのジャケットでシャープに決めていたものの、
そんなおめかしなんてやっぱり眼中にはなかったらしい女帝様が、
それを埋めて余りあるほどいい反応、
潤みも強く、黒曜石のような深みある双眸を
そこいらのヲトメのようにきらきらと輝かせつつ見張ってしまったのは、

 『ル、ルフィからじゃと?////////』

取り入ろうとしても無駄だとかどうとか、
まずは疑い、あっさり跳ね飛ばす…ことさえ思いつけないほどと来たから、

 “う〜ん、何かうらやましいぞ、あの野郎。”

まあまあサンジさんも、今更なことへ感じ入ってないで。(苦笑)

 『あのなあのな、
  ばあちゃんに何か美味くて栄養のあるもの作ってやってほしいんだ。』

夏休みに入り。例のインターハイとやらへも出るらしいと聞いて、
それじゃあ、何か精のつくものでも差し入れてやろうかいと訪ねたところ、
そういう話を持ち出すより先、
坊やの方から、しかも辺りをきょろきょろと伺ってからという
いかにも照れくささ満開の様子で耳打ちされて。

 『…ばあちゃんて、まさかあの、お美しいハンコック様か?』

いい加減その呼び方はやめんかいと、
ついつい瞬殺の蹴りを繰り出しかかったシェフ殿だったのへと先んじて、

 『エースが言ってたんだけど、
  相変わらず忙しいらしくてさ。
  でも、ここんとこどこでも暑い暑いってニュースで言ってるし、
  ずんと疲れてるんじゃないかなって思ってさ。』

つまりは、ルフィなりの“夏の元気なご挨拶”を、
女子ならまずは嬉しかろう、美味しいものという形で届けてほしいと

 『頼まれたのか?』
 『頼まれましたvv』

威容も艶やかな女帝様が、なれどあの坊やにだけは骨抜きなのは
サンジも重々承知だが、

 “まあ俺の方も結構ほだされてるよなぁ。”

この絶世の美女に逢えるのならばと引き受けたのだ…とはいえ、
スィーツの差し入れくらい、
そんな成行きまでわざわざ告げずともこなせたはずなのにな。
されど、ちゃんと伝えてやる方が、
ルフィは勿論、こちらの美魔女様にとっても
この上ない嬉しいおまけとなろうから、
隠しもしないで明らかにしての、さて、
真珠のように深みのある肌合いをした磁器の皿へと盛ったのは、
扇型にカットしたシンプルなムースケーキで。
とろみのついたオレンジ色のソースがかかっているのは、
マンゴーかと思いきや、

 「杏、アプリコットだの。」

一般家庭にあるような、玩具のようなそれでなく、
長いめで存在感のあるデザートフォークにとった一口、
それは品よく召した女帝様が、まずはと感想を口にする。
わざとらしく唇を舐めたりはしないが、
おっと意外そうに目を見張ったそのまま妖冶にたわめられたのが、
何とも意味深で艶っぽい。

 「甘さも酸味もちょうどいい絶妙さが心憎いな。
  それと、
  底に敷かれてあったスフレの柔らかさがまた
  意外なのと後を引いて美味い。」

 「恐れ入ります。」

素直な感想へ、こちらも素直に会釈を見せて、
内心ではやに下がりっぱなしの相好を
何とか頑張ってクールに保っていたサンジであり。

 “あああ、ナミさんとはまた別の、美しさだもんなぁvv”

おそらくは自分でも判っているはず、
生命の象徴でもある真紅を鮮やかに制して着こなせるような、
躍動的な華麗さと、なのに富貴で静謐な気品も持ち合わす、
とびっきりの美女であり。
そのうえ、一国の奪い合いにさえ勝利しそうな
奥深い知性や経験、人脈をも兼ね備えるというから、
天界の存在である自分が参ってしまってもこれはしょうがないというものさなんて、
誰へなんだか、こっそり言い訳をしておれば、

「もしかして、特別な果実を使ってはおらぬか?」

おおう気が付いたかなんて勘のいいと、
かすかな驚きこめて上げた顔の間近へ、
いつの間に近寄ったものなやら、マーガレットが細身の短刀を抜き身にし、
その刃を触れさせんとしていたからますますと驚いたものの、

「…!」
「よい、怪しいものという意味ではない。
 引くのじゃ、マーガレット。」

日頃のふんわり朗らかな笑顔があっという間に消えていたものが、
主人の声に はいと頷き元へ戻った呼吸も素晴らしく。
そうだった、このお嬢さんは
伊達にたった一人で女帝の一番間際についているんじゃあないのだと、
あらためて思い知らされたのはともかくとして。

 「天界の杏を使っておりますよ。
  よほどに舌が肥えていなければ風味も違わぬ、
  栄養素的にも地上のものと特に違いはありませんが。」

そこでいったん言葉を区切り、
やや肉薄な口許を弧にたわめると、

「霊感の強い存在には、
 地上ではそうそう補充のしようがないところを
 補填できる効果もありやと。」

「成程の。」

常の力量がそのせいとは言わないが、
それでも勘のいいのや胆力の強いところは精神力の支えもあろう。
ルフィがそこまで言ったわけではなかろうけれど、

「きっとあの子は、
 自分も美味しいものを供されておるからとお主を指名したのだろうな。」

スイーツの甘さへの満足もあろうが、
それを寄越した存在への陶酔だろう、麗しい双眸を甘やかに細めて、
ほおと深い吐息をついた彼女であり。

「昔から思いやりのある子で、しかも妙に人の気持ちを惹きつける。」

そんな風に語り始めるのは、何か思い出したからか。

「男に可愛いは褒め言葉ではないとそっぽを向きつつ、
 だがな、すまぬと謝ると
 ばあちゃんだけは許すけどなんて付け足しての。////////」

手入れの行き届いた白い手で頬を挟んで“きゃ〜ん”と身もだえする辺りは、
日頃の冷ややかな微笑が想像できないくらいに愛らしく。
そのまま、回想は続いて

「おやつにと食しておった饅頭がよほどに美味かったのか、
 大きく目を張って、
 これ美味いぞ、ばあちゃんも食ってみろと差し出しての。」

ああもう、なんて可愛らしかったことかと、
はぁ〜〜んと甘い甘い声を紡ぐ辺りが、
どれほどのルフィフリークかも忍ばれる。

「あの食いしん坊が、
 しかも自分で食し、美味いと判ったうえで人へ差し出したのだぞ?」

まだまだ就学前の小さな坊やが、
そんな心遣いをするなんてと。
自分がかじったものを差し出した不調法さえ、
こちらの女帝には特別な慈悲にも思えるらしく

 “羨ましいと思うべきか、
  それともこれからもよろしく出しになってくださいとあの坊主を掻い込むか。”

そんなよからぬことをこそりと思ったのが、
人ならぬ金髪のシェフ殿なら、

 “あらまあ、これはもう今日のお務めは無理かもしれないわねvv”

しょうがないわねぇと内心で苦笑してしまったのが、
マーガレット嬢だったりした、
とある初夏の一コマでございます。




  〜Fine〜  15.07.25.


 *随分と間が空いてしまいましたね。
  久々のお話がややこしい設定のものですいません。(笑)
  時々ハンコック様の可愛らしいところを書きたくなる困った病が出ました。
  暑気払いになりましたら、幸いですvv

ご感想はこちら*めるふぉvv

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