天上の海・掌中の星

    “夏の終わりのひとこまに”


この辺りはどっちかというとニュータウン、新興住宅地にあたるそうだが、
それでも昭和の内に拓けた土地だからか、
地域の中には土地神を祀った神社がちゃんとあるし、
檀家さんも一応は持ってるお寺もある。
辻々にはお稲荷さんならぬお地蔵さんの社みたいのもあるらしく。
今でもなかなかに仲のいい町内会では、
年始めの初詣や豆まき、春先の稚児祭りから秋の豊穣鎮守の祭り、
七五三参りに年の暮れには除夜の鐘までと、
様々に寺社仏閣の祭事があるのへ沿うた行事が数ある中、
夏の終わりにもう一つ、子供たちには大人気の催事があって。

 「あ、あそこでも貰えるぞ。」
 「ホントだvv」

お母さんから借りたそれか、
随分と大きなトートバッグを肩にかけ。
色や柄こそ違えど、
キャラ物がプリントされたTシャツに半ズボンという態がお揃いの、
男の子と、その妹だろう女の子とが、辻の入り口からこっちへと駆けてくる。
思わぬところにお稲荷さんというのはよくあるが、
この住宅地は西から来た住人が多かったものか、
辻々の祠にはどちらかというと地蔵が祀られてあって、

 『きっと、子供好きが多かったんだよ』

町内会のおじさんがそんな風に言って笑っていたのを思い出しつつ、

 「よお、他もいっぱい回ったか?」

足元に置かれた段ボール箱から、
ビニール袋に小分けにされてある菓子の詰め合わせ、
一人に1つずつ、ちゃんと手渡ししてやれば。
親から言われていたものか、
ちゃんとお地蔵さんへ手を合わせて南無南無と拝んでから、

 「ルフィ兄ちゃん、ありがとーvv」
 「ありがとーvv」

いいお声でのお礼つき、
兄と妹が嬉しそうに袋を受け取る。

 「そろそろ陽も落ちるからな。
  まだのとこがあるなら早く回ってさっさと帰るんだぞ?」

まだまだ陽は長い方だとはいえ、
盆が過ぎて1週間も経つと
やはりそこは何かと秋の気配もしてくるというもので。
宵間近になれば涼しい風も吹くし、草むらから虫の声も聞こえる、
秋の気配のあれこれを拾えもして。

 「…にしても、こんな祭りもあるんだなぁ。」

小さな祠の陰に座り込み、
退屈しのぎか紙巻きたばこをくゆらせていたジャケット姿のお兄さんが、
結構長居をしているが、参加したのは初めてじゃね?と痛げな言い回しをすれば。
坊ちゃんのほうでもそのくらいは嗅ぎ取れたか、
それにしては当てこすりだのなんだのという悪意は拾わぬまま、
“言い当てられたか”という程度の把握、
にししと笑い、鼻の頭を伸ばした指の腹でこすって見せて、

 「だってよ、このくらいっていうと、
  いつもなら俺の方は宿題の追い込みに忙しいから、ゾロに出てもらってて。」
 「あんの苦虫食いがこんな係をやっとったのか?」

精悍といや聞こえはいいが、三白眼の強面な顔つきをした大男。
それが“ほれ”とお菓子を差し出しても、子供には怖かったんじゃね?と
今度は呆れたサンジだったのへ、

 「それがそうでもなかったらしくてよ。」

ルフィが育ったような朗らかなご町内だからか、
子供たちも馴染むのは早かったらしく。
遊ぼう遊ぼうと懐かれた年もあったらしい。

 「…お。」

ふと。
何かへ気づいたような声を出したルフィが、そのまま微笑い、
足元の箱から新しい袋を摘み上げる。
それを手に、もう一方の腕を伸ばして“来い来い来い”と呼び招く仕草をした先では、
そろそろ黄昏色になった陽に照らされた辻の入り口に身を寄せて、こちらを伺っている小さな人影があり、

 ≪…。////////≫

微妙に躊躇しているような態度のまま、しばらくほど動かずにいたけれど、
ルフィが根気よく手招きを続けるものだから、
今度は含羞みながら、やっと足を踏み出してこちらへと近づいてくる模様。

 「ほら。お前のだぞ。」

お地蔵さんに手を合わせてからなと付け足せば、頷いて小さな手を合わせ、拝んで見せる。
それからほれと手渡すと、菓子の袋は二重にぶれて、
やや半透明となったほうが坊やの手へとちゃんとわたって。

 「もちょっとしたら、このポッキーが新しいのになったんだって。」
 ≪…?≫

そうなの?と小首を傾げる小さな男の子。
小学校に上がったばかりくらいだろうか、
着ている服は春向けか秋向けか長袖で、
だが、暑い暑いと難儀に感じている様子ではなく。

 「盆にこっちへ帰って来たんだな。
  でも、そろそろあっちへ戻らねぇとな。」

ルフィの掛けるそんな声へ、
ちょっとばかり俯いたものの、

 「お釈迦様は叱らねぇだろうし、
  何ならお地蔵さまについてって貰やいい。」

大丈夫だよとにこやかに笑った彼なのへ、
うんと小さくうなずいたのはなかなか素直。

 “…何だったら、金髪の猫侍を呼ぶってものありだしな。”

猫侍ってドラマがあるそうですね。
たまたまググったらヒットして、ちょっと笑ってしまいました。
…じゃあなくて。(すんません)
どうやらルフィやサンジにしか見えないらしい存在の小さな坊や。
そして、こういう陽界生まれな存在の思念とか怨念とかは、
自分たちの管轄ではないものの、

 “不安定な生気なの、
  アテにして寄って来るとか招かれる存在があるのが問題なんだよな。”

無邪気に接して、おしゃべりしているお子様二人は、
ルフィの側にそれなりの心得があるのでまま問題はないが、

 「…っ!」

すっくと立ち上がったサンジが、辻道の奥まったほう、
そちらは栃の木が生い茂るままになっていて、あまり手入れの入らぬ道なのへと足を向ければ、

 「サンジ?」

ルフィがどうかしたかと問うような声を出したものの、

 「何でもねぇよ。そっちの坊主は任せた。」

振り向きもしないで言い置いた彼の傍ら。
いやさ、少しほど先になろう奥向きへ、すうっとあらわれた新たな人影があり。

 ≪ え?≫

不意のこと、しかも人には出来なかろう出現へ、
選りにも選って 傍らにいた坊やがひくりと肩を震わせたものの、

 「でーじょぶだよ。別に鬼とか魔物じゃねぇから。」

にぱーっと笑ったルフィが男の子の肩辺りをぽんぽんとどやしつけ。

 「あの二人はどっちも、俺の友達だから。」

俺を信用できたのと同じだ、頼りにしなよと
なかなかに豪気なことを言ってやり、
自分のおやつだったのだろう、紙カップに入ったポテトのスナック菓子を
ひょいと目の前まで差し出して“まあ食え”なんて勧めている一方で、

 「何だなんだ、またお前が取り逃がしたクチかよ、あれ。」

無精ひげの目立つ細い顎で指示した先には、彼らにしか見えない陰界からの招かれざる存在の精気。
それを指しての辛辣な言いようをサンジが差し向けた相手、
こちらは随分と着慣らした感のあるTシャツにジーンズというラフないでたちの
筋骨も雄々しき天聖界の最強剣士こと“破邪”殿はといや、
つかつかと鋭い歩みを止めもせず、対象へ向かって突き進んでいるところ。

 「そういうんじゃねぇのは てめぇにも判ってるんだろうがよ。」

宵までかかるかもしれないというルフィのお当番、
陽が落ちればそれだけ、生気の歪みも生じやすくなり、
怪しい存在が紛れ込みやすいのでと。
サンジはすぐそば、それを包括する外回りの別の区域をと、
担当して見守っていたゾロであり。
ルフィ自身もあやかしの“的”にはなりやすく、
次界の歪みや障壁越えという厄介な現象が起きる時間帯の外出は
殊更に警戒してしまうのも已む無きことで。

 「…来るぞ。」

冗談口めいた言いようを投げていたサンジも、さすがに眉をひそめたほどに、
結構な馬力の精気が、栃の葉陰からその輪郭を見せつつあって。

 「…。」

中空から呼び出した精霊刀を
拳の根元に節の立った頼もしい手で引き抜くと、
そのまま糸巻きを施された柄をじゃきりと掴み締め。
腰を落として身構えたもののふ様の周囲、
誰も通りすがらぬようにと結界を張ったサンジが見上げた浅青の空には、
そろそろ黄昏が滲み始めようという気配、
茜の紅がうっすらと広がり始めていたのだった。





  〜Fine〜  15.09.06.


 *地蔵盆(じぞうぼん)は、地蔵菩薩の縁日で、
  厳密には毎月24日であるが、
  一般的には、その中で特にお盆にも近い
  旧暦7月24日のものをいう。(今の暦だと8月の23日24日辺り)
  ただし、寺院に祀られている地蔵ではなく、
  道祖神信仰と結びついた「路傍や街角のお地蔵さん」
  いわゆる「辻地蔵」が対象となっている。

  以上、ウィキ先生からの引用です。

  今時は子供の数も減ったし新興住宅地にはお地蔵さんがないしで、
  こういう行事を知らない大人も増えつつあるようで。
  (あと、近畿地方中心の行事でもあるそうですし。)
  もーりんは田舎に住んでたし、何より立派なおばさんなので、
  夏休みの終わりに、大きな袋持参であちこちの辻々まで出かけては、
  地蔵さんの傍らで待ってたおじさんおばさんから
  お菓子をもらって回ったのを懐かしく思い出します。
  でも、お数珠回しはしなかったなぁ。
  ハロウィンの引き合いに出されることで、
  最近また聞く機会が増えつつありますが、
  子供が主役なお祭りも減りつつあるといいますし、
  なんだか寂しいことですねぇ。

ご感想はこちら*めるふぉvv

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