天上の海・掌中の星

   “寒夜の隅にて”



きんと冴えた夜気が垂れ込める。
夜陰は深みのある漆黒で満たされており、
ビロウドみたいな
つるんとした感触だったのは
秋の終わりまで。
寒中 真っ只中の今はといえば、
氷が なのに
水っ気の多いゼリーみたいになっていて、
踏み出した総身へ
つま先から鼻先から耳から頬からと、
あちこちから一気に染みてくるよな
容赦のなさで。

 「うう〜〜〜っ。」

姿勢が良すぎて、
なのにおチビなんだから救えんななんて、
人の頭を
大っきな手のひらでぽんぽんしながら、
そんな憎まれを言うゾロの声を
ふと思い出したけど。
今は首から肩から背中から、
寒さに押され負けして
がっちがちに固まってて。
もしかせずとも、
猫背になってるかも知れんほどな
ルフィであり。
機能性何とかっていう温熱下着も着ているし、
アルミ素材を挟み込んでますっていう
二重の靴下も履いてる。
ライトダウンのジャケットの上へ、
学校から修学旅行を兼ねてで行った、
スキー教室の時に揃えたスキーウェアの
もこもこジャケットコートも
羽織っているのに。
手套だってスキー用のだし、
襟元へはエースにもらった
気に入りのマフラーしっかり巻いてるし、
イアーマフだって忘れてないのに。

 “なのに、何でこうも寒いかなぁ。”

どっちかといや暑いほうが苦手で、
雪が降ったら大はしゃぎする性分だし、
出足は寒くとも、歩き出せば、
何なら駆け出せば、
すぐにも体が温まるほうなのに。
うっかり、
レポートに貼りつける
資料のコピーを取り忘れてて。
ウチのプリンターは複合機じゃないし、
電話についてる
ファックスのコピー機能は感熱紙仕様だしで、

 『? それだと どう不味いんだ?』

 『縮小とかいうのが
  出来んのだろうさ、クソあほ。』

 『ああもう。
  こんくらいのことで
  揉めんな、殺気立つな。』

いいガタイをしたお兄さん二人が、
切れ長の目許を
同じくらい三白眼にした上で
斜めに眇めてしまい、
おでこ同士を摩擦熱が出そうなくらい
ぐるぐる押し付け合って
睨み合い始めるもんだから。
オレはもはや気にしないが
チョッパーが涙目になってしまい、
しょうがねぇなあと
駅前のコンビニまで出掛ける羽目になって。

 『いいか、俺らが帰って来るまでに、
  温ったかい夜食、用意しとけよ?』

 『何で大威張りなんだ。』
 『判ったから、もう1枚羽織ってけ。』

羽織るのはもう無理だと上目遣いで訴えると、
ヘッドフォン型のイアーマフ、
ほれと耳へかぶせてくれたゾロだったんだが、

 「…るふぃぃ〜。」
 「うん。こりゃ、何か居るな。」

夜中と言ってもまだ10時くらいかな。
電車が着くたび、
帰る人の波が駅から吐き出されては、
少なくとも何人かは、
同じ方向をたどる人影が
まだある時間帯のはず。
そういう人の目に留まらないよう、
商店街の並びの端っこで待ってた
チョッパーが、
何かを感じたか怯えたように飛び出して来て、
今にも襲われそうなの
振り払うよな勢いのまま、
小さい蹄でこっちへとしがみつく。
日曜だから人も少ないってか?
じゃあじゃあ、来るときは聞こえた、
どっかの家からのだろ
テレビの笑い声とかCMの音楽とか、
全然の全く聞こえないのは、
どういう結界に踏み込んだからだろな。

 「一応、
  ゾロが魔よけの封印みたいなの、
  張ってくれてるはずなんだが。」

大きい手でイアーマフをつけてくれた所作に、
ふわんて暖かい何かもくっついてたから。
髪とかおでことかへ触れた指先、
そこから自分の気配の欠片を
おまじないみたいに分けてくれてて。
ちょっとくらいの妖異では、
恐れをなして近づきもしないはずなのだが、

 “この寒いのも、
  そいつが振りまいてる気配とかなんかな。”

商店街と住宅街とを結ぶカッコの中通りは、
等間隔に灯る街灯が見えるのに、
何故だか妙に暗すぎて、
片側に広がる駐車場が暗幕を張ってあるよに見えたほど。
視野が無理から狭められているらしく、
慣れのある自分でなかったなら、
そこって すこんと開けた空間のはずだのにという不審さえ感じなかったかも知れぬ。
そんな注意力が働かなくなるほどに、
取り込んだ存在から気勢を吸い取り、
じわじわと抗う意志さえ押さえ込まんとする、
精神への攻撃だとか言ってたよな。
けど、

 “そこまでの力を発揮出来る奴なんて、
  そうそうこっちの世界に居られるもんかなぁ。”

ゾロやサンジが封滅する対象は
基本、よその次界から迷い込んだ“はぐれもの”で。
そうそう簡単に行き来出来ないのは、
互いの世界を満たしている大気や素養が
ともすりゃ劇薬ばりに合わない代物であるからで。
異世界からの何かの侵入を、
そこでまず拒んで弾くことで、
別々の次元が交じり合うのを
防がれているのだとも言え。
なので、ひょんな拍子に不運にも紛れ込んでしまった存在は、
その身を保つことさえ適わず、
侵食される激痛に狂ったようになり大暴れをするがため、
問答無用で力技にて追い返すか、
それが間に合わねば、
可哀想だが封滅…と運ぶのだが。

 “稀に、
  こっちの世界で波長が合う何かを吸収しちまって、
  適応出来るよになる奴もいるって…。”

その“何か”というのは、
例えば こちらの世界に淀んでいた、
深い妬みや恨みという怨嗟なんてな代物だったりし。
そういう負の生気を、
どうかすると抱えてた存在ごと食らって寄り代にするとかどうとか…

 「……っていうややこしい奴が
  相手だってんなら、
  俺にだって“不思議楯”っていう最終兵器があんだから。」

 「な、なななな、何の話だよ、るふぃい〜〜。」

毛皮をまとっていても寒いのか、
それとも得体の知れない存在の気配をそれとなく察知していて怯えているからか。
びくびく震えていた直立トナカイのチョッパー、
そのままルフィの身を駆け登りそうな勢いでぎゅぎゅうとしがみついていて。
そんなお連れからの頼られ具合に、
ついつい冒険心を刺激されてしまったか。

 ぎゅっきゅ、と

合皮製のスキーウェアの肩や腕の付け根あたりを鳴らしつつ。
やや縮めていた腕を目の前に広がる夜陰へ腕を延べると、
手のひらを広げて、片やの手を添え、
すうと深い息を一つつくと

  「出ろ出ろ、不思議楯っ、今すぐ……」

  「それは引っ込めときな。」

横から伸びて来た大きな手が坊やの顔をぱふんと覆い、
ルフィが彼から貰った聖護仙翼の楯もどき、
念じて出現させんとしていたの、
一瞬で引っ込めさせてしまった彼こそは、

 「ゾロっ。」

よっしゃ見てなとの意気盛ん、
謎のウエポンを発動しかかったくらいだから、
怖くて怯えていた訳ではなかったが。
それはもしかすると、
一緒にいたチョッパーが、
周囲の暗闇に潜む得体の知れない気配に何か察して怯えたの、
自分が盾になって守ってやろうと奮起したからで。
頼もしい存在の登場に、
胸のどこかが安堵という温みを得、
それがゆるやかに、だが力強くも広がって、
気持ちのうちの強ばりや緊張感を奮い飛ばしたのもまた事実。
そんな風に胸を撫で下ろしていたルフィなの、
視線は前へと向けたまま、
胸元を軽く押し戻す格好で自分の向背へと追いやったゾロであり。
大柄な彼が羽織っても膝下まである、
ざっくりした型のアーミージャケットが、
不意な風を受けてその裾を大きくひるがえしたが、

 「此処はややこしい結界の中で、
  お前らを取り込むと収縮し始めてな。」

その先っぽが危うく当たりかかったルフィを
さらにぐいと後方へと引いたのが、
そちらさんは小じゃれたデザインの
スリムなコートを羽織った聖封さんで。

 「さんじぃ〜〜〜〜っ。」

怖かったとは意地でも言えぬか、
微妙に歯を食いしばり、
でもでも、わぁんと懐ろへ
飛び込んでいては意味がないよな、
彼なりに頑張ってた
小さなトナカイさんを受け止めながら。
金髪痩躯の封印の使い手さんが、
銀の護剣を白い手へ握って、
素早く切っ先を左右に振るい、
中空に印を刻むようにして見せて、
小さな庇護者らを
自分のガード内へと引き受ける。

 「年の初めは、
  にわかの信心が
  宵のあちこちで淀んでる。
  寒い季節だから、
  独り者の愚痴も
  怨嗟へ育ちやすいと来て、
  どっかから紛れて来た
  ややこしいのが
  肥え太っちまったんだろうな。」

すらすらと説明されるのを聞きながら、
だがだが、ルフィの目は前方へ釘付けだ。
ごつごつした巌のような大男ではないけれど、
それは充実した屈強な肢体を、
腰を基点に低く構える姿は、
見るからに強靭で何とも頼もしく。
少し大きめのコートが
風を受けて膨らんだあと、
広い背中に張り付くと、
呼び出した精霊刀を身構える
筋肉のうねりが浮き上がり。
それが堅く絞り込まれる態から、
正面にうずくまる何かへ向け、
彼の集中が絞られてゆくのが見て取れる。

 “……凄げぇなぁ。”

頼もしい存在から守られていることへ、
安堵とともに
ちょっとだけ歯痒い気持ちが沸き立つのは、
自分も根は冒険好きな腕白だから。
でも、彼が相対す存在は、
単なる猛獣や怪物なんかじゃなくて。
絞り込んだ覇気をもって叩かねば、
鋭い切っ先で引き裂いて
その場で蒸散させなければ、
形を崩して辺りへ溶け込み、
こちらを飲み込む“闇”へと変幻しかねぬ、
それはそれは手ごわい妖異、
別の名でアストラル体でもあるものだから。
核となるところ、芯となる何かを見極め、
変幻する隙を与えぬ瞬殺を齎し。
時に切っ先の待つ先へと誘い込むよな
しなやかな太刀筋も鮮やかに、

  ひゅっ・か、と

夜陰ごと刃へ吸い込まれたよな、
それは鋭利な一閃が宙を翔け。
骨まで凍えそうな極寒が満ちていた空間が、
何かの消滅と共に、
猛烈な疾風に乗って
どこか彼方へ吹き払われる。

 「……あ。」

フィルムが途切れていたような、
どこか不自然な暗がりだったところに、
常夜灯の明かりが仕切りの白線を光らせる、
粗いアスファルト敷きの
駐車場の空間が現れて。
寒いには違いないけれど、
アラスカばりの凄まじい寒さはどこへやら。
重装備して来たルフィとしては、
暑い暑いと襟巻きはだけてパタパタをし、
冴えた夜気をありがたいと思ったほどで。

 「間一髪で間に合ったな。」

自前の太刀を中空へと送り出し、
封滅を終えた守護さんが
坊やの傍へと戻って来たが、

 「何だかなぁ。」

ルフィとしては
ちょっぴりほど不平もあるらしく、
表情豊かな口元を、
むむうと尖らせての上目遣いになってみる。

 何だよ、無事だったろが。
 俺だって退治くらい出来たのによ。
 例の不思議楯は使うなとあれほど、

結界の中と違い、
少しは穏やかな冬の宵の夜陰の中、
てこととと家へと戻りつつ、
仲がいいからこその小競り合いで、
何だよどしたよと突々き合う二人なの、

 「…無事だったのに、
  何で喧嘩になってるの?」

 「さてな。」

ワケが判らぬと
小首を傾げるトナカイさんを
ひょいと抱え直し、
苦笑が止まらぬ聖封殿が、
新しいたばこに火を点けた。
蒼い月の見下ろす真冬の町角、
春はまだちょっと先の晩のお話…。




     〜Fine〜  15.01.25.


  *実はこれからが寒さも本番なはずですが、
   もうお腹いっぱいな<気がするのは私だけでしょうか。
   ルフィさんは雪が大好きで、
   冬場とか寒い設定の方が大活躍していたような気がするのですが。
   でも、フーシャ村って割と暖かい地方のはずなのにねぇ。
   体質というより、彼自身の好みの問題なのかも知れませんね。(おいおい)
 

*めるふぉvv ご感想はこちらへvv

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