天上の海・掌中の星

    “セオリーに従えば”


そこは例えて言うなら、
準備中のプラネタリウムとか、
まだ設営が仕上がっていない水族館の通廊のような空間で。
奥行きはあるらしいが
真っ暗なせいで妙な圧迫感に満ちており、
足元のところどこに
光源のはっきりしない明るみが
不規則な恰好でポツポツと散っていることで
何とか方向や見回せるというところか。
とてもじゃあないが、
ほんのついさっきまで彼らがいた
駅向こうの映画館のどこかではなさそうで、

 「…ってことは、
  坊主を絡め捕ったな、お前。」

GW公開の映画を観に来たというに、
突然、館内が闇へと没し、
保護者として付いてきたお兄さん二人の目の前から、
一番はしゃいでいた腕白さんの気配が消えた。
休日とあって堂々と寝坊した坊ちゃんだったため、
昼からの上映分を観ることとなり、
まだ多少は時間もあってのこと、
間接照明が灯されていた明るいめのホールの中、
座席がズラズラと居並ぶ真ん中、
階段状態になっていた通路を
ひょこひょこと楽しげに降りていた筈のルフィが、

 『…あれ?』

不意に何かに気づいたように立ち止まり。
そんな彼の後から続いていた偉丈夫二人が “え?”と、
どうしたのだと問いかけたのとほぼ同時、
彼らに比すれば小柄な後ろ姿が
辺りに音もなく降りてきた薄暗がりに
すうと霞むように吸い込まれてしまい。
それへ驚くより早く、
天聖界の精鋭ならではで
不穏な気配を嗅ぎ取ったそのまま、

 『…っ!』
 『こんのぉ!』

俺らのシマで好き勝手やらかすとは
いい度胸してやがるとか言わんばかり、
双方ともに身構えを固めて腰を据え。
片やの破邪さんが手元へ愛用の大太刀、精霊刀を召喚すれば、
もう片やの金髪の聖封さんも
自分たちの周囲へ張られた障壁を意識するや
対手の恣意に振り回されぬようにという護壁を巡らせるわ、と。
手慣れた対処を揃って取って見せており。

 《 成程な。》

そんな彼らのなめらかな対処をようよう観察してだろう、
どんどんと色濃くなった闇間の中、
頭上とも足下とも言えぬどこからともなく、
いかにも感服致しましたと言いたげな声がした。

 “言いたげな、であって、
  本気では感心しちゃあいなかろがな。”

むしろ、余裕を匂わせているらしいのが腹立たしいと
舌打ちしつつ眉を上げ、
ルフィを掻っ浚いやがったなという
先の一言を反駁として言い返したのがサンジであり、

 「…。」

ゾロの方はといえば、鋭い目元をただただ眇め、
その視線で相手を斬り裂いてやろうかというほどの殺意もて、
声のした方を睨みつけているばかり。
そんな彼らであることを、一体どう捉えたものか、

 《 一体どの筋のお歴々なやら、
   この界隈で発する陰体を
   次々と封じ滅しておわすのは、
   あなた方お二人で間違いないのだろうか。》

そんな言い回しを繰り出すに至って、

 “……おや?”

まずはサンジが眉をひそめた。
そんな訊きようをするということは、こちらが聖封とか破邪だとかいう
天聖世界の存在だと知らない相手だということで。

 “だがまあ…。”

こうまで自身の想いをすらすらと語るよな、
意志があってしかもその疎通ができる存在が、
天聖世界から来た者であったなら、
それはそれで抜き差しならない事態でもある訳で。

“陽世界の陰体、か。”

天聖世界からの来訪者の大半は、
不幸にも歪みに飲まれて“こちら”へ降臨してしまい、
苦しさのあまり暴れている者である。
意図あってわざわざ次界の境目を越えようと構えるなぞ、
余程の魂胆でもなくては出来ぬ大事だし、
これまでの異様なほどの大妖出現の糸を引く黒幕が、
さてはいよいよ正体を現したかと。
実はこっそり、胸騒ぎがしてしまってたサンジとしては、
相手の物言いに、微妙にもホッと安堵をしかけてもいたほどで。

 《 随分と術力を誇るお二人だと見たが、
  そうそう簡単に潰せはしないのならば、
   こちらとしては奥の手をとらせていただくことにした。》

大仰な物言いをしてくる相手だが、
要はこの“陽世界”の何者か。
多少はまじないを会得していて
人を呪うような悪戯を手がける小悪党が、
そんな仕儀のいづれかを
自分たちから邪魔されたというところなのだろて。

“人間が構えた呪いなら、
 潰えさせたのは俺らとは別口の
 大妖退治の連中の仕業かも知れぬがな。”

いましたね、昼間は子猫の誰か様。(笑)
それはともかく。
何だ、人間の術者が、
それでも何とか自分らへ目串を刺して来たって順番の話かよと、
全容が判ってやや気を抜いた聖封さん。

 「そうか、中途半端な陰陽師の真似事を
  やらかしてたのはお前さんか。」

そんな中途半端な相手が関わってた事案があったなんて、
実のところ全く気がついてはなかったし、
こやつが自分の力で召喚したと思いこんでいただけの事案、
それを畳んだ自分らだったの、斜めから逆恨みしていたという
勘違いと筋違いを混合させたような恨みから、

 “一世一代の大きな技を
  仕掛けてきたってところかね。”

そのようなという全貌が判れば、
偉そうに構える訳じゃあないがそれでも
肩から力も抜けるし、
相手の取った浅はかな言動へは、
呆れ半分、同情したくもなるというところ。というのも、

「俺らが邪魔だとして、それで排除したくなったかな?
 とはいえ、それでと取った策がこれってのは、
 あんまりお利口とは言えないよなぁ。」

 《 なに?》

上から物を言われて、少なからずカチンと来たらしかったのが
語調からあっさりと知れたれど、

「俺らが手も足も出なくなるよう、その坊主の気配を封じたようだが。」

《 …っ!》

何をやらかしたかまでも易々と読まれたことへの図星からだろう、
ぎくりとしたのが手に取るように判ったのへ、
思わず吹き出しそうになりながら、
それでも何とか我慢をしいしい、
サンジが続けて紡いだのは、

「相手の弱みを握ってしまうのは、
 実力差がある相手との対峙では確かにセオリーだがな。」

羽織っていた初夏向けジャケットの懐に手を入れかけ、
ああしまった禁煙ゾーンかと、
うっかりたばこを取り出しかけたのへ苦笑をしつつ、

「ただなあ、そういうのは最後の手段でな。
 相手がそのまま
 ぐうの音も出なくなる場合にしか効かないのと、」

《 え?》

意外なことを言われたと感じたか、それは素直に聞き返す相手だったのへ、
今度こそ辛抱たまらずくくくっと吹き出してから、

「手を出した存在が悪いってことだ。
 とっとと結界を解かねぇと、
 こっちの兄さん、
 お前の半端な呪術なぞ
 刃の一振りで難なく弾き返すぞ。」

そうなればどうなるかくらいは判るのだろう、
呪いを誤れば倍返し、
そんな事態になるのを恐れたか、
収まり返っていたのが嘘のよに、
ひぃいいっと悲鳴をあげた相手だったのへ、

 「俺としちゃあ、
  ル…奴がこれ幸いと
  例の技を出すのが目に見えてな。」

自分が人質になっていて、
それでゾロやサンジが手出しできないというのなら、
あの、聖なる翼の楯をいざと使いかねないことが、
破邪様には気を急かされてしょうがない事態であったよで。

 「ま、そういう訳だから、
  痛い目みる前に、とっとと坊主を返しな。」

 《 は、はいっ!》

導入部こそ“何だ何だ”と危機感いっぱいに脅かされたが、
蓋を開ければ何のことはない、
邪妖の迷い込み以下の他愛ない手合い。
むしろ、

 “ルフィの方が気を許せんと判ったよなもんだよな。”

さて、相手のバカ野郎の記憶も封じとかんとなと、
綺麗な金の髪をまさぐるよにして
ほりほりと頭を掻きつつ、
聖封さんがこっそり肩をすくめた一騒ぎだったとな。





  〜Fine〜 15.05.04.


 *何だかとりとめない話でしたね、すいません。
  いえね、相手と意志の疎通が出来ては不味いじゃんかと
  書き始めてから気がつきまして。
  本文でも浚ってますが、
  それってよほどの大物だってことですものね。
  それではいかんいかんと
  人間世界の呪術師もどきの仕業ということに。
  こんな半端なのは船長BD作品ではありませんので、
  そっちはもちっとお待ちをvv

ご感想はこちら*めるふぉvv

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