漆黒の空間には、虚無より曖昧な何かの気配が見え隠れ。
しんと冴えた沈黙しかないというのではなく、
人の世界の夜更けの街中の空気みたいに、
どこかで何かが息づいているの、伝えているのだろ、
ざわざわとした余燼が垂れ込めていて、何とも落ち着きがない。
「…。」
そんな肌触りのざらついた空間にて、
実際の視野の中には何の影もないことに惑わされもせで。
じっくり腰を据えての構え、
得物の精霊刀を腰にしつつも、
すっくと立ったままの無造作な姿勢で周囲を嗅いでいた、
いかにも武人風、強靭そうな肢体の主。
「…っ。」
ふと何かしらを感じたか、
その鯉口を親指を押し出すだけでかちりと切ったは白鞘の和刀。
片方の足を引き、さりげなく腰を落として身構えたそれが…固定するのを待たずして、
たゆん、と
何もないながらざりざりした感触だけは耳障りだった空間から、
不意に滲み出してきた何物か。
濃度が限度いっぱい濃い液体か、とろとろしたゲル状の代物か、
黒っぽい深緑のそれが じゅわんとにじみ出てきたそのまま、
一気に人一人を取り込めるだけの大きさに育つと。
何かへ身構えてござった長身の破邪を一人、
あっという間にその中へと吸い込んでしまったいやらしさ。
きっと、複層状態にあったすぐ隣りの並列異次界に息を殺してひそんでおいて、
こちらの不意を突く格好で襲い掛かったのだろうけれど。
「…鬱陶しいな、お前。」
大方、異界からはみ出した存在を取り込んで、
ささやかながら力をつけた、こっち寄りの妖異の一種。
もっと力をつけるべえと、こざかしい策を弄して自分たちを誘い込み、
飲み込んでくれようと構えたというところらしいが、
≪ な…。≫
まんまと取り込めた、そのまま消化してくれんとしかかったのに、
まるきり動じぬ声がして。
しかもその声が消えぬうち、
ざくり、ひゅっか、と
宙を切り裂く不吉な風鳴りが響く。
何か両生類の卵っぽい、溶液満たした球体が、
ブルブルッと震えたそのまま
ねっとりした粘性も何のそのと、
内から一瞬で弾け飛ぶ 容赦のなさよ。
≪ ぐああっ!≫
力強く刀の柄を掴み締めた大ぶりの手も腕も、
肉置きが堅く張りを増し、盛り上がっていての雄々しいそのまま、
ぶんっとしなうような一閃もて、刃を大きく振り払えば。
宙に散っただけでは収まらず、
当の破邪の身へもしぶいた妖しの粘体が、一気に蒸散してしまった覇気の強さよ。
≪ ひぃいいっ。≫
多少は大きな気配ゆえ、
食らい込んだら能力の糧になるかくらいに見越していたらしき妖異の輩。
核をくるんでいた粘体が吹き飛ばされてやっと、相手の格が判ったようで。
取り込んだ異界の力をすっかり奪われ、
この様相では勝てるはずもなしと尻尾を巻いて逃げかかったものの、
「甘いねぇ、こんな不心得を起こした奴を見逃すはずがなかろうよ。」
我らより弱きものをまたぞろ食らうに決まってると
そうと見越したらしい別の気配がし、
小賢しい妖異が はっとしたがもう遅い。
「吽。」
くっきりした声音がそうと放てば、
いつの間にそこにいたものか、金髪痩躯の男衆が、
すっくと立った その総身の縁から吹き出させたは、
鋭い羽根を載せた旋風の波動。
逃れる隙もないほどの四方八方、
空間を埋める勢いで吹き出す羽根の嵐が吹き付け、
≪ ぎゃあっ!≫
邪気を孕む存在が、見る見る刻まれ、消失してゆく。
縦横無尽に吹き付け吹き飛んだ羽根の一群が
じわじわとその勢いを弱め、影と共に消え失せれば、
封滅の術も完了ということなのだろが、
「…おい。」
挟みこむ格好で対面に立ってた相棒さんが、
陰に籠って物凄く低い声を掛けたのは。
今日は暖かかったからというTシャツにパーカーとGパンという
軽快ないでたちだった破邪殿もまた、
羽根まみれにされていたからで。
「おお、すまんかったな。」
サンジがパチンと指を鳴らせば、
何処のインディアンですか、若しくは鳥の仮装のつもりですかという
羽根差されまくりだったものが、一気に掻き消え元通り。
「戻しゃあいいってもんじゃねぇだろうがよ 」
「ああ? じゃああのままでよかったんか?」
じきにルフィも帰ってくんぞと、もう一度パチリと指を鳴らせば、
一体どこの路地裏ですかという按配、
真っ暗だった空間がパリぺりと剥がれてゆき。
彼らには自宅同然の、ルフィさんチのリビングの風景が戻ってきた辺り。
陽界とは障壁で区切った格好、さっきまで居た場所もお隣の次界であったらしく。
「本人がいなくとも、
ああいうのが膨大な咒力を狙ってきやがるのかねぇ。」
不意打ちを仕掛けて来た物の怪の一種。
自分たちは微妙にこの界の存在ではなく、
あの様子だとこちらの格にも気づいていなかったようだから、
ルフィをこそ狙っていたといえ。
隔離のバリア、障壁を張っといてやらんとと、
口許へ紙巻を咥えつつそうと呟いたサンジだったのをやり過ごし。
すたすたとキッチンへ向かったゾロの方は、
ザッと手を洗うと、出撃前に手掛けていた作業へ戻るようで。
それを見やって、サンジも苦笑。
あの程度の雑魚へいちいちぶつくさ言うよりも、もっと大事な作業なのだなと、
その態度で思い知らされたようなもの。
「カスタードまんをチョコにアレンジだったな。」
明日はチョコレートが飛び交う日だが、
日曜日なものだから、学校でもらえたはずの分は期待薄。
なのでと わざわざおやつをチョコ三昧にするべく支度を構えていたらしい武骨な破邪殿。
つまらぬものを斬ったことさえ忘却の彼方へ投げ捨てて、
ゴムベラで餡を練る大きな背中へ、
くすすと苦笑した、天世界のプリンスだったそうな。
〜Fine〜 16.02.14.
*ああやっと書けたけど、妙な話ですいません。
可愛いあの子への一仕事を邪魔しおってと、
そういう意味合いから雑魚相手に本気出してた破邪様だと思われます。
それでなくとも山ほど作らにゃ間に合わないのにね。(笑)
めるふぉvv


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