天上の海・掌中の星

     “死角なし?”



暦の上ではすっかりと秋なのだが、
それでもまだまだ衣替えに手をつけられないなぁと思わせるよな、
ちょっと体を動かせば たちまち汗ばんでしまってのこと
袖をまくらにゃならないほどの、
上着は不要な日和が続いていたけれど。
さすがに10月も半ばとなれば、
朝晩だけじゃあなく、昼間であっても
さわさわ吹く風に頬やら肩口やらが冷やされて、
何か羽織るものが欲しいなと感じるようになる。
しんとした更夜の、天穹には冴えた月。
河原の茅を揺する乾いた風の音が、
何やら密やかな囁きを紡ぎ。
未明になってもいつまでも暗く、
夏のようにじんわりではなく するするするっと明るくなってゆき、
一番鋭い寒気を載せて、朝日が街の頭上へと降りそそぐ。

 「異臭騒ぎだって。」
 「夏休みによく聞いたよな。」
 「あれじゃね? ハロウィンが待ちきれねぇ、パーリーピーポー。」

そんな会話を交わしているのは、
駅のホームでスマホを手にした高校生だろう男子学生二人。
らいんや つぃーとを確認し終えて、
ネットニュースのトレンドを流し読み中らしく。
繁華街というほどの土地でもない某駅の周辺で、
利用客らが数人ほど、バタバタと意識を失い昏倒したという。
駅員が呼んだ救急車で搬送されたうちの何人かが、

  妙な匂いを嗅いだ、と

生温かい風のようなのが感じられたとか、
いやいや、湿っぽい、苔臭い匂いだったとか。
人によって言いようはまちまちだったが、
構内や周辺施設を点検し確認しても
ガス漏れなどという異常も見当たらず。
大方 心無い何者かが
護身用グッズの催涙ガスだか撒いたんじゃあないかという方向で、
警察が防犯カメラの映像を確認するという話。
そういった“こちらの世界”における対処とは別口、
こちらこそ関係筋かも知れぬ“別動隊”が
地上から遥かに高い蒼穹からの探索を始めており。

 “…こりゃあ、相当な濃さの大気だな。”

残渣でこれだから、
歪みが開いた折はもっと凄まじかったに違いなく。
こちら側の人々は“殻”という筐体に個々で収まっているから
多少嗅いだところで意識が遠のく程度で済んだのだろうが、

 “自力で個体固定の筐体を組成出来ねぇ奴が、
  ちょろりと顔を出しでもしたってのかね?”

まるで衛星写真の地図でも観るかのような高みからの俯瞰で、
騒動が起きた駅周辺を ずんと“足元”に見下ろして。
何もない中空に、
危なげなくその痩躯を立たせている金髪の男衆。
そんな自身の在りよう以上に異様な事態だと、
険悪にも見えかねぬ尖った表情で
足元の“現場”を忌々しげに見下ろしてござる。
ある意味“異世界”にあたろう天聖界から
こちらの陽界へ来るのは並大抵のことじゃないそうで。
境目に途轍もない障壁があるから越えられないというのが最初の理由だが、
真の道理が判っている身には、
その“合”という障壁も むしろ防壁代わりなのだというホントの事情が見えてくる。
組成が違いすぎる様々な精気に満ち満ちている陽界に身を置くというのは、
天聖世界の存在にとって
空気のない宇宙空間、いやいや強酸が満たされた淵へ落ちるようなものだそうで。
殻を持たない身では とてもじゃないが存在できないとのことで。
だが、だったら…
 
 だったら 天聖世界の精気を大量に持ち込めたらどうだろうか

相当量の精気をまとってならば、
それが拡散しきらぬうち、こちらへ足跡くらいは残せるやもしれぬ。
だがだが、

 “その程度の格の奴が、何を大それたことしてやがるかなと”

そう。
現象への辻褄が合わない。
聖封や破邪といった、陽界監視官の最上級の存在であれば、
自身の強い気力や意思、
今時の言い回しで“覇気”にてその身を固定もでき、
異世界である陽界に移動できるだけじゃない、こちらでの活動も可能。
とはいえ、そこへと辿り着くのは生半可なことではなくて、
先天的、もしくは鍛錬を積んで、強靭な存在になるしかない。

 “うっかり歪みに挟まったり落っこちたりしたわけじゃあない、
  障壁を自力で越えられる格の奴が、
  なのに、こちらで存在するには濃厚な天界の組成物が必要だってのは”

何か理屈がおかしいんだが、と。
聖封の中でも、最強の存在と謳われて久しい
天巌宮の御曹司様、
ネット情報ではなく、自身の感知で拾った怪しい気配を確認したうえで、
だがだが、関係者なればこそ平仄に合わぬ話だと

「…。」

秋の香のする風に金の髪とジャケットの裾をはためかせつつ、
鋭角な双眸をぎゅうと顰めてしまっておいでだったりする。



  ◇◇


ゾロやサンジが 自分らの故郷である次界へと、
ついつい“天界“だの“聖世界“だのという呼び方をしているが、
何もこちらの世界や住まう存在を見下しているわけではない。
総ての“世界“へ生気を齎す“日輪“が実際に座す次界であり、
むしろ命を張ってでも安定や均衡を守らねばならぬ特別な場所だからと
有能辣腕な陽界監視官たちが送り込まれているのであり。
そして、そんな陽界を騒がす存在というのは、おおむねその“天聖界”から訪れる。
先に述べたよに、組成が根本から異なる異世界同士。
なので、反発し合うような障壁もあるし、
能力のない者がひょっこり運べるはずもなく。
運の悪いことに歪みに飲まれてはみだす迷子が
こちらの強い大気に身を焼かれ、痛さにのたうち暴れるものを、
小さな存在なら確保して送り返し、
抵抗も強い大物は…戻すための通路確保もままならぬ場合、
可哀想だが“封滅”という対処が執られており。

 そういった対象が相手の“監視”だったはずが
 どうもこの何年か、
 何者かの意志とか思惑が絡んでいそうな
 恣意的・意図的な騒ぎがちょろちょろと見え隠れしていて

『だとしたって、
 首謀者や黒幕とやらはあっちに腰を据えているんだろうから。』

実働隊の自分たちは、こっちという現地で事案への最善の対処を取るのが関の山。
天界側の天使長らにせいぜい得策をひねってもらうまでだと、
いつだったか、サンジがそんな風に言っており。

 “そもそも、意志があるよな行動をとる奴っての、
  そんな大それた輩以外にも結構いたしな。”

向こうからの来訪者ではなく、
そんな“被害者”の精気を取り込んだ、
こちらの居着きの妖かしとか、怨嗟から成仏し損ねた霊魂とか。
そういう輩とは、嬉しくないけど遭遇しまくりのルフィさんとしましては。

 「なあ、俺ンこと攫って行ったってロクなことねぇぞ?」

チッしまったなぁ、
不意打ちっていうか出合い頭っていうかだよなこれ、と。
意外に淡々と、というか冷静に、
現状への反省というか感慨を噛みしめておいで。
風に攫われたハンカチに反射的に手が伸びたところ、
そのハンカチを飛ばされた女子高生風のお嬢さん、
振り向いたそのまま お口の端を耳まで裂けるほど頬に食い込ませ。
チェック柄の赤いひだスカートの裾から
目にも止まらぬ素早さ、しゅるんと飛んできた強靭な尻尾で、
向かい合ってた格好のルフィの胴を搦めとり、
そのままぐいと引き寄せつつ、どんっ土地を蹴り、
人通りのほとんど見られぬ住宅街の中通りを
それこそ疾風のごとくに駆け出していて。
ちょっとここらでは見かけぬ制服だったとはいえ、
制服姿の女子がいても不審じゃなかったほどに、
学校帰りで〜す♪で通るよな平日の微妙な時間帯。
人影が見えないその上、
まだ切り開かれてないまま放置された宅地予定地が散らばるばかりの
場末の方へと向かっているのが、そこは地元で土地勘から察せられ。

 “人目がないとこまで向かって、落ち着いてから…ってところかな。”

何をする気かはまだ不明。
人の思念みたいな気配もするし、接近の仕方も人間臭かったけど、
こうまでしっかとした獣みたいな実体も持ってるのが気になるし、
日輪の加護を受けての、意志の強い者や覇気の濃い者には、
精気欲しやでありながら その精気に圧倒されもする妖異。
そんな手合いが 明るいうちから出てくるのは珍しく。

 “これってサンジが言ってた、
  向こうからの“紛れ込み”を食った奴かもな。”

本人の意思とは関係なく、こちらへ紛れ込んでしまった気の毒な天界からの迷子。
そんな奇禍に遭うくらいだから、さして力も持たぬ小さきものの場合が多く、
殻を持たない、いわば剥き身の状態の存在なので、
こっちの妖異には格好の獲物。
異質な生気を取り込んだことで精気や馬力が上がりもし、
気が大きくなって日頃はやらぬ大胆な悪さに走る馬鹿も出るのだそうで。
そんなこんなを胸の内にて爪繰っておれば、

 《 オマエ、濃い気ヲ シテイルカラ。
  食ッタラ、オイラ モット強クナル。》

風の音に紛れもせず、頭の中へと響いてきた意思の声。
そうか、そういうことを順序立てて考え、
掻っ攫うための段取りを組める程度には気も大きくなった奴かと、
やはりやはり、さして危機感を覚えぬか、
怖がるどころか抵抗さえ見せぬまま。
とりあえず立ち止まるまで待ってみるかと口を噤む。

 “何となりゃあ♪”

ルフィ自身は“不思議楯”なぞと呼んでいる聖なる翼の楯、
本来の持ち主だったゾロのを
引き受けた格好になった“聖護仙翼”の片翼、
どういう作用か、この坊やの力にて 楯もどきへと変化させ、
呼び出せるようになってたりするから厄介で。
気が大きくなってるわけじゃあないけれど、
自分の庇護者が窮地に間に合わないなら間に合わないで…なんて
ある意味で前向きに考えるような坊ちゃんだから困ったもんで。

 「待て待て、そこの蛇娘。」

土手ののり面の補強にか、
元からあるのをそのままにしてある竹林へと飛び込んだ蛇の邪妖へ、
声を掛けたは一人だったが、
その傍らからひゅんっと飛び出してきた気配がもう一人分。

 《 え? あ…っ!》

それが何者だったかまで、妖異に把握できたかは不明。
本人がその姿を追えぬほどの俊足で一気に突っ込んできたそのまま、
目にも止まらぬ手際にて、腰に構えた大太刀を引き抜き、
銀の軌道を描いた太刀筋も冷ややかに、
ルフィを抱えて疾走していた妖かし、
秋の陽射しごと、そりゃあ無慈悲にも両断してしまった破邪殿だったから。

 「…ったく。」

シャキリ・ちんと、
涼やかで残忍な金属音と共に鞘に太刀を納めてのそれから、
投げ出されてしまって尻が痛いとぶうたれているルフィに向けて、

 「ああいうのに構われたら
  どんなカッコでもいいから俺を呼べと
  何度言ったら覚えるかな、お前はよ。」

びしぃっと人差し指を突き立て、
やや身をかがめもってお説教を垂れ始めるゾロなのへ。
そんな言いようはなかろうと、
こっちもこっちでカチンときたか、ルフィが口許を尖らせる。

 「何だよ、呼ばなくたって来たじゃんか。」
 「ああ?」

無事だったからこそ気持ちにも余裕があっての憤懣という、
何ともややこしいお叱りを差し向ける相棒さんなのへ、

「まあまあ。ルフィの心情も察してやれや。」

これでも男の子だ、
ヒロインのごとく“あ〜れ〜”と悲鳴を上げるわけにもいかんだろと、
仲裁めいた言いようを聖封さんがしかかれば、

 「あああ?

もっと引き伸ばされた “なに言ってやがるんだ、ごら”というお声が返って来て、
一触即発な空気になったのも彼らにはデフォルトだったが、

 “…例の残渣の影響だろうか。”

陽のある中で、ああまでしっかと実体化できるほどの影響が出ていたなんてと、
聖封さんとしてはそっちも気がかり。
唯一無二の大事な存在だけを優先的に守りたい誰かさんには
感知の能力もなけりゃあ、
世界の均衡だの陽界の安寧だのを
意識して守るつもりもなさそな今日この頃だけに。

 「……ってぇなっ

考え込みかかった矢先、胸倉掴まれて頭突きが向かって来かかって。
除け損ねて側頭部をぶたれたの、
痛いだろうがと受けて立ったそのまま、
ややこしい懸念も一旦引っ込めたサンジさんだったれど。
早々と茜色が空気の中へと滲み始めた秋の午後。
何者かの暗躍や跳梁が、密やかに近づきつつあるなら
そんなことをしている場合じゃないのではなかろうか…。




     〜Fine〜  16.10.17.


 *そういや何やら怪しい気配が蠢いてるという
  微妙な伏線も張ってましたねということで、
  ちょっと思い出してみました。(おい)
  でも、結局 何が何やらな話になっててすいません。

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