天上の海・掌中の星

     “花ちらしの風”


ルフィの誕生日に何か残るものを考えたことはあまりない。
あの雑な性分ではすぐに壊すか失くすのがオチだろうしなと、
サンジはからからと笑って納得したようだったが、
そこまで深く考えたことはなく、
さりとて、そうまで浅い理由からでもない。
いつもいつも傍に居るのだ、
目につかずとも忘れるなと思わせるものなぞ必要はない。
居なくなったらそれまでだから、
永劫忘るるなと遺すものなぞ必要はない……。


ひゅっと忌まわしいほど鋭い疾風の風鳴りが頬を叩く。
形があったのではなかろうかというほどに濃厚で、
実際、まだ若々しく柔軟なはずの山茶花の枝が、
たわんだそのまま耐えかねたように何本かへし折れていて。
丹精なさっている本多さんの御隠居が残念がらぬかを案じておれば、

「気ぃ散らしてんじゃねぇよ。」

後方で障壁維持に踏ん張ってるサンジが、
そこのところをきっちり見透かし、荒げた声を掛けてくる。
伊達に相棒を長く担ってないということか、
即妙すぎて イラッと来たが、

「余裕だ、余裕。」

それこそ年端のゆかぬガキじゃあるまいし、
ムキになることも、不貞腐れて無視することもせず。
まだ抜かないでいた精霊刀の柄を握り込むと、
間断なく吹き付ける疾風の縁を撫でるよに鞘からすらりと抜き放つ。
和道一文字という銘だというのは、戦闘の大天使が刀から読み取ったそれで、
だが打った鍛冶は不明。
天界の聖宮の禁苑に置き去られていた和子の守り刀だ、
とんでもない存在が打って持たせたそれに違いないと、
それだけしか判ってはおらず。
その和子が鬼のように強くなるにしたがって、
刃は冴えを増し、強靭な粘りを示して、どんな困難な局面をも打破してきた相棒で。
今もその主人の意気地を映してか、
どこからも直で差し込む陽射しのない異空間だというに
厚みのある輝きを刃面に宿すと、

「呀っ!」

ぶんっと振り切られるまま風を裂き、
前方への道を、空間をさくりと切り開いてしまう。
瞬く間に風が止んだのを見まわして、
今時分に薄物とはいえ外套とは、洒落者のくせに面妖な装備だったのはこのためか、
懐ろ手前へ双腕回し、その外套をかぶせてガードしていた
腕白な和子の顔を出させたサンジが、

「息は出来てたか?」

今更訊かれてもなこと、確認すれば。
コートの陰から顔を出しざま、
ぷはっと水泳の息継ぎのような呼吸の仕方を見せた少年が、
そちらも馬鹿正直に うんと頷き、

「風があんのに息が苦しいなんて、ちょっと無茶苦茶だよな。」

坊やなりの理屈なのか、なんか変だったという感慨を洩らし。
前方で精霊刀を正眼に構えている破邪の大きな背中を真っ過ぐ見やる。

「……。」

ああ、まだ片付いちゃいないんだと。
サンジが手を離さないからではなく、
見やった背中が頑として動かないからそうと察し、
くりんと大きな双眸を力ませて見張る。
学校帰りの中通り。
随分と陽が長くなって、まだまだ柔らかな明るみの残る黄昏どきに、
びゅうっと強い風が吹き付けて来て。
今時分にはありかな、でもこうまで立て続けってのはどうだろかと、
思う間もなく風は増し。
終いには歩みを止められてしまうほどの強さのそれに進路をふさがれ、
どうも出来ずに立ち尽くしていたルフィだったのへ。
まずは大きな背中が楯のように立ち塞がって、風を遮ってくれて。
それで何とか顔を上げの、呼吸が出来るようになりのと、
文字通り一息つけたその場へ、
障壁担当で直接のお守を担う金髪の伊達男さんが現れ、

 『次界障壁完了、暴れていいぜ。』

そうと言いつつルフィの身を預かり、
とんっと軽やかな跳躍でもって後背へ大きく引きさがっての先ほどの運び。
やはりこの風はただの青嵐ではなかったらしく、
サンジが築いた障壁からはみ出してまで暴れているほどの取り止めのなさながら、
その核にあたる部分と向き合っている破邪には、
どういった手合いなのかが判っているらしい。
着ならしたトレーナーにくるまれた、見るからに頼もしい背が、

 ぐっと力んで、膂力と意思との集中を示したもの刹那のこと

左の下方から一気に右の頭上まで、
ぶんっと腕ごと切っ先を力強く振り払えば。
空間のうちで何かが弾け、
足元や周囲から細かな塵や小石、砂粒などなどが勢いよく舞い上がる。

「わっ。」
「何だ、こりゃあっ。」

空間ごと波動に揺すぶられたか、
それとも重力が消え失せたか、出鱈目になってしまったか。
足元がふわんと落ち着きを失くした感覚になったので、おそらくは最後の事態であるらしく。

「こんな格好で足場を奪うとは、どんな根性悪なんだッ。」

形のない霊体のような相手なのか、それだと破邪より封印専門の自分の方が向いているのだが、
相棒の脳筋野郎は依然として刃を構えた様子を解かぬ。
昔はさほどに意地を張ることもなかったよな。
形のない相手には特に、止めだ止めだと中途で放り出し、
こっちへぞんざいに丸投げなんてこと珍しくもなかったが。
この坊やの傍らで、さながら用心棒のごとくに妖異を薙ぎ倒すようになってから、
自分で鳬を付けねば収まらぬという構えようが増えた。
次界の調和のためではなくて、
この小さくもやんちゃな、それでいて妙に懐ろが深い坊主とその先行きを護るため、
手を尽くそうと、持ちうる限りの力を尽くそうと構えているのが伺えて。
今もまた、

「……。」

姿なき妖異という最も苦手な手合いだろうに、
意識を尖らせ、そりゃあ執拗に念を張り、相手の居場所を探っている。
そして、こういう手合いは物理攻撃しか出来ぬ相手を見くびるところが往々にしてあり。

「…あ。」

動かぬ破邪を挑発してか、間際で躍った疾風により
短髪を載せた頭の端や大太刀握った利き手の甲が
パシッと弾けては霞のような血を舞わすのが後方からも見て取れたが、

「焦れたか? 済まんな、遊んでやるよ。」

その切り付けた角度で、躍りかかった疾風異妖の周回のクセを拾えたらしく。
釣り師が回遊魚を文字通り“泳がせて”いたのと同じこと、
じっと息を潜めて誘ったゾロだったようで。
その無骨で大きな手の中、太刀の柄をぐるんと大きく旋回させると、
逆手に持ち替えたその途端、
足元から頭上へ、一気に仰け反るようにして目の前の空を切り上げる。

  ………、と

 《 〜〜〜〜〜〜〜っっ!》

何とも表しようのない叫びのような響きのような、
音とも振動とも取れそうな、鋭くも強いわななきが辺りに鳴り響き。

「うわぁっ!」
「何なんだよ、これ。」

手で耳を塞いでも無駄なようで、
だが、ようよう聞くと
本体らしいのがあちこち飛び回って暴れている気配も伝わってくる。
それがどれほどの間合い続いたか、
膨らませたのが逃げ出したゴム風船の最後の方が ふっと急に萎むみたいに
すすすっと気配の嵩を縮め、
ぼたりと落ちて来たそのまま、かささと炭くずみたいになり、
自分が起こした風に蹴散らかされて消えてった。

「…何だったんだ、あれ。」
「さてな。」

元から居た“風”関係の妖異に
天聖界からの精気が吸われちまっての、いつものアレだろと。
そういう端折り方はやめなさいと言うに、平然と言い放った天巌宮の貴公子さん。

 「それよか、明日はお前の誕生日だろ?
  食いもん飲みもんの方は期待してろよな。」

にやりと不敵に笑って、じゃあなとあっさり姿を消した聖封さん。
そうだった、今日は祭日なのに部活で登校させられたけど、
明日は文句なしに休んでいい日で、しかもルフィの誕生日でもあって。
でもでも、今はそれどこじゃない。

「ぞろ。」

少し離れていた破邪の元、たかたったと駆けよれば、
やはり怪我を負ったか、石頭な額の端から血が滲んでいて。

「あ〜あ〜、サンジってば見落として行っちゃった。」

その肉体の素地が微妙に陽界の存在とは異なる彼ら。
なので、このくらいでは怪我のうちに入らないと言われれば、
こちらはそれを鵜呑みにするしかないのだが、

「そんでも、なんか落ち着けないから。」

デイバッグを下ろし、ガサガサと何かないかと漁って漁って
弁当箱をくるんでいたバンダナを引きほどき、

「ほら、ちょっと屈め。」
「おい。」

トレーナーの胸ぐらを鷲掴みにし、
下がってきた頭目がけてそれをぐるんと横巻きにする
いかにもワイルドな手当てを施すと、

「よしっ。」

満足したのかうんと頷き、にひゃっと笑う。
ああ、その顔だけで治癒力も上がるななんて、
柄でもないこと想った破邪殿。
刹那刹那のいろんなお顔1つ1つが尊いと、
さも眩しそうに目を細め、
さてと気を取り直してから、

「ゾロ、早く帰ろ。」

今日は30人組手やったぞ、
3班に分かれたんで12,3人がフル回転で回るせわしない奴だったけど、
俺の班が一番に平らげたと威張るものだから。
そんな半端な説明でも何とか…コロンコロンと投げられ倒される端から
長縄跳びみたいに次から次へと飛び込んでくる形式の
何だかせわしないばかりな組み手特訓を想起した上で、

「相手になった方が忙しかったろに、お前が威張ってどうするよ。」
「えー? 投げる側も順番に交代すんだぞ?」

ますますとどういう意味のある練習かよく判らない。
まま、楽しめているのならいいかと、小さく息をついた破邪殿。
先をゆく坊やの足跡拾うよに、のんびりと家路を辿ることにした
春の終わりの黄昏時だった。


  
HAPPY BIRTHDAY! TO LUFFY!




    〜Fine〜   17.05.11.


 *お待たせしましたの船長BD作品です。
  力尽きたか、雑な仕上げのままで、
  祝詞なんて二重になってた見苦しさでしたね、すいません。
  サンジさんとゾロの“相棒”という下りで
  ついつい別作品を思い浮かべた病膏肓な奴です、すいません。
  向こうの作品もそうですが、
  どっちも20そこそこなのに貫禄ありすぎだ、あんたら。
  そしてどこがルフィさんのBD記念作品なのだか。
  相変わらずに破邪様大車輪な代物でありますね。
  でも活躍させると後が大変だしねぇ。(だったら他のシリーズにすれば…)
  愛しいキミを永劫大事にするよということで…。



ご感想はこちら めるふぉvv

bbs-p.gif


戻る