天上の海・掌中の星

     “もういくつ寝ると”


西と東で随分と格差があった珍妙な夏はとうに過ぎ去って。
次に訪れた秋という季節はだが、
冷夏だった東では夏より気温の高い日を何度も蒸し返し、
何を着て出りゃあいいのかという混乱を人々へお届けしたのち、
今度は秋雨前線と共に、
ひと月早い目のそれに匹敵しよう、急な冷え込みを齎して。

 「ただの衣替えじゃあ追っつかないって、女子がぶうぶう言ってる。」

どれほど残暑が厳しくとも
それが流行ならフリースやフェイクファーまみれの秋の装いをし、
震え上がるほど寒かろと
それが流行なら短いスカートも穿くのが女子力のはずだったが。
そんな見てくれなんかどうでもいいと年頃のお嬢ちゃんたちに言わせるほどに、
十月半ばの気候の急変はすさまじく。
一段と冷える朝練に出てくるのに必要からだと、
マフラーや手套を飛び越えて いきなり使い捨てカイロまで登場したのへは、
物の順番やら常識やらをあんまり重視しない 奔放さが売りなルフィもびっくりしたと言っており。
まま、そこまでの前倒しは確かに大仰だが、

  いくら元気だとはいえ、
  ひょんな隙を突かれちゃあどうしようもなかろうが

学校からの帰り道、まだまだ陽が落ちるには間合いがあった薄暮という時間帯の、
人通りの少ない中通りをほてほてと歩んでいた、小柄な少年のそのすぐ目の前へ。
気配も影も感じられなかったほどの遠い上空から、
凄まじい速度で舞い降り、ドカンと落ちてきた何かがあり。
だがだが、落ち切りかかったのとほぼ同時、
其奴の背後から物騒な長得物が、
これまた何の前触れもなかった突発的にぶんっと横薙ぎに振り払われて、
着地したと同時に 不審な其奴は横っ飛びに身を躱す。
それがごくごく普通の一般人であっても、
鼻先に何かつむじ風が起きたようなとハッと顔を上げたかもしれぬ。
歩きながら寝ていたのだろうかと、
不意打ちに叩かれて意識が冴えたの、不思議に思うかも知れぬ。
そのくらいに、なかなかに妖気の濃密な手合いであり、

 「おら、こっちだ。」

そういったものを鋭敏に感じ取れる身のルフィ坊やへ、
二の腕掴んで引っ張って、
自身が展開していた亜空障壁、結界ともいう空間へとくるみ込んだのが、金髪痩躯の聖封様。
そのまま “ひょんな隙を突かれちゃあ”という苦言を呈した彼だったのは、
今時分の気候の急変から風邪を拾いかねない云々という
よくある健康管理への注意じゃあなくて、

 「日本の習慣じゃあなかったはずだが、
  それにかこつける勘のいい奴らが増えてるらしくてな。」

舞い降りたという現れ方にふさわしく、
腕の代わりになかなか頑丈そうな一対の大きな翼をばっさばっさと煽りつつ。
二階家の屋根くらいの高さの中空に身を浮かせ、
忌々しいという顔をして自分を薙ぎ払いかかった存在を睨んでいるのは、
その翼以外はやや大柄な女性という肢体をした鳥妖で。
羽ばたきのたび、淡い灰色の羽根を飛び散らせつつ、
身に添う衣紋も人がまとうそれと酷似した、
どこぞかの神社の巫女のような白い小袖に赤い袴という取り合わせだったが、

 「…頭を真横から突き抜けてるのは矢かな?」
 「らしいな。」

痛々しいにもほどがある様相だったが、
とはいえ、心無い者に矢を射かけられた可哀想な鳥の霊とかいうのではないぞと。
細身だが十分に頼もしい威容を孕んで真っ直ぐ伸ばされた背中をこちらへ向けたまま、
振り向きもせぬ 真っ黒スーツの聖封さんは少年へと言い聞かせる。

 「今月末のややこしい祭りに紛れ込もうというのか、
  ああいうややこしい扮装をして、
  お前みてぇな “視える者”を混乱させようという輩がこの時期には居やがるんだよ。」

しかも、功を奏したからこそ生き延びて
それらをもって味を占めたらしい “再犯者”が、
仲間内に武勇伝みたいにそれを言いふらすもんだから、
ああいうややこしい風体のが大量生産されててよと。
10月末がその当日である欧米の催事、
なぜか日本でも近年取り沙汰され、微妙に解釈を間違えたまま広がっている
ハロウィンのことを、嘆かわしいと口にしたサンジであり。

 「あー、あれなー。」

ルフィもすぐさま思い起こしたか、微妙な棒読みで応じてやる。
ちなみに、ハロウィンというのはもともとは北欧ケルト民族の祭りであり、
欧州でも英語圏以外の土地ではさほどにメジャーなそれではなく、
キリスト教の催事でもないし、カソリックでは禁令さえ出されたほどだったらしい。
アメリカに移住した民の中、スコットランド系の住人らが始めたそれを
プロテスタントが多かったアメリカ人らは素直に受け入れ、
そうやって今のように広まったのではないかとされており。
そして日本へは パーティー好きなアメリカの大衆文化として伝わったようであり。
かの聖バレンタインデーと同じく、本来の意味など知らぬまま、
かぼちゃを食べ、子供に菓子を振る舞い、
仮装して馬鹿騒ぎする晩だというところだけが美味しくいただかれているわけだが。

 「仮装なんてしなくとも、視えるものには禍々しい恰好だってのにな。」
 「…あれって仮装なんだ。」

途轍もない不意を突いて襲い掛かった妖かしのいでたちが人臭いのを差して、
ルフィが感心しきりと唸りつつ呟く。
神社の巫女さんみたいだと思いはしたが、
その袖から見える大きな翼は作り物には見えないから、

 “ああでも、ファンタジー系の妖魔とか名乗れば仮装っぽいかな?”

妙な心配をし、フォローまでしてやったりして。
実を言えば、ルフィもあんまりハロウィンには関心がない。
もちょっと小さかった頃ならともかく、今は学園祭の準備の方が忙しいので、
ご近所の町内会でそういややんのかなぁ、手が足りないなら手伝うけどなぁと思う程度で。
そんなことよりも今はといやぁ、
もう一人の守護にして、そちらこそが退魔の主役。
ギラリと白銀の光をまといし長い大太刀を、
逞しい上背や上腕に隆と盛られたしなやかな筋骨うねらせ、
それは自在に操って。
ひらりひらりと切っ先躱す、結構上級者らしき鳥妖を、
それでも何合かの末に追い詰めつつある
長身の剣士の身のこなしをワクワクと見やっていたが、

 きききぃきいぃい……

不意に鋭い鳴き声が轟く。
周囲の家々の立ち木や生け垣を大きく揺らし、
空間全体を大きく揺さぶるような怪鳥音が派生しており、

 「わ〜っ、耳が痛てぇ〜。」

妖気からは守られていたものの、不意打ちだったかサンジもギョッとしていたし、
これはかなわぬと耳を両手で塞いで仕舞うルフィの前で、

 「ちっ。」

がっしりと大太刀で受け止めたはずの鳥の足、
されど、この空間をも揺るがす大音響で刃が微妙に震えたか。
バチンとたわんだその末に弾かれて、
鳥妖がゾロの立ってた位置からこちらへ、
関門突破とばかり、勢いよくも飛んでくる。

「あっ!」
「ちぃっ。」

面倒なと舌打ちし、それでも護衛の守護としてのお役目は果たす所存か、
守護刀の銀の小刀をジャケットの裾ひるがえして腰から引き抜き、
眼前へ真横に構えたサンジのその前へ……

 「そこな鳥妖。
  たかが手羽先風情が、妾の愛してやまぬルフィを食らおうとは片腹痛いっ。」

一体どういうお務めからの乱入か、
裾から腿の半ばまでという深いスリットもあでやかな、
シルクのタイトスカートに真っ黒なピンヒールも艶めかしい。
無論のこと豊満な胸元も覆う、
なかなかにセクシーなオートクチュールらしきスーツ姿の
蛇姫様こと、総合商社“アマゾンリリー”のCEO、
その名もボア=ハンコック嬢が、
すらりと伸びた長い御々脚も麗しく、
なのに頼もし勇ましい仁王立ちとなっておられて。

 《…っ!》

鬼気迫る威容も雄々しく、
随分と大ぶりの畳んだ扇子を勺のように振るって、
びしぃッと差された鳥妖が、
何故だか大いに怯んで身を凍らせたところ、

 「往生しなっ。」

抜き去られたゾロが、振り向きざまに大きく振りかぶった太刀を振り下ろし。
その一閃にて亡者もどきの鳥妖は、
声さえ上げる暇間もないまま、霞となって立ち消える。

「おお〜、ばあちゃん凄ェえ、それと久し振りvv」
「ルフィいぃ〜〜〜、久方ぶりじゃ、元気でおったか?」

あ、これってハロイン向けだろ、ボタンがかぼちゃだ。
そうじゃ、よう判ったなぁ♪と、
それは豊満な懐にぎゅむと抱きしめられても
ちいともいやらしくはないままに
無邪気な発言で美魔女な祖母殿をメロメロにしている
屈託ないお孫様は最強かもしれぬ。

 「あああ"、羨ましいぞ、ルフィの野郎。」
 「それよか、手前の障壁はどうなっとるんだ。
  普通の人間のばあさんが入り込んでるぞ。」
 「手前が “ばあさん”言うな

一瞬目尻を吊り上げてから、
間近い万聖節が起こした奇跡じゃね?なんて、
お目々をハートにした聖封様が
心ここにあらずな言いようを返した、
秋も真っ盛りな午後でした。




    〜Fine〜   17.10.23.


 *困ったときのハンコックさま。(おいおい)
  三角帽子とかかぶってもらおうかと思ったんですが、
  そこまでふざけるのは好かぬと、睨まれたのでこれでご勘弁を。(笑)

ご感想はこちら めるふぉvv

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