木陰にいてもそんなに涼しくないのは、まだ梅雨が明けてないからで。
空気自体がべたべたと、首とか顔とかに馴れ馴れしく貼りついて来て鬱陶しい。
それでも吹く風にちょっとだけ、どっかの学校のプールのカルキ臭さが入り交じってて、
ああ夏だなぁなんてぼんやりと思った。
明日から期末テストが始まるからか、今日はとうとう1時限目しか授業がなくて。
部活もないので鞄を下げるとそのまま教室を駆けだして、
すのこががたがたうるさい昇降口で慌ただしく靴を履き替え、
正門までのスロープを駆け下りる。
登校時は遅刻すれすれ、なのに帰る時は一番乗りだなんて
どれほど学校が嫌いなのかと思われそうだが、そんなことはない。
みんなでわいわい騒ぐのは大好きだし、
体育祭の練習も、文化祭の準備もワクワクする。
ただ、そういったお楽しみがない日は あのさ、
ついつい一目散に家を目指してしまうのだ。
昨年はやった“恋ダンス”の歌じゃあないけれど、
もはや意味なんてないくらい、傍に居たい相手がいるだけ。
今何してるかな、久々に晴れたから表へ洗濯物干してるのかな。
タオルケット出しといてって言ったから、それも洗ってるかもだな。
昼で上がりって日は、でも学校から帰る途中すげぇ腹が減るのが難点で。
寄り道したいな、菓子パン買いたい。
ああでもそんなしてたら、
何だ我慢できねぇならこれからもそうしなよとか言われねぇかな。
別に怒っちゃいねぇ、
倒れそうになって帰って来るのはさすがにこっちも心配だしって、
前にも言われたっけなぁ。
でも、そうなると、
ゾロの作るチャーハンとか冷やし中華とか、食えなくなるもんな。
ああいかん、食べ物のこと考えだすと余計に腹減る。
「だからっ。構ってやれねぇつってるだろうがよっ 」
JRの駅から飛び出し、商店街のコロッケの匂いっていうゆーわくにも打ち勝って、
あとは家まで10分ちょっとを走り抜ければゴールだってのによ。
そんな俺ンこと、マークでもしてたんか、
ここいらの中学の制服着た女子が、
結構な速さで走ってるのに全然表情も変えないまま、
マラソンの伴走者みたく ぴったりついてくるのが鬱陶しい。
いや、この子もいい迷惑だと思うんだ。
きっと中学も期末テストは間近だろうに、早く帰ってご飯食べて勉強始めたいだろに、
「お前、その子にも迷惑かけてんだぞ? 判ってんのかよ。」
後ろ頭で1つに束ねたつやつやの髪の中から、
ざわりと身を乗り出してきた青白い顔の何か。
俺より小柄な子の、そのまた頭の中にでも取り付いたらしい、
瞼がないみたいにギョロ目の鱗男が、
骨だけみたいな枯れ枝みたいな手を伸ばしてきて、俺へ触ろうとして来るもんだから、
「俺にちょっかい出してもロクなことねぇぞ? 仲間内から聞いてねぇのかよ。」
ぺしっと、その手を叩いたら、
何と肘のところでグルンと廻って、戻ってきた上から逆にこっちの手首を捕まえてくる。
《 何がどう怖いか判らん。ガキのくせに偉そうに言うな。》
全然表情は変えないまま、けけけっと笑い声を立てて、
掴んだところから骨ばった手を食い込ませてくるのが痛い。
肌や肉を突き抜け染み込むみたいに入り込んで来ようとしていて、
「な…。」
やめろよと言っても聞かぬようなのでと、
わざわざ立ち止まったルフィが竹ひごみたいな腕を掴めば、
《 乱暴なことはしない方がいいぞ。この娘の魂が俺もろともに剥がれてしまう。》
相手も立ち止まり、ぎょろりとした目を支点にし、顔をぐるんと回転させつつ、
そんな身勝手な言いようをしてくるじゃあないか。
《俺、今朝は凄く力が満ちていて、
試しに神社に来たこの娘の頭へ乗ったら中へ入りこめたんだ。》
このままこいつの身を使ってどこへでも行けるんだと思ったが、
《 お前の方が霊力あるみたいだから、乗り換えだ。》
「そんな不誠実だと、最後にはこっぴどく振られるのがセオリーなんだがな。」
にたぁと不自然な笑い方をしかかった何かは、だが、
不意に真後ろから立った声にギョッとする。
《 俺へ手だしすると、尻尾の鉤を引っ掛けたこの子が裏返ってしまうのだぞ?》
裏返るって…と、ちょっと想像してみたらしいルフィが、
「…エビの殻剥きみたいになんのか?」
どう想像したものか、そんな具体的なことを言ったそのまま
アユのはらわたを無理して食べた時のような顔になったところで、
「そうやって誰かを盾にするとは、まま考えた方ではあるがな。」
後ろからの声の主は、丁度向かい合わせになっているルフィへ肩をすくめて苦笑をすると、
シャリンという何か金属がすれ合うような涼しげな音を立てさせ、
大ぶりで骨太な手で、宿主にされている少女の肩をそれは無造作にぐいと掴む。
脅したはずの相手の平静な様子に加え、何だか居丈高な加勢まで現れたとあって
随分と偉そうだったものが、さすがに不安を感じたか、
何だ何だとギョロ目の妖異がグルングルンと頭を回転させ始め。
背後に立っていた上背のある存在に視線を留めて…ぐえっと喉が潰れたよな声となる。
《 何だお前。何だ、その刃物は。》
周囲に垂れ込める湿気の多い空気さえ切り裂いての冴えさせて、
ぬらぬら光る刃のその挑発的な見栄えからだけでも、
十分に凶悪さが伝わってくるおっかなさ。
「こいつは“精霊刀”と言ってな。」
鞘から抜き放っていた和刀をわざわざ相手の眼前まで引き寄せてやった破邪殿、
それはゆったりした口調で紡いだのが、
「貴様のような妖異を切り裂く刀だよ。
不思議なことには陽界の殻体には傷一つつけん。」
言いながら、さくりと、
水平に構えていたその刀を薙ぎ払えば。
彼の説いたその通り、ギョロ目の妖異だけがその身を切り裂かれ、
ホロホロと宙へほつれて消えてゆく。
あまりのなめらかさゆえ、何が起きたかも判らなかったに違いなく。
「 ……え? あ、ルフィくん?」
綺麗な髪に妙なものが宿りついていた少女、
あれ? あたし何でこんなところにいるのかしらと、
怪訝そうに周りを見回す。
確か、お姉さんのお産が無事に済みますようにって、
朝、学校に行く前に近所の神社にお参りに行ったはずなのにと、ドキドキしている彼女なのへ、
「可愛いお嬢さん、お家までお送りしましょう♪」
いつの間に来合せたのか、
ルフィの肩へと背後から馴れ馴れしくも手を乗っけ、
ちょっとしたアイドルの宣材写真みたいに構えておいでの金髪のお兄さんが
そんな声を掛けつつ、伸べた手の先で…こそりと振りまいたのがスズランに似た小さな花で。
記憶が曖昧なところを引き伸ばしたり、別の日の学校での光景を混ぜ込んだりと、
今ここにいることへの辻褄を合わせる小さな暗示をかけてやり、
“周囲の面々への辻褄は今夜の夢の中ででもつけてやりゃあいいさ。”
封印の一族の貴公子様だけに、そういった操作は得手なのだろう。
ポニーテイルが可愛らしい少女は、一瞬ほやんと目の焦点が合わなくなったが、
「あ、えと…大丈夫です、帰れます。」
含羞みつつも我に返り、ぺこりと頭を下げて家路をたどる。
ツツジも終わってそろそろ梔子や夾竹桃が咲く頃合いか、
濃い緑の生け垣が風にざわざわ揺れており。
彼らにはいつものことな妖異退治、難なく片付いたところで、
「まぁた俺らを呼ばなかったな、お前。」
「だってよ、今頃昼飯作ってるかなって思って。」
「あんなもん薙ぎ倒すのに1分とかからんわ。」
そんなやり取りとなるのもまた いつもの流れ。
わいのわいのと彼らもまた家路につく傍らで、
そろそろ梅雨も明けそうですよと、蒸し暑い風の中、紫陽花がゆらゆら揺れていた。
〜Fine〜 17.07.03.
*被害者のお嬢さんへ送っていこうとサンジさんが声を掛けるところ、
ついつい “よろしかったら私と心中を…”と続けかかったから困ったもんです。
太宰さんか、あんたは。(別のお部屋のネタを…)
めるふぉvv


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