天上の海・掌中の星

     “今日は特に”



生姜焼きの豚ロースや唐揚げ用の鶏肉などへ、
前の晩から下味をつけるという話を聞くが、
一般家庭で素人がそれはしない方がいい。
塩分の強い醤油を使う場合、配合によっては肉が堅くなりかねないからで、
しょうゆ、砂糖、酒を、1:1:1の割合で、何ならしょうが汁も加えて、
ぎゅぎゅうっと揉み込んで、調理用のポリ袋へ入れ、
空気を追い出す密封状態にして数時間寝かせるだけで十分沁み込む。

 “…と聞いてたのは確かに正解みてぇだな。”

指もいかつい頼もしい手が、余裕で開いて閉じて出来るほどの、
洗面器というより流し台の必需品の洗い桶くらいありそうな金属ボウルの中で、
その手が埋まるほどもの鶏もも肉をぎゅっぎゅっと揉み込む手際も手慣れたもの。
腰も入っての良い姿勢で、
一体何人分でしょうかという量を黙々と揉み込んで、
小学生が学校の座席に装着する座布団くらいの大きさの密封パック(業務用)へ
荒くはないがおっかなびっくりでもない手さばき、
調理台をちいとも汚すことなく移し終えると、
やや膨らみが偏っているのをポンポンと均して冷蔵庫へ。
その冷蔵庫から、下処理されたものだろう
筒状になった鶏むね肉をやはり密封パックごと取り出すと、
調理台の一角へ数分ほど放置。
やや常温になって来たかなというところで、
同量の塩と砂糖を揉み込んであるものを、
そのままたっぷりの湯が沸いている大鍋へと放り込む。
ちょいと大きめの塊だったが、筒状にしてタコ糸で縛ったので熱も均等に通るはずで、
一旦沸騰が収まってから再び沸いて1分ちょいほど、
そのまま火を消すとテーブルへ避けて自然に冷めるまで放置する。
シイタケにゆでたけのこ、湯戻しした春雨、
錦糸卵に細切りにした豚こまを、ザッと炒めて味付けは酒と砂糖と醤油で適宜。
仕上げにごま油を垂らし、これもある程度冷めるまで放置して、
春巻きの皮を大量に袋から出して、水溶き片栗粉と共に準備する。
グリーンアスパラを仄かに塩みつけて湯がいたら、
茹でたショートパスタのペンネと共に
くしぎり玉ねぎとシメジを煮込んでいたホワイトソースへ投下し、
オーブンレンジのターンテーブルと同じ大きさのグラタン皿へ盛って、
パン粉と粉チーズを振りかけてから、オーブンへイン。

 “あとは…。”

甘いめのだし巻き玉子も焼いた、
茶碗蒸しもせいろにセットとしてある。
ポテトサラダに かきたま風で春雨も入った中華スープ。
リブステーキはサンジが用意するからと言っていたので任せるとして、
くし切りにした無花果に生ハム巻いて、ベビーリーフを敷いた皿に並べ、
ミックスナッツの食感を生かしたドレッシングをかける…とレシピにあったので。
ナッツをひとつかみ、まな板へばら撒くと
愛用の包丁をすっと構えたが、

 「…………。」
 
おもむろに頭上まで高々掲げるとそんな高さから一気にぶんっと
凄まじい加速でもって振り下ろし


  「………忙しい。ややこしいところに出てくんじゃねぇよ。」

だぁぁんと思い切り振り下ろされての、
ナッツどころか まな板も真っ二つかと思いきや、
ギリギリの紙一重という位置で刃先は止まっており。
一応は菜ッ切り包丁だが、その側面すれすれという位置には、
まな板の天板からぎょろりと瞼のない顔が抜け出しかかって来ておいで。

 まさか料理されたかったのか?
 今日の善き日の料理にケチつけたいのか、ごら。
 縁起悪りぃから折衝は控えてぇんだが、
 ぐずぐずしてっと容赦なくたたきにしちまうぞ、ごら。

表情も手も微塵も動かさないまま、ぶつぶつと呪詛のように呟けば、

 《 …………。》

顔色なぞ判りようがない、鱗びっしりな貌をそれなりに引きつらせ、
出て来た時同様にすすすっとまな板の中へと逃げ込みかかったので、

 「   …………せいっっ!!」

ナッツが散らばるのも何のそので、縁起悪くなったまな板を振り上げ、
リビングまで素通し同然になっているカウンターキッチンから
前方へ向け、思い切り投げてしまった破邪様だったのもまま無理はない。
窓ガラスにぶつかって惨事になる前に、

 「…っぶねぇなぁ。」

その窓ガラスからにょきりと出てきた聖封さんが片手ですぱりと見事に受け止め、
肩の高さだったその位置から、再び背後へポイすれば、
硝子にそのまま吸い込まれて何事もない辺りがさすがは天聖界の大立者。
どういうおふざけか、どこかの中華料理屋のそれみたいなステンレス製の岡持ち片手の登場で。

 「…………。」

そんな彼をじいと見やった緑頭の精悍な御仁が何を言いたいかも重々承知。
自分が担当だったリブステーキを持ってきたのか、
やや大きめの岡持ちをぶらりと持ち上げ、歩み寄ったカウンターの上へ置き、
差し込み式の蓋、前面から引き抜いた彼だったが、

 「てっててて〜〜ん♪」

自分の口でファンファーレもどきを紡ぎつつの動作に合わせ、
引き抜かれたステンレス板の向こう側、不意にポンっと紫の煙が弾けたかと思や、

 「ゾロっ、誕生日おめでとーっっ!!」

どうやって詰まっていたものか、いやさ、よく入ってたなという寸法だろうに、
今の今まで気配さえなかったドングリ目のルフィ坊やが、
カウンター前に飛び出してきており。

 「さっき焼けたんだぞ、ほらっっ。」
 「………おお。」

今年は偶然の巡り合わせで何と日曜と相成った誰かさんの誕生日。
なので、オレも頑張ると、何故だか朝早くから出かけてしまったルフィさんであり。
まま、部活のある日で早く片付けて帰って来るとかいう意味かなぁと、
深く考えずにちょっと早いめながら、料理の仕込みに掛かっていたゾロだったところへのこの急襲で。

 「覚えてたのか。」
 「ったりめぇだろ。俺が決めた日だぞ?」

落とさぬよう、崩さぬよう、
一応は生クリームでコーティングされ、デコレートもされた大きなケーキを
カウンターの上へと置き、

 「ゾロはケーキよりこっちだと思ったけどな。」
 「お。」

どんと、その横へと置かれたのは、漆黒のガラスの瓶に入ったなにか液体。
それを見た破邪さんが括目したのは、

 「天巌宮の酒蔵でも指折りの清酒 “トキ2号”だ、心して飲め。」

そうと紹介されるまでもなく、
ボトルの意匠でそれは判っていたらしいお兄さんだが、

 「ただの酒じゃあねぇぞ、何とルフィも麹合わせや何やを手伝ってた逸品だ。」
 「おお。」

へっへぇ〜っと笑顔全開なルフィさん、実は昨年の仕込みの頃から、
時々内緒で天巌宮まで招かれちゃあ、特別な仕込みへ参加させてもらっていたそうで。

 「さぁ、料理の続きも仕上げようや。」
 「わあ、何だよゾロ、自分でこんな支度してたんか?」
 「いやいや、いつもこんなもんだぞ?」
 「えー、そっかぁ?」

黄昏時になればチョッパーも天界からの贈り物を抱えてやってくる。
楽しい宴になるに違いなくて、
何はともあれ、


   
Happy Birthday,zoro!!





 
おまけ<<<



そういえば今日は“ポッキー&プリッツの日”だそうで。

「あ、俺知ってるぞvv」

年の数だけポッキー食うんだ。
食べ切るまで何もしゃべっちゃいけないんだぞ?

 「ルフィ、なんかいろいろ混ざってねぇか。それ。」




    〜Fine〜   18.11.11.


 *ポッキーの日は、書きながら思い出しましたが
  どこにも割り込ませられなくてこうなりましたよ、迂闊。
  ホントは“桃太郎侍”も割り込ませたかったけど、
  どこまでふざけるのだと叱られそうなので反省して取りやめました。

  「ひとぉつ、人の世の生き血をすすり。」

  実は続きもあって全部で10番まであって、
  高橋英樹さんが考案したものだそうです。

  ひと〜つ、人の世の生血を啜り、
  ふたつ、不埒な悪行三昧、
  みっつ、醜い浮世の鬼を、
  よっつ、世の為人の為、
  いつつ、何時でも斬り捨てる、
  むっつ、無情な世の悪に、
  ななつ、涙を流す心無く、
  やっつ、厄災招く鬼共よ、
  ここのつ、此の世の悪人全て、
  とお、説くも聞かねば叩ッ斬る。

ご感想はこちら めるふぉvv

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