天上の海・掌中の星

     “霜降のころ”



足には自信があって、古い言い方で“韋駄天”とかいう呼ばれようを
じいちゃんやばあちゃんから されてもいたほどで。
いや別に、おっかないその手のものから逃げ回ってたから
鍛えられたってことではないと思うんだけれど。
どっちかといや、こっちから追い回してたクチで、
こういう言い方したら “え"?”なんて
ゾロとサンジの両方から
そりゃあ途轍もないこと聞いたと言わんばかり、
目ン玉かっ開かれちゃったよな。

 『あのなぁ、ルフィ。』
 『あれだな、きっと。
  小さい頃はあの巫女さんの美魔女様が傍に居たんで
  性根の悪いのは寄って来なかったんだろ。』

何かしら言い聞かそうとしかかったゾロの声を遮って、
サンジがヲトメぶって指を組みつつ、他愛ないこと言い出して。
いやまあそうだったんだけども、それって幼稚園に上がる前の話だし。
ばあちゃんもなかなか忙しくなっちゃって、
今いる会社の “しーいーお”とかいうのになっちまったもんだから、
年に何回か、実家の神社の特別なお札を送ってくれてたくらいなんだけどもな。

  ___ ともかく。
     お前は放っておいてもいろいろ寄って来ちまう身なんだから、
     わざわざ自分から首突っ込む真似はすんな。

夢見るサンジは放っておくとして、
あらためてゾロが言い渡したのは、いつものとさして変わらない注意事項で。
ただ、今回はちょっと風向きが違うというか、
これしか手っ取り早く 方ぁつける手はないなということで。
耳元やら胸元でちゃりちゃり弾む、
香木のチャームが立てる音が小気味いいなぁなんて思いつつ。
児童公園のブランコ周りの柵をひょいと飛び越えたり、
そのまま奥向きへ突入して、
池の周りを巡る遊歩道、そろそろ山茶花に蕾が付き始めるのを頬に感じながら、
おでこ全開で駆けてゆく先には、
まだ多少は緑も残る芒の茂みを前に腰を落として座す人影が見える。
胡坐をかくほど座り込んではなく、
ようよう見ると片膝付いて屈んでいるだけのような体勢。
やや顎を引いており、双眸も閉ざされているので、
こちらの様相には気づかぬまま、瞑想にでも耽っているかのようでもある存在で。
ただ、それだというなら利き手の逆側、
左すぐ傍へと召喚されている白さやの和刀は何なのか。
少年のまとう赤いウィンドブレーカの裾がばさりとひるがえり、風が一瞬強くなる。
池の周辺、奥向きは手入れが入っていないものか
芒だろうか葉の長い草が結構生い茂っており、
ちょっとした草原もどきの様相で、それがざざんと波打って見事。
そこへ向けて駆ける少年へ、

 「…っ。」

何もいないはずの背後から鋭い何かがしゅんっと飛んで来て頬をかすめる。
前傾姿勢になってまでの全力疾走、
それこそ矢の如く、弾丸の如くという勢いで駆ける少年はだが、
特に焦燥に駆られてはないようで。
ちょっとした鬼ごっこでも楽しんでいるものか、
ぐんぐんと近づいてゆく屈強な男衆へにやりと笑うと、
すぐ手前まで除けもせずに直進し、
もはやぶつからずには止まれなかろうという勢いのまま接近した末に、

 「…ぞろっ。」

だんっと踏み切って その男の肩を足場にと踏みつけ、
そのままひらりと中空へ駆け上がる。
余程に身軽で、こういう荒事への慣れもあるものか、
それは軽やかに、恐れもなく飛び上がった矮躯は、
その先に広がっていた秋の中空へ放り出されたように見えたものの、
その風景がいきなり、舞台の幕のようにばっさと歪んで、
坊やを捕まえた辺りを芯に萎まりつつひるがえり、
坐した男の後背、中空にいた誰かの広げた腕の中へ、
少年ごと取り込まれてゆくではないか。
風景が精巧に描かれた、実は絵画であったかのような、
それを風呂敷でも引き絞るような恰好で
誰ぞの懐へと収拾されつつあるというシュールにもほどがあろう意外な展開へ、

 《 な…っ。》

坊やを追っていた何者か、ぎくりとしたがもう遅い。
片膝折って座り込んでいた男がその切れ長の双眸を開くと、
むくりとその身を立ち上げ、その所作の中で大太刀を手にして鞘から引き抜く。
すぐの背後でぐるんと巻かれるようにすぼまってゆく風景が、
何かの舞台背景みたいな、それとも
彼が羽織った大きな外套か羽織を
軍旗のように風に乗せ、なびかせてでもいるかのような。
それはそれは鮮やかな効果を醸しており。
視野一杯に広がったそんな翼もどきを目撃した妖異、
もはや止まることもならぬ焦燥からか、
そちらも大きな翼もつ禍々しい姿を現すと、
瞼のない大きな双眸を大きにギョロつかせ、
絶望のそれだろか、ぎゃあぁという大喚声を上げたが もう遅い。

 「…っ。」

その語尾も断ち切る勢い、
水平に打ち振られた腕の動線が 果たして相手に見えたかどうかという鋭き斬撃が
亜空の空間ごとすぱりと切り裂き、何もかもを滅せさせ。
確かに結構な大きさの何かがあったのに、
それが上下へ発ち割られた事実も一瞬の幻か。
水気を失った土のように、炭酸に呑まれてゆく粉砂糖のように、
シュワシュワ泡立つ端からその形もなくなっての、あっという間に消えてゆく。

  しゃりん、きん、と

作法通りに腕を回し、
太刀を鞘へと収める涼やかな音がして。
それがまじないの咒であったものか、
風景を剥ぎ取られた奇妙な空間に秋の斜光が音もなく差し入り、
淡い色づき、周辺の風景がじわじわと立ち戻って、
風の音やら鳥の声、遠くの道路の車の走行音やらまでもが戻っておいで。

 「やっつけられたな♪」
 「おうよ、ルフィも頑張ったな。」

寂れた祠を塒にしていた地霊くずれの妖かしが、
何を弾みにしたものか、犬猫やら小鳥相手に生気を盗む悪戯を始めており。
野良では済まず人の家の周縁にまで伸してきているのが怪しいと、
いかにも生気の塊でござると判りやすいタグ代わり、
香木で作った飾り物を下げたルフィが駆け回るとあっさり付いて来た欲張りな妖異。
こうまで攻撃出来る力をつけているのは危ないと、
いつもの成敗と相成ったのだが、

 『何でルフィに手伝わせたんだ。』
 『いかんいかんとダメだしばかりしてっから、
  無謀なことだのに 自分でってやりかねんのだろうがよ。』

箱入りにするつもりはないけれど、
ただでさえ妖異に狙われやすい身なのだから、
こっちの仕事にかかわるなとして来たものの。
それだとご不満なルフィさん、
自分の力を正確に判ってないまま、ちょっとした相手なら自衛できるとばかりに
勝手に危ないこともしかねぬぞよと、サンジが妥協したのがこたび。

『油断しなけりゃあいいんだ、そうだろ?』

それとも手前ぇ、目の前であっさり攫われるよな間抜けかよと、
適当に焚きつけて、喧嘩腰ながらも“そんなこたぁねぇ”との言質を取って、
今回の仕儀と相成ったわけで。

 「あ〜、いっぱい走ったから腹減ったぁ。」
 「任せろ、今夜はテーブル足りねぇくらいのご馳走作ってやらぁ。」

けしかけたからには責任は取るということか、
晩飯はたんと用意したよとからから笑う聖封さんなのへ、
詰まらなさそうに口許歪めた破邪殿だったのが可笑しくて。

 「もしかしてゾロ拗ねてねぇか?」
 「ば…っ、何言ってやがんだ、こいつはよっ。///////」
 「おお、図星か? 何真っ赤になってやがる♪」
 「違うっ、こら、訊けよ手前らわよっ。//////」

夕日のせいだとでも言いたいか、往生際の悪いお兄さんからたったか離れ、
二人で先ゆく黄昏どきの原っぱもどき。
時折吹く風に、笛吹くような唸りも混ざって、
秋がいよいよ深まりつつあるようですねと。
ぱたたと飛び立った小さな鳥が彼らの頭上を斜めに追い抜いてった、
秋の夕方でありました。


    〜Fine〜   18.10.23.


 *何か早いな〜。
  ちょっと前まで、急に夏レベルの暑さが戻ったとか言ってたのに、
  急に肌寒くなったそのまま、もう晩秋かというよな雰囲気で。
  そいや来週はハロウィンですが、
  今年は盛り上がっているんですかね。
  なんかああまで意味のないバカ騒ぎされちゃうと
  引いちゃうというか、何やってんだかねぇと呆れちゃうというかで。
  クリスマスもブームになったばかりの頃は
  意味も知らんとまあまあと、こんな風に見られていたんでしょうかね。

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