天上の海・掌中の星

     “初夏の手前”


日本に今一番多く植わっている桜、ソメイヨシノは
実は同じ樹から増やされた“クローン”だというのは、
今や結構知れ渡っているトリビアで。

「トリビア?」
「っていう名前の、蘊蓄番組があったんだよ、一昔前に。」

レアな話やコアな話を扱う蘊蓄番組って、
思い出したよに出て来ますよね、ライフハックとか伊東家の食卓みたいに。

  それはともかく

クローンなので同じ条件下に植えられたものはほぼ同じ反応になる。
一斉に咲いて一斉に散る。
ぽつぽつ咲き始めたそのままぶわっという擬音が相応しい勢いで満開になり、
1週間ほどのち、一斉に散ってしまう。
一つの木の中でもその協調性はあって、
上からとか日当たりのいいところから順々に咲いていくので半月は楽しめるというよな猶予がないのは、
増やし方が“挿し木”だからだそうで。
種から苗まで育ててという手順を踏んでないので、
そりゃあ早く成木になるが、樹が枝みたいなものなので、
一気に咲いて一斉に散るのだそうで。
特にソメイヨシノは 葉が出る前に花だけ咲くところが見栄えも派手だと持て囃されたらしい。

「まあ、花見が彼岸と重なる異常事態は避けられたのは、俺ら大助かりだったけどな。」

ルフィの大親友であるウソップは、家が店屋を営んでおり、
もともと3人の弟の世話焼きなどもこなす孝行息子だったが、
最近では店の手伝いにも頼られておいで。
お彼岸や花見には当然それら対応となる商いなので、
春休み中のルフィも途轍もなく忙しい頃合いは手伝いに行くよになっており。
特にこの春は、とんでもなく寒かった冬があっさり終わったかのように、急にぐいぐいと温かくなり、
なんとお彼岸前に夏日を記録したほどで。
その余燼で桜の開花も早まってしまい、
下手すると彼岸の手土産やお供えと花見弁当が重なりはせぬかと、
双方に重要があるウソップのご実家がぎょっとしてしまったものの、
それは猛烈な寒の戻りが襲ったため、
どこかに厨房を借りねばとなるほどの大繁忙だけは免れたという。

  そして、これはその反動というべきか

桜があまりに早く満開になったものだから、
この時期ぽっかりと 見頃な花が見られないおかしなことになっていて。

「まあ、探せばサツキの早いのとかチューリップとかなくもないが。」
「どっちも本来はもっと後だがな。」

ギリギリ何とか花が残ってはいた桜に迎えられた入学式もすぎ、
身体検査や部活の紹介などなど
オリエンテーションが続く今週いっぱい、早めに帰れるルフィであり。
昼食なのだかおやつなのだか、
破邪殿お手製のそれを目指して超特急で帰宅する坊ちゃん、
早脚ながらも周囲へ目をやる余裕はあるらしく、

「いつもなら、桜が終わるのとツツジが咲くのとバトンタッチのはずだもんな。」

卯の花とかユキヤナギとか、ニセアカシアの白い花が新緑に映えるものもうちょっと先かもで。

「あ、でも季節といやあ、駅前で街路樹が妙にハラハラ散っててさ。」

秋でもないのに赤くなった葉だけ、パラパラって降ってて、
今日なんか風が強かったからなかなか見ものだったと、
駅前に乗り場がある市営バスのロータリー沿い、
名前までは知らないけれど、そんな木があったぞと不思議そうに言う坊ちゃんなのへ。
おやつ代わりの特製カレーパンを揚げてやりつつ、

「散った葉だけが赤かったのか?」

確かめるようにゾロが訊く。
揚げ物までこなせる主夫殿、一応は帆布性の胸元掛け型エプロンを巻いており、
ちょっと見、小じゃれた喫茶店のマスター風な見栄えだが、
短く刈られた髪といい、Tシャツの二の腕の逞しさといい、

 『喫茶店のマスターっていうより自衛隊の食事長ってとこじゃね?』

そんな味のあるキャラじゃあなかろと、鼻で嗤ったサンジだったの思い出し、
でもなあ、美味しいの作ってくれんのにその言いようはないよななんて、
食いしん坊な坊ちゃんがこっそりと笑ったりして。
そんなところには気づかぬまま、
大皿に山のように盛ったそれは香ばしいカレーパン、
ひょいと掲げてダイニングのテーブルへまで運ぶ破邪殿、

「それってクスノキかも知れんな。」
「クスノキ?」

ああと応じ、どうぞと顎を引けば、
ぱちんと手を合わせて“いただきます♪”とちゃんと口にしてから、
熱っつあつのをハフハフと食べ始めつつ、訊き返す器用さよ。

「ああ。冬ごもり前に葉が散らない代わり、今時分に古い葉が落ちる木でな。」

冬を前にし、日照が減るのをおぎなうように葉が落ちる落葉樹と違い、
通年で緑の葉をたわわにまとう樹も、
それなりの新陳代謝として葉っぱの入れ替えは為されており。

「松や笹なんかも、入れ替えって恰好で秋じゃない頃合いにはを落としてっからな。」
「そうなんだ。」

ふ〜〜んと、真ん丸なドングリ目を日頃以上にかっぴらいていたルフィだったのは、

「…悪ぁりかったな、妙なことへ詳しくてよ。」
「いや、うん。ごめん、ちょっと意外だったから。」

思えば幼い自分より、それこそ人の歴史と沿うくらいの長さで存在している相手なのだから、
何かしら物知りでもおかしくはないはずなのに、

「要らないことは片っ端からどうでもいいって忘れてそうで。」

俺も、数学や物理の公式とか用語はテスト終わると忘れるしなんて、
そんなことを例えとして持ってくる辺りが罪がない。
ただ、

 “そういう自分こそ、”

草花や空の色、風の匂いに実は敏感だなんて、
他の連中には意外だと思われそうだから、あんまり口にしないでいる少年で。
他の者には見えない魔物、自分にしか感じ取れない瘴気の淀み、
異質な奴めと爪はじきにされるのもいやだが、それ以上に
怖がらせるのはよくないなと、早めに気づいて取ってる態度だそうで。

「んめぇ〜vv」

何処の早食い王だというほど、
それはパクパク軽快に食べまくりのお元気な坊やを眺めつつ、
この小さい身の何処にこれが収まるのやら。
食べっぷりのみならず、人への配慮も奥深いことへ、
一緒にしちゃあいかんのだろうがと、苦笑が絶えない破邪様だったらしい。







「じゃあ、樹の精霊じゃあない邪妖は精霊刀で消せるんだ。」
「まぁな。」

ルフィからの疑問へ応じつつ、
逆手に握っていた精霊刀を ずだんと勢いよく突き立てた街路樹は、
衝撃のせいでか、さらさら音を立てて木の葉が花吹雪のように舞わせたものの、
一陣の風と共に吹き飛んだ落葉はそのまま周囲に溶けて消え。

「あ…。」

それを追うかのごとくに、
樹の幹から滲み出し、ふらりと倒れてきた何者か、
乱杭歯のような牙が唇からはみ出している鬼もどき。
立っていられずなまま、地面へ倒れ込む直前で塵芥と化してやはり消え去ったが、
そ奴が出て来たところへ突き立てられたはずの刀の痕は 樹皮にほのかな罅すら残ってはいない。
周囲へは結界を張ったので、
まだ夕方のラッシュではないにせよ、ぼちぼちと人通りもある駅前での抜刀も、
結構大胆な仕儀だというに、誰にも気づかれてはないのが大したもの。

  クスノキじゃあないのかと言いはしたが

はて今時分にそうまでの落ち葉とは前年の例がないのが面妖な、
第一、落ち葉掻きへのお誘いとか、回覧板でも回ってきてないよなと。
主夫たる習慣則のそっち方向から不審を感じたゾロさんが腰を上げ、
夕飯用の買い出しがてらの足伸ばし、
花時分は端境期だが、それでもと花見に行ったお話は
やはり物騒な邪妖退治になりにけりだったようでございます。








    〜Fine〜   18.4.13.


 *ウソップくんちのお商売、そういや具体的に書いてなかったっけ?とちょっと混乱。
  確か食べ物屋さんだったような気がするんですが…。

  そして突貫の付け足しみたいな邪妖狩り部分は、
  首痛たたが邪魔をして集中できませんでした、すいません。
  もう半年は整形のリハビリに通ってるのになぁ。
  なかなか収拾しませんです。一生モノのお付き合いしなきゃいかんのか。とほほ。

ご感想はこちら めるふぉvv

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