天上の海・掌中の星

     “月見の前の神隠し”


今宵は人らの暦で“十五夜”という日なのだそうで、
和菓子屋さんにやたらと月やウサギの絵が付いた張り紙が目立つ。
甘くていい匂いがする和菓子屋さんは、
盆とか彼岸とか、霊的な行事にまつわるお供えを作るお店だと、
仲間内の姐様に聞いたことがあって、
十五夜というのは微妙にそういう日じゃあないけれど、
涼しくなったことで過ごしやすくなった晩に、
月がきれいなのでそれを眺めて過ごそうじゃあないかなんて
いわゆる“風流”とかいうのをたしなむ人らが
宵を楽しむ行事なんだって。
難しいことはあんまりよく判らないけれど、

 「お団子、いいなぁvv」

白木の三宝に積み上げられた真ん丸なお団子は
つやつやしていてそれは美味しそう。
ああでも蜜が掛かってないからあんまり甘くはないかもしれないな。
どっちかといや餡子も食べたいな。
ふかふかした長芋で作るじょうよ饅頭も、餡子でお餅をくるんだおはぎも好きvv
練り切りも美味しいし、四角いきんつばもいいなぁ。
玉子とハチミツたっぷりの生地に、餡子挟んだどら焼きも美味しいんだよね。
イマドキは抹茶風味とか言って緑のが流行っているようだけど、
あと、大福に生くりぃむとか入っているのとかもあるらしいけど、
アタシは昔ながらの普通のがいい。
洋風はそうさな、かすてぃらまでかな?

 「うん。俺もカステラ好きだな。」

うぉっとぉ、何だ何だいきなり。
いつの間にやら、すぐの隣に同じように腰掛けてた奴が居た。
つか、このタイミングの良さはもしかして。

 「えと、アタシもしかして独り言言ってた?」
 「おう。」

うぁああぁぁ、恥ずかしい〜〜と頭を抱えたアタシに構わず、

 「銀嶺庵の店ん中が此処から見えるなんて、お前 眼ぇいいのな?」

そいつはからからと明るく笑って、

 「あすこは饅頭も団子も大福も美味いし、
  かりんとうとか芋けんぴとか、金平糖や飴も置いてるから、
  いつ行っても迷っちまうんだよなぁ。」

落雁とかいう砂糖の固まりはなんか薬みたいでイマイチだけどもな。
別のところには煎餅専門の店もあるんだぜ?なんて
そんな風に美味しいものの話を続けるもんだから、

 「え? お前、あの店に入ったことあんのか?」

そりゃあ凄いって訊いてみたら、
おうと答えて何度か頷いてくれてから、

 「今日も寄って来たぜ?
  ほら、月見饅頭だ。食うか?」

わしゃわしゃって音がする袋からそいつが出したのは、
透明の皿みたいな箱に5つほど入った、白いじょうよ饅頭で。
焼き鏝で耳とひげが描いてあり、赤いぽっちりで眼が描いてあるから兎なんだろな。
わあわあ、何か甘い匂いするし、柔らかそうだぞ。

 「もしかして作りたてか?」
 「そうじゃねぇかな。だってこればっか売れてたし。」

ショーケースの上へ包装されてるのが積まれてあったそうで。
でも、こっちは手土産贈答用ではないのだとか。
ぱかっと蓋を開けたまま、ほれと差し出され、

 「え?」
 「一個やる。」
 「え?え?」
 「一緒に食おうぜvv」

にぱぁという音がしそうなほど、それはにっかり笑った少年へ、
こんなことはじめてなこと、え?え?とただただ驚いちゃったけど。
白い兎があんまり美味しそうなので、
じゃあお言葉に甘えてって、手を伸ばして柔らかいのを手にしかかって

 ひょいっ、て

手に取ったその瞬間、ぱぁとそりゃあ強い光が差して、
アタシ、思いきり吹き飛ばされそうになっていた。

 「わ、大丈夫か?」

隣りの子が慌てて手を伸ばしてくれたんで、
腰かけてたクスノキから転げ落ちまではしなかったけど。
懐へ抱き込んだお饅頭も無事だったけど。

 「アタシはいいからあんたは逃げな。」

今のはカラカミの主様の逆鱗の火だ。
アタシらが悪戯したり、しきたりを守らなかったら
何処に居ても即 照らしてきて、反省しろと叩きつけられる。
見ない顔だからこの子は新顔、きっとそういうの知らないんだ。
初のお彼岸でこんなの供えてもらって、
でも、自分が人じゃあなくなってるって、まだ気づいてないんだ。
カラカミ様はそういう事情とか言ってくれないからさ、
痛い思い一杯してから覚えてくしかなくて。
こんないい子が痛い想いするの可哀想じゃないかって思ったら、

 「で―じょうぶだヨ、オレは。」

へへーって笑ったまんま、飛ばされなかった饅頭をぽいって口へ放り込む。
むっしゃっむっしゃと美味そうに食うと、

 「つか、カラカミ様とは偉そうな名前だな。
  ここいら一帯、土地神様がちゃんといるのへ封をして
  割り込んできた図々しい奴なのに。」

そんなことを言い出した。
え?え? 何の話だ、それ?
さわさわって時々揺れる葉っぱの影の中、
さっきの逆鱗の火がもう飛んでこないのも不思議で。
どっかへ振り落とされて、痛い想いするまで
御免なさいって何べんも言うまで転がされるのに。
キョトンとしているアタシの耳へ、
ぎゃりん・がつんっていう痛そうな金もののぶつかる音が聞こえて。
何だ何だってそっちを見ると、
長そでシャツにズボンって恰好の男の人が、
両腕伸ばした尋ほどありそうな大太刀振りかぶって
何かへガツンガツンって切りかかってる最中で。

 「土地神様の上へのしかかった、付喪神崩れの狛犬だってよ。」

長い歳月かけてみんなが手を合わせてくれた
そんな信仰心を身にしませ、付喪神ってのになれたのを。
どう勘違いしたもんか、
社を預かる神様になったのだと大威張り、
そもそも仕えていた土地神様の社の扉前に居座って封じたがため、

 「ねえちゃん、ホントは土地神様の声を聞く鳥妖なんだぜ?
  覚えてねぇのか?」

 「え?え?え?」

何それ、何それ、何の話?と、
混乱してたら、ふわって
暖かい手がアタシの肩先を捕まえて来て。

 「もう大丈夫だよ、バードガールのお嬢さん。」
 「お、サンジ。結界張れたんか?」

少年には顔見知りか、気安いお声をかけた相手、
伏し目がちにした双眸も麗しい、金髪白面の色男が
そりゃあ雰囲気出して甘い声で囁いたが。
不意打ちで背中を抱きしめるよにして肩を抱いたりしたものだから、

 「ひゃあぁあっ!」
 「あ、そっか。」

所謂 瑞鳥に属す鳥妖の彼女に限っては “悪しきもの”ではないものの、
それでも霊的存在にあたるので、
天聖界の存在が触れれば、中てられ負けて昇天状態になりかねぬ。
そうであることも知らずに、
でもでも、意識が遠くなりかかったのだろう、
悲鳴を上げてふらふらと萎えかかった彼女だったのへ、

 「わあ、済まねぇ。この坊主が普通に触れてたもんだから、つい。」
 「何だよ、オレのせいなんかよ。」

慌てて、でも突き放しはしないでそっと離れた聖封さんの言いようへ、
最初に声をかけてきた坊やが頬を膨らませる、ほのぼのムードのこちらと違い、

 「うぬ。」
 「どうしたよ、狗神様。」

がばりと頼もしい脚を開いて踏ん張った、屈強な青年。
斜に構えた大太刀をやや頭上へ笠のようにあみだにかざし、
その刃をじゃきりと音立てて握り直したその刹那、


 「な……っ!」

ぶんっと、
空間のひずみが見えたよな気がしたほどに、
太刀の切っ先へと乗せた重い重い圧を下方へと振り下ろした破邪殿。
巌のようなというむきむきの野太さはないというに、
ぎりりと引き締まった逞しい二の腕や肩がしなやかにうねると、
それへ吸い込まれるような旋風が起きての容赦なく引っ張られるらしく。
かかとや膝頭から青い炎を噴き出した悪鬼、
ここいらの精霊らを支配していたほどの神通力も
すべてを自身へかき集めて踏ん張っていたものの、

 「往生際が悪いぜ?」
 「ぐあぉぉっっ!!」

振り下ろしたところから切っ先差し替え、
今度は真横へ振り切られた太刀筋からは逃れられなんだか。
牙のように長くとがった爪も楯にはならぬまま、
精霊刀にその精気ごと解かれてしまい、。
シュワシュワと炭酸が弾けるような按配、宙へとほどけて消えてゆく。
あっさりと片付けたように見えるのは、それだけ実力差があってのことで。
村集落以上の神域を束ねていた土地神を抑え込んでただけはあった妖異だが、

 「馬鹿力野郎め、一気に薙ぎ払うぞなんて言い出しやがってよ。」

はぁあと吐息ついた聖封様、
ジャケットの懐からたばこを取り出すと、手慣れた所作で火を点け、
紙巻きを上下させて拗ねたように唇を尖らせる。

 「そんなしたら、ネエチャンたちがいきなり目隠し取れたような反動受けて
  びっくりして暴れ回るかもしれないって。」

うくくと笑う、まとまりの悪い髪した坊や、
キョトンとしている鳥妖さんの半開きの口許へ、じょうよ饅頭をねじ込んだ。

 「…あ。」

甘さと共にじわじわと脳裏へよみがえるのは、
不意に打ち付けるよに吹き荒れた風があり、頭がぼうっとしたそれから、
何故だか偉そうな誰かが自分たちを虐め始めたことで。
あれ?何でそんなことになってたんだろ。
クスノキの根方のお社から出て来られた土地神様は
やれやれと頭を振るとおいでおいでと呼んでくださり、

 「………あっ!」

そうだよ、何で忘れてたんだろ。
アタシはお社の守り役だったのにさ。
お社の周りで、狗狛や猫の使いが頭押さえて起き上がってる中、
さっきまで隣に居た坊や、ひょいって梢から飛び降りると、
物騒な刀をどっかへ消したお兄さんの所へ駆けてゆき。

 「じゃあな。」

バイバイなんて気安く手を振る。
こっちはこれでも神様に仕える存在だぞ。
ああでも、お饅頭は美味しかったな。何だ、魂じゃあなかったんだあの子。
お月見の話とかしてったなぁ。
アタシらも今宵は月見をしようと、
主様のところへはせ参じる。
ホントだったら主様に頂いてた生気、
さっきの他所神に吸い取られてて頭が働かなかったらしく。
長いこと踏みつけにされてたような錯覚は、月の力が増してたからで、
もしかしたら危なかったかも知れんよと、尾長の兄さんが身を震わせる。
忌まわしい邪気、祓ってくれた不思議な連中、
もはやその影さえどこにも見えずで、

  そういやお礼を言い損ねたな、
  月を眺めると言ってたから、同じことすれば伝わるだろか。

まだどこか夏の名残も感じられる昼下がり、
じきに訪のう宵を想いつつ、
白い小袖をひるがえし、
緑の梢の間を縫うようにお社まで羽ばたいた鳥妖の少女だった。





    〜Fine〜   18.09.24.


 *23日って秋分の日でしたね。
  お彼岸より中秋の名月の方へ先に関心が行った罰当たりもんです。
  というか今年の十五夜ちょっと遅い気が…と思ってたら、2020年のは10月1日らしい。

ご感想はこちら めるふぉvv

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