天上の海・掌中の星 “日永春宵”
 

 
 一月二月という、一年の中で一番寒い時期を、だが、日本人は古来から早々と"春"と呼んでいた。稲作の段取りを様々に数えるその最初を正月に定めるから、四季の最初の"春"を当てているのだ…とか、水がぬるむ季節までの下準備をしつつも"早く来い来い"と待ち遠しくてだ…とか、まま色々と考えようはあるのだけれど。暖かい日和が進んだり、そうかと思えば寒が戻ったりという具合に行ったり来たりのその中で、少しずつの春を見つけるささやかな楽しさがまた格別な季節なのには間違いない。


  「もうすぐ三月だもんな。」
  「そういや、アイサから葉書が来てたぞ。お祭りをするから来いってさ。」
  「おお、ひな祭りだな。」
  「それは俺も知ってるぞ。女の子の祭りだな。」
  「そうだぞ。そいで、雛あられを年の数だけ食べるんだ。」
  「………じゃあ、端午の節句には柏餅やチマキを年の数だけ食うのか?」


  ――― そんな決まりだと…お爺ちゃんが死んじゃうよう。
こらこら






 物騒な冗談はともかくも。(失礼致しました)陽も日に日に永くなり、降りそそぐ陽射しの密度も心なしか 徐々に濃密になって来たような。
「ナミさんがサ〜vv まるでハチミツが少しずつ足されてくみたいねだってvv
 女神様ともなるとやっぱ言うことが詩的だよなぁ〜と、甘い鼻息も荒く"うんうん"と頷いて見せる金髪碧眼の聖封さんへ、
「…ナミは"天使長"だろが。」
 なのに いつから格が上がって"女神"になったんだと、何を寝言をほざいてやがると言わんばかり。この彼にしては珍しくも細かいところへ突っ込みを入れる、緑の髪をした破邪様だったりする。こんな具合に、夢心地な言いようへ水を差されるのがいつものことならば、
「うっさいな。」
 それへと ぴききっとこめかみを引きつらせて、サンジが過敏に反応してしまうのもいつものこと。
「大体、お前なんかに"春の兆し"なんていうロマンチックにも繊細なもんとかが分かるのかよ。」
 相変わらず真ぁっ黒なシャツにパンツにジャケットに。それじゃあまるで死神じゃねぇかよ、何だと? よく見ないか、シャツの下のTシャツは白だ。そういうお前こそ、そのピンクのシャツは洗濯の失敗か? 赤い腹巻きとでも一緒に洗ったのか。ああ? やかましいわ、俺は料理は作るが洗濯なんざ自分でやんねぇんだよ。そんなもん威張れることじゃねぇぞ。代わりにやってくれる人がいるんなら、ちゃんと感謝しな…と。

  "なんか所帯臭い喧嘩よねぇ…。"

 感謝の心は確かに大切だけれど、天聖世界の、それも聖宮の中枢部でそういう会話は遠慮してほしいかなとか。多少のお茶目には目を瞑るナミさんでも、苦笑混じりにそんな風に思ったりもするらしい。
「さあさ、鬱陶しい喧嘩はそのくらいにしてちょうだい。」
 その天聖世界の東に位置する"天水宮"に、今日は珍しくも双璧が揃って足を運んでいる。というのが、朝から春を祝うちょっとした祝典があり、天聖世界全体へ向けてのご挨拶の辞を、天使長のナミが述べることとなっているからだ。東西南北の四方にそれぞれ位置する聖宮は、四つの季節もつかさどっていて、東の天水宮は"春"担当。そんな大切な場での式辞ともなれば、その左右にはやはり…実力的にも見栄え的にも優れたる"双璧"さんたちを侍らせておきたいというもので。
「美しいナミさんをお引き立てするためならばvv」
 何だってしちゃいますよとばかり。春めいた淡い青という色みの、こちらさんには着馴れたものである ぱりっとしたスーツ姿にて、にっかりと笑って見せるサンジさんのちょいと後方、
「…だーっ、面倒臭せぇなっ!」
 こっちは淡い緑という色みのスーツの襟元、濃色のネクタイを…なかなかきちんと締められなくてむっかりと来ているゾロであり、
「相変わらず不器用よね。」
 やれやれと溜息をついたナミが目配せをし、女官の一人が畏れながらと会釈をしつつも進み出て、すいすいと結んでくれた。

  「ほ〜ら。カッコいいじゃない、二人とも。」

 片やは、強靭にして撓やかな鞭のように、きりりと引き締まった長身痩躯の、クール・ダンディな美丈夫で。ぱさりと目許から頬まで流した金色の髪と、色白な頬に映える宝石のような水色の瞳。天聖世界の貴籍に属する家系の御曹司であるせいか、面差しも端正なら、ちょっとした立ち居振る舞いにもエレガントなノーブルさが滲む、なかなかの伊達男だが、これで邪妖相手の戦闘を任せれば。迅風逆巻く鋭利な蹴りや、切れ味鋭い封咒の術にて、大概の妖魔をあっさりと封滅出来てしまえる頼もしさ。
 そしてもう片やは、スーツのいかにも礼服然とした直線に鎧われても、決して押され負けしてはいない存在感をたたえたままな、背中や肩のラインも頼もしき、屈強精悍な偉丈夫で。淡い緑という珍しい色みの髪をざっくりと短めに刈り、切れ上がった翡翠の目許に少しばかり頬骨の立った、いかにも男臭い鋭角的な容姿・面立ちは。本人からして鋭い刀剣のような雰囲気をしている彼の、史上最強の"破邪"という肩書へ、絶妙な風格や威容となってマッチしており。今日のそれのように形式張ったいで立ちでいると、特に際立ちもしないまま締まって見える体躯なれど。いざ、精霊刀を振るう勇壮な場面では、力強くも隆と張った腕や肩、胸の躍動の何と重厚に雄々しいことか。

  "今日ばかりは鼻高々ってところよね。"

 黙って立っているだけだったら、天聖世界広しといえど これ以上の華はない自慢の"双璧"たちだ。日頃、荒くたい物腰や我儘な言動に我慢させられているのだから、こういう日くらいは多くの…主に女性陣たちからの、憧れや羨望の眼差しを独占したいと思ったって罰は当たるまいと、ナミさんもご機嫌そうであり、
「それでは、宣辞の席へ。」
 祝典の段取りを任されているらしき係の者が、関係者たちや他の宮からの来賓たちの待つホールへと一同を促すと。いかにも春をつかさどる天使長様らしく、淡いオレンジとピンクの薄絹を幾重にもまとわしたロングドレスの裾を軽やかにさばいて、天井も高く広々とした大理石の回廊を進むナミと、その後衛に居並んだ双璧のお二人さん。それぞれに誇りと自負の高さを示して、胸を肩をしゃんと張り、そのまま天国とやらへでも続いていそうな、大きな大きな扉の前へと向かったのであった。





            ◇



 春の祝典というのは、季節の変わり目に催される、天聖界恒例のちょっとしたセレモニーのこと。前の季節の担当宮から次の季節を担当する宮へ、世界の"時間"を象徴する"風"の任を受け渡しするという式典であり、春が終わる頃には次の季節である夏へと同じように引き継がれてゆく訳であるが、それぞれの宮の周辺に住まう者たちには、滅多に逢うことさえ叶わない貴籍の方々の姿が直に拝めたり、祝いの特別な振る舞いがあったりするので、それへとわくわく浮かれて騒いだりする楽しいお祭りの日でもある。口にすれば精霊力がアップするという、特別な祈念酒やら祝いのお菓子なんぞが配られて、ああ今年もナミ様は美しかったねぇ、サンジ様のなんと美麗に優しげだったことか、なになにゾロ様のあの雄々しさこそ惚れ惚れするところさねと、それぞれにファン層が分かれていたりして、何だか地上世界のアイドルさん扱いに似てたりするかも。
(笑) 聖宮内の人々にしても、無事に回って来た新しい季節をお祝いするという厳粛な意味合いとは別の、どこか華やかな空気の中では、やはり浮かれてしまいもする。日頃は取り澄ました執務官も、今日ばかりは鼻歌混じりに回廊を行き交う中、

  「………ねぇねぇ、サンジくん。」

 集まった皆々様へ向けての宣辞を捧げたバルコニーから退出すると、式典用のローヴをさっさと着替えて、執務用の…いかにも闊達そうな才媛風のスーツドレスに着替えてしまった女神様に声をかけられ、こちらさんも…誰かさんとの色違いペアルックは御免だと最初の自前のスーツへ着替えてしまった聖封殿が、恭しくも御前へと進み出る。
「どうしましたか? ナミさん。」
 ちなみに、此処はナミさん専用の第2執務室。公的なお仕事に使っているところの執務室の奥向きにあって、奥まった壁一面が高い天井の間際まであろうかという大窓になっており。そこから、目映い陽射しはもとより…様々な緑も瑞々しい、森のような中庭の全景が望めると来て、ここ天水宮でも1、2を争うベスト・ビュー・ポイントとなっている。それ以外にも、丹精された調度品がさりげなく並ぶ中、世界中から各種集められたハーヴやお茶、蜜酒などなどを取り揃えたホームバーもどきがあったり、天使長様お気に入りの、美声が自慢の愛らしいカナリアが窓辺に遊んでいたりと、なかなかに落ち着いた空間であるのだが、

  「…あいつ、もう帰ったらしいわよね。」
  「は? …あ、はい。ついさっき。」

 何のことやらと一瞬キョトンとしたものの、この善き日の祝宴さえ二の次扱いにして放り出し、そそくさと"帰って"いった者と言ったら一人しかいない。広々としたお部屋には二人しかいないというのに、ナミさんがわざわざ ちょいちょいとサンジさんを手招きし、額同士がくっつきそうな間近になってからおもむろに囁いたのが、


  「気づいてた?
   あいつ、式典の最中に何回か、こっそりと思い出し笑いしてたでしょ?」

  ……… おおう、それはまた。

  「ええ。5回もですよ、5回。」

  ……… 数えてたってことは、サンジさんも実は暇だったんですね?
(笑)


 畏れ多くも、ナミさんが滔々と春を迎えた慶びを綴った式典の宣辞を述べられていたというのに。その護衛のように、後方に毅然と立っていた二人の美形の片方さん。仏頂面のままに黙って立っているだけならともかくも、ふっと…その視線をどこやらとも言えぬ方向へと下げては、気もそぞろな風情になったその揚げ句、にんまりと小さく口許をほころばせていた破邪様だったらしく。しかも、どこぞのだらしない男衆が良からぬことを思い出してつい見せるような、ニヤニヤと腑抜けた笑い方でなく。あの切れ上がった目許をふと ふわりと和ませたり、そうかと思えば…彼の苦手な甘いものをほんの少しだけ舐めてしまって、ち・まいったなと見せる苦笑いのような。そんな風な、妙に意味深な笑いようだったらしくって、

  『ねぇねぇ、見た?』
  『見た見た見たわよ、ゾロ様でしょう?』
  『いやん、何だか艶っぽくてvv
  『あれはきっと、どこかの姫のことでも思い出してらしたのよ。』
  『姫って…最近はずっと地上に降りてらっしゃるのでしょう?』
  『あ、そうか。…え? じゃあ、人間の誰かと恋仲に?』
  『まあ、それじゃあきっと短くも激しい恋なのよ。』
  『ロマンティックで素敵よねぇvv

 …結構 人気があるというか、その動向が日頃接する機会なぞないよな方々にまで取り沙汰されてる破邪様であるらしく。
(笑) そんな女官の方々の、こそこそとはしゃいだお声での内緒話が耳に入ったナミさんとしては、
「間抜けな顔で大欠伸されるよかマシかなと思いはしたけど、それよりも。」
 別にどんな顔をして立っていようが構いはしないと言い切るナミさんも、なかなか豪気なお方で。ただ…それよりも。

  「一体、何でまた、あんな究極の公衆の面前で
   "思い出し笑い"なんてものが出ちゃったあいつなのか、よねvv

 うふふんvv と。何かしらを企んでいるかのような、若しくは、何となくの目串は立っているんだものと言いたげな、ほのかに悪戯っぽい茶気を孕んだお顔をなさるナミさんなものだから。女神様の…もとえ、天使長様のそんな愛らしいご様子にこそ、ちょいと不謹慎ながらも胸の奥底をときめかせた聖封殿だったのだけれども。

  「あいつのご機嫌に関わる存在と言ったら。」

 不機嫌になる相手は数知れないかも知れませんが
おいおい、思い出し笑いが出るほどに上機嫌になるような対象といったら、まあ、一人しか居ませんよねと。金色の前髪の陰にて やわらかく目許を細めて、サンジがほっこり微笑って見せて、
「そうよね。ルフィくんしかいない筈。」
 ナミさんも意を得たりと大きく頷いて見せる。判りやすい奴よね、相変わらずと。まずはそんな可愛らしい点へ"くすくす…"と笑ってから、だが。

  「でも、こんな半端な時期って…何かあるの?」

 聖バレンタインデーはもう過ぎたし、それと対になって近年の日本では大きなイベントになってもいる"ホワイトデイ"とやらはまだ先の話だし。
「男の子だから桃の節句も関係ないわよね。」
 冒頭でお招きのお話がちょっこと出て来ましたが、そうですよね。その準備だなんだということへ着手していたとしても、ああまで…あんな場で隠し切れなくてついつい思い出して微笑ってしまうなんてのは、日頃それは隙のない彼には まずあり得ないことではなかろうか。

  「…う〜〜〜ん。」

 賢そうな白い額に人差し指の先を当て、思いつかないなぁと眉を寄せているナミさんの、妙なことへムキになっている可愛らしい意固地なところへ…こっそりながら"くすり"と微笑って、

  「商店街の福引で何か当たったんだとか。」
  「…何よ、それ。」

 もうもう真面目に考えてくれない? ちろりんと向けられたムッとしたよな眼差しがまた、日頃のそれなりの威厳のある、若しくは婉然と大人びた彼女には絶対見られないお顔なものだから。そんな特別なお顔を、独占出来る幸せごと堪能しつつ、思い当たる節なんてありませんようと、苦笑混じりに肩を竦めたサンジさんである。春ですねぇ…vv









            ◇



  ――― さてさて。


 問題の当事者さんはと い・え・ば。音もなく ふわりと舞い降りたのが、地上世界の中で彼が一番大好きで落ち着く小さなお家のリビング。今日は已なくも朝早くから天聖界へと向かわざるを得なかったものの、ぱちんと指を鳴らして中空から取りい出したるは…いつもの"精霊刀"ではなく、その大きな手のひらには少々頼りないほど小さな携帯電話というアイテムが1台。

  "…えっと。"

 未だに覚束無い手つきで、それでも何とかメールを確認。そこにはお待ち兼ねのお便りが1通届いていて、開いて読んで………。

  "そかそか…vv"

 誰が見ている訳でなし、に〜〜〜んまりと笑って見せると、その携帯を持ったままにて隣りのダイニングキッチンへと足を運んだ。一応はきっちり見越しての準備も整えてたものの、

  "そうさな、やっぱりケーキとか赤飯とかも揃えてやった方が良いよな。"

 大型冷蔵庫の扉を開けたまま、やっぱり…ついついお顔がほころぶ破邪様である。………勘の良い方ならば、この時期のこの反応と言えば…と、既にピンと来てらっさったりするかもしれない。ナミさんが愛らしくもうんうんと唸り、サンジさんがそんなナミさんに見とれてしまって、なかなか出なかった答え。この、荒くたい精霊のお兄さんが、どういう訳だか…いつもはぶっきらぼうなそのお顔を、秘やかにもほころばせていたのかというその原因はというと、


  【着信;ルフィ
      ゾロへ。V高、受かってたぞ。今から帰るかんな。
      今日は いつもより御馳走いっぱいな。】


 先週の受験からほぼ1週間後の今日が合否発表の日であり、ホントだったら一緒についてってやりたかったのだが、こちらの行事はどうしても外せず。
『大丈夫だよ。一緒に受けた奴と行くからさ。』
 試験日もけろっとした顔で帰って来たし、その後の日々も随分と余裕の態度でいたルフィだったから、これは相当に自信があるんだろうなと、ゾロも余計な心配の素振りは見せなかったのだけれど。………それで実は、内心でかなりがところ心配だったので。天聖世界へと上る途中、先に市立V高校の方へと立ち寄り、反則技ながらこっそりと、合格者の受験番号が連ねられた掲示板を"一番乗り"にて既に拝んでいたのである。
"そうそう。親父さんたちにも知らせないとな。"
 ああ、でも。それは本人が直々にメールを打った方が良いかもな。あの親父さんのことだから、またぞろ半日ほどにて強引に帰って来て、大宴会を催すぞなんてな運びに成りかねないが、こんなお目出度いことなら仕方がないかと、やれやれと溜息をつくそのお顔からして。やっぱり仄かに…苦笑にて緩んでいる破邪様であり。一足早い"春"の到来に、汲めども尽きない至福の想いがして仕様がないのは判りますが。狡猾そうにさえ見えかねない、いつもの太々しくも男臭い笑い方を早いとこ思い出さないと、帰って来た坊やに変な顔されちゃいますよ?
(笑)






  aniaqua.gif おまけ aniaqua.gif



    "…あ、そうだ。V高校って確か、詰襟じゃなくてブレザーだったよな。"

     ――― はい? それがどうかしたんですか?

    "確か、ネクタイ着用だったよな。"

     ――― もしもし?


 しまったな、さっき、ナミんとこの女官に結び方を習っとけば良かったな。グル眉の奴にこれ以上何か教わるのは癪だしな…なんてことを考えていたりするから、やっぱりすっかりと安泰平和な破邪様であるようです。
(笑)






   〜Fine〜  04.2.26.

   *井戸端bbs カウンター 1000hitリクエスト
       ちか様『やたらと嬉しそうな(楽しそうな)ゾロ』


   *ゾロさんがそれは分かりやすく嬉しそうになる原因と言ったら、
    そりゃあもう…良いお酒を存分に飲める時か、ルフィの幸せしかない筈で。
    ルフィの幸せがそのまま自分の幸せになるゾロしか
    おいでにならんサイトだというのを再認識しつつ、
(笑)
    時節柄なものを扱わせていただきました。
    それにしても最近の公立高校の入試って早いねぇ。
    私らの時は確か…3月入ってからだったの。
    そいで、発表がホワイトデイ前後の3月半ばだったの。
    だからして、卒業式もかなり遅かったんだけどもなぁ。

back.gif