天上の海・掌中の星 “ゆく夏を思えば…”
 

 
 猛暑・酷暑と言われ続けた今年の夏も、暦の上での“秋”を迎えると…さすがというのか何と言うのか。気がつけば涼しげな風が立ちもし、朝晩は薄着でいるとクシャミが出そうな気候になっているから良く出来たもの。草の影ではコオロギが鳴き、陽が暮れるのも早まっているような。
『けどサ、ガッコは暑っついぞ?』
 セミはまだまだ五月蝿
うるさいし、保健室とか化学実験室、視聴覚室に職員室に、えっと、あと何処だったかな。エアコンがついてる教室や部屋は限られてっからさ。窓、開けまくっても暑いの何のと、童顔の眉を八の字に下げて見せるのが、小さな“姿三四郎”こと、モンキィ=D=ルフィくん。全国的にはギリシャでの五輪に沸いた この夏だったが、ここいらでは趣きがちょっと違った。新人ながらに“全国制覇”しちゃった小さな柔道家のことの方が、より長くより温かく取り沙汰された夏だった。初めて出場した“高校総体(インターハイ)”の男子柔道・軽量級部門にて、各地の強豪たちを片っ端から薙ぎ倒しての優勝を決めた小さな坊や。直前に催された高校生選手権“金鷲杯”では、惜しくも三位だったが、そっちにしたって…無名校の代表、公立の星とか何とか言われていたところへの、この戦果だったものだから。開幕直前だった五輪の話題が圧倒されるほど、記者の方々も押し寄せたし、TV取材だってされた。………ま、もっとも、

  『あれって喧しいよな。』

 各局ごとに同じことばっか訊かれるし、そうかと思や、特に関係ないのにゾロに色目使って“独身ですか?”なんて訊く女性アナウンサーさんもいたわ。

  「けど、それへは妬かなかったんだろ?」
  「まあな。」

 記録的な猛暑の中で熱帯夜を数えたのが嘘のように、夜更かししやすい気候になって来ても。宵が更ければ素直に睡魔に丸め込まれるところは相変わらずの、小さな武道家くんであり。遊びに来ていた聖封さんが供してくれた御馳走でお腹を膨らませてご機嫌さんになったそのまま、二学期は秋らしい行事が多くてさと、あれこれお元気にお喋りしていたものが。まだやっと10時を回ったばかりだというのに、もう“くうくう”と健やかな寝息を立てている。ソファーにゆったりと腰掛けていた大好きな破邪さんの腿を枕にと、擦りついたままに眠っている坊やの、その相変わらずの童顔は、大きな瞳をつむっても趣きを変えず。ふわふわの頬にかかる細い後れ毛を、不器用そうにそぉっと除いてやる武骨な指先にこそ、微笑ましいものを感じるサンジであり。

  “…おうおう、蕩けそうな顔しちまってよ。”

 少々伏し目がちになって、和んで細められた翡翠の目許が何とも優しげで。ほのかに…ほんの一刷毛ほどのやわらかさを乗せた口許の表情もまた何とも幸せそうで。どんな美酒に酔おうと冴えた何かを必ず携(たず)さえていた、冷然とした隙のなさもどこへやら。陰体を封じる鬼神という立場を永代の肩書として負い、それが苛酷な務めだからこそ強靭無双で恐ろしげな筈のその存在が、何とまあ…簡単に骨抜きにされちまってよと、蜜をくぐらせたような金の髪の陰で くくと苦笑ったサンジであり、

  「???」
  「いや何、可愛らしいことへ愚図られたもんだよなと思い出してな。」

 実際に同座して見ていた訳じゃあない、もしかしてあれも一種の“惚気”だったのかもという語りにて、このご本人から聞いた話を思い出したのだと、誤魔化して見せた聖封様である。






            ◇



 真夏に催される高校生たちのスポーツの祭典。高校総体、別名“インターハイ”が、今年も八月に入ってすぐという日程で開催された…というお話は、前作『君がいない夏』でもお話ししましたが。柔道部門は開会式当日からという日程ですぐに開幕し、団体戦・個人戦と全日程には数日ほどかけたものの、実質あっと言う間に済んでしまい。
『たっだいまーーっ!!』
 応援観戦にと広島まで来てくれたゾロと一緒に戻って来た無人のお家へ、帰還のご挨拶をしつつ飛び込んだ坊やは、こちらでも地元である東京系のスポーツ関係の取材を受ける日々を過ごしてから、さて。いよいよ始まった世紀の祭典、1世紀を経て“スポーツの聖地”へ帰って来た五輪をワクワクもので観戦して。

  『あのな? ゾロ…。』

 ちょっとズルかったかもしれないけれど、柔道とサッカーだけは、何と現地へ飛んでって、アテネで聖封様謹製のカンピョウ巻きを片手に、こっそりと会場で直接観戦しちゃったという楽しみ方をした坊やでもあって。
“テレビカメラが振られるのが、ちょいと困りもんだったがな。”
 何でも某有名選手のご両親が持ち込もうとした、焼き海苔全紙版でくるみ込む“爆弾おにぎり”を危険物扱いされたという逸話があるそうなので。真っ黒な棒に見える のり巻きは、さぞかし警戒されたに違いない。…いや、そうじゃなくてだな。
(笑) 後でテレビを観ていた知人に何か聞かれても、知らぬ存ぜぬで白を切り通せよと言い置いたゾロだったのは言うまでもなく。
『え〜? なんで?』
『あのな。一体いつの間にギリシャなんかに行ってたんだって、毎日のように顔合わせて遊んでたウソップあたりに聞かれたらどーすんだ、お前。』
 確かにな〜、それは言い訳出来ないよな〜。
『ウソップだったら“お前んチにはドラえもんがいるのかよ”って笑ってくれるって♪』
『…それはないって。』
 なんてなお茶目なことをしていたのが、開催したばっかの頃の話で。日程が進み、柔道や水泳、サッカーや体操などが終わり、野球やシンクロ、陸上へと競技が移って来るにつれ。
「…なあゾロ。なあってばっ。」
 それまでは“お付き合い”という感じで観ていたゾロの方が、何となく…予選を見たからには決勝戦もというノリで、テレビに釘付けになってしまったから。さあ、ルフィはそれが面白くない。陸上などの決勝戦は深夜だから、朝型人間のルフィはとうに沈没しており、同席しないからいいとして。午前中の予選などに張りつくお兄さんの、頼もしい肩に掴まりの広い背中に乗っかりの、ほぼ“人間ジャングルジム”扱いにして まとわりついては、全身で“こっち向け〜〜〜っ”とばかり、甘えるというか邪魔をするというか。
「これって日本人の選手は出てないじゃんかよ。」
「俺はもともと日本人じゃねぇぞ。」
「じゃあ、誰を応援してんだよ。」
「ん〜、このジャマイカの選手、かな。」
「う〜〜〜〜っ!」
 人の想いというのは不思議なもので。そこにあるというだけで安心出来るからと、自分は時々しか振り向かないくせして…それがたまさか そっぽを向いてたりすると、勢い不安になったりする。実は甘えん坊なルフィは、構われるのが大好きなのに、この何年かという間はずっと我慢を強いられていて。その反動からなのか、特にゾロには存分に甘え倒したがる傾向が出ていたようで。それへと十分過ぎるほど、ど〜んと来いとばかりにいつも受け止めてくれてたものだから、この数日のテレビへの執着ぶりへは、ついついと。ねえねえこっち見てよと、強引なまでの駄々を捏ねたくもなるらしく。

  「…それもまた、一種の“ライバル心”ってやつなのかねぇ。」
  「さてな。」

 どんなにゴネても…相手が悪い。背中に足を掛けて肩へとよじ登ろうが、懐ろに身をねじ込んで首っ玉にぶら下がろうが、うんうんと身を揺すって“何かして遊ぼうよう”とねだろうが。あーよしよしと大きな手で撫でられて、んん〜なんて頬を寄せつつ、長い腕の中ぎゅうぎゅうと抱っこされたりした日には。
『あやや…。////////
 自分から果敢にも“くっつき虫”になって邪魔しちゃろうとしたクセして。精悍で大好きなお顔に頬擦りされると、男臭い頼もしい懐ろに封じ込められてしまうとね。顔が真っ赤になってしまって、ついつい口許が“えへへvv”なんて ほころんでしまう。ああ、これでは“怒ってるの、不機嫌なの”なんて言ったって説得力がないよう。だからね、
『うう〜〜〜〜。///////
 ちぇっ、しょうがないなあと。ちょびっとだけは不満げに、衛星での生中継が終わるまでの間だけ、大人しく懐ろ猫になって過ごす坊やだったりするのだけれど。

  「…目尻が緩みまくっとるぞ、最近のお前。」
  「そっか?」

 長い付き合いだからこそ、そして、凍ったような顔ばかりを見続けて来たサンジだからこそ微妙な違いでも見分けられ、それでそうと気がつくというよな、微妙な微妙な代物なのだけれど。相手のお膝にまたがり、頼もしい胸板へぽそんと凭れ込んで。自分の小さな肩に頬を寄せ、くうくうと寝息を立てている小さな坊や。花火しようよ、夕涼みに出掛けようよと、今夜もまた盛んにアピールし、頑張ってアプローチしたのにね。もうちょっとだけ、このレースを観てからなと、粘られたのを待つうちに…睡魔に招かれ、すやすやと寝入ってしまったルフィであるらしく。

  「実は、駄々を捏ねられるのが嬉しくて嬉しくてしようがないんだろが。」

 こんの むっつりスケベ野郎がよと、持参して来た辛口のワインをグラスに満たしてやれば。是とも否とも応じぬまま、薄く笑って見せるだけの破邪殿だったりするものだから。これ以上突っ込むのは野暮かもなと、淡い金の前髪を透かして、聖封殿の青い眸がやんわりと細められる。他に同族の仲間を持たぬ身を、だのに何とも感じず、永遠の孤高のままにいた、感情にも愛情にも無縁だった男。誰にも求められず、誰をも求めず。永遠の孤独の中を、寡黙なまま、ただ“在った”だけの存在だった男。それが今や、こんなにも愛らしい坊やから、ねえねえと甘えられ、こっちを向いてよと駄々を捏ねられ、そして。

  ――― それへと至福を覚えての、ひどく甘やかな微笑の浮かぶのの、

 上手な隠し方も知らない我身へこそ、苦笑が絶えないでいたりする変わりよう。柔らかい猫っ毛がかかるのが くすぐったいらしい頬を撫でてやり、ぺとんと胸板へ張りついた小さな体を余裕で腕の中へと抱え込み。坊やが起きてた間の、この彼には珍しいだろう“片手間風な構い方”なぞ、一体どこの誰のお話?というほどの濃密なる愛情でもって。大事な大事な宝物を、腕と視線でまろやかに守って離さない執着ぶりは相変わらずで。


  「オリンピックとやらが終わったら、逆に愛想を尽かされないようにしないとな。」


 せめてもの憎まれを、良いように あやされている坊やの代わりに言ってやり、窓の外に大きく浮かぶ月へ、来る秋への気配を感じつつ、小さく苦笑した聖封様であったそうな。



  〜Fine〜  04.9.04.

  *カウンター 149,000hit リクエスト
    kinako様
     『蒼夏の螺旋、焼き餅を妬くルフィと、普段より5割増しで激甘なゾロ。』


  *いかん、ゾロが“5割増しで激甘”じゃないかも。(笑)
   直接甘やかしてなくて すいませんです。
   これでは恋人じゃなく“過保護なお父さん”ですな。
   坊やも高校生になったことだし、
   そろそろ何か進展があった方が良いのかも?
う〜ん

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