少しばかり調子外れな、だが、元気だけはすこぶると良い、大きな声での歌がぷつっと途切れて、
「………あれ? 何だっけ?」
歌が停まったその時から、ひょこりと小首を傾げたルフィの手元も止まっている。それをちらりと見やったこちら。手際よく作業を続けていた大きな手の持ち主が、おいおいと少々目許を眇めて、
「富士山の上で おむすび食うんだろ?」
ほぼ毎回のように似たようなところでつっかえるこの歌を聞かされ続けているゾロが、もう何度目になるのかという"補足"を根気のいいことにも付け足してやり、
"昨日はこれと
"さくら咲いたら一年生"とのエンドレスメドレーだったもんな。"
おおう、それはまた。…幾つなんだろね、この坊ちゃん。(笑) ルフィが伸び伸びとしたお声で何かしら楽しそうに歌っている様は、見ていても聞いていてもこちらまで楽しくなるので、それは一向に構わないのだが、
「ルフィ、危ないから集中しな。」
「おお。」
さっきから二階の窓を拭いている二人であり、しかもルフィは外側担当。出窓のようになっている窓の、ほんの足幅分ほどの足場に身をおいての作業であり、身軽だから俺が外なと言って聞かなくてのこの運びなのだが、歌がつっかえては気を逸らし、塀の向こうに何か見えたと言ってはそっちを見やりと、何だか危なっかしくてしようがない。
"まあ、いざって時は…。"
宙に浮いてだって助ける所存ではあるけれど、そういう不自然なことはあまりしないに越したことはないのと、行き過ぎた"過保護"は自分がいない時にまで油断しまくりな彼にしかねないので、ぎりぎりまで発動させないし、言いもしないゾロでもある。
「…よっし、完了〜vv」
ここ数日ほどは風が強く、細かい砂混じりの雨が続いたりもしたのでと、家中の窓を磨いていた休日であり。二人掛かりで向かい合って、手際よく済ませた窓拭きはちょっぴりゲームみたいで楽しかったらしい。
「なあなあ、雨降ったらサ、また二人でやろうな?」
よいせっと弾みをつけて窓枠から室内へ飛び降りて来たルフィが、水拭き用とから拭き用の雑巾をバケツへひとまとめにしているゾロの傍らに寄って来て、ねだるような言いようをする。大きな手には玩具みたいにも見えるプラスチックのバケツを提げて立ち上がったゾロは、
「そうだな。お前が覚えてたらな。」
いつだって やった直後はそんな言いようをするが、面白かったのを忘れちまった頃合いに持ち出すと"え〜?"とか言って渋るだろうがと、すげない言い方をするところが容赦がない。だから頼りアテにはしてねぇよと言われて、
「忘れねぇもん。」
ぷっくりと頬を膨らませたのが、この春から市立のV高校へと通うことが決まった、モンキィ=D=ルフィくん 15歳。小柄で童顔という、とてもではないが高校生には到底見えない稚いとけない容姿に、舌っ足らずの声やら、甘いもの好きの悪戯好きという嗜好やら、つつけばすぐにも反応反射の返る、分かりやすい気性やら。どこを取っても無邪気な"お子様"然としている少年であり、そしてそんなところが…危なっかしくも愛しくてならないゾロでもあるのだが、
「………ほら、機嫌直せ。」
1階に降りて、リビングの窓から庭に出て。外の水道で掃除に使った数枚ほどの雑巾をざっと洗って戻って来ると、まだぷっくりと膨れていたルフィだったものだから。思いがけなくも苦手な甘いものを舐めてしまったというような、日頃の彼を知る者には驚愕を招くほどに意外な、そんな微妙な苦笑を頬に浮かべてしまう破邪殿だったりもするのである。風貌精悍にして頑健屈強なこの御仁。その名が示すとおり、彼の使命は"邪悪な妖魔を破壊封滅せしむること"であり、日本刀と拵えのよく似た"精霊刀"を召喚し、人に仇なす邪妖を片っ端から切り裂き抹消するのが"お役目"なのだが、ひょんなことから出会ったこの小さな坊やに、その宿命とそれから…彼自身の心の糸との双方から搦め捕られたその結果。見かけの精悍さは変わらねど、色んなところが微妙に微妙に変わりつつもあるから、恋って不思議vvおいおい
「本気で言った訳じゃあないよ。」
ソファーの上へ足を上げ、お膝を抱え込むようにして不貞腐れて座り込んでた小さな坊や。すぐ傍らに並んで座って、丸ぁるい頭全部を大きな片手で ほぼすっぽりとくるみ込んで引き寄せつつ、執り成すような言葉をかければ、
「…ホントか?」
ちょこっと上目遣いになって見せつつ、こちらを伺うお顔に浮かんだ微妙な表情が…仔犬が甘えるような"くぅ〜んきゅ〜ん"という鼻声が聞こえて来そうなほどに、何とも愛らしかったものだから。
"………この野郎が。////////"
思わぬ形で不意を突かれたみたいで、柄にもなくどぎまぎしちゃった破邪精霊さんである。彼自身を守らねばならないという使命に加えて、彼本人がまたこんな風に心揺さぶる対象だったりする、ある意味で油断も隙もあったもんじゃない愛しい坊や。今だって、あっさりと機嫌を直すと、
「♪♪♪」
目の前になった頼もしい胸元、懐ろへともぐり込んで来て、小さくて柔らかい身をすりすりとこちらへ揉み込んで来る愛らしさに、どんな魔物でもどんと来なさいと怯まないほど雄々しき上級精霊さんの胸の中は、ややもすると…高潮注意報が発令されかねない勢いにて、血流の新陳代謝がよくなっている様子。
"分かりにくいぞ、その描写。/////"
あはははvv ども、すまんこってすvv まま、初うぶなネンネじゃあるまいに、ドキドキとばかりしていたんでは話にならんのだし、実を言えばそんな段階は、いくら何でももう通過済み。せっかく愛らしく甘えられているのに、恥ずかしさの反動から大人げなくもぐぐいと引きはがす…ような野暮は一切致しません。全身無駄なく鍛え上げられた自分と比べれば可憐な少女ほどにも頼りない、薄い肩や細い背中へと腕を回してやって、
「機嫌は直ったのか?」
低めたお声で囁くように訊いてやる。耳元近くに顔を寄せての囁きに、ゾロのそれは響きの良い声が大好きなルフィといたしましては。
「…うん。//////」
感じやすいところへわざわざ羽ぼうきでさわさわと擦られたみたいな感触がしたのだろう。頷きながらも判りやすいまでの反応で、頬をぱぁっと朱に染めて見せる。
「や〜だ〜。/////」
照れ隠しのように笑いながら くすぐったいようと柔らかく身をよじるところが、仔猫みたいに幼い仕草ながら…微妙に妖冶な気配を滲ませているようにも見えて、
「んん? 何が"やだ"って?」
くすぐったさに身を捩りつつ、気の早い七分パンツの先、すんなりと伸びている撓やかな脛はぎが…暴れるというより、はんなり うねったような反応を見せるのもまた、少々けしからん仕草に見えなくもなかったがため、
「何にもしてないだろうが。」
ますますの こそこそとした囁きを続ければ、
「それがヤダって…んん…。//////」
頬をくっつけていた胸板を、何とか やわく押し返そうとした小さな手が…ひたりと停まって。少しして"…ぱたり"とお膝まで滑り落ちた。
「…ふに。////////」
真っ赤になったルフィ坊やのお顔に一体何が降って来たのかなんて。そんな野暮なことはわざわざ書かないとした ずぼらな筆者を、どうかご容赦くださいませです。
――― いくら サカリの季節だからって、ほどほどにね、破邪様。(笑)
◇
先にもちらりと触れましたが、この坊や、この春の四月からは何と高校生となる身であり、
「信じられねぇよな、まったくよう。」
管轄区域のパトロールを兼ねて遊びに来たゾロの相棒、こちらは"聖封"という精霊のサンジさんが、いかにも胡散臭いものでも見るかのようなお顔をわざわざ作って見せる。春の陽射しに照らされて一際明るく透き通った、宝石みたいな水色の虹彩をした綺麗な瞳を、絹糸みたいな金色の髪の陰にて眇めている彼の前で、
「何だよう、これ着たらさすがに高校生に見えるってゾロが言ってたぞ。」
くるりと回って見せたルフィが着ていたのは、昨日の夕方に宅配便で届いたばかりの真新しい制服である。
「中学校のと同んなじじゃんか。」
「違うってばっ。」
中学生の時に着ていたのも確かに同じ"ブレザー"タイプではあったけれど、そちらは上着もズボンも同じ濃紺であり、下に着ていたシャツもノーネクタイのそれだったのが、
「今度のは、ズボンが黒だし、ネクタイも付いてんだからな。」
先日ゾロが結び方が判らないと心配していたそのネクタイは、どうやら結んだ形のを小さなフックで取り付けるタイプだったので事無きを得た。(笑) ちなみに上着も紺色ではなく濃緑だ。中学時代のブレザーのようにすとんとしたデザインではなくて、前や背中の身頃にタックも入っており、しゅっとしたシルエットが成程どこか大人っぽい型ではあるけれど、
「着てる奴が同じじゃあな。」
相も変わらぬ童顔の愛らしい坊や。大きな瞳にふかふかな頬をし、小鼻も柔らかそうなら口許もお元気なばかり…と来て、
「何だよ、それじゃ悪いのか?」
「悪かないがな。高校生っていやぁよ。」
一概には言えないが、もっとこう。どこかに青い、甘いばっかじゃない酸っぱさも秘めててよ、未成熟なところが何とも言えないバランスで交錯してて、背伸びと恥じらいとが同居してる、半分大人で半分子供ってのか…vvv 萌え具合の描写が延々と続きそうなお説だったが、
「男の子を相手に何を望んどるんだ、お前はよ。」
不気味に低いお声にて、横合いからの突っ込みとともに裏拳にての制裁のパンチがゴツンとばかり、サンジさんのおでこへとヒットしたことで一旦停止。
「痛ってぇ〜なっ!」
「ああ、痛いように叩いたサ。」
サンジが持って来た手土産のレアチーズタルトを、リビングの隣りのキッチンにて切り分けて来たゾロからの。不意を突かれたゲンコツ攻撃を避けられなかったことが悔しいらしきサンジさん、
「大体だな、お前が良い子良い子って甘やかすわ、まだ早いからって大人向けの何やかやから無闇矢鱈と遠ざけてるわするから、こいつがいつまで経っても"お子ちゃま"なんじゃねぇのかよっ!」
はっきり言って八つ当たり、それだと誰か困るんかいなと憮然としたお顔のまんまなゾロさんには全く響いていない口撃であり、ただ………。
「そんなことはないぞ、サンジ。」
明るいスモーキーグレーのジャケットスーツに水色のデザインシャツ。襟元にはイタリアン・トリコロールのスカーフでのアスコット・タイという、せっかくのスタイリッシュないで立ちが泣くぞというほどの勢いにて、ぎゃあぎゃあと一方的に喚いて見せたサンジに向かって、当のルフィが口を挟んだ。タイミングが唐突だったので、
「何がだよ。」
ついつい噛みつくような口調のままに訊き返せば、
「ゾロはそうまで俺ンこと、子供扱いばっかしてねぇぞ?」
ルフィがそれは真剣そうなお顔を振り向けて来たものだから。
「ほほぉ。」
ご本人からのお言葉ならば、確かに間違いのないところだろうし、それにそれに。実を言えば…キッスだの抱っこだの、坊やを相手の結構甘い"いちゃいちゃ"を、このぶっきらぼうな朴念仁さんが時たま堪能なさっているらしいことも薄々ながら承知の聖封様。
「子供扱いしてねぇってのは、例えばどういう形でなのかな?」
「てめ…っ。/////」
子供相手に一体何を訊いてやがる…と、教育的指導というよりもご本人の羞恥心から制止しようとしかかったゾロだったが、
「うっせぇな。」
ぴっと。その綺麗な手の先、人差し指を、食いついて来かかったゾロの精悍なお顔の前でぴたりと止めると、あら不思議。
「………あ。」
まるでビデオの一時停止みたいに、ゾロの体が動作の途中にてぴたりと停まった。何が起きたのかとギョッとしたルフィへは、
「心配は要らねぇよ。」
ほんの一瞬、1分ほどかな? "気"を止めただけだと、事もなげに説明するサンジさん。普通の相手なら何時間でも停めてられるんだがな、こいつは手ごわい奴だから、今みたいに不意を突いてもそんくらいしか停めてられないんだ。そうと言ってやってから、
「で? こいつってば、どんな"大人扱い"をしてくれるのかな?」
指差したままなゾロを、細い顎をしゃくるよにして示すサンジへ、
「あ、えっと…。/////」
ルフィはあらためて…少しだけ頬を赤くし、
いつもお元気な坊やが、ちょっとばかり。お顔を伏せがちにして含羞んで見せるのが、おやおや…先程サンジさんが並べたみたいな、ちょっぴり甘酸っぱい恥じらいの気配をそのお顔へと滲ませる坊やだったりするものだから。
"………まさかまさか。"
そんな格好で大人の世界を知ってしまったルフィなのかと。こやつめ、こんな稚いとけない坊やを、とうとう手込めにしやがったのかと。微笑ましいでは済まない話かも知れんぞと、サンジさんが少々表情を引き締めかかったところへ、
「大きくなったなぁって。しみじみ言ってくれたんだ。」
「…………………………はい?」
少しだけど背も伸びたし、ネクタイなんかが似合うようになったんだなぁって。これと言った目覚ましい何かがなくたって、ちゃんと大人になってくんだなぁって。静かなお声でそんな風に言ってくれたんだもんと。初々しくも頬を染めながら、恥ずかしそうに、嬉しそうに言う坊やなものだから。
「…てめぇっ!」
「おっと。」
封咒が解けた誰かさんが、その直前までの勢いに乗った…大きな拳を突っ込ませて来たのを間一髪にて避けながら、それで我に返れた聖封さんは、
「お前ね…。」
「何だよっ。」
ルフィが真っ赤になっているのを見やって、一体どんなセクハラをしやがったと唸っている保護者殿へ、
"…こりゃあ、何言っても聞くまいな。"
やっぱ過保護には違いないんじゃんかと、肩透かしを食った聖封様。ホッとすべきなのか、この甲斐性なしと罵るべきなのか、複雑な心情を抱いたまま、
「そんじゃ、邪魔したな。」
いつもの十八番で宙へと身を消し、天聖世界へと退散した。こんなところに長居は無用。アテられるのがオチだものと、小粋に肩をすくめての退散で。
「えと…。」
その場に残されたルフィ坊やと、やり場のない憤懣の載った拳を…それでもとりあえずは引っ込めた破邪様と。聖封さんが心配した"それ"は、彼らには当然まだまだ早過ぎる展開だったが、
「あの、あのね? ゾロ…。////////」
真っ赤になった坊やのお顔、あんまり愛らしかったものだから。真新しい制服から匂い立つ、どこか禁忌的な風情もまた、もしかしてちょっとは刺激になったのだろうか。
「あや…。////////」
自分の懐ろにとわざわざ誂えたかのように収まる小さな体を引き寄せて、さて。
………………………あとはナイショの春でございますvvv
〜Fine〜 04.3.10.〜3.11.
*なんだかなぁ。(笑)
もうちょっと中身があったんですけどね、書き始める前までは。
途中からどういう訳だか、誰かさんが暴走して下さって。
いやまったく、春ですねぇvv
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