『燕雀えんじゃく、安いずくんぞ、鴻鵠こうこくの志を知らんや』
ツバメやスズメのような小さな鳥には、コウノトリや白鳥のように大きな鳥の思うことは理解出来ないものだ…という意味で、すなわち、小人物には大人物の考え方や思うところがなかなか理解しにくいものだよという意味の成句であり、現代だと これって結構"差別発言"だと解釈されそうですが、脇道へ逸れるのは今回はなし。英雄の大胆にして優れた発想や、視野の広い大人物による物の把握、長期的な展望。そういった人々の画期的な言動は、どんなに合理的であっても、同時代の小市民には理解されにくく、奇天烈な行為としてしか解釈されないことの、何と多かったことか。天才ほど同時代の人々からは奇人視される例も多くて、桜の木の逸話で有名な初代米大統領のワシントンも、数え切れないほどの閃きで一気に文明の発達を促したとされる発明王エジソンも、周囲の人々からは"どうしようもない悪戯者"と思われていたそうですからねぇ。
◇
「えらく難しい言葉を知ってるもんだな。」
入試問題として出たのか?と。柄にないことをペロリと口にした坊やへ、随分なお言葉を下さった精霊様であり、
「ん〜ん、これはウソップから聞いたんだ。」
久々に晴れ間が出たがため暖房がなくてもぬくぬくと温かいリビングにて、おやつのチョコレートを食べていた坊やが不意に口にした一言が今話の発端。中国の『史記』という書物に記された、秦の時代の英雄・陳渉という人が言った言葉だそうで、
「そっか。ウソップからねぇ。」
彼ならゾロもよくよく知っている。それは気の良い少年で、ルフィとは小さい頃から仲の良い、気心の知れたお友達同士。というのが、双方の父親同士がやっぱり幼馴染みなのだそうで、早くに母親を亡くし、しかも父親は1年の半分以上を海の上で過ごす外国航路の船乗りであるルフィは、物心ついたばかりくらいの頃からずっと、彼の家で一緒に育てられたというから半端な付き合いではない。
「あれでなかなか勉強家みたいだしな。そういう言葉もたくさん知ってるんだろうな。」
お気楽なお前と違って…と続いた失礼な物言いへ、い〜だと可愛らしい歯並びを見せてくれた坊やは、すぐに"くすすvv"と笑って見せて、
「チョコボール食べるとつい思い出しちまう笑い話もあんだよな。」
「はあ?」
何とも謎めいた言いようを続けてくれたもんだから。今 流行っている新しい謎解きだろうかと、凛々しい眉をぐぐいと寄せてしまった破邪様だったが、
「だからサ、昔にな…。」
詳細をと言い出しかけて、自分がまずは"ぷぷぷvv"と笑って見せた童顔の坊やはモンキィ=D=ルフィといって、この春、めでたくも市立V高校への進学が決まったピッカピカの一年生。真っ黒なまとまりの悪い髪に、それは大きな琥珀色の瞳をしたやんちゃ坊主で、屈託のない笑顔がチャーミングな、ご町内随一の人気者vv
「こらこら、先に一人でウケる奴があるかい。」
置いてけぼりの身を不満に感じたか、そんな不平を鳴らしつつ、ビスケットと温めたミルクをローテーブルへと並べながら、そのまま向かい側のソファーへと腰を下ろしたのが。厳冬期だろうが春めこうがあんまり変わらない、真っ黒なシャツに黒っぽいワークパンツといういで立ちの偉丈夫さんで。野性味あふれる鋭角的なマスクに冴えた眼差し、隆と頼もしく筋肉の張った肩に胸板。かっちりとした長身にして、惚れ惚れするほど屈強精悍な肢体をした青年なのに、この家のハウスキープと坊やの身の回りの世話を一手に引き受けている、甲斐甲斐しいお兄さん。名前をゾロといい、ここだけの話、実は…精霊さんであったりする。得意技は、必殺窓磨きと照り焼きチキンと精霊刀による邪妖の封滅で。こらこら 糸屑や磨き跡を残さない窓磨きと、照りの見事なふっくらチキンの調理と並べてどうすんだの(笑) この世に仇なす悪霊や邪妖を封殺する見事な手際は、その特殊技能を認定されている部署に於ける最高クラスの腕前であるのだとか。もっと詳しい詳細をご希望の方には…他のお話を読んでいただくとして。(どぞよろしくvv)思い出し笑いに襲われて、説明途中で先にクスクス笑いに呑まれてしまったルフィだったが、
「ごめん、ごめんvv」
何とか笑いを鎮めて、小さな手のひらの上へ、アーモンドをくるみ込んだチョコボールをコロリと載せる。
「俺らが幼稚園くらいの頃にサ、ウソップにこんな話をされたんだ。こういうチョコの中に入ってるナッツは"チョコの種"だから、上手に傷をつけないで取り出せたのを埋めて育てたら、来年にはチョコの樹が生えて来てチョコの実が採れるぞって。」
「…おや。」
真ん丸ではなくちょびっと長い球形の、アーモンド入りのチョコレート。言われて見れば…チョコの部分が"果肉"という解釈も出来なくはなくて、おいおい
「アーモンドがなるっていうんじゃなくて"チョコレートがなる"ってトコが魅力でサ。俺、真に受けちゃってこっそり植木鉢に植えたことあったもんな。」
懐かしそうにくすすと笑った童顔の坊や。さすがに今となってはそんなのデタラメだと判っているが、
「ウソだって判った時は、ちょびっとショックだったかな。」
可愛らしいことを言って、手のひらの上、コロコロと転がしていた粒をポイとお口へ放り込む。
「えらく簡単に騙されてたんだな、お前。」
確かに可愛らしいお話だが、誰かの足元を掬って笑うような嘘はあまり褒められることではない。ゾロとてそれほど規律やモラルにうるさい"堅物な性分"ではないけれど、可愛い保護対象が詰まらない嘘に翻弄されるのは楽しい話ではないのでと、ちょいと確かめたくなって突っ込んだところを聞いてみれば、
「そうそうウソばっかりついてた訳じゃないんだけどさ、何てのか、その場しのぎのホラはよくついてたよな、あいつ。」
ルフィは素直に話を続けた。
「泣いてばかりいると毛虫みたいな"泣虫"っていう虫になっちまうぞとか。そうそう、虹の立ってる場所には宝の壷が埋まってるって話もしてくれた。」
罪のないホラや、元気を鼓舞するためにつく嘘。双親が傍らにおらず寂しかったろうルフィを、いつも笑わせてくれていた元気なお友達。この春からルフィが通うこととなる同じV高校に彼も合格しており、
「U美大付属からの推薦のお誘いがあったのに蹴ったんだもんな。」
それを持ち出す時はいつも、身内や我が事のように小さなお鼻を聳そびやかしての誇らしげなお顔になるルフィであり、
「発明の勉強がしたいんだって?」
もう何度も聞いたゾロが先んじて言ってやれば、
「そーだ。それもな、私利私欲のためじゃないんだぞ?」
むむんと胸を張って、お声にもますますの熱が加わった模様。
「V高校にはサ、ロボット研究部っていうのがあってな。色々な大会にもいっぱい出てて、賞も沢山取ってるんで、その筋では凄げぇ有名なんだって。」
最新鋭のロボット開発は、今やSFや漫画の中の架空のお話なんかではなく。某NHKで毎年全国大会が放映されてる"ロボコン"のせいもあってか、企業や大学なんていう専門機関のみならず、学生さんたちの間でも様々な機能を持つ"ロボット"の作成にチャレンジするグループは少なくなく。最近はキットも色々出ていて、小学生でも光センサー対応の自律型走行ロボットとか作っちゃうそうですね。いやはや、進んでるもんですなぁ。
「ウソップが研究したいのはただのロボットじゃなくて、義肢や装具っていうのへ応用出来そうな機械なんだって。」
「ほぉ…。」
様々な企業が発表して話題の"二足歩行型"のロボットたちは、その会社の技術を集大成させたパフォーマンスのためのものと思われがちだが、勿論、それだけではなく。動物の中で最も、手先や運動能力の面で器用な生き物である"人間"の持つ機能を研究するためであり、その先では1体で何でもこなせる"多機能"を目指してのもの。そんな機能を、義手や義足、補助装具に生かせれば良いなと思っての研究をするのが、あの少年の最終目標なんだそうな。
*このお話は『アルバトロス…』の"うふふのふ U"にて、ちょろっと展開しておりますので、
関心の起きた方は宜しかったらそちらをお読み下さいませですvv
「今だからゾロみたいに感心されるジャンルになってるけどサ、ウソップはもっとずっと昔から、そういうの考えてたんだぜ?」
ちょっぴり熱かったミルクに"あちち…"と瞳をぱしぱしさせ、ふうふうと息を吹きかけながら、
「大人からは"マンガばっかり観てて"なんて言われてたけど、他の子みたいに怪獣退治ごっことかは全然やんないでサ。コンピューターっていうのがどんだけ操作を制御してくれるんだろう、動かすのに腕力は要らなくなるのかな、でも あれもこれもって沢山くっつくと、それだけ機体が凄い重くなんないのかなって。ヒーローの活躍よりも、マシンを作った博士みたいなことをいちいち考えててさ。」
おやおや。そんな頃からそういう目でアニメを観てた子供だったですか。それはまた、本格的ですね。そして、そういうお友達のこと、凄いなあ偉いなあって感心しつつ、ずっとずっと見つめて来たルフィでもあった訳で。きっとネ、ウソップくんの側からすれば、そんなあなたは…彼へ一杯いっぱい励みをくれた存在なのではないでしょうか。だというのに、
「凄げぇよな〜。」
まだ高校生になったばかりだというのに、もうそんな先まで見通しているお友達がよほど誇らしいのだろう。にこにこと笑っていた坊やだったが、ふと。
「………。」
ふうと小さな息をつき、テーブルの上、丸ぁるいチョコレートの粒をクルクルと指先で捏ねるようにして回し始める。
「ルフィ?」
「うん…。」
様子が変だなというゾロから声を、そうと判って受け止めて。黙ってないで話してみなと。やんわり促されてる気がして…ぽつりと呟いたのが、
「ウソップのこと、凄げぇなって思うたびにサ。
俺はまだ、何にも先のこと見つけてないもんなって…。」
人それぞれなんだし、数字とかで表せることじゃないんだし、比べることじゃないんだろけど…と。そういうものであっても気にしない、至って天真爛漫な坊やが、珍しくも溜息なんかついたりしていて。結構深刻な問題として、真っ向から向かい合っているルフィなのであるらしく。
"…ふぅ〜ん。"
これは、いつも傍らにいるゾロだとて なかなか見られないもの。ある意味で厳かなる精神的な成長の一端なのかも。
"まあ、そういう時期であるのはあるんだが。"
周囲の雰囲気や流れにはこだわらず、マイペースで我が道を行くタイプのルフィでも、一番間近い存在がこうまでかっちりと見通しを立ててた事実には、さすがに色々考えてしまいもするのだろう。元来、感受性の豊かなナイーブな子なんだしと、顔には出さずに胸中にて小さく苦笑いして、
「別に急ぐことはなかろ。」
いつの間にという瞬間移動にて。向かい合っていた筈の位置から、すぐお隣りへ移って来ていたゾロが。長い腕を伸ばして来て。ふわりという軽さでもって。小さな肩をそぉっと、その懐ろの中へ包み込むようにして。それはやさしく抱きしめてくれて。
「近年には、随分と年を取ってから新しいことを始める人も多くいると聞く。」
何かと制約が多かった大時代な頃じゃああるまいし、何につけ"本人次第"という自由が利く、国と時代の筈である。だから、
「やりたいことが見つからないのは、まだ本命に接していないか、それともあり過ぎて絞れないのか。どっちにしたってまだ急ぐ必要もないだろう。」
低められた声の、やわらかで優しい響き。間近から見上げれば、翡翠の双眸が穏やかそうな色合いにてこちらを見下ろしていて、男臭い精悍な顔がいつになく神妙な静謐をたたえている。それを、真っ直ぐに見上げていた琥珀色の大きな瞳が、ぱちりと。音がしそうな瞬きをし、
「…なあ、ゾロ。」
「んん?」
「俺が何になっても、何処に行くことになってもさ。」
「うん。」
「こうやって傍にいてくれるの?」
「ああ。」
「ずっと?」
「ずっとだ。」
瞬まじろぎもしない視線に安心してか、やっとのことで坊やが笑った。約束だかんな、ああ判った、くすすと笑って、印の代わり………おでこにキスをプレゼントすれば。
「ふやや…。///////」
茹だったみたいに真っ赤になって、ぱふんと精霊さんの胸板へ顔を伏せてしまう、まだまだ稚いとけない子供。
"ホント、焦るこたないさ。"
だってこの子は…と、ゾロにはいつだって鮮明に思い出せること。ほんの2年ほど前までは、この子はその日その日を過ごすのに必死だったのだ。得体の知れない者どもに付きまとわれ、夜を恐れ、人知れず苦痛に耐えて、毎日を必死で過ごしていたのだ。
――― だから。
そんな精一杯の日々を過ごしていたことなど、もはやすっかり忘れ去り、先のことを考えている彼であることをこそ、何よりの幸いに感じてしまうゾロであり。なればこそ"そんなに焦ることはない"と、当然のこととして言ってやれもする訳で。
"いっそのこと、ウソップよりも大物になってもらわんとな。"
何たって この破邪様がついているのだからと、こちらさんも結局は"親ばか"の延長のような感慨でいらっしゃる精霊様であり。………でもね、傍から見る分には保護者以上のラブラブな間柄に見えるのですけれど。その点への自覚は…まだ感じてないのかなぁと、余計なお世話の気を回す筆者をよそに、
「どした、赤くなって。」
「うにゃ〜〜、ゾロのせいだろ〜。////////」
真っ赤になった愛しいお子を、ちょちょいと突々いては"にゃあにゃあ////////"と照れさせている、ちょこっと大人げのない破邪様だったりするのである。いやぁ〜、どちら様にも幸せな春ですねぇ、うんうんvv
〜Fine〜 04.4.1.〜4.2.
*ご大層な始まり方をしておいて、コレです。
春の盛りを存分に楽しんでる破邪様みたいです。
"盛り"はカタカナでも良いような気がしております、はい。(笑)
しかも、どの辺が"ウソップBD話"なんでしょうか。
去年もその前も、何かこういう"名前だけ作品"だったような気が…。
芸のない筆者を、どか許して下さい、ウソップくん。
*アーモンドチョコの種の逸話は、
昔 結構よく聞いたお話なんですが、
最近の賢いお子様たちは
こういうことにそうそう言いくるめられはしないのかな?
夢があるんだか無いんだか、どっちもどっちでしょうかね?
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