お元気な子供

 

          



 我らが"麦ワラ海賊団"の船長さんのお誕生日は5月5日だ。土地によって気候や風習は随分と違うが、それでも年の半ばの、まま いい気候という頃合いで、
「そういえば、和国では節句の日じゃなかったかしら。」
「"節句"?」
 にぎやかな晩餐の最中、博識な考古学者嬢がひょんな拍子にそんなことを言い出した。
「ええ。イーストブルーのみならず、世界的にも珍しいほど、四つの季節がきちんと巡る和国には、その折々に次の季節への節目を意識したの。新しい気候に変わることで、体調を崩さないよう気をつけなきゃって構えたりするためもあったのでしょうね。季節の変わり目に特別な日を設けて、お祝いしたり神社仏閣へお参りしたり。」
 ロビンとしては、さして他意もなく。ふと思い出したからという軽い気持ちで、口にしたのだろうけれど。その視線がクルーたちの上をさわりと通り抜け、最後になった壁際に凭れていた年若き剣士の、少々憮然とした表情に留まりかかって"あら"と思い出した。
「ゾロ、ホントか?」
「何の日なんだ?」
 他の仲間たちから訊かれて、ますますむすっと機嫌が沈んだらしき屈強な青年。
"そういえば、この子は和国の出身らしかったわね。"
 和刀を提げているからといってそれが出身地のものとは限らないのが、今時のこの魔海だが、そういえば…彼の太刀さばきや体さばき。和国の剣術体術に特有な、どこか独特な呼吸を踏んでいる。計算ずくに精密な訳ではなく、完璧な訳ではないながら。何かがまだどこか欠けたようなそんなアンバランスさを、覇気や勢いで補ってなお余らせている観があり、
"その危ういバランスや鮮烈さが…人によっては惹きつけられてしまう魅惑にもなる、どこか危ない子。"
 一端
いっぱしの大人だ偉丈夫だと本人は構えているが、そしてそうさせるだけの実力や見識、気力も胆力も十分にあるが、

  「なあなあ、何の日なんだ?」

 豪勢な御馳走が所狭しと積み上げられたテーブルの中央から、大きな骨つき肉を両手に掴み、屈託なく訊いてくる船長さんの明るいお声に、

  「…端午の節句っつってな。子供の日なんだよ。」

 ぼそりと応じる彼なりの"柔順さ"が出て、それへと…薄く微笑んだロビンである。
「子供の日?」
「あはは…vv 何それ、あんたにお似合いじゃないの♪」
「う〜〜〜。」
「何かの日と重なってるなんて、ルフィ、凄いぞっ。」
「そういうお前だってクリスマス・イブだろうが。」
「そしてあんたは"エイプリル・フール"ですものね。」
「うっさいなっ。」
 ギャーギャーとにぎやかさのボルテージが上がり、
「子供の日って、何するんだ? ゾロ。」
 再び船長さんから水を向けられ、先程までの不機嫌さが多少は和らいだ、やれやれというお顔にて、剣豪さんは先を説明してやった。
「だからな、子供たちが元気に成長したことを祝ったり、これからも元気でいますようにって祈ったりする日だよ。滝を上って龍になるっていう伝説にあやかって、鯉っていう川の魚の大きな旗みたいな吹き流しを空高く飾ったり、昔の武将の人形を飾ったり。そん時に特別な餅や団子を食べるんだ。」
 あと、菖蒲湯に入りますね。これはこれからやって来る梅雨や夏に備えて、清潔にしましょう殺菌しましょう、健康管理に重々注意しましょうという意味もある。
「へ〜〜〜。」
 案外と物知りな剣豪へ、ルフィを筆頭に皆から感嘆の声が洩れたけれど。自分の出身地のこと、ご本人はあまり関心もなさそうな顔でいて、さしたるリアクションもないままに、酒の入ったグラスを傾けるのみだ。
「そっか。子供の日か。」
 チョッパーがウキウキッとした声を上げ、
「元気な子供になれって日だってvv」
 大好きなお友達の生まれた日が、そんな日だったのが何だか嬉しそうである。それに応じてか、
「おうっ、俺は小さい頃も元気な子供だったさっ!」
 ルフィもまた、何だか…日頃以上にご陽気そうで。二人が並んでいるその足元をひょいと覗いたウソップが、
「あっ。こいつら、二人で1本空けてるぞ。」
 掴み上げたはフルーツワインのボトル。甘くてジュースのような口当たりの、アルコール度数も極めて低い代物だが、
「あ〜あ。」
 ふにゃふにゃと今にも蕩けてしまいそうな状態になっているちびっ子二人。他の面子であればそのままジュース代わりにすぎない筈だが、
「慣れのない身だからなぁ、二人とも。」
「チョッパーの場合は体質そのものが弱いのかもしれないしねぇ。」
 どうなんでしょうか、その辺り。牛の育成にはビールを飲ませるそうですが、あれもまた酔っ払ってるのかな? 本人…本牛は。
「しょうがねぇな。」
 そのまま置いといても時間が経てば酒気が勝手に抜けるのだろうが、その間、せっかくの晩餐会が白けてしまっても何だしと…思ったのかどうなのか、
「外で醒まさせて来る。」
 小さな二人をひょいっとばかり。軽々とひとまとめに小脇に抱えて、甲板へと出て行くゾロである。

  「………。」×@

 ドアが閉じられて幾刻か。

  「相変わらず"保護者"よねぇ。」
  「何だかんだ言ってても面倒見いいもんな。」
  「あら。やっぱりそうなの?」
  「あれは、適性間違えて剣士になっちゃったクチよね。」
  「そうそう。ルフィはともかくチョッパーまで、
   抱えたがるわ構いたがるわですからねぇ。」


 こらこら、いきなり額を寄せ合って小声で囁き合うんじゃないってば。
(笑)






            ◇



 晩餐とはいえ、早い目に幕を開けたパーティーだったので、甲板はまだほんのりと黄昏の余韻に明るんでいて。酔っ払って眠りこけてしまったお子様二人を小脇に抱え、ついでに…ちゃっかり封切り前の上物のワインを2本ほど、彼らの体の陰に隠してちょろまかしてきた剣豪さんは、いつもの指定席、進行方向への見晴らしのいい上甲板へ上がるとその柵に凭れるように腰を下ろした。そして、
"う〜ん。"
 酔いを醒ますために出て来たとはいえ、春島海域にて宵を迎えんとしている甲板にそよぐ風は少し涼しいかも。自分の傍らへ並べて寝かせた二人のお子たちを、どうしたもんかと眺めやったゾロだったが、
「…っ?」
 ふっと、何かの気配がして。傍ら、此処へと上がって来る階段の方を振り返ると、数枚の毛布を腕に、気配も薄くロビンが上がって来るところ。
「これ。その子たちに使ってやってちょうだい。酔いが醒める前に風邪を引くわ。」
「………ああ。」
 用はそれだけであったらしく、小さく会釈の笑みを見せ、そのままキャビンへUターンしてゆく。悪魔の実の能力"ハナハナ"を使えば、姿を見せなくとも…どうかするとキャビンに居ながらどこぞからリレーさせて持って来れたろうに、仲間への気遣いへそんなズボラはしたくないらしい。
"…ふん。"
 ゾロからすれば、相変わらずにまだどこかで信用し切れていない女。それでも、そんな心情は察知出来るから。それへと冷たく接するなんてのは、何だか自分が子供じみた駄々を捏ねているような気がして。それを振り払うように息をつき、授かった毛布をお子たちにかけてやる。くうくうと気持ち良さげに寝息を立てている二人だが、ルフィの方はまだ腹八分目も食べてはいなかったから、目が覚めれば、
"こりゃあ大騒ぎになるだろな…。"
と、ついつい"くく…"と笑っていると、

  「思い出し笑いってのはスケベがするもんだって、サンジが言ってたぞ。」
  「…おい。」

 毛布の襟元を直してやっていたお子様の内の一人、麦ワラ帽子が斜めになっている船長さんがそんな寝言をくっきりと言い放った。寝言の割に、滑舌
かつぜつもしっかりしていたし、大きな眸も…ちょぉっと怪しいながらも開いていて。
「大丈夫か? お前、酔っ払って…。」
 皆まで言わせず、
「大丈夫だよん。そんな一杯、飲んでないもん。」
 にま〜っと笑うものの、
"自覚がないってのが既に怪しいんじゃねぇかよ。"
 やれやれという溜息。自分が桁外れに酒に強いせいで、逆に弱い体質である人の限度や具合が分かりにくいのではあるが、
「いい子で寝てな。」
 代謝されるのが早い彼らだから大事はなかろうと、帽子の上からポンポンと、頭を軽く叩いてやる。するとほろ酔い船長さんは"えへへvv"と笑って見せ、顔にかぶさりかかっている麦ワラ帽子の縁を上へと上げようとして見せる。だが、横になっているがため、後ろの側の縁が甲板の板張りに当たっていて、顎紐を首に引っかけていることもあって、何度持ち上げても跳ね上げても同じ位置へと戻ってくる。
「あで〜?」
「何だ、脱ぐのか?」
 訊くと"うん"と頷いたので、手を貸して取ってやり、ほんのり熱い手に渡してやる。彼の大事な宝物。出会って さして日も経たないうち、彼がこれをどれほど大事にしているのかがすぐにも分かった。泳げない"悪魔の実"の能力者。だというのに、風に飛ばされかかった帽子を、狭い小舟の上で必死の形相になって追いかけた。他人の背景を覗く趣味ではなかったから、その時は深く聞かなかったが、後々になって少しずつ分かって来たのが、彼に海の魅力を語った赤い髪の海賊に託された帽子だということ。この少年は、恩ある彼にこの帽子を返しに行くんだ、世界一の海賊になって会いに行くんだと、そんな約束を交わしたらしいということ。

  "………。"

 そのために海へ出た…という順番ではない、彼の冒険心が疼いてのこと。だがだが、彼にとってその約束は、一番最初に交わした"海の男としての誓い"なのだそうだから、その結果として…この擦り切れかかった古い帽子は彼にとっての宝物である、ということならしい。
"………。"
 自分にも、此処にいない人物との誓いを込めた宝がある。お宝というよりは相棒みたいなものであり、肌身離さず帯びていて一緒に夢を目指すもの。白い鞘の刀、和道一文字がそれだ。
「なあ。」
「んん?」
 横になったままで帽子を胸の上に伏せ、淡い宵の中だと分かりにくい赤い顔のまま、幼い船長さんは声をかけて来た。眠くはなくなったのか、先程よりも声に張りがある。
「何で笑ってた?」
「…ああ。」
 彼の中では終わっていなかった会話らしい。飯の途中で席から離れたことを後になって騒ぐんじゃないかと思った苦笑だったのだが、此処でそれを言うと今騒ぎ出しそうに思えて。
「何でもねぇよ。」
 曖昧に誤魔化せば、
「何だ、やっぱり言えねぇことで笑ってたんか。」
「…おい。」
 本当に酔っているのか疑わしい、鋭い言いようをする彼だったが、素面でそんなややこしいことを気にする奴ではない。これはやはり、酔っていてからんでいるのだろうと思い直し、すぐ間近の傍らで毛布から出ている頭に手をやると、黒々とした髪に指を立てるようにしてやや荒く梳いてやる。
「元気ないい子は酔っ払ったりしないぞ。とっとと大人しく寝て、酔いを覚ましな。」
 キャビンで盛り上がりかかっていた話題を思い出してそんな言い方をすると、
「おうっ、俺は元気だっ!」
 にこにこと笑って見せたルフィであり、
「村でも一番元気だったぞ!」
 くふふ〜と笑い、何が楽しいのか鼻歌まで出る始末。そんな彼を見やりつつ、
"悪酔いしなきゃあ良いんだが。"
 保護者さんは複雑そうな表情の上へ苦笑を浮かべ、妙に御機嫌な船長さんを眺めやった。













          



 小さな小さなフーシャ村。一応は港のある村で、海運も盛んではあったが、どちらかというと漁業や農業などの方が主流の、素朴で穏やかな田舎の村。そんな村を本拠地にしたのが、まだ若い青年を頭目に頂く"赤髪海賊団"の面々だった。あの大海賊ゴールド=ロジャーが処刑され、その時に莫大な遺産を"大いなる航路"へ隠したと公言したことから、一獲千金目指して海に出る男たちが増え、ただでさえ物騒な海はますますその危険さの度合いを極めた。こんな小さな村にも海軍からの手配書は数々届いたが、気の良い海賊たちには村人たちもそれほど白眼視はせず。かといって馴れ合いもしないまま、適当な距離を取って、境界線のようなものを保ちながら…暗黙の内の"共存"を何年か続けていた。

  『そうそう悪い奴らじゃねぇしな。』
  『ああ。気の良い連中だ。』

 自分たちの領域のようなものを心得ていて、暴れたり脅すような真似をしたりというような性分
たちの悪いことは一切しないし、力仕事には黙って手も貸す。そういう"条理すじ"に関しては末端の下っ端にまでしっかり行き届いていて、村には全く迷惑をかけていないが、そうとはいえ…昼日中から酒場でわいわい騒ぐのは、働き者の村民たちには少々肯定しにくい生活スタイル。それに日々の費ついえを賄う財産は、お宝探しや…悪党海賊だけを相手と限ってはいても"略奪"をして得ているのだろうから、全てを認める訳にはいかない。こちらからはあまり近づかないと、そんな構えをさりげなく保って過ごしていたのだが、そんな中、まるきり彼らに怖じけず、むしろ自分からちょろちょろと構われたがって酒場に潜り込む坊やがいた。

  「ルフィ、こっち来いっ。こないだ話してた地図が出て来たぞ、見せてやる。」
  「おお、ホントか? シャンクス。」

 親代わりに生活費を稼ぐべく、まだ小さいのに港で働いている兄を追って、港よりも丘の方へと少し奥まった番地からやって来る小さな坊や。家の近所で遊んでなと何度言っても聞かないものだから、酒場の女主人が見かねて預かってくれるようになったのだが、
「これはな、イーストブルーのへそ、真ん中にある和国ってトコの沿岸の地図だ。」
「和国?」
 その酒場にたむろしていたのがその海賊たちであり、だが坊やはまるで臆さず、今では頭目さんとも対等に話すほど仲よくなった。
「ああ。歴史の古い国でな、いまだに殿様が領地を取り合って戦う"国盗り"があるって話だ。」
「殿様?」
「王様みたいなもんだよ。何だ、お前、ホントに何にも知らないんだな。」
「しょうがねぇだろっ。オレはまだ子供なんだっ!」
「へぇ〜〜、こないだは"オレはもう大人だ"って言ってなかったか?」
「う"…。」
 にやにやと笑いつつ、まだ10歳にもならない子供を相手に対等にからかいや突っ込みを入れる大人げない青年。鮮やかな赤い髪に、左の目には獣の爪で裂かれたか、瞼を頬へと縫いつけられかかったような3本の傷が痛々しいが、まるで少年のようにあっけらかんとした気さくな男で。こんな彼が…海の世界では名のある海賊だと、村の連中も実は全く知らなかったらしいが、それも無理のない話だ。キャプテンコートも羽織らない、草履ばきに麦ワラ帽子という、貧相ないで立ちの若者が、まさか世界政府の上層部も一目置くような階層にまで上り詰めようなどと、一体誰が見極められようか。

  ――― まま。先の話はさておいて。

 唇を突き出して"ううう"と口ごもる可愛いお顔に、さあどうするかなと意地の悪い笑みを向けていた頭目さんだったが、
「オレは"びみょー"な"おとしごろ"なんだ。じいさんのシャンクスには判んないんだよっ。」
「…おおう。」
 これはまた即妙なお返事。だがだが、どう考えても彼自身の頭から出た台詞には思えなくって。
「ルフィ、それ、誰に吹き込まれた。」
 もしかしてエースか?と、彼の実の兄貴の名前を出して訊いたところ、
「ん〜ん。」
 ふるふるとかぶりを振って見せ、
「先月来てたサーカスの中で ゆってた。」
 屈託のない、真顔で応じるルフィであり、しかも、
「………マキノさん?」
 カウンターの中から、まるで子供同士のような言い合いを見ていた、この酒場の女主人が…ふと見やれば、カウンターの向こうでしゃがみ込んでまでして笑っている。
「ご、ごめんなさい…。」
 声を出してまで笑っては悪いと思ったか、それとも…声が出ないほど可笑しかったのか。気丈で明るいマキノさんは、目尻に涙まで浮かべて笑っていたらしく。
「サーカスの劇団がね、寸劇をやったのはホントよ。」
 半年に一度くらいの割合にて、小さな町や村に興業に来る小さなサーカス。移動遊園地も抱えた結構大所帯のそれが、赤髪海賊団の留守中に来たのは事実。海賊との関わりを恐れて故意に時期を見計らったのだろうと、頭目さんは自分からそう言って、
『そいつらならあちこちでうわさを聞くよ。結構な演目
(出し物)揃いで評判も良い。』
 この時代では"堅気
かたぎ"…とは微妙に言えないかもしれない生業だが、至ってまともな人たちで。だからこそ、自分たちを避けたんだよと笑っていたが、
「でも、そんな台詞をよく覚えていたわね。」
 ホント、妙なところでおマセなんだからと、肩をすくめ、
「おうっ。凄げぇだろ。」
「あーあー、凄げぇ凄げぇ。」
 いかにも口先だけという言われように、またまた むうと膨れるルフィに、マキノも、傍らで何げに会話を聞いていたベンも。そしてシャンクス自身も、クスクス笑いが止まらない。無邪気な子供。思いがけないタイミングでだけ、約束した"昨日
(過去)"を持ち出すほかは、明日しか見えない子供。
「なあなあ、シャンクス。」
「何だ。」
「次の航海にはオレも連れてってくれよう。」
 また来たなと、ベンが煙草に火を点けつつ苦笑をし、マキノさんも小さく溜息をつく。怖いもの知らずな小さい坊や。この酒場で彼らからたくさんの冒険話を聞かされて、ワクワク喜んでたうちは良かったが、このところは二言目にはこれを持ち出すようになった。
「何バカなこと言ってんだよ。」
 鼻先であしらうように取り合わないシャンクスなのもいつものことなら、
「オレは本気だぞっ!」
 ルフィがムキになるのもまた、いつものこと。負けん気が強く、喧嘩の腕っ節だって子供たちの中では結構なもの。それより何より、毎日のように聞かされた冒険や戦いのスリリングなお話の数々に、すっかりと魅了されたが故のことであり、
「あのな、ルフィ。海ってトコはそんなに甘い世界じゃあないんだぞ?」
 そんなやりとりを見かねて、狙撃手のヤソップ辺りが割って入ってくれることもあるものの、
「だってよ、ホントの話なんだろ? 強い海賊と戦った話も、秘密が一杯の無人島でお宝を見つけた話も。」
 そう出られると答えに困る。よほどのホラ話以外、彼に話して聞かせた冒険譚は確かに全部本物だ。
「けどな、海は危ないところでもある。」
 海賊団の重鎮にして、最も"知恵者"でもあるベックマンが懇々と諭しても、
「でも、皆はこうしてそこから帰って来てるじゃないか。」
 こうと切り返されてはぐうの音が出ない。彼らが真の勇者であるからこそのこの余裕ある"現実"は、だが、危険だと掻き口説くには説得力が無さすぎて。その結果、

  「なあ、次の航海にはオレも連れてってくれよう。」
  「………。」

 聞き分けのないおねだり攻撃が続く、悪循環を招いてしまっていたのである。




            ◇



 正直な話、海が恐ろしいところであるというのは、知識としてしか知らなかったと思う。大きくて凶暴な海王類や人食い鮫がうようよしていること。何日も何週間も陸を見ないような航海には、当然のこととして、船を操る技術や方位や風を読む技術も必要なこと。そして、シャンクスたちのような…気さくさと強さと両方兼ね備えていて一般人へは手を出さない"ピースメイン"は数が少なく、海賊と言えば卑劣で残虐な奴らの方が断然多いことも知らなかった。だから。どんな苦難に出会っても、頑張ればどうにかなるものだと、子供のキャリアの範囲内にて簡単に片付けていたのだと思う。大好きだったシャンクスに、海賊としての大きなハンデになろう怪我を負わせたあの一件で、ルフィは今度は真剣に考えるようになった。海という厳しい場所で、それでもあの憧れのシャンクスみたいに、自分の信念を曲げず誇らしげに生きてゆける男になりたいと。そして、そんなルフィの決意に何をどう感じ入ったのか、

  『じゃあ、これをお前に預けよう。』

 若くて偉大な海賊は、急に厳かな声になり、自分と長い冒険の旅を共にして来た宝物だからと、どんなにねだっても触らせてさえくれなかった古ぼけた麦ワラ帽子をルフィに預けた。立派な海賊になって返しに来いと。

  「……………。」

 あれからしっかり体を鍛えた。ゴムゴムの実を食べたせいで、海から呪われた体になってしまったけれど、ならばそれを逆手にとって、それだからこそという戦い方を身につけた。半端な覚悟じゃあ生き抜けない、海という広大で荒らぶる世界に出るために。そして…ずっと夢見てた山ほどの冒険を体験し、本当に世界一の海賊になるために。

  "遠くまで来ちまったよなぁ。"

 村の端から端までを半日かからず往復出来る、小さな小さなフーシャ村。わざわざ訪ねる者もなく、住人のほとんどがこの地で一生を過ごすような、鄙びた穏やかな田舎の村。そんなところから、今や…世界中の海賊たちが恐れをもって噂する"グランドライン"にまで漕ぎ出た自分。いつかはと現実のものとして構えてこそいたものの、誕生日をこの魔海の上で迎えようだなんて、去年の自分は予想さえしてはいなかったと思う。

  「………。」

 宵も深まり、残照も薄く、傍らに腰を下ろしている剣豪の屈強な体躯のシルエットがぼんやりと見える。ここは海の上だというのを示すように、横になってる"床"の甲板が、波に合わせて時々ゆったりと揺れているのが判る。

  「…ゾロ。」

 理由
わけもなく…珍しくも躊躇して。聞こえるかどうかというほどの、小さな小さな声をかけると。見上げてたその影は律義にも動いてくれて、
「どした。」
 そうと聞きながら大きな温かい手が額に乗っかる。覚えてるシャンクスの手に何だか似てるなと、今不意に気がついたけどそれは内緒。だって比べるものではないから。

  "そんなことすんの、どっちにも失礼だしな。"

 海に焦がれたのか、それとも頼もしくって気のいいシャンクスと一緒がいいと思っていたのか。その"始まり"は今はもう曖昧になっているけれど。海の厳しさと、自分の信念や覚悟を最後まで貫くことの厳しさを、しっかと教えてくれたシャンクスのことは今でも好きだし、それとは全然違う色や形でゾロのことも大好きだ。一番最初に引き入れた仲間。海賊狩りなのに海軍に捕まってた変な奴。自分のこと、あまり話さないカッコいい奴。強くて頼もしくて、でも…時々焦れたような顔もする、そんなゾロが掛け替えないほど大好きだから。二人ともが"一番"で、比べるなんて出来なくて。

  「………。」

 ふにゃふにゃと笑うばかりで返答のないルフィ。まだ酔ってるなと判断してか、ゾロは苦笑混じりにぽふぽふと頭を撫でてくれる。その感触が嬉しくて、

  "しししっvv"

 ルフィは心の中で、小さく、だがどこか誇らしげに笑った。大好きな仲間たちとの冒険の旅はまだまだ序の口ではあるけれど、きっと絶対大丈夫だから。ワンピースをきっと見つけて、世界一の海賊王になって。シャンクスにも会って、自慢の仲間たちを紹介して、そいでそいでこの帽子を返すんだから。



    小さな村から飛び出した元気な子供は、
    その名を今や世界中に広く知らしめつつあって。

    それでもね、陽気で元気な坊やなのは同んなじだよ?
    怖いもの知らずな無邪気な子供。
    約束した"誓い"を忘れないほかは、
    明日しか見えない強かな子供。
    帰るとか戻るとか、考えたこともない。
    そんなそんな、元気な子供…。




   〜Fine〜  03.5.6.〜5.8.


   *カウンター82,000hit リクエスト
     いむや様『子供の頃のクルーが出てくる話。ほのぼのVer.』


   *すいません。何だか回想話になってしまいました。
    ルフィとサンジと、
    ああそうだゾロの子供の頃の話って書いたことないなとか、
    色々と野望は高まったのですが、
    私の筆ではこれが限度かと…。
とほほん


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