蜜月まで何マイル?“王様ゲーム”
 



 風を切ってという描写がいかにも馴染む、清しき潮風と軽やかな陽光の中を船は進む。重苦しかった空もいつしか、明るい淡い色合いへとその威容を解きほぐし。不意な寒さを警戒してか、ついつい背中が丸くなってた冬も過ぎ去り、背条がぐんと伸びる春が来て、小さなキャラベルはそれは誇らしげに胸を張り、大海原を突き進む。
「春だ〜〜〜っ!」
 特に意味はないのだろうが、それでも。
“一番先頭、舳先の羊にまたがって、進行方向に向けてわざわざ怒鳴ることでもなかろうに。”
 太り過ぎの猫くらいはある大きめのボウルを、細く見えても実は強靭なんです、頼もしい腕へと抱え込み。しゃかしゃかしゃか、泡立て器と格闘しもっての“ながら”ながら。二層ムースケーキのババロア部分の生地を準備中だったシェフ殿が、キャビンの真正面に位置する上甲板をいかにも呆れもったというお顔になって眺めやる。
「いくら“盛り”の季節だからっつって、あんなまで大騒ぎして発散したい何かがあるってのかねぇ。」
 戦闘だったら つい昨日。通りすがりの“似非漁船”海賊団に喧嘩を吹っかけられたのを、待ってましたとがっついての“お買い上げ”したばかりだから。お宝や食料や何やを“おすそ分け”いただいたついで、暴れたくてしようがなかった欲求とやらの方もまた、一応満たされてようになぁと。金髪のシェフ殿がなかなか物騒なことをさらりと取り上げれば。
「ウチの船長、食うこと以外へは色気出ねぇ筈なんだのになぁ。」
 そうそう・そうなんだよなぁなんて頷いて。今夜の晩餐の席で使うらしい“8連式 豪奢絢爛くす玉マシン”とかいうのの微調整をしながら、一応の合いの手を入れていたウソップもまた、特に窘めるようなツッコミをすることもなく さらりと流してしまっているところが、やっぱり海賊さんたちなんだなというのを匂わせる会話であったりし。
「えっ?えっ? 人間も春には“盛り”を迎えるもんなのか?」
 先の寄港地にて仕入れた苗から育て、さっき摘んで来たばかりの真っ赤な宝石。今日まで待て待てと、変幻自在に伸びまくる食いしん坊さんの魔手から何とか守り通した真っ赤なイチゴを、丁寧に洗ってトレイに並べるお手伝いをしていたチョッパーが、そんな二人の中途半端な会話を真に受けたのへ、
「何にだって例外ってもんはあっからなぁ。」
 どこまで本気か、シェフ殿がにんまり笑って、砕いたクッキーを底に敷き詰めた型へとそりゃあクリーミィに仕上がったムース地を流し込み。その後を接ぐようにして、設営担当の技術部長殿が付け加えたのが、
「お前だってそうだろが。」
「ふえ?」
 この程度の工作には要らなかろう大仰な装備のゴーグルを、目元からひょいと摘まんで引き上げたウソップが…キシシと笑い、
「惚けてんじゃねぇよ。」
 もう十五歳だって言ってたろうが。なのに何でまた、いつまでもそ〜んなに可愛〜わいいキャラなまんまなのかな、チョッパーちゃむったらvv ほ、放っとけよなっ!/////////

  「………脱線しまくりね、相変わらず。」

 昼間っから勘弁してよねという猥談になりそうだったのを、お上手に逸らしてくれたのはいいけれど、
「ほらほら、お料理の最中に埃を立てない。」
 可愛いってのは何だよぅ! 何だよ、可愛い可愛いチョッパーちゃむvv 囃し立てられての照れ隠し、すっとんぱったんが始まりかかってしまったキッチンへ、後部甲板からトレイを掲げてやって来た航海士さんが軽いものながらお叱りの声をかけてたりし、
「おや、すいませんね。後で下げに行きましたのに。」
 冷凍肉の解凍加減を覗いてた、大型冷蔵庫の扉の陰から顔を上げたシェフ殿の、女性には丁寧が原則なお愛想へ、
「このくらい構わないわよ。サンジくん、忙しいのでしょ?」
 麗しのナミさんが目許を和らげ、うふふと笑えば、
「大したことはありませんて。」
 こちらも余裕の微笑み返し。大量に作らにゃならないのはいつものことだし、食材は昨日のサプライズがあったお陰様で冗談抜きに不自由してないし。
「収納庫や倉庫に乗せ切れなかった分を、ボートに乗せて曳航しているほどまで分捕ったものねvv
 日頃だったらそこまで剥ぐような無体はしないけれど、つくづくと間が悪かった連中よねぇ、と。のほのほ笑って言うところが、お美しいのみならず案外と非情な女王様タイプのナミさんで。
「メニューは、腕長エビのカナッペ・サワークリーム添えとサウザーサラダで始まって、グリーンピースの冷製スープ、ムール貝が踊る情熱のパエリア、アイナメのポワレにチェリー鯛の塩釜蒸し、山鳥のテリーヌに若鷄のグリル。メインにジャンボリーステーキ・グランドライン風味と来て、2層のパッションフルーツムース・トロピカーナとショートケーキ3段重ねで締めますが。」
 掛ける7人分の、何だかんだでその3倍ほどの量になるものを。ほぼ一人で手掛けるというのだから、この痩躯には一体、
“どのくらいのバイタリティとスタミナが詰まっているのやらだわねぇ。”
 人は見かけに拠らないのは、何も“童顔わんぱく船長”だけじゃあないみたいねと、細っこい肩をすくめつつ、
「手伝うことがあったら呼んでね。」
「じゃあ、セッティングの時にでも。」
 そちらこそ、ロビンちゅわんと二人、細かい縫い物なさってるんでしょうに。後でビタミンたっぷりのフルーツスカッシュでも差し入れますねと、そりゃあもう清々しい笑顔にて労っていただいた女性陣もまた、今日は朝から全然 暇では無くて。メインマストの天辺には、今日だけのお飾り。骸骨が描かれた黒い海賊旗じゃあなく、布で作った鮮やかな魚の恰好の吹き流しが、潮風を腹に飲んでは悠々とたなびいている。東の海の和国の伝統、子供の健やかな成長を祈る“こいのぼり”とかいう幟
のぼりなのだそうで。そんな子供の祭りに生まれた、とっても無邪気な船長さんの、今日はお誕生日だったりするのである。






            ◇



 世界で一番苛酷な“魔海”と呼ばれているのが、此処、グランドラインである。どういう加減か磁気の強い島ばかりが連なり、航行にはその磁気が互いに引き合う方向を記憶させて使う“ログポース”という特殊な羅針盤しか使えない。また、これもそんな地磁気からの影響なのか、海流も風も定まらないまま様々に入り乱れていて。超巨大なハリケーンが突如発生したり、何の前触れもないまま1日の内に真夏から真冬までほどもの、上下50℃近い気温差が生じたりと、苛酷な環境には事欠かず。人跡未踏の航路も少なくはないがため、得体の知れない生き物も山ほどいるし、航路の両端を縁取る“カームベルト”生まれのものだろう、巨大海王類たちが始終闊歩している…と、身も心も余程のことタフでなければ、一周なんてとてもじゃないが回れない、それはそれは恐ろしい海だと言われており。最長不倒距離、最終島ラフテルまでのぐるり一周を完遂した海賊は今のところただ一人。あの、伝説の海賊王、ゴール=D=ロジャーのみ。そのゴール=D=ロジャーが遺したと言われている“ひとつなぎの秘宝”を見つけた者は、新たな海賊王を名乗るに値するだろう…なんて言われているそうではあるが、それを果たせた者が一人も出ないまま、あまりに歳月が経ち過ぎてしまい。今ではすっかりと“伝説”という名の昔話になりかかっている始末。
“そりゃあ、まあな。”
 余程 頑固で一本気な、信念曲げるくらいなら死んだ方がマシってな、古い古いタイプのクソ堅てぇ頑固親父ででもなけりゃあ、こんなとんでもない海を延々航海し続けられるもんじゃねぇ。
“そうでないなら…学習能力に縁のない、極めつけのアホとかな。”
 おどけ半分に自分で付け足した最後の一言へ、ふっと自然にほころんでしまった口許が何とも不敵。どれほどの無謀なのかが判っているやらいないやら、信じられないくらい頼りない装備と頭数にて乗り込んだ奴らがいる。取り柄はバイタリティと回復力のみという、知識も経験も浅い者たちばかり。ただ、これだけは誰にも負けない“粘り強さ”をどのクルーもが持ち合わせており。後には引けない、引き方を知らない、途轍もないほど頑迷で負けず嫌いな奴らでもあって。それを達成しなけりゃあ“自分”という存在が埋没しちまうとまで思い込み、強く強く胸に刻んだ“野望”を果たすため、それだけを目指し、そのためならどんな無茶だって乗り越えて突き進む大馬鹿野郎たちを、よくよく知っているからで。

  “ホンットにどうしようもない馬鹿ヤロ揃いだかんな、この船はよ。”

 そう言うあんたもだ、あんたも。どこの世界に、最新建材なんか使ってなかった旧式石作りの建物(複数階仕様)を頭上まで引っ担いで敵に投げつけたり、超猛烈スピードでの疾走中の機関車での通過と並行して、進路上にあった鋼鉄製の客車を和刀で一刀両断し、線路の左右へ跳ね飛ばす、真っ当な常識人がおりますかい。
(苦笑)
「ゾロっ!」
 肌にべっとりくっつかない、乾いてさらさらの潮風と柔らかな陽光。それはそれは案配のいいお日和なことへ素直に降伏し、上甲板の縁、そこから主甲板へまで転げ落ちないようにと設けてある柵の根元へ座り込むと、頭の後ろへ手枕を持って来、いつもの習慣で昼寝に入りかかってた緑頭の剣豪さんへ。ぶつけるような勢いの、溌剌としたお声がかかる。がっつり雄々しい肩の上から、今にも胸側へと垂れかけていた頭を持ち上げて、声の主をと見やったならば、
「何 寝てんだよっ。」
 いやっほうと舳先の羊から飛び降りて来た人影が、足元の板張りへ落ちた真っ黒な影をそっちでも弾ませて、こっちへと跳ねるように寄って来る。
「まだ寝てねぇ。」
「寝るんだろ?」
「そんなに寝かせてぇなら、お言葉に甘えんぞ。」
「だ〜〜〜っ! んな訳ねぇだろがっ!」
 言った端から今にも熟睡状態へ入ろうとするのを、待った待ったと手を振って引き留めて、
「寝るな。」
「何でだよ。」
 まだ昼間だ。俺は昨夜遅くまで起きてたんだよ。嘘をつけ、一緒に寝たじゃんか。ば〜か、お子様が寝た後も少しばかり起きてたんだ。お子様ってな何だよっ。さぁあ誰のことだろう。そのお子様相手に、先に寝かすような何をしたんだかなぁなお兄さん。
(こらこら//////) それでも一応は、掛け合いに応じて起きている。すぐ間際という真ん前に、腰に拳を添えての所謂“仁王立ち”にて立ちはだかる、何ともちんまい少年船長。板張りへ座っているから見上げる態勢になっているが、立ち上がればゾロの方が、ずんと背も高ければ体の厚みも一回りは違って、どっちが貫禄があるかは一目瞭然。ついでに言えば、航海士さん曰く“戦闘中の無体っぷりや大馬鹿さ加減はどっちもどっち”というレベルながら、それでも…平生の生活の場に於ける常識があって冷静なのは、どちらかといえばゾロの方だし、19歳と17歳、どっちが年齢相応かと言えば。…これに関しては、プラスマイナスいい勝負でしょうかしら。(苦笑) そんなチビちゃい船長さんが、やれ遊べとじゃれついてくるのは何も今日に限ったことではないながら、

  「だからっ。今日は俺の誕生日だから、
   ゾロは俺の言うことを聞かなきゃなんねぇんだよっ!」

 おおう、言い切りましたよ。ふんっと鼻息も荒く、薄い胸を思いっ切り張って。堂々と言い切った船長さんを、
「………。」
 向背へと伸ばしてた背中を戻して、しばらくほど黙って見上げていた剣豪。何でしたらアテレコでもして遊んでみましょうか。

  子供A「おじさん、今日は何を売ってるんだい?」
  露店商「今日は型抜きだよ、トラックと飛行機とどっちが良いかい?」
  子供A「お船はないのかい?」
  露店商「あるよ、豪華客船タイタニック号だ。」
  子供A「これをどうするの?」
  露店商「回りの縁を欠けさせてって、綺麗に取れたら景品をあげるよ。」
  子供A「わぁいvv

 背伸びをやめての前かがみ、背中を丸めさせたら坊やを見上げてる態勢が、まんまそういう雰囲気じゃあありませんか。
(苦笑)
“誰がおじさんだ、誰が。”
 あっはっはっはっvv 冗談はさておいて。ややあって、剣豪がおもむろに言ったのが、

  「まるで日頃はちっとも聞いてやってないように聞こえるんだがな。」

 まったくである。少なくとも、この“冒険だvv戦闘だvv”と落ち着きのないこと極まりなしの船長さんの、数々の無体や暴挙へのおねだりやお誘いを“しょうがねぇなぁ”とほとんど全部聞いてやり、多数決なら必ず味方に回りして。そんな成果かご本人もまた、ビルの高みから地面へ落ちても全然大丈夫な頑丈さを身につけるわ、ばっくり深々と斬られた自分の傷を手づから縫って塞ぐわ。しまいには…刀で鋼を斬れるようになるわ、ランドマークタワーが横一列に並んで“花いちもんめ”して来たみたいな、超高層の分厚い高波を剣撃一閃で引き裂いて通過しちゃうわと、十分に人間離れした存在へ急成長して。そんなこんなのお陰様、無茶苦茶な海に負けない無茶苦茶さで航行する麦ワラ海賊団の評判を、良くも悪くも素晴らしいほどの短期間で高めてしまったことへ、一役も二役もかってる御仁だってのに。今更“俺の言うことを聞かなきゃなんねぇんだよ”もなかろうて。それはそれは冷静に、筋の通ったお言いようを返した剣豪さんだったが、
「だったら今日はいつもの倍だっ!」
「………らじゃ。」
 相手の方が上手である。
「で? 何を聞けってんだ?」
 わざわざ駆け寄って来てのお申し出、さぞやお急ぎのリクエストがあるのだろうてと問いかければ、
「ないっ!」
 またまた胸を張り、腹まで張っての大威張り。ということは、
「退屈だから何かして遊ぼう、か?」
「そうだっ!」
 さすがはゾロだな、未来の大剣豪だけのことはある。関係あるかいっ。そっか? ひょこりと小首を傾げる船長さんで。まま、こういう呑気な問答もある意味ではお約束。
“しょうがねぇな。”
 他の皆さんは晩餐への支度で大忙しだから、話を振る訳にも行かないし。それじゃあ、そうさな、
「ウシワカ丸とムサシ坊ベンケーごっこでもやるか。」
「やるっ♪」
 途端にワクワクっと船長さんの眸が輝くところを見ると、彼らの間ではこれで通じる“ごっこ遊び”なのに違いなく。立ち上がりはしたものの、得物の和刀は柵に立て掛けたまま。出しっ放しにされていたデッキブラシの柄を掴んだゾロが、
「そこな小童、腰の刀を置いてゆけ。」
 おおう、棒読みじゃあないということは、慣れるほど何度もやっとりますなということを重々思わせる言い回しで最初の台詞、それらしい口上を紡ぎながら、デッキブラシを構えて見せれば、
「欲しけりゃ腕づくで取ってみい。」
 こちらは何にも装備をしない身、幅のある船端へぴょいっとサンダルばきのまま飛び乗った船長が、潮風にシャツを髪をはためかせつつ、さあいらっさいと挑発する。つまりは“ちゃんばらごっこ”にすぎないのだが、
「ていっ!」
「おっとっ!」
 片やは岩でも鋼でも一刀両断出来ちゃう凄腕剣士、但し模擬刀
使用中。もう片やは切られるとまずいが打撃系には全然大丈夫なゴム人間。決着がつきようのないじゃれ合いの鬼ごっこは、だが、がっつんごっつん、あちこちでデッキブラシが甲板を殴打しまくるわ、叩かれた反撃にとルフィが繰り出した拳で吹っ飛ばされかかったゾロが、その身を支えるのにと、やはりブラシでどこぞか殴って反動で持ちこたえるわと結構過激で、

  「いい加減にしなっさいっ!」

 5分もしないうち、ナミかウソップが制止するのがオチなのだけれど。いやぁ、平和な海賊船だこと。
(苦笑)
「まあね。海賊の世界で1位2位を争う化け物同士が、そこいらの恋人同士みたいに“抱っこじゃvvキスじゃvv”とこれ見よがしに甘え合われても、何だかなではあったけど。」
 …ご、ごもっとも。(あはは…;)





            ◇



 せっかく興に乗ってたとこだったのに、やっぱり停戦命令が出てしまい、しょうがねぇなとサンジが早いめのおやつにしてくれて。晩餐用とは別口の、オレンジのゼリージャム添えパンケーキを焼いてくれたので、それをぱくついたら満足出来たか、今度は船長さんの方がとろんとろとろと眠くなったらしい。
『…まさか、サンジくん。何か盛ったの?』
 何たって“前科”がありますものねぇ。(ex,TVシリーズ・オリジナル)くうくうと平和な寝息を立て出したルフィだってのへ、皆からの疑惑が起こったものの、
『そんなこと、しちゃいませんてば。』
 この忙しいのに、そんな小細工を思いつく余裕はさすがにありませんてと。結構な大きさの鯛を1つずつ、ハスの葉でくるんでから卵白で粘り気を出した塩の粘土で包みつつという、勤勉さで応じたシェフ殿に罪はなく。大方、気候が良いから眠くなったのでしょうよとロビンお姉さまがクスクスと苦笑をし、いい気なもんだ、じゃあ後は子守りをよろしくと。やっぱり押しつけられちゃったゾロだったりし。

  “やれやれだな。”

 まま、これで自分もうたた寝くらいは出来ようてと、小柄な船長さんを抱えたまんま、上甲板の定位置に腰を下ろす。窮屈ではないようにと体を伸ばしてやり、頭の角度を考えての膝枕をしてやって。
「………。」
 潮風に遊ばれてる猫っ毛がおでこにはたはたと躍る。それを見下ろしていて、何となく…見とれた。薄く開いた口許がいかにも子供っぽくて。案外と長いらしい睫毛の陰が頬へと落ちている。愛しい対象には違いないが、時々。そう、時々ながら、

  ――― こんな時は何を考えてるんだろうな、なんて

 見えない部分を意識し、焦れる自分がたまにいる。四六時中自分の事ばかりであってほしいとはさすがに思わない。海賊王になるんだと、あるいは冒険へワクワクとし、じっとしてられない、そんなこの子が堪らなく好きなのだけれども。

  「………。」

 いざという時には凶刃からの盾になってやるほどに、仲が良いのも重々理解し合ってのことだろと。そこは一番最初に引き入れた仲間だからと、皆して誤解しているようだが、実を言えば…根幹的なところで意外なくらいにドライなまんまの間柄だ。お互い、相手の過去についてはさして知りもしないままだし、思うところだってわざわざ訊いた覚えはあまりない。ある男と約束したから海賊王になるのだ、親友と誓ったから世界一の大剣豪となるのだ…という、大切な野望を端的に口にし合った程度であり、それでいいとも思ってる。聞きほじって知りたがる行為は、その頻度だけ相手を縛る何かをからませようとしているようにも感じられ。そんな執着は相手への依存や未練に育ちかねない…とまで仰々しいことは思わないが、それでもね。相手には好きにさせておきたいし、そうでいられる自身の強さを自覚してもいたい。そんな風に…目の先にいなくとも、好きにさせとけと放っておけるだけの余裕があって。冷静沈着で一応は用心深いところがあるので、ルフィほど単純には危険なものへも近づかない。何と言っても腕っ節の強さ、苛烈さは、海賊団の中でもルフィと互角の“最強”クラス。そんな彼だのに船長でも頭目でもないのは、ずばり、
“面倒臭ぇからだ。”
 自分の身ひとつでいるのなら、どんなことになっても何とでも出来よう。自分の手足の長さくらいなら何とか把握しておけるから。そんな範囲のその場しのぎで良いのなら、苦手な臨機応変も何とかこなせる。遺憾ながらに逃がれ切れない何かへ直面し、今回は残念ながら屈しそうでも、何となりゃ自分が我慢するか諦めれば、見切ればいいこと。身勝手とも言うそんな“勝手”がこなせる身軽さ以上の責任なんて、負うのはごめんだ…と斜
ハスに構えるお兄さんだが。何の、背中の広い彼のこと、実をいえば負い始めると際限が無いというのがホントの正解。賞金稼ぎの海賊狩りだ、血に飢えた人斬りだと、世間様を斜に構えて眺めてる、非情で無慈悲な人でなしなのなら、何であんな磔場にいたのやら。
「………。」
 そんな自分の青さまで、しっかり見抜いた小癪なこやつを、こっちはまだまだ見通せてないのが。その手の平で躍らされているのはこっちだというのが、時に癪で、敵わないと思う剣豪。
“まあ、海賊王になろうって奴なんだから。”
 大剣豪よりも何かしら、上でなきゃいかんのだろうが。それもまた癪だよな、おいと。やわらかそうな小鼻をうりうりと摘まみたくなったその間合い、
「ん?」
 風の匂いが変わったのに気がついて。傍らに立て掛けていた刀を手にする。
「…どした、ゾロ?」
「今日が誕生日の王様はすっこんでな。」
「王様って………あっ。」
 ダッと、疾風の如くに駆け出して、数歩ほどで船端に上がるやそのまま宙へと跳躍し。柄を掴んだその所作が、誰にでも見えたかどうかという、正に早技。羊頭の斜め上にて、銀色の短い稲妻が瞬間ひらめいた数刻後。主帆柱を狙ったらしきその軌道を、力づくにて修正されて。後方の海上にまで至った何やかが、やっとのことドカンと炸裂する。
「キャッ!」
「何だ何だ?」
 そちらにいたクルーたちが慌てたような声を立てたが、こちらにとっては意識の外で、
「海賊船だっ!」
「らしいな。」
 どちらもワクワク、こちらへ大砲の照準を向けて来ていた、小振りのガレー船へと視線は釘づけだったりする辺り。同じ穴の狢
ムジナ同士ではあるらしき、騒動好きで向こう見ずなところまでもがお揃いの船長と副長。
「ゾロ、俺の相手には手ぇ出すなよ?」
「そっちこそ、うか〜っと隙を見せて窮地に立つなっての。」
 まだ少々距離があるのをもどかしそうに見やりつつ、その胸にはきっと同じ鼓動。お願いですから、せっかくの日に怪我だけはしないで下さいましね?




  こんな場面ではございますが、

    
HAPPY BIRTHDAY! LUFFY!



  〜Fine〜 06.5.02.〜5.04.


  *あんまり“蜜月”風味ではなかったかもですね。
   もうちっといちゃいちゃさせる予定だったのですが、
   ウシワカ&ベンケイごっこなんてものを思いついちゃったもんで、
   その分だけ色気も減りました、ご勘弁を。


ご感想はこちらへvv**

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