蜜月まで何マイル?“冬が来たっ!”
 


ビロウドみたいな夜陰は、とろり柔らかなのに、
歩き出すとたちまち、頬に触れる空気は薄氷のかけらみたいな感触を孕む。
その冷たさに、思わずのこと、
ぐうを作って腕を引き寄せ、肩を縮めて、
“ううう〜〜〜っ”とわざとらしく震えて見せれば、

 「こらっ、そんな薄着でどこ行こうってのっ!」

背後から飛んで来たのは、威勢のいいナミの怒号と、それから、
内側に短い毛並みの毛皮が張られた、長いめのコート。

 「いいよ、面倒臭せぇ。」
 「よくないっ。」

いくら何とかは風邪引かないって言ったって、
人間離れした体力してるって言ったって、
一度でも熱出したことがある以上は警戒しなきゃなんないの。
ぴしゃりと言われたその上に、
じ〜〜〜っと睨まれてちゃあ、従わざるを得ずで。

 「面倒なんだよな、こういうの。」

往生際悪くもぶうたれながら、
それでもちゃんと羽織るところはなかなかの聞き分け。
窮屈なのはヤダのにと、腕を肩からぐりんぐりんと回しつつ、
そのついでで、ばったん、扉を閉じたそのまま、
くるりと回れ右をして。

 「そぉれーっと。」

回した腕をぶんっと飛ばすは、
頭上に煌々と輝くお月様…よりかは、
ちょこっと、随分と、下にある、メインマストの天辺まで。
ゴムゴムの腕で拳を飛ばし、見晴らし台の縁、がっしと掴んで、
あとは一気に跳ね上がれば、
ちくちくチリチリ、一斉に薄氷がお顔を叩いて、そして、

 「揺らしてんじゃねぇよ。」

こんなとんでもない方法にて夜空を滑空して来た船長さんへ、
片方だけ眉を上げ、苦々しげに文句を放つのは、
先にここまでを登ってた今夜の見張りの剣豪さんだ。
こちらさんもまた、
今宵は日頃のいで立ちの上へ、足元まであるダウンのコートをまとっており、
しかもその上、古ぼけた毛布を肩へと羽織り掛けてもいて。

 「おほ〜、ゾロでもやっぱ寒いんか。」
 「当たり前だ。つか、俺でもってなあ どういう意味だ、おい。」

落ちないようにという囲いがあるから尚のこと、
真ん中に帆柱が通っているから尚のこと、
さして広くはない足場に、窮屈そうに胡座をかいてるゾロだったが。
そんなことはお構いなしに、ついでに…いちゃもんへもお構いなしに、
すぐの間際へへたりと屈むと、

 「だあ、こらっ。よせって。」
 「いいじゃん、寒いんだからvv」

結構大きな毛布なのは先刻承知。
だからとその中へ堂々ともぐり込む来訪者だったりし。

 「ふわ〜〜〜、まだちょっと寒いぞ。」
 「しょうがねぇさ。」

今 お前が大きくめくったから、暖ったかだったのが逃げちまった。
ありゃ、それはすまなかった。
言いようは殊勝、でも態度はなかなかに横柄で、
先にいたゾロの立ててた膝の間へと、
割り入るように座り込むのもいつものこと。
その上から毛布でくるみ直す、その所作のついでに、
さりげなくも、ぎゅうって懐ろ深く引き寄せてもらうのが、
わくわくと楽しくて…嬉しくて。

 「〜〜〜♪ /////////」

鼻歌まで出る現金さ。

 「…寒いの苦手なんだろうによ。」
 「そでもないぞ?」

暑いのよりかは得意だっ。
むんっと胸を張る船長だったが、

 「………。」
 「どした? ゾロ。」

いや…と、かぶりを振って、それから。
お待ち兼ねの雪が降るほどじゃねぇのによと、
何とか上手く誤魔化したけど。

 “ああなったトコなんざ、見せられちゃあな。”

いつぞや、海軍の強者に凍らされた姿を見て以来、
本人は変わっていないのに、周囲がついつい過敏になってる。
この程度の寒さへでもコートが飛んでくるわ、
鼻の頭や耳朶が赤く染まろうものなら、
有無をも言わさず、マスクやイアーマッフルが飛んでくるわだし。
それより何より。
まずはと辺りを見回しもせず、暖かいところへまっしぐらしたのが、
やっぱりとこっちを心配させる。

 「寒いんならキャビンへ戻れ。」
 「やだ。」
 「ストーブ焚いてんだろうがよ。」
 「そんでもやだっ。」

此処がいいんだと仰向いて、こっちの胸元へと頭を乗っける。
それへと、いつもの呼吸で、顎を引いてお顔を見下ろせば、
黒みの強い濃色の眸に、頭上の星が映り込んでるのが覗けて。

 「だってよ、匂いとかしねぇんだもん。」
 「? 何がだ。?」
 「だから…。」

ふいって急にそっぽを向くと、
間に割り込んでた剣豪殿の膝を、
椅子のひじ掛けみたいに両手でいじいじとこねて。
それから、あのね?
暖ったかいだけじゃ、つまんねぇんだもんって。
ぽそりと、小声で呟いて。


  「ゾロの匂いとか声とかしねぇのって、あんま暖ったかくねぇんだもん。」


此処だと、どっちもが分厚いコート着てるから、
直接は触れなくって、匂いだってそんなしなくって。
時々風も強く吹くから、全然暖ったかくないはずだのにね。
抱え込んだルフィの胸の前、がっつりと自分の手と手を掴まえて、
まるで錠前かけるみたいにしててさ。
そんなして、ぐるって囲うようにしてるゾロの腕の堅いのとか、
背中に当たる、やっぱ壁みたいな胸板とかさ。
ごつごつなだけで全然暖ったかくはないのにね。
なのに、ぎゅうってされてると、嬉しくて胸がほくほくしてくる。
勝手に体が暖ったまってくるから不思議で。

 「えへへぇvv/////////」

白い息、夜陰の中へと吹き流しながら、
嬉しいと笑って肩越しに見上げて来た船長さんへ、

 「…ふ〜ん。」

どこか気のない声で返した、緑頭の剣士さんだったけれど。
それにしちゃあ…手と手を握ってただけだった“錠前”が、
手首同士を握るカッコへと、警戒を厳重にしてたりし。
ちゃんと毛布は身体中を覆っておるものか、
素早く見回す所作に紛れて、自分の背条も少し曲げ、
小さな背中、隙間なくぎゅうと抱き直してる。
碇星やら酒枡星を、天穹天蓋に指差しながら、
ああそうだね、
相手の温もりじゃあなくて、自分がぽっぽと温かいんだねと、
実感し合ってるお二人さん。
それでも風邪だけは拾わないでねと、
頭上で見守るお月様、柔らかな苦笑をなさってたそうな…。




  〜Fine〜 06.12.19.


  *いやはや、いきなり寒くなって来ましたねぇ。
   ここは一発、季節感のある話をとか思ったのですが、
   書きながら気がついたのが。
   こちらの“本館”の皆様方におかれましては、
   ゾロ誕以降、原作拡張版をうか〜っと書いてなかった…。
   どうしましょうか、奥さん。(誰がだ)
   そういや、何だかんだで箱根に居ずっぱりでしたもんねぇ。
(苦笑)
   なので、すっかりと勘が鈍っておりますです。
   海の上とは到底思えない生ぬるさで すみません。


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