絶対安静注意報  〜蜜月まで何マイル?

 

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 ただ"安静にしてろ"と言い置いただけでなく、ルフィは何くれとなくゾロの身の回りの世話までもを焼こうとまで構えていて。このシリーズではもうお馴染み(の筈だが/笑)、船首近くの船倉の同じ部屋で寝起きしている彼らなのだが、朝、自分より早く眸を覚ます彼であるのはいつものことながら、
『起きたか? ゾロ。』
 今朝方はまた、いやにはっきりした声を掛けて来て。何だ?と枕から頭を起こせば、足元側の扉近く、そろそろと忍び足で部屋の中へと入って来たばかりな彼がいた。その両手で捧げ持っていたのは、湯を張った洗面器で。…だからこういう場合は蓋付きの壷とか手に下げられるバケツとかを使って運んで来て、部屋に到着してから空の洗面器に注ぐもんだぞと、忠告めかして言ってやったものかどうかにちょっと迷ったゾロだったのだが、
『顔、洗うだろ? 髭の世話の道具も、今、持って来るからさ。』
 ベッド脇の卓へと何とか無事に運んで来た洗面器の湯にほっとしたお顔を映して、こちらを向いたルフィが言った台詞へ…ぎょっとした。
『おいおい。何だよ、それ。』
『何って。お湯だよ? 顔洗うのに使ってよ。今、カミソリとバブルも持って…。』
 来るからと言いながら"くるり"と踵を返すのを、一気に起き上がって腕を掴んで捕まえて。
『あのな。』
『んん? なに? あ、歯ブラシもいるよね?』
 にっかり微笑むお日様スマイルに、
『う…。』
 たじろいだのも一瞬、(しっかりせんかい/笑)
『あのな、そんなまでしなくて良いんだよ。洗面所にくらい行ける。歩き回るのまでダメだって言われちゃあいないんだからな。』
 たいそうな重病人扱いをしてくれるなと、わざわざ言って聞かせたものの、
『…だってさ。ゾロ、腕が使えないんだよ? 洗面所に行っても顔を洗ったり髭をあたったり出来るのか?』
 洗顔はともかく、髭のお世話をルフィに任せるのもどうかと思うが。
(笑)
『ルフィ、ほら怒るな。』
 ぷくーっと不満げに膨れたのを腕の中へと取り込んで、お膝の上へと抱えての………まま"色々"の末に何とか宥め賺
すかして。いつも通りの洗顔の後、それから向かったキッチンでも、やれ怪我をした方の手は使うなだの、パスタは片手だと皿が逃げるからやっぱり食べさせてやるだの、リゾットは熱いから吹いて冷ましてやるだのと、日頃自分がさんざん焼いてもらっていそうな"お世話"のあれこれを繰り出して来る。
"食べにくいメニューだったのは…企んだな、あいつら。"
 さんざんと翻弄されていたゾロだったことへ、驚きも呆れもせず、
『そうね。ルフィ、よく気がついたわ。片手では食べづらいわよね。』
『そうだったな。熱いから冷ますための小皿が要ったんだよな。』
 航海士もシェフも率先して、それは楽しそうにルフィのフォローに回っていたし。
『…えっと。』
 素直にぽかんとしていた船医には、
『チョ、チョッパー。あとで新しい火炎星の火薬の調合を見てくれないかぁ?』
 狙撃手がわざとらしくも裏返った声で話しかけて注意を逸らさせようと躍起になっていて。
『………。』
 ハナハナの考古学者嬢はただ謎めいた微笑みを浮かべているばかり。とんでもない朝食が終わって、
「はあ〜ぁ。」
 そして今は。することがなくて上甲板にごろりと横になっている。さっき通って来た主甲板の前側の格納庫、揚錨・主砲室の扉をつい未練がましくもちらりと見やったものの、どうせ中にあるトレーニング用のあれこれへは、ルフィが封印代わりに結んだ赤いリボンが付いていて。こっそり手にしようものなら"三重蝶々"という特殊な結び方が崩れてしまうため、結び方が分からない者には手直しも出来ないから"触れた"ことが即座にバレてしまうという理屈。当然、そんなややこしい段取りをあのルフィが思いつく筈がない。ナミの提案にロビンが手を貸した結果であり…この船一番の権勢者は船長さんかも知れないが、真の実力者は女性陣であることに間違いはないみたいである。
(笑) …それはともかく。
"…やっぱ、庇われるってのは気に入らないのかな。"
 仮にも…いや仮でなくちゃんと正式に"船長"であり、この海賊団の頭目であることを一応は意識しているルフィである。日頃の大ボケぶりとか、厄介事に首を突っ込まずにはいられない端迷惑さ加減とかは置いといて(置くのか?)、戦いの時、勝負に挑む時、何が大事かというポイントは外したことがない男前。そんな彼だから、誰かを楯にするのは堪らなく嫌なのかもしれない。

   『俺は助けてもらわなきゃ生きていけないことに自信があるっ。』

 自らそんな情けない事を豪語しつつ、けれど。大ボスにけじめをつける大勝負とか、重要で外せない役どころ、背水の陣を、そして様々な"約束"を、守りきり完遂する心意気はしっかりあって。なればこそ、日頃のお馬鹿ぶりを良〜く知っていても、彼の"海賊王になる男だ"発言を、半端な顔触れではないクルーたちの誰もが、当然の言葉だと受け止めていられるのでもあって。
「………。」
 何だかなぁと。相変わらずに何かしら呑み込み切れない"何か"を喉の奥にうずうずと感じつつ、眠くならない身を持て余していると、
「ぞ〜ろ。」
 主甲板からとたとたと、声を掛けつつ小さな足音が上がって来た。んん?と、横になったまま手枕の上で首をひねると、果たしてそこには船長殿のお顔があって、とたとた上がって来るにつけ、首から胸、腰、そして足と、一人分の全身がすっかり見えるまでになる。
「ちゃんと休んでるか?」
「…まあな。」
 休むのに"ちゃんと"も何もなかろうにと、ついのことながら溜息をこぼすと、
「ダメだぞ、そんなむっつりしてちゃあ。病は気からって言って、塞いでると何でもないのに病気んなったりすんだぞ?」
「あのな…。」
 一丁前なことを言いつつ間近にひょいっと屈み込んだ幼い顔。それへと…やはり出かかった溜息を、何とか飲み込んで。
「なあ、何だってまた、こんくらいの掠り傷で"絶対安静"なんだよ。」
 往生際が悪いとは思うが、納得出来ないままだと、それこそどこかが腐って来そうな気がして。さほどには語調も荒立てず、出来るだけさらりと訊いたところが、
「…だってよ。」
 立てていたお膝を甲板へ"とたん"と降ろして、その脚の間に尻を落とし込み、ぺちゃんと座り込む。時折吹き来る風に、麦ワラ帽子の下でさやさやと黒い髪が躍っている。
「ゾロはいつだって、傷が塞がり切らないうちから、動き回ったりハードな鍛練始めたりするだろう? チョッパーがこぼしてたぞ? だから、なかなか治らないし傷痕だって残るんだぞって。」
 石頭で馬鹿力で、修行が好きで。ゴロゴロだらだらしてるのが好きかと思えば、問答無用が得意技の、喧嘩早くて殴り込みの専門家でもあって。ルフィの巻き起こしたどんな騒動でも、溜息つきつつ付き合ってくれるし、刀を振るえばそれはそれはカッコいい、大好きなゾロ。だから、心配してんだぞ…と。ルフィの大きな黒い眸は、そういったことたちを懸命に訴えていたのだが、
「傷が残るのがイヤなのか?」
 気味が悪いとか痛々しいとか、そんな風には…今更だから思うルフィでもなかろうが。そういえば…胸板の例の大傷は、あいつに此処を取られた占有の刻印みたいでイヤだと、時々思い出したように言い出す彼ではある。どんな経緯で得たものか、状況も相手もきっと生涯忘れないだろう、大きくて深い傷。ゆっくりと身を起こしたゾロの、がっちりと隆起した大きな胸板をちらっと見やって、
「ゾロはさ、いつだって俺んコト庇うのな。」
 ルフィはぽそっと呟いた。
「風が強い時は風上に立つし、陽が強い時は陰の中に覆ってくれるし。」
「…そうだっけ?」
 本人は意識していないらしくって。嬉しい気遣いだと思っていたことを軽んじられて、ルフィは"むむっ"とした後、だが堪らずに"くくっ"と喉の奥を震わせるようにして小さく笑った。無意識である辺りが何とも彼らしいと思えたからだろう。そして、
「自分で買った喧嘩だとか勝負だとかで作った傷は"勲章"かもしれないけどさ、うっかり転んで作った傷とかはそうじゃないだろ?」
 そんなことを言い出した。ルフィにしては珍しく、理屈の通った言いようであり、
「俺を庇って作った傷ってのはさ、俺が切りつけたも同んなじじゃんか。」
 少ぉし俯いてそうと言い、膝のすぐ前の板敷に凹んだ細い溝のような傷を見つけて、指先でそっと辿っている。だが、
「それは…ちょっと理屈が違わんか?」
 その言いようには、ゾロとしてもさすがに"はいそうですか"と頷首出来ない。ゾロの方は胡座を崩したような格好で、似たような姿勢で向かい合っていた二人。剣豪殿の声の調子が少し強くなったのへ、ちらっと視線を上げかけたルフィは、だが。
「………。」
 膝の近くへ、無造作に下ろされていたゾロの腕。よく陽焼けした肌には際立つ白い包帯を見て、そのまま口ごもってしまう。
「ルフィ?」
 あんなにお元気に"ゾロの世話を焼くぞっ"と張り切っていたのに。やはりそこは"ただそれだけ"ではなかったルフィらしくって。俯いた麦ワラ帽子の陰になった小さなお顔。ほんの少し程の間合いを幾つか見送ってから、


  「だってよ。…庇った奴の方が強いって事じゃんか。」

   ――― ………。


 やっと核心に辿り着けたなとゾロは感じた。ゾロが怪我をしたことも勿論辛いし、そうさせた自分であることも何となく情けない。不注意だったのも庇わねばと思わせたのも、全ては自分の力不足から来たことだと、そうと思って居たたまれなくなってしまった。

   「ゾロには絶対譲れない野望があるんだろ?
    それを諦めた訳じゃないんなら、やっぱ順番が違うんじゃないのか?」

   "…ははぁ〜ん。"

 またそれかと、内心で苦笑がこぼれたゾロである。やはり、自分が庇われたのがお気に召さなかったルフィであるらしい。だというのなら…。ゾロは口の端をにやりと持ち上げる。
「いつも言ってるだろ? 口惜しいなら強くなりな。俺が余計な手を出すまでもねぇくらいにな。」
 ふふんと。わざと薄ら笑いを浮かべつつ言ってやる。するとたちまち顔を赤くし、
「判ってるよっ。」
 弾けるように言い返して来る。強くなりたい。どこまでも強く。誰よりも強く。基本はそこからで、目指すのもそこ。簡単なことだけど、簡単なことだから、誤魔化しも利かなくて。どこまでも遥かに、際限の無い高み。
「ゾロの方こそ、俺を庇うんなら怪我しないってくらいまで強くなってからにしろよなっ。」
 昂然と顔を上げての強い口調は、だが、小気味が良くて。
「お、言ったな。このヤロが。」
 受けて立ったゾロの頬にも、ついついの笑みが浮かんでやまない。この彼にはめそめそグズグズは似合わない。そんな顔をさせてしまったというのなら、確かに庇ったことにはならないだろうから。
"…そうだな。俺の側にも問題はあるよな。"

『ゾロはさ、いつだって俺んコト庇うのな。』
『ゾロには絶対譲れない野望があるんだろ?
 それを諦めた訳じゃないんなら、やっぱ順番が違うんじゃないのか?』

 またかと思いはしたものの、実を言えば…ちょこっとばかり痛いところを鋭く突かれてもいる発言で。世界一の大剣豪になるんだと、世界中の剣士たちのその頂点に立つのだという野望は、相変わらず頭上に輝く希望の星であり、諦めてなんかいないけれど。時たま、この少年の方が優先されかかる時がある。彼の野望に加担出来れば良いとか、彼さえ生き残ってくれれば良いとか、そんな順番になる時がなくもない。ここ一番という時に、そういう優先順位になっている自分に気がつく。どちらかの重みだけしか支え切れないロープにのみ、助かる道があるというよな場面なんぞに出食わせば、きっと自分は…ルフィを殴って気絶させてでも彼の方をロープにくくりつけるだろうと思う。
"本人への重圧になってちゃあ意味がねぇよな、実際。"
 そこんところは反省反省。こっそり自分へ言い聞かせ、さてとて。
「………。」
 真意をさらけ出された格好になって、何となく引っ込みがつかないらしい船長さんだと気がついて………くすんと小さく含み笑い。
「ま、この傷が治るまでは大人しく寝てることにするけどさ。」
 大きな肩をすとんと落としながら、こちらから折れたような言いようをしたゾロは、
「…っ♪」
 間がもてなかったようだったのを救われて、ほっとした顔を上げたルフィを、
「………え?」
 立ち上がりながら軽々と抱き上げている。
「ゾロ?」
 大人しくしてるって言ったばっかりじゃないかと、言いかけた唇が素早く塞がれて、
「あ、ふ…。んぅ…っく。」
 やや荒っぽい接吻に、意識までもが呑まれかかったルフィだ。


  「暇なんだよな、大人しくしてんのってさ。体力も有り余ってるしさ。」
  「えと…ゾロ?」
  「鍛練するよかは、負担も断然少ないと思うぜ?」
  「あ、や、えと…。/////
  「付き合ってくれるよな、勿論。
   朝飯にあれほど凄っごく付き合ってくれたんだからさ。」
  「それとこれとは…。第一、やっぱ傷に良くないかも…。」
  「大丈夫だ。上手くやるからさ。」


   ………ヤルって何を?
おいおい


 という訳で、剣豪への"絶対安静"というお達しは、ほんの1日もかからずに目出度くも解除され、午後の甲板ではいつもの通り、がっちゃんこ・がちゃんという、いつもの鍛練の物音が規則正しく響いていたそうである。


    お後がよろしいようでvv


   〜Fine〜  02.10.13.〜10.16.


   *カウンター28000hit リクエスト
     陽月麻織サマ
       「自分を庇って(軽い)怪我をしたゾロを
               甲斐甲斐しく世話するルフィ」


   *連休にサボり過ぎました、遅れてすみませんです。
    時間が掛かった割に何だか中途半端なお話しで。
    でもまあ、他人のノロケというものは、
    所詮は中途半端な笑い話に過ぎないもんですし………。
    すみません、すみません。
    妙にいちゃいちゃしている人たちに罪はありません。
    叱るなら、Morlin.をお叱り下さいませです〜。(泣)


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