秘密の…  “蜜月まで何マイル?”より

 

 
          1


 "それ"の始まりは、実は初夏にまで逆上る。特に気に留めるまでもないことだったから、それが発端なのだとは、日頃何かと鋭くて油断のならないナミでさえ気がつかなかったことだった。


「…?」
 う〜んっという背伸びをしもって通りかかったそのまま、ひょこんと小首を傾げた後、彼の眸が留まったのは。陽よけのビーチパラソルの下、丸いデッキテーブルに置かれてあった、暇つぶし用の他愛のない週刊誌。
「なあ、ナミ。」
「どうしたの?」
 そろそろ片付けて部屋へ戻ろうかと構えていた矢先のことで、テーブルに広げていたあれやこれやを1つにまとめかけていたその手の先から、その数冊の雑誌を造作もない仕草で掴んだルフィは、
「これ、俺に くんないか?」
 そうと訊いて来た。ルフィが"読み物"に興味を示すなんて随分と珍しいことだったが、お堅い本でなし、目を丸くする程まで奇異なことではなくて。
「それ?」
 もう随分と前に寄港した町で買ったもの。あまりに何度も目を通したため、どの辺りに何の広告が載っているのかさえ覚えたほど読んだ代物だ。
「ああ、良いわよ。」
 特に"女性誌"というものでもなく、分類するなら"生活雑誌"というところか。丁度、一番上の号の表紙、あどけない歌姫の笑顔の端を斜めに横切って『この春の新メニュー』という角ゴシックの大きな活字が躍っていて、新作ケーキのカットが幾つかコラージュされていたから、そんな美味しそうな写真に惹かれたのだろうと、単純にそう思ったのだ。
「でも、そこいらに散らかしちゃダメよ?」
「ああ。」
 了解を得て、引き取った雑誌。それらを抱えて彼が向かったのは…いつもの定位置である前方の上甲板ではなく、パラソルのすぐ傍ら、側面や後方に対処する大砲が据えられた船端のすぐ脇。柵になっている辺りへ凭れるようにして甲板の板張りへと直に座り込み、さっそく最初の1冊目をぱらぱらとめくり始める。
"………?"
 この後甲板に居座る彼だというのも、思えば少々珍しいことではあったのだが、まま、たまには気も変わるものなのだろうし、雑誌を眺めるのならどこでだって出来ること。羊頭の上に少々飽いただけのことだろうと、ナミもその時は深くまでは考えなかったのだった。


            ◇


 そういえば、と。次に気がついたのは、長身痩躯にして金髪碧眼、白磁の肌に端正な面差し、加えてそれはそれは繊細な指先をした…黙っていればクールな美形なのだが、いかんせん、美女と差し向かうとだらしないまでに壊れるのを疵に、気が短くて口の悪い、やっぱり海賊団の一員だけのことはある凶悪シェフ殿で。
おいおい
「…ん?」
 ちょいと一服しようとばかり、キッチン前のデッキへ出て来たその矢先、ひらんと、足元の板張りの上へ滑るように舞い降りて来た紙切れに気がついた。船の中では割と高みにあるキッチンから出て来た彼のその足元に何かが、それも"舞い落ちる"ということは滅多になくて。まるで秋の色濃い林の中、赤く色づいた木の葉がそうなるように"ひらんひらん"と左右に揺れながら舞い落ちて来たそれだったが、
「あ、悪りぃ。」
 みょ〜んと伸びて来た手が、屈み込みかけたサンジの鼻先でその紙切れを素早く攫って引っ込んだ。そうまで長く伸ばすことが出来る手の持ち主は、と見やった先、メインマストによじ登りかけていた船長殿がGパンのポケットへ紙切れをねじ込むところであり、
「何してんだ、ルフィ。」
 次の寄港地は商業基地として結構開けた土地であるらしいとあって、航路に関する情報も多く、その結果、大した見張りの必要もないと、ナミが余裕で構えていた筈なのに。サンジから訊かれて、
「ん〜、ちょっとな。」
 ためらった後で、
「内緒だ。」
と、濶舌
かつぜつの良い声で言うものだから、
"…どの辺が内緒なんだよ、おい"
 内心で突っ込みつつも、相変わらずの無邪気さが何だか微笑ましくて。そうかいそうかいと上ってゆくのを見送ったのだった。


            ◇


 彼がそれに気づいたのが"最後"ではなかったのは、ある意味では幸いというのか何というか。誰かから告げられてだとか、何も知らぬは彼ばかりという立場で受け止めたくはなかったろう事柄なだけに、面目を躍如出来たには違いなかろうが、それでも"偶然"というお導きがあってのことだ。戦闘中の消気だの呼吸だの、凄腕の存在感だのには鋭く働く感知の能力が、それ以外の方向へは全くの役立たず。鈍感どんがらがったな彼に、どういう女神様が気を遣って下さったのやら、それは…よくある"謎"である。
おいおい
「…ルフィ?」
 背が高くて惚れ惚れとする屈強さが凛々しい、この海賊団の誇る戦闘隊長。数年後には世界一の大剣豪になる…予定な剣士殿が、自分たちの部屋へと戻って来たのは、やはりたまたまなことだった。日中あまり船倉や個室に居着かないのは、彼に限った話ではない。好き好んで昼なお暗い船倉に潜りたがるような陰気な趣味の者はいない船だし、せっかくの航海の中、全方向開放型という格別なる解放感を味あわなくてどうするとばかり、皆も手が空けば甲板に出て伸び伸びと過ごすのが常となっている。だったら何でまた…といえば、本日の"淡水汲み上げ当番"だった剣豪が、ウソップ謹製の淡水化装置をほんの数十分でこぎ終えてノルマを全
まっとうし終えた直後のこと。据え置き一輪車タイプのその装置の点検にかかった狙撃手殿がギア部分へ挿すつもりだった機械油が、狙いを大きく外れて、傍らにいたゾロのシャツの胸元へとべっとり懐いてしまったのだ。
"トレーニング代わりに漕いだとはいえ…。"
 さして汗をかいた訳でなし、今朝は着替えなくて済んだなと思っていたんだがと、本人少々不本意顔で部屋へと向かった。着替えなくて済んだことを"ラッキー"だと感じたのは若い青年らしいルーズさの現れだが、そもそも汗をかけばいちいち着替えねばと思っている辺りが…何につけ荒くたい彼にはおよそ"らしくない"感覚で。実際の話、見栄えやおしゃれとやらには相変わらず無頓着だが、

   『ゾロって、いい匂いすんだよな♪』

 最愛の恋人くんにそれは嬉しそうに囁かれた一言が切っ掛けで、身だしなみを気にするという柄ではないが清潔にだけは彼なりに気を遣うようになった辺り…恋って不思議な力に満ちてるんだなぁ。
おいおい そういう訳で、彼自身にしても予定外のこととして部屋へと着替えに戻って来た訳だが、
「…? ルフィ?」
 天気のいい昼間は蓋戸をあちこち開け放って空気交換の最中になるため、各部屋のドアも開け放たれていて。ただでさえ自分たちの部屋、何の遠慮がいるものかとノックさえせぬままに入りかかったその室内に、思いがけない先客がいた。
「…え? あ、ゾロ?」
 妙にバタバタっと慌てふためいて見えた、ような気がした。通路からのわずかな光が射し込む部屋の中、ベッド脇に立っていたルフィは、戸口に立つ剣豪殿へにっかりと笑って見せると、
「じゃ、俺、甲板に行ってるから。」
 何がどう"じゃあ"なのだか、脈絡のなさすぎるリアクションなのが不審ではあったが、隠し事は苦手を通り越して"出来ない"彼でもある。ましてやこの…所謂"相思相愛"なんぞという甘やかなレッテルさえも照れたり恥ずかしがったりしなくなったのみならず、
『文句がある奴は申し出な、タイマン張ってやるからよ』
とばかり、此の件に関しては堂々と胸を張っちゃうほどのお相手本人へ、今更何の隠し事があろうかということで、
「???」
 怪訝に感じつつもわざわざ問い詰めるほどのことでなしと、自分の脇を擦り抜けるようにして通路へ出てゆく小さな船長殿を、無言のまま見送ったゾロだった。何か声を掛ける隙さえなかったのも、後から考えると不自然極まりなかったのだが、
"何を慌てているんだか。"
 その覚束無さを可愛いと思って仄かに微笑いこそすれ、何も疑わないところが…最も信頼している筈な自分へ隠し事をする彼であろう筈がないという、一種の自負が働いてのことでもあったのだろう。だから、
「………?」
 そのまま屈み込んでベッド下に突っ込んでいる柳行李を引っ張り出し、洗いたてのシャツを取り出そうとしたその拍子、蓋が当たったベッドのマットレス部分から何かが"ひらん"と床へ舞い落ちたのを見て、
"…何だ? こりゃ。"
 単なる紙くずだと、そう思った。だが、それが落ちたのだろう、元あった場所を見やって、
「………?」
 何やらぎっちりと挟み込まれている紙の束にぎょっとする。ひょいっと持ち上げるとその風圧にか、何枚かが舞い上がってそのままはらはらと足元に舞い落ちる。
"…何だ?"
 室内には、棚も、引き出しつきの卓もある。だのに、こんなややこしい場所に、使い勝手の悪い位置に、わざわざねじ込まれたもの。それはすなわち、誰かの目から隠していた、ということになりはしないか?
"なんでまた?"
 拾い上げたのは1枚の切り抜き。どの切り抜きにも同じ人物が刷り込まれていて、特にその一枚では、白い肩先の丸みも愛らしい、サマードレス姿の少女が殊更にっこりと笑っていたのだった。









          2


 上甲板へと上がってみると、そこには誰の姿もない。そういえばこの夏中、船長殿はメインマストの見張り台が妙に気に入っていたようで。羊に飽きたという訳ではないようながら、今日もそちらへと昇っていったのを見かけたような。まあいっかと甲板に座り込み、その途端に腹から聞こえた"くしゃり"という音に気づいて、
"………。"
 腹巻きの中へと手を入れる。つい、持って来てしまったのは、先程拾った切り抜き。それを何となく眺めていたところ、
「…おいこら。」
 いつの間にやって来ていたのか、傍らに立っていたシェフ殿から軽く睨まれた。
「何だ、お前。そういうもんを、選りに選ってこの俺の前で、鼻の下延ばして眺めるとは良い根性だな。」
 ルフィってもんがありながら…とか何とか言うのを制して、
「勘違いすんなよ。これはそのルフィが見てたんだ。こっそり隠してな。」
 大体"ルフィってもんがありながら…"ってのは何だよと、こちらさんもまた往生際の悪いことを言いつのるのを聞こえないフリして完全無視し、
「どらどら。」
 長い脚を折り畳み、傍へと屈み込んで、手入れのいい指先でひょいと摘まんだのは、5センチ四方もない小さな切り抜き。グラフ雑誌からのものならしいカラー写真で、十代半ばくらいのあどけない少女が目映いばかりの笑顔をこちらへと振り向けている。
「こりゃあ…有名人じゃねぇか。」
「知ってんのか?」
「まあな。俗に言うなら"アイドル"って手合いの歌姫だ。」
 もっと芝居がかった言いようをするなら、当代切っての人気を割と広い海域にて独占している愛らしい歌姫で。どういう偶然か次の寄港地にてコンサートが開催されるとあって、新聞でも連日のように取り上げられているそうで、鮮やかなグラビア風の写真付きのチラシも毎日のように入っていたという。
「そういや、あいつも持ってたな、この娘
の切り抜き。」
 いつぞやに、ゴムゴムでわざわざ拾って見せたルフィだったことを思い出す。今にして思えばそれもまた不審なこと、こんな…たかが紙切れにというのは、大仰なことだったのではなかろうか。そして、
「だから。これもあいつがベッドの下に隠してやがったんだって。」
 誰のこととまではまだ限定してないのに通じてしまうのが、何とも笑えるご執心ぶり。
"だよな。"
 …いや、二人ともがさ。
(笑) それはともあれ、少々"面白くない"という顔をするゾロへ、サンジは肩をすくめて見せた。
「ま、奴も男の子だ。娯楽というのか何というのか、時々はかわいい女の子を眺めてみたくもなるんじゃねぇの?」
「う…。」
「お前はそういうこと無さそうだがな。」
 くすくすと笑って、シェフ殿は少々怖い揶揄をぶつける。
「だからさ。お前、元から男が相手じゃなきゃ"その気"にならねぇって奴じゃあなかったんだろ?」
「………。(怒っ)」
 むうっとあからさまに眉をしかめたのへと、ますますの苦笑をしつつ、
「だから、さ。違うんなら分かる筈だって言ってんだよ。あいつにしたって、たまたま好きんなったお前が男だったって順番なんだろからさ、可愛いもんには可愛いって感度も働くんだろしよ。」
「………。」
 言われてみれば、思い当たるものがないでもない。チョッパーをいつまでも小脇に抱えて行動していたのも、そんな"可愛いから"感覚が発動されてのことだろうし。それが今回、このアイドルちゃんへ向けて、その"可愛いなぁ感度"が大きに働いている彼なのだろうと言いたいらしい。なるほどと、その理屈は判ったらしい剣豪さんだったが、

   「そか。女の子が恋敵ってことにもなり得るか。」

 ぽつりと。えらいことをまたしんみりと呟いてくれたものだから。
「ま〜な、あり得る話だろうよさ。」
 聞いてしまったサンジとしては無下に嘲笑しも出来ずで、一応の相槌は打ってやる。だが、
「言っとくが同情はしねぇぜ? 面倒臭い恋愛をわざわざ選んだのはお前らだ。」
「う…。」
 澄ましたお顔で煙草に火を点け、最初の一服をわざと剣豪殿の顔へと吹きつけて、
「別に気にしちゃあいないようだったから、これまでは黙ってやってたんだがな。」
 そうと続けたものだから、これにはさすがに"もの申す"が入った。
「嘘をつけ。さんざん妨害入れてなかったか?」
 そだね、日頃から結構何かとからかってないかい? 隙あらば取り込もうと見えんこともないような、良い子良い子というちょっかいをルフィへと出したり、さもなくば…剣豪さんを間接的にからかおうというのが見え見えな、良からぬ知識をたくさん坊やへと吹き込んだり。
(笑) 細かいものまで一々上げてりゃキリがないから、こっちこそこれまで黙ってたがなと続けたそうなゾロの鼻先で煙草を軽く振って見せ、
「だからさ。手前ぇらはそういう"厄介な恋愛"をわざわざ選んだんだ。俺らからのちょっかいなんて優しいもんだぜ? 土地や宗教によっちゃあ異端だの変態だのって扱いだってされかねねぇ。」
 すっぱりと…なかなか怖いことを並べて下さり、
「ルフィの方にはそうまで言う気はねぇがな、お前の方はせいぜいしっかりしてもらわにゃあ困るってことさ。」
 声のトーンこそ淡々と、最初とあまり変わってはいないものの。真っ直ぐ見やった眼差しの鋭さは、強敵相手の真剣勝負を思わせるほどに真摯な代物だったりしたシェフ殿なものだから、

   「判ったよ。」

 おおう。ここは引きましたね、剣豪でも。微妙な格好ながら、一応は応援、エールには違いない言いようでしたしね。とはいえ、
「…大体、何でお前に怒られにゃあならんのだ。」
 理屈は判るし、気遣いは有り難いことでもあるものの、率直な感情としてはやっぱり何だか引っ掛かる。これがルフィの…実の父だの母だのからのお言葉ならともかく、何でまたこのナンパ男に叱咤されにゃあならんのだと。
「うるせぇな。俺はな、あいつの方からお前が好きなようだから黙認してやってんだよ。お前が色々至らない奴だってことへもな。」
「…んだと? どういう意味だ、そりゃ。」
 そりゃやっぱり、鈍感だってこととか、気が回らないってこととか、判りやすい優しさで接してやれない不器用さんだってこととか、基本的に"俺様"な分、譲らない同士の衝突を飽きもせんと繰り返してることとか。
"あんたには訊いてねぇよっ。"
 あはは…、そうでしたね。
(笑) でもって、肝心のシェフ殿はというと、
「さてな。ルフィの気が変わるんなら、俺も頑張りようがあるんかな。」
 女の子に関心が出たくらいなのだからと、ともすれば挑発的に"ふふん"と笑って立ち上がり、余裕の表情のままに上甲板から立ち去ったサンジだった。振り向きもしないすらりとした背条も凛々しくて、かぁ〜〜〜、大人だねぇ。………とはいえ、

   「それってどこまで本気なのかしら。」

 主甲板を通り過ぎ、短い階段を上ってキッチンに入った途端、不意に掛けられた声がある。見やれば、
「おや、ナミさん。」
 テーブルに海図を広げて、航海士嬢がにこにこと笑っている。こんな遠くにいて上甲板での会話を聞かれたとは思わない。だからして、何の話ですか?と小首を傾げたシェフ殿だったものの、
「これ、な〜んだvv」
「…おや。」
 ナミが自分の頬近くから離してこちらへと見せた手のひらには、形の良いお口が一つ。…う〜ん、ビジュアル的にはグロいかも。
(笑)
「何かそういう妖魔ハンターがいませんでしたかね。」
 DとかGとかいうやつでしょうか? 筆者までがお調子に乗ったものの、
「まぜっ返して誤魔化そうとしてもダメよ。」
 ナミはクスクスと笑って、判っているくせにと聞き入れないご様子。見たところ…此処にはいないが、ミス・ニコ=ロビンのハナハナの能力の応用術と思われますが。
「ま、聞こえたのはたまたまなんだけれどもね。ロビンの耳をあちこちに配置してみて、ここには彼女の口。こうすれば…どこか大きな船や屋敷、ダンジョンなんかに潜入なんて事になった時に、ウチみたいな少人数でも情報が集めやすいって寸法なの。」
 ははあ、そういう手筈の実験をしてらしたんですか。自称"考古学者"のロビン嬢には、船長のゴムゴムと同じ"悪魔の実の能力"がある。自分の身体のどんな部分でも、好きな場所へ幾つでも"咲かせる"ことが出来、相手の体に腕を咲かせて関節技で薙ぎ倒す、なんてのはお手の物。その能力の中から"聞き耳"と"伝声"とを試していた彼女らであるのだろう。………で、上甲板での彼らの会話も聞いていたと。
「ちなみに、ロビン本人は後甲板で知らん顔のまま本でも読んでる筈よ。」
 それは凄い…って、それはともかくも。

   『それってどこまで本気なのかしら。』

 ナミさんは確かにそう言った。キッチンに戻って来たサンジの顔を見るなりというタイミングだったから、たまたま聞いてしまった彼らの会話を下敷きに、サンジに向けて言ったというのは間違いないとして、
「ルフィに関してのあいつへの意見はね、あたしも全てへ大賛成って感じだったけれど、ルフィが心変わりを起こしたとしても、だからってモーションをかけるサンジくんだとは思えないのよ。」
 お口のついてない側の手で細い顎を支えての肘をつき、うふふんと意味深に笑って見せてから、
「きっと執り成して元の鞘に収めようと奔走する筈。違うかしら?」
 そんな風に言い出すナミへ、
「………。」
 おやおや。さっきまであれほど能弁だったものが、返す言葉に困っているらしい様子。彼の複雑な思惑を貫くような、鋭い指摘を投げたあたり。普段はとことんドライに見せていながら、されど内面は繊細で敏感でもあるのよと言いたげで、守銭奴だの即物的だのと日常の中では言われ放題なポイントへの面目躍如というところであろうか。
「サンジくんて、自分の気持ちに関しては、口に出すとたちまち嘘になることが多いんだもの。」
 お見通しなんだからと付け足せば、
「そんなことありませんよ?」
 そこは…負けてばかりもいられないと思ったか、サンジは金の前髪をさらりと指先で梳きながら、
「ナミさんのこと、ずっとずっと愛してますしvv」
「…そういうこと、臆面もなく言うもんじゃないっての。/////」
 こういうのも"負けず嫌い"の内なんでしょうか? さりげなく良いムードな二人だというその証しに、


   《どうも ごちそうさまvv》


   「あっ! /////」 ×2


 微笑を含んだレイディの魅惑的な声が割り込んで、二人が同時に真っ赤になったのは、此処だけの秘密である。
(笑)








          3


「…あれぇ? っかしいなぁ。」
 部屋に戻ると、ばたばたと何か探しているらしいルフィの大騒ぎとかち合った。まるで…仔犬が自分で埋めた筈の骨を探してあちこち掘り返しているような散らかしようであり、ベッドのマットレスが大きくずらされていて、何を探しているのかは一目瞭然。相変わらずに判りやすい奴だよなとの認識も新たに、
「もしかして、これか?」
 掛けられた声へと顔を上げ、
「あ、それだ。」
 ゾロがぺらんと差し出した切り抜きへ、ほっとして見せ、
「一番綺麗なんだ、それ。」
 あろうことかそんな一言を付け足すものだから。返してくれるものだとばかり、自然な間合いで手を伸ばしてくる彼に、
「なんで、そんなややこしいとこに挟み込んでたんだ?」
「…え?」
 ついつい…訊いてみていた剣豪様である。
「俺はたまたまはみ出してたのを見かけたんだがな。ベッドのマットレスの下だなんてよ、どう考えたって"隠してた"としか思えねぇよな?」
 ゾロが言いたいことが…後ろ暗いものなのかという問い掛けが届いたか、
「あ、えと…。」
 何にか戸惑い、気勢を削がれたように言い淀むその態度がまた。日頃のとんでもないほどの無頓着さとは大きく違う分だけ、彼からの少女への思い入れの深さのようなものを感じさせ、大人げないと判っていながらも…何となく"イラッ"と来たゾロだ。
「隠してたことがな、気に入らねぇな。」
「だって…。」
 もじもじと。うつむいて言葉を濁す。ますます"らしくない"態度であり、そうだというのが癇に障る。自分への屈託のない態度と違えば違うほどに、特別であり大切だと…思う前からの行動として示されているようで、胸に鋭く突き刺さる。形や重さがある物体が突っ込んでくる分には動じない彼なのに、形の無い…感情や気持ちという代物には何と脆い自分だろうかと、そうまで思った彼かどうかは定かではなかったが、
「なんで隠してたんだ? 俺には見せちゃあいけないって、何で思った。」
 自分への何らかの"手痛いとどめ"になるやもしれないこと。だが、もう止められはしない。はっきりさせたい。ホントに負った怪我ならいざ知らず、不安定な感情を押し隠し、曖昧なままに笑っていられるほど、自分は芝居上手ではないから。早い目にはっきりさせてほしいと思った。………こんの我儘勝手な短気野郎が、と、筆者が思ったのはさておいて。
「えと…。」
 やはり珍しいことに、少々もじもじと躊躇の様子を示していた船長さんだったが、じっとこちらを凝視したまま、動こうとさえしないゾロの気配に急かされて、



   「…だからさ、イルカ、嬉しかったから。」


    ……………はい?



「"いるか"?」
 筆者同様、ひょこりと小首を傾げるゾロへと、
「これ。」
 ルフィはベルト通しに下げられた小さなマスコットを、そのまま摘まむのではなく…下にくぐらせた手のひらへと乗せるような、彼には珍しいほど大仰な仕草で手に取って見せた。…覚えてますか? 皆さん。五月五日のルフィの誕生日に、この細かいことへは不器用そうな剣豪さんがコツコツと彫ったのを贈ってくれた可愛らしいマスコット。(『Tropical Night』参照ってか?)日頃、全く構ってないほど、ただぶら下げているように見える品だが、そうだからと言って"大切にしてはいない"と思うのは早計。彼が最も大切にしている宝物のことを考えてほしい。そう。あの麦ワラ帽子もまた、風が吹こうが雪が降ろうが、一心同体、肌身離さずという体で途轍もない冒険につき合わせている彼である。それと同じ扱いをしていると思えば、いかに大切な宝だと思っているかも知れるというもので、
「これ貰った時、俺、凄げぇ嬉しかったから。だから俺も、ゾロの誕生日までに何か彫ろうって思ったんだ。同じのじゃ詰まんないから、何が良いかなって絵とか写真を一杯見て探してさ。そいで、」
 ルフィが写真の中のとある一点を指さす。
「この鳥、羽根が緑で綺麗だし小さいし。チョッパーがこれだったら、枝とかに留まってる小さい姿で良いなら、そんな難しくはないよって言ってたから。」
 その写真の中、少女の小さな肩先に留まっていたのは………ボタンインコだ。
「これ…。」
「この子の友達なんだって。いつも肩とか指に止まらせてるんだ。」


   ――― ……………。


 さて、こういうグラビア写真の場合。花やらお人形やら風船やら、主人公を引き立てるコーデュネイトグッズとして、可愛いものを並べたり飾ったり、本人が持たされるのは当たり前。も少し大きめで存在感もあろう仔犬や仔猫ならともかくも、もしや作り物かもというほどに小さな小さなボタンインコの姿の方をお目当てに、こんなにも切り抜きを集めるとは…一体誰が思うだろうか。
「ホントはさ。明後日の明日までに仕上がる予定だったのに、羽根の色、間違えて塗っちゃったからさ…。」
 そう言ってポケットからそろぉっと掴み出したのは、羽根を畳んで小さな首を少しだけ横に向けた、愛らしいポーズを取っている…らしいと伺える、インコの姿を模したもの。なにぶんにも小さな代物なので、今の説明を聞いた上でないとそうと判別するのは難しいかもしれない作品だったが、
「…よく出来てるな。」
 ゾロからの呟きへ、途端に"にぱーっ"と笑って見せる。
「そか? チョッパーには、尾羽根がもう少し長くないかって言われたんだけどさvv」
 この、いつまでもフォークの赤ちゃん握りが直らない坊やが。絵を描くのは大好きだと言う割に何の花を描いてもヒマワリになってしまう少年が。リボン結びがどうしても出来なくて、ガウンやローヴを着ると必ず紐がプロペラ結び(縦結び)になる。とことん不器用なルフィが。あまりに小さくて…スズメだかインコだかフクロウだか、どれにも見えかねないポーズだとはいえ
こらこら、こうまで形をきちんと取れた木工細工をこなせたというのは凄いことだと、それこそいつもの彼を一番によく知っているゾロだからこそ驚きをもって感じられたというところか。(そこまで言うかい/笑)
「ホントはな、此処の羽根は赤いんだって。それを俺、黄色に塗ったんで。それでホントはどっちが正しいのか確かめようって思ってその写真探してたんだ。」
 ついついいつまでもぶら下げていた切り抜き。ルフィが下を摘まんだのへ、そっと離してやって、


   "………良かったぁ。"


 思い切りの溜息と共に、心底そう思った剣豪だったというのも、此処だけの秘密である。
(笑)





    ――― ちょっと早いけどさ、お誕生日おめでとう、ゾロvv


    ――― ああ、ありがとな。




 小さな小さな緑の小鳥。そんなマスコットが剣豪の白鞘の日本刀の下げ緒にくくりつけられたことへ気がついたのは、船医殿と当事者二人だけのこれまた"秘密"なのだったvv








   〜Fine〜   02.5月末〜11.8.


   *時間掛けた割には大したことない話になっちゃいましたが。
(笑)
    というか、途中で放っぽり出してたんですね、これ。
    船長さんのBD話を書いた時に、
    じゃあ剣豪さんのBDにはその対になるお話が良かろうと、
    それで最初の方の何行かだけを書いて、
    あとは秋になってからとか思ってたらしいのですが。
    しっかり忘れ去っておりました。(てへvv)


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