月夜見 〜Back Stage(舞台裏) 改訂版


        1

「…あの。」
 グランドラインへ入った直後、ちょっとした経緯からウィスキーピークまでの謎の珍客の一人となったミス・ウェンズデイは、実は悠久の歴史を誇るアラバスタ王国の王女様だった。魔海グランドラインの荒波を掻き分けて、ついでに犯罪組織バロック・ワークスからの手強い追っ手たちの相手もして、彼女を無事アラバスタまで送ってやるという依頼を受けて、新たな航海が始まってどのくらいの日々が経ったのか。そのビビがある日…彼女としては随分と迷った揚げ句らしかったが、おずおずと訊いて来たのは、丁度キッチンにサンジとナミ、ウソップが顔をそろえていた時だった。このゴーイングメリー号の船長であるモンキィ=D=ルフィはいつもの指定席である舳先の羊頭の上であり、戦闘隊長でもある三刀流の剣豪ロロノア=ゾロも、やはりいつもの船端で昼寝をしているようである。彼女が今まで迷っていたのは、其の二人をあえて除いたこの顔触れにこそ、訊きたかったかららしい。というのが、
「もしかして、ルフィさんとMr.ブシドーは、あの…恋仲でいらっしゃるんでしょうか?」

 「「「…はぁ?」」」

 訊かれた3人が一斉に…妙なイントネーションながら見事にハモらせた声を上げつつ、こちらを注視して来たため、
「あ、いえ。船乗りの方々にはそういう方々も少なくはないと聞いておりますし、人の嗜好をとやかく言うつもりはありませんし…あの………。」
 決して男同士で恋仲だという関係を非難して言っている訳ではないのだと、慌ててその旨を並べる彼女へ、
「いや…ちょっと待ってって。」
 こっちも慌てたナミだった。Mr.ブシドーというのはビビが三刀流の剣豪ロロノア=ゾロに付けた呼称のようなもの。ルフィと彼とは確かに仲がいい。とはいえ、本人までが刀のように鋭角的で、時に喧嘩腰だったり無愛想だったり、どこかぶっきらぼうなゾロと、子供のまんまな無邪気さで誰とでも満遍なく仲良くなれるルフィとが、殊の外に仲の良い間柄だというのはちょっと見には判りにくい筈で、さすがは人を見る目の肥えた姫様、すぐに察したとは素晴らしい…じゃなくって〜。
「仲はいいけど“恋仲”ってのは…ちょっと違うわよねぇ。」
 ナミが苦笑混じりにサンジへと確認を求め、青いシャツの腕まくりで午後のデザートの下ごしらえの途中だった彼もまた、
「ええ、そうっすねぇ。あれは単に、ゾロの野郎がルフィのお守りを担当してるってだけで、そう…放し飼いの柴犬の仔と一応近くにいる飼い主みたいなもんだ。」
 おいおい。
「何たって、付き合いが一番長いからな。呼吸や何やってもんをお互いに知り尽くしてるんだろうしさ。」
 こちらは細かい部品をテーブルに広げてゴーグルの調整をしていたウソップも、自分で言った見解へ“うんうん”と大きく頷いて見せる。単なるお友達、もしくは本人たちには自覚はないかも知れないが保護者と被保護者だよとあっさり言ってのける皆へ、
「ですが…一緒のお部屋で寝起きしてらっしゃいますし。」
 どうやらそれを知って“え、もしかして…っ”とビックリなさった姫様なのかも。そして、
「あ、ああ…。あれねぇ。」
 言ったものかどうしたものかと、ここに及んでやっと皆が事情ありげに顔を見合わせたのだった。

            ◇

 それはウソップが計画した“個室作り”とともに判明したことだった。男連中は当初ひとつ部屋にハンモックを吊るして一緒くたに寝ていたのだが、例えば食事の仕込みで朝の早いサンジや、装備品の開発への没頭が過ぎるとついつい夜遅くまで起きているウソップなどがどうしても不都合を感じることとなった。別に気を遣わにゃならんような繊細なメンバーはいないのだが、気になりだすとどうにも止まらず、それじゃあ、いっちょ、船底部に並ぶ倉庫群を少しずつ詰めたり合体させたりと整理して、それぞれの部屋を作ってみようかとウソップが製図を引いてみた。すると、構造的にもそんなに無理ではないと判明し…但し、各々の室内に倉庫を兼ねて幾らかは備品を置くことになるのだが、そんでもやってみるべえかと着手にかかって、それぞれが形を整え出した頃に、
『これって何の部屋作りなんだ?』
 自分もまた作業に混ざっておきながら、今頃になってそんな基本的なことを呑気に訊いて来たルフィは、皆が個室を持ってバラバラに寝ることとなるのだと知って、
『そんなのヤダっ!』
 突然、強硬に反対したのである。
『せっかく仲間一緒にいるのに、何でわざわざ個室が要るんだっ。』
『朝から晩まで同じ奴と、それも野郎とばっか、顔をず〜っと突き合わせてんのは時々苦痛なんだよ。』
『ミッション系の寄宿学校や海軍の軍艦じゃねぇんだからな。』
こらこら
『そうそう、人にはプライバシーってもんも必要なんだって。』
 皆が口々に肯定するのへ、
『ヤだったらヤだっ! 絶対ヤだかんなっ!』
 まるで聞き分けのない駄々っ子のようにあんまり強硬に嫌がるため…そのくせ"船長命令"を持ち出さなかったのはうっかり忘れていたのかも知れないが、
『なんでそんなに嫌なんだ?』
 逆に訊いてみると、
『………う。』
 少々言葉に詰まった後、むうっとむくれながら、
『…船幽霊が出るかもしんねぇじゃねぇか。』
 それはそれは大真面目な顔で、そんな一言をぽつりと洩らしたのである。

《船幽霊 フナ-ユウレイ》
 海に現れる悪霊の一種で、通りかかった船の乗組員たちへ“柄杓をおくれ”とナンパな声をかけて来る。
おいおい もしも言うとおりに柄杓を渡すと、海水を船内へ汲み上げられてあっという間に船が沈められてしまうので、底の抜けた柄杓を渡してその場からとっとと逃げると良いのだそうな。

 どうやら小さい頃に、例のシャンクスという海賊から冒険談のオマケとして色々と吹き込まれていたらしく、幽霊や亡霊、悪霊の類はいわばトラウマ、どうしても振り切れない恐怖の対象となっているらしい。だが、
『あんた、得体の知れないトコへの冒険は大好きでしょうに。』
『怪物や化け物は退治のしようがあるから へーきだぞ。けど、船幽霊は叩いても効かないんだかんなっ。』
 殴って倒せる化け物には強いが、正体不明で掴みどころがないものはとことん怖いらしい。そういえば、ケムリンには手古摺ってたわよねぇ。
おいおい
『ちょっと待て。お前、コビーと会うまで一人で漂流してたって言ってなかったか?』
 こうと訊いたのはゾロで、さすがは付き合いが一番古い。ルフィもそれには、
『うん。』
 あっさり頷いて見せるから、ならばと、
『そん時は怖くなかったのか?』
 そうたたみかけると、これもやっぱり大威張りで、
『船幽霊はボートは襲わねぇもん。』
 というお返事。…妙に物理的な割り切りがある辺り、
『むしろこいつこそ掴みどころがないんじゃねぇのか?』
 まあ、それは今更ですがな、サンジさん。とにかく“嫌だ”を連呼する船長に、とうとうゾロが根負けしたらしい。やれやれというため息混じりにこう提案した。
『判ったよ。ウソップ、俺とこいつの部屋ってのを一緒くたにして作ってくれ。どうせ寝に降りるだけの場所なんだし、俺は寝付きがいいから、誰かと一緒でも気にならん。』

            ◇

「という訳で、一緒の部屋での寝起きになってるのよ。」
「…そうだったんですか。」
「だからビビちゃんも、あいつの前ではあんまり怖い話はしないでやってくれな。」
「あ、はい。」
 何だか論点が大きくズレてしまったような。何一つ弱点がない人間なぞいない…とはいえ、例えばルフィには、大胆豪快な反動か、細かい洞察が苦手だという短所がある。それに何より“悪魔の実”の呪いのせいで海に嫌われていて、落ちたが最後、自力では上がって来られない身でもある。そんなあれこれを既に知っているせいか、今更そんな人並みな弱点があるんだよと言われても、なんだかピンと来ないビビであるらしい。
「まあ、信じ難いってのも無理はないけどな。日頃が日頃だし。」
 本人が充分“化け物”ですからねぇ、行動といい、物の把握といい。
「けど、こないだも………。」
 はい?



        2

 確かにルフィのオカルト嫌いは筋金入りらしく、だが、日頃の豪胆さとあまりにも掛け離れ過ぎているため、ついついうっかり忘れ去られることが多いのも事実だ。ドタバタとにぎやかな毎日。昼型人間で一番先に寝床へ入る生活。それが長く当たり前のものとして続けば、夜陰の中に力なく響く物音や陰へ怯える機会もなく、よって自然と周囲の者も忘れ去る。

「…その時、大きな音を立ててすぐ間際の窓ガラスががたがたと震え出し、はっとした主人が振り返ると、薄暗い廊下の奥の姿見の中に、髪を振り乱した亡き妻の影が…。」
 夕食後の一時を過ごす場で、興が乗っての馬鹿話が怪談路線になることもある。軽い飲み物を作りながら、昔“バラティエ”で仕入れたという話を披露するコック殿の声に皆で耳を傾けていた時のこと。これからが山場だというところで、
「…サンジ、そのくらいにしといてくれねぇか。」
 とがめる訳ではないが、はっきり制止するようなタイミングでかけられた声があり、
「あん?」
 そちらを見やると…
「…あ。」
「そうだった、すまんすまん。」
 既に…ゾロの膝へ逆馬乗りになるような格好になって胸元へとしがみつき、がたがたと震えている船長の姿があったりする。…猿回しの次はコアラかね。(『阿吽』参照。)
「ルフィ、すまん。怖かったか。こりゃあ作り話だから気にすんな。」
「…ホントか?」
 シャツ越しでもわかる筋肉の隆起が見るからに頼もしい剣豪の胸板から、そおっと顔を浮かせてこちらを覗き見る彼へ、
「ああ、店で聞いたウソ話だ。」
 懸命に笑って見せるサンジの傍ら、
「それにほら、山の別荘の話だったでしょ? ここは海なんだから何も出ないわよ。」
 ナミもまた明るく言ってのけ、
「そうそう。もし出たとしたって、このウソップ様が追い払ってやるから安心しな。」
 なんと心強い仲間たちの励まし言葉の列挙だろうか。そこへ加えて、
「ほら、ルフィ。もう寝るぞ。」
「うん。」
 ゾロからそうと声をかけられたのを幸い、ぴょいっと膝から降りて“じゃな”と元気そうに笑って見せるが、それでも…先を行く剣豪殿の腹巻きの端なんぞをギュッと握っていたりするところが何ともかわいい…というか、
「相変わらず治っとらんな。」
 煙草を唇の端にピンと立てるように咥えて、サンジが呆れて見せれば、
「ゾロも“ピーピー言うようなら部屋から叩き出すぞ”なんて、最初は言ってたみたいだけどもね。」
 それどころか過保護に拍車が掛かったんじゃないのかしらと、ナミも苦笑を見せている。
「大体、ルフィってさっきまでそっちの端に座ってなかったっけ。」
 珍しいことに、今夜の彼はゾロから一番遠い、奥まった席にいた筈なのだ。そんな位置関係にも、何かしら感じるものがあるらしい面々が、
“………。”
 少々意味深な表情を浮かべた顔を見合わせて、
「…で、サンジ。今の話、ホントに作り話か?」
「さてなぁ。人から聞いた話ではあるが、ホントかウソかまでは確かめてねぇ。」
「何よ、ウソップ。さては、あんたも…。」
「こ、怖くなんかねぇぞっ。俺は勇敢なる海の戦士なんだからなっ!」
 おいおい、あんたたち。

            ◇

 で、その翌日。今朝も早よから仕込みにとキッチンに入ったサンジは、
「…おや。」
 自分より先に来ていた人影に気がついた。すらりと立ちはだかっていたのは、やたら背の高い人物であり、
「どした? こないだの寝酒の瓶でも持って来たか?」
 酒豪の彼には料理用以外に仕入れておいた酒を時々分けてやってもいるコック氏で、だが、
「昨夜のはどういう料簡だったのか、訊いときたくてな。」
 どこか真顔のままな剣士殿の言いように、
「は〜ん?」
 朝っぱらから妙ないちゃもんを手土産に喧嘩売りに来たのかよという顔付きになり、テーブルの端に凭れるように立っているゾロの傍らを擦り抜けて、オーブンの前に立つと付け木を確かめて火を点ける。この位置だと丁度背中を向ける格好になるから、表情はお互い見えなくなる。
「言ったろが、うっかり忘れてたんだよ。」
 ルフィを怖がらせた怪談の事らしいなと、こちらからアタリをつけたサンジだが、
「嘘をつけ。食後の茶の濃さや温度から焼き魚の塩加減まで、俺たち全員の食いもんの好みを事細かにいちいち覚えてるお前が、あんな分かりやすいことを忘れてるはずがなかろうが。」
 びしっと力強く指摘されて、
「…う。」
 射抜かれたように言い澱んだところを見ると、理屈は強引ながら大当たりだったらしい。そうか、そこまで凝る人だったのか。…船長に負けず劣らず、充分変な人たちだって、あんたたちも。ともあれ、言い当てられたことから観念したか、
「大した企みはねぇよ。」
 渋々と口を開くサンジであり、
「お前ら、ここんトコ、どっかギクシャクしてやがったからな。それが気になって、ちょっと突々(つつ)いたってだけだ。」
「…“お前ら”?」
「お前らっつったら、ルフィとお前の“お前ら”だろうが。自覚ないのか? 連れ同士だろうがよ。」
 仲間が沢山いても、グループで遊ぶことが多くても、何か大切な相談や行動は“こいつ”が相手…と限定される対象や親友。それを称して“連れ”という。一緒に括られたことへ突っ掛かった彼へ、
「そんな ちまちましたもんに突っ掛かってるトコ見ると、ま〜だ何か わだかまりでも抱えてんのか?」
 話をしながらも、手際よく鍋を揃えて、1つには水を張って火に掛け、1つには油を引いてやはり火に掛ける。まな板にはエシャロットとニンジン。タカカカカ…と小気味の良い音をさせてみじん切りにし、やはり細かく刻んだパセリと合わせて油を引いた鍋へ入れてざっと炒める。
「…大したこっちゃねぇよ。」
「ほぉ。」
 ざかざかと足を運んだ冷蔵庫からトマトを四、五個掴み出す。昨日の朝に摘んだ新鮮な代物で、実はこっそり生鮮野菜も栽培している、食材には充分凝り性なコック氏だ。それを沸騰した湯で湯剥きにしつつ、
「………で?」
 ちゃんと聞いてるぜと促す。面と向かわず、こういう"ながら"で聞いてもらった方が話しやすい場合もある。特に…繊細なことが自分の柄ではないと感じているこの剣豪殿なぞは、こうやって話半分な振りをした方が案外口を割りやすいものと、経験上よ〜く知っているサンジだったりするのだ。案の定、
「その…シャンクスって奴を知ってるよな。」
 重たげな口調ながら、そんなことを語り始めたゾロであり、
「ああ。あんまり詳しくはないがな。」
 昔のことだからか、悲劇がつきまとう思い出だからか、あまり話したがらない節があるルフィだが、それでも…子供の頃の彼を海王類から助けてくれた大海賊だということは周知の事実。ルフィが海賊王を目指す切っ掛けとなった人物で、あのトレードマークの麦ワラ帽子も、そのシャンクスとやらから預かったものだとか聞いている。…と、詳しくはないと付け足したところへ、ゾロが不意に虚を突かれたような顔になったものだから、
「?」
 それを包丁の腹への写り込みでたまたま目撃してしまったサンジは、ややもすると訝しそうに眉を顰めた。ゾロの側は、当然のことながらそれには気づかなかったらしく、
「まだ二人だった頃によ、あんまり連呼しやがるから、ちょっとキツク怒鳴ったことがあるんだ。此処に居ねぇ、俺も知らねぇ奴のことなんか言うなって。そしたら…なんかピタッて言わなくなってな………。」
 トマトをたんたんたん…とこま切りにしていた手がふと止まる。
「???」
 ゾロの言葉が不意に止まったのを怪訝に感じたからだ。ただの間合いより深い沈黙。ほんの少し肩越しに見やれば、腕を組んで視線を落とし、何ごとか考え込んでいるような。そして、おもむろに、
「あれって、やっぱり人斬りが怖かったのかな…って思ってな。」
 豪胆で怖いもの知らずに見えても、例えば幽霊が怖かったりする奴だ。平気そうな顔をしていながら、実は自分のことを…海賊相手とはいえ人を斬ることを生業にしていた人間を怖がっていたのではなかろうかと、そんなことを言い出したゾロだったりするから、
"………。"
 サンジは聞こえないように息をつき、
「どうだろな。けど、海賊王になろうって男だぜ? 自分が勝負や何かに命を懸ける覚悟があるんなら、色んな他人が色んな生きざましてるってことへも理解はあるんだろうし。それに第一、怖いの嫌いだの言うんなら、最初っから仲間にならねぇかだなんて、お前に声かけてないんじゃねぇか?」
 今頃になって何を言い出すやらと、少々呆れてさえ見せる。それを絶対肯定までする気はないが、時代が時代で場所が場所なのだから、人斬りだってあちこちにいるだろうし、目の前のこの仲間がそうであったという事実へもさして抵抗はない。きれい事だけで世の中は回ってはいないし、罪悪感やら懺悔の想いやらに関しては本人が向かい合うものだと思うから、サンジとしては自論を掲げて干渉する気はない。そういった通り一遍な決まり文句より何より、当人自身の人柄とでも言うのだろうか、気性気概やら信念やらを、様々な修羅場にて直接肌身で知り尽くした同士なのだから、これはどんな言葉より確実な手ごたえによる把握だろう。それはそれとして、彼の使った表現のままに言うなら“人斬り”だったほどの男が、何をまた気弱で神妙になっているやら。事、ルフィに関しては人並みな感受性になる彼だということだろうか。
「で、そんな古い話を蒸し返して気まずくなっとったんかい。」
 刻んだトマトをエシャロットを炒めた鍋に開け、火を加えてトマトのソースを作っているということは、今朝はナポリ風のパスタですね。メニューはともかく、会話に戻ろう。
「いや…そんな風にして話してくれない切っ掛けをこっちが作った前科があるのに、こないだまた言い過ぎたもんだからよ。昔のをまだ覚えてて、それで怖がってのことだったら、どう誤解を解いて良いやらと、だな…。」
「???」
 何が言いたい彼なのか、少々省略の度合いが過ぎて輪郭さえ掴めぬサンジだったが、
「まあ、なんだ。昨夜はちゃんと寝かしつけられたんだろ? 怖がるの宥めてよ。」
「…ああ。」
「だったら、そんなこだわってないって事だぜ。少なくとも船幽霊の方が、怒ってるお前よか怖いんだ、ルフィは。」
 へ、変な比較だぞ、それって。

          ◇

「結局、何で気まずくなってたのかは判らずじまいだったんだがな。」
 回想シーンから戻って来てもなお、小首を傾げたままのサンジだが、
「あたしはルフィから聞いたわよ、それ。」
 ナミが肩を竦めてにっこりと笑って見せる。
「そのシャンクスって人から…貰った? 預かったのかしら? あの帽子のことなんだって。ほら、よく風とかで飛ばしてるじゃない。それを追っかけて、船端とかで落ちかけるよな危ないことだってしてるし。そんななのを見かねて、そんな危ないもん、大切なら尚更、日頃かぶってるんじゃあないって叱られたって。」
 ああ、成程。
おいおい
「シャンクスって人に関しては前にも叱られたことがあって、帽子を見るたびに腹が立ってたのかもしれないし、宝物だなんて言ってるのが面白くないのかもしれないって。けど、宝物には違いないんでしょ? って聞いたら、それはそうだけど、それが原因で…自分の我儘でゾロのこと怒らせたんだって言って。それから何だか口利いてくれないしって、なんか疎外感感じてたらしいのよね。」
 あまりに幼げで可愛らしい言いようを思い出したのだろう。くすくすと笑い、
「両方で同じことへ“しまった”って思ってるんだもの。なんか付き合ってやるだけ無駄な気がして。」
 突き合わせたなら何だそうだったのかよと笑い話になってしまいそうな、ホントに些細なことでお互い気まずくなってるらしい彼らであり、これは…何処へでも外へと出て行ける街中ならともかく、行動範囲の限られたこの環境下ならば放っておいても大丈夫だろうという結論の下、
「ああいうのって傍がヤキモキするだけ馬鹿馬鹿しいのよね。」
「そうっすね。」
 サンジが相槌を打ち、
「それに怪談話で吹っ飛ぶ程度の痴話喧嘩なんですもん。放っときゃいいのよ。」
「そうそう。」
 ウソップもまた頷いて見せる。そんなことを言いながらも、仲直りの切っ掛けになればと、あれやこれやお膳立てをしてやるところはなかなか仲間想いな人たちではあるが。
「だから、ビビちゃんも知らんぷりしてて良いからね。」
「あ、はい。」

 サンジから言われて、判りましたと頷きながら…、だが、ビビとしては彼らへの素朴な疑問がまた一つ。
"…この人たち、気づいていないのかしら。”
 痴話喧嘩というフレーズが出てくる辺り、もう立派に彼らからも公認されている“恋仲”なのではなかろうかと…。

                                    〜Fine〜  01.7.28.〜7.29.


   *そんな馬鹿なことがあるかいと叱られそうですが、
   なんで時々“添い寝”し合ってる二人なのかなと、
   自分で設定しときながらちょっと考えてみたんですよね。
   別バージョンということで置いといて良いんでしょうが、
   例えばこういう“もしかして”も有りかな…とか
   思ったりして………。
   まあ、こういう笑えるエピソードも、
   お元気なウチの子たちらしいかなと…。
   こんな書き逃げもやっちゃう奴です。ご用心、ご用心。
こらこら

  *このお話、『虹のあとさき』へ続きます。お覚悟を。

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